27 / 27
大騒動(2)
しおりを挟むその週の土曜、俺たちは柴山へ出かけた。
いつものようにおしゃべりをするでもなく、黙ってペダルをこいだ。
中間テストが近いけど、俺も祐樹もそれどころじゃなかった。
春から初夏に向かいつつある山の中。むせ返るような緑のにおいが切なかった。
ところどころに山つつじの花が咲いていて、その花を見ても情けなかった。
どれもこれも、道路が通ると壊されるかもしれないものだ。
くねくねと曲がりくねった細い道を黙って自転車を走らせていると、初めて柴山へたどり着いた時のことを思いした。
あれは、去年の春のことだ。ずいぶん時間が経ったように思うけど、まだ一年しか経ってない。
入学式のすぐ後だ。ようやく届いた自転車が嬉しくて、あっちこっち走り回っていたっけ。
五万分の一の地図を使ったせいで、道に迷って、着いたところが柴山だった。
秘密基地を作って、百合に会って、そして、小百合に会った。
俺たちは、自分たちでできることを自分たちでしようと奮闘した。
百合が大人の力で、魔法のように柴山を変えたとき、俺たちの居場所がなくなったと思った。
でも、百合は、俺たちに居場所を作ってくれた。いつでもおいでと言ってくれた。
百合が作り直しても、柴山は俺たちの秘密基地だった。
百合が信用するのは、小百合と祐樹と俺の三人だけだ。
出版社の担当さんや編集長は、ビジネスとして付き合っていたが、信用してはいないようだ。
俺たちは、楽しい時間を過ごした。
楽しかった。本当に楽しかった。
それも、もう、夢と消えるのだろうか。
百合が用地買収を拒んだら、柴山の家は残るだろう。
残ったとしても、軒先を車がしょっちゅう走ることになる。
それは、百合の本意ではないだろう。
井上の上司の編集長は、百合を東京に呼ぼうと画策している。
きっと、大喜びで、用地買収の担当者を味方するだろう。
「なあ、祐樹。百合さん、買収に応じると思うか?」
「分からん」
祐樹も言葉少なだ。
俺たちがとやかく言う筋合いじゃないのは分かっている。
分かっているが、やっぱり、百合には柴山にいて欲しい。
リフォームした家も、小川に設置した小水力発電装置も、手間とお金をかけたものだ。
あれが全部無に帰すなんて。嫌だ。絶対嫌だった。
目印の大きな木が見えたとき、俺は、このまま帰りたくなった。
百合に会っても、何を言えば良いのか分からなかったからだ。
引っ越すにしろ、居続けるにしろ、決断するのは百合だ。
俺に何が言えるだろう。
会わないで、なし崩し的に、ずるずると成り行きに任せた方が良いんじゃないだろうか。
消極的だと批判されても、その方が良いような気がした。
でも、祐樹は白黒はっきりさせたい方で、俺の腕をつかんで百合の家のチャイムを押した。
ここんところ会えなかったのに、この日は、珍しく百合が在宅していた。
いなければ、良かったのに。
そうしたら、メモだけ残して帰ったのに。
仕方がない。祐樹が言うように、今現在、起きていることを報告しよう。
それが、友だちである俺たちの役目だ。
ときに、小百合はいるのだろうか?
小百合だって、百合の決断によっては、引っ越さなければならないのだ。
でも、百合と小百合の法則は健在で、やっぱり小百合は留守だった。
本当に、この二人、どういう関係だろう?
祐樹には気のせいだと言われたが、やっぱり、百合と小百合は同じ人間のような気がしてならない。
ネット小説の読み過ぎだっていわれたらそれまでなんだけど……。
用地買収の話を聞いた百合は、小さなため息をついた。
「えらいことになっとるんやな」
それが大阪のおばちゃんの感想だった。
「どうします?用地買収に応じますか?」
祐樹が冷静に尋ねた。
こういう事務的な問いかけは祐樹の方が向いている。
俺が言うと、「売らないで!」と、すがりついてしまいそうだ。
「さて、どうしたもんやろ?」
再びため息をついて続けた。
「このまま、ここにおったら、嫌がらせされるやろか?」
「嫌がらせって?」
思わず訊いた。
この人に嫌がらせする度胸のある人間なんているのだろうか。
「そこの小水力発電設備な」
「あれが、どうしたんです?」
「ウチの土地じゃないとこに置かせてもろとるんや」
「百合さんの土地じゃないんですか?」
初耳だった。てっきり、あそこも百合の土地だと思っていた。
「昔、おじいちゃんに聞いたんやけど、里山と川べりの土地は入会地なんやて」
「『いりあいち』ってなんですか?」
身を乗り出して尋ねた。そんな言葉聞いたことがない。
「俊哉くんも祐樹くんも知らんやろな。田舎には、ときどきあるんやけど」
ウチの町は都会と比べれば田舎だけど、柴山ほどど田舎じゃない。
だから、入会地なんて言葉は聞いたことがなかった。
「村のみんなの土地を入会地いうんや。
でも登記なんかするとき、便宜上、村の有力者の名前で登記することが多いんや。
そやけど、それは名義人の土地やない。村人全員の土地ってわけや。
そやから、管理もみんなでするし、利用するのもみんなでするんや。
ウチが来るとき、柴山には誰も住んでなかったさかい、あの川べりを利用させてもろたんやけど、一応、登記簿上は別の人の名義になっとった。
そこ突かれると、痛いわ」
「他の人で知ってる人がいるんじゃないんですか?」
「そりゃあ、おるやろ。そやけど、ウチのために証言してくれるとは思えん。
第一、ウチ以外の人は、住んどらん土地を県が買うてくれる言うて喜んではるんやろ?」
確かにそうだ。百合は四面楚歌だった。
「仕方ないわ。とっととここ売って、別んとこ引っ越そか」
「そんな無責任な」
「俺たちは、どうなるんだ?」
思わず、口をついた抗議は完全に無視された。
そして、にやりと笑った。
ラスボスの微笑みだ。
忘れていた。
百合は俺たちの生殺与奪権を握ったラスボスだったのだ。
背中を汗が流れた。
「あんた等は、前の通りに戻るだけや。
二人して秘密基地作って、楽しくやったら良いんや」
百合と別れることは、小百合と別れることになる。
俺も祐樹もその事実に気が付いた。
二人とも、それは絶対嫌だった。
俺たちの思いに気が付いているだろうに、百合はクールだった。
「会うは別れの始めって言うやない。
縁があったら、また会うこともあるやろ」
足元の地面が崩れていくように感じた。
崩れ落ちそうになる体を必死で支え、何とか踏ん張って立ち上がる。
「考え直してください」と言おうとして、百合に近づいて体を寄せた。
そのとき、彼女のうなじに黒子があるのに気が付いた。
衝撃が走った。
小百合にも同じところに黒子があった。
サイクリングしたとき、汗をかいた小百合がウエアのジッパーを少しおろして汗を拭いた。あのとき、うなじの黒子が目に留まったのだ。
黒子のおかげで女性らしさに乏しい小百合が、妙に女っぽく見えたので覚えている。
いくら、叔母と姪でも黒子まで同じ位置にあるものだろうか?
俺は焦った。焦りまくって喉が渇いた。
オタオタして、言葉が出ない。
隣にいた祐樹がいぶかし気に目で問う。
俺が気が付いたことに気付いたのだろう。
百合が意味深に微笑んだ。
「どのみち、ウチ、一つ所に長くいられへんのや。
俊哉くん、あんたなら分かるやろ?」
それっきり、百合にも小百合にも会っていない。
噂によれば、百合が用地買収に応じて、どこかへ行ってしまったという。
三年になって受験勉強が忙しくなると、サイクリング同好会の活動は難しくなった。
大学に合格してから再び活動する約束をして、俺たちは受験勉強に励んだ。
中学の時のような人参はなかったが、大学に合格すると都会で下宿生活ができるというご褒美があったおかげで、嫌いな数学だって必死に勉強することができた。
春が来て受験勉強から解放された。
大学に合格したので、大手を振って都会へ行ける。
そう思うと胸が躍った。
祐樹と二人で久しぶりに柴山へ出かけると、そこは全く別世界のように変わっていた。
百合の家があった辺りは、有料道路の建設中だ。
周りの家々も工事の都合で壊されたり、雪のせいで崩壊したりしていて、見る影もなかった。
柴山は、今度こそ、本当にゴーストタウンになってしまった。
百合も小百合もいなくなった柴山で、建設機械が明るく働いていた。
俺たちは秘密基地を作る気力もなくなっていて、残った家々が朽ちて行くのも気にならなかった。
廃屋ばかりの集落の中で、唯一、百合の家だけが人の家として機能していた。
あんなにピカピカに磨き上げられた家が跡形もなく壊されて工事の人たちが忙しく働いている。
俺と祐樹は、顔を見合わせて同時に言った。
「俺たちが見たのは、夢だったんだろうか」
「何にもなくなっちまったな」
完
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています
空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。
『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。
「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」
「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」
そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。
◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる