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第三章『王都』
97話 婚約破棄
しおりを挟む自分の呼吸音がうるさい。視界の色も変わっていて、完全に酸欠だろう。胃の中も暴れていて、気を抜くと吐きそうだ。
「ひ、卑怯な!」
リシャスを『縮地』もどきで突き飛ばした後、追撃して首元に短剣を突きつけると、今度は大声でわめきだした。
手応えから言って、服の下に防具を仕込んでいるのは明白で、卑怯と言われるのは違和感があったが、それはまぁ良い。むしろ怪我しなかったのはありがたいぐらいだ。今だって、モゾモゾ動くリシャスの首を切ってしまわないよう、細心の注意を払っている。
手元が誤れば、ごめんでは済まされない。
「卑怯? あんた何言ってるのです?」
我慢できなくなったのか、ユニィが進み出てきた。いや、いくらなんでも年上の許嫁を「あんた」呼びはまずいだろう。
「オレは神術を使ってない! なのにコイツは使ったぞ!」
こら。暴れるな。この短剣、いつもちゃんと手入れしてるからよく切れる。刃に当たったら大変だ。
手が震えないよう、仙術の呼吸法で息を整える。視界が元に戻ってきて、気分も落ち着いてきた。
「自分だけ準備万端に武装しておいてよく言うのです! しかもイー君、あんたが弱く見えないようにしてくれてたのに、それもわからないなんて!」
いや待て。確かに体調的には絶不調だが、一撃をもらったのは間違いはない。だいたい、そんな芸当ができるなら、服を切られたりしていないだろう。こちらの世界では、服はとても大事なものなのだ。
これ以上誤解をふりまかないでほしい。
「そんなことはない! 現にコイツはこんなに息が切れてるじゃないか! もう一度、神術ありで勝負だ!」
あ、思わず息を整えてしまっていた。もう一度息を荒くしておこう。
「見苦しいのです! あんたなんか、そこのリナちゃんにだって負けるのです!」
何を勘違いしたのか、野次馬から小さな笑いが起きる。いや、ストリナは僕より強いからね。村でも対抗できるのは両親とパッケぐらいだと思う。騙されてはいけない。
「そこまで、そこまでオレを侮辱するのか! そんな幼女に負ける? ふざけるなっ!」
ああ、リシャスも見た目で判断しちゃったか。僕は巻き添えをくわないよう、短剣を外してソッと遠ざかる。
「え? あたしもやっていいの? じゃ、リシャスさま たってたって」
案の定、ストリナがやる気満々で進み出てくる。可愛らしいドレス姿のまま、あまりにも無邪気に短剣を取り出すので、呆気にとられながらもリシャスは立ち上がった。
あの短剣はミスリルメッキ済みで、さらに柄にミスリルのアマルガムが入っている。
「リナ! 絶対に怪我させちゃダメだぞ!」
あれでリナが本気を出したら、多分武器や防具ごと胴体を輪切りにできてしまう。怪我どころでは済まない。
「きさまっ」
僕が心配して声をかけると、リシャスも誤解してしまったらしい。ゆでダコ並みに真っ赤になっている。
「えー? でもおにいちゃんケガしたよ? ほうふく」
ダメだ。ストリナまでクソ親父みたいなことを言い出した。幼女が脳筋になるのはいけない。
「何が報復かっ!? 来るならさっさと来い!」
ああ、これで――
パシッ キン
思考が終わる間もなく、ストリナが乾いた音と共に消え、リシャスのしなる細剣と分厚い短剣が両方切断された。ついでに服も下に着ていた革鎧ごと切られ、地肌が見えている。
「え? あ?」
前に襲ってきた誘拐犯は反応していたけど、リシャスには無理だった。根本から切断された剣を左右交互に見て、地面に散らばった鎧のパーツと刀身に気づいて、ようやく事態を把握したらしい。
ガタガタと震えながら、背後を振り返る。
「な……、こんなバカな」
野次馬が鎮まり返る中、ふくれっ面をしたストリナが、短剣の切っ先を再びリシャスに向けた。
「ケガをさせちゃダメなの、けっこうむずかしいの」
あらわになった皮膚から、うっすらと血が滲み出してくる。鎧だけを切れず、ストリナ的には不満だったようだが、あれでも充分だ。
「ヒッ!」
ストリナにその気があれば、自分が簡単に殺されていたことを悟り、リシャスは腰を抜かした。地面でジタバタともがいて、ストリナから離れようとしている。
情けない姿だが、なぜか誰も笑わない。
さっきまであれだけぶつくさ言っていたショーンでさえ、一言も発さなくなってしまった。アノーテさんも、鋭い目つきでストリナを見ている。
「あー、リナちゃん、勝負あったようじゃから、その辺にしておかんかね。こう見えても、リシャスはユニの婚約者なんじゃ」
さすがにまずいと思ったのか、シーゲンおじさんが間に入ってきた。これで終わるとホッとしたところで、ユニィも前に出てくる。
「ちょうど良いのです。お父様、リシャス様との婚約を解消させていただきたいのです」
リシャスの肩がビクリと震える。ああ、こんな公衆に面前で別れ話を切り出されるとか、リシャスも災難だな。
「理由はなんじゃろか」
「私、大人になったら家を出て、冒険者になりたいのです」
静まり返っていた野次馬が、ザワリ、と騒いだ。ユニィはかなり前から婚約破棄を狙っていて、僕はそれを知っていたから驚かないが、野次馬たちにとってはおいしいスキャンダルだろう。
「いや、ユニは武器を持ったこともないじゃろ。冒険者なんて危ない職業につく必要は――」
「貴族だって充分危ないのです。だからお父様、わたしにも仙術士としての訓練をして欲しいのです! イー君やリナちゃんのように」
なんとか宥めようとするシーゲンおじさんの言葉を遮り、ユニィがさらなる要求を告げる。そういえば、シーゲンおじさんの屋敷に泊めてもらった日、ユニィは朝の訓練をいつも上から見ていたっけ。あれは、羨ましかったからなのかもしれない。
「ま、待ってくれ! ユニィが正しかったことはわかった! 俺ももっと訓練するから、強くなるから、婚約の解消だけは待ってくれ!」
リシャスは地面にへたりこんだまま、すがりつくような声を上げた。ユニィはそれを冷たい目で見下ろす。
「コンストラクタ家に対する侮辱の数々、もう耐えられないのです」
「それは俺だけじゃない! みんなそう言ってたんだ!」
残念ながら、親父の古典派貴族からの評判はすこぶる悪い。貴族社会では、奇襲や闇討ち、暗殺といった行為は卑怯というレッテルを貼られるからだ。
古い貴族たちは、正々堂々戦って死ぬ方が尊いという価値観らしい。
そんなことをしているから、前の戦争でも役に立たずに追いつめられたのだろう。
「そのみんなの中に、この大会に勝ち残っている人はいるのです? リシャス様が私と婚約したのは、派閥同士の融和と、仙術を得るためだったはずなのです」
そういう理由があったのか。それにしても、ユニィが辛辣すぎる。
確かに、親父とシーゲン子爵、あとはアノーテさんに神術を教えられたというペーパさんが今大会に出場したことで、古典派貴族の出場者はほとんど敗退してしまった。
この大会で親父が優勝すると塩が自由化される。それを阻止しようとしていた古典派が手を抜いていたはずはない。
「そ、それは……」
「なのに、教えを請おうともせず自慢ばかり。融和しようともせず侮辱ばかり。そんな考えだから、派閥が弱くなっていくのです」
うわぁ。直球すぎる。ユニィも溜め込んでいたんだろうけど、派閥そのものを敵に回すのはどうなんだろう? 刺客を送り込まれたりしないか心配だ。
「ちょ、ちょっと落ち着こうか。ユニィ。多分、貴族ならもうちょっと遠回しに言うべきじゃないかな?」
シーゲン子爵もちょっと考え込んでしまって、誰も止めようとしないので、ユニィをなだめようとすると、今度は僕が睨まれた。
「イーくんは黙ってて。遠回しに言った結果がこれなのです。兄さまと試合して負けたら年齢のせいにして、イー君に負けて卑怯と言って、リナちゃんに負けてようやくだよ? 私はこんな人と結婚したくない」
僕も言葉が見つからずに黙るしかなくなる。僕だったら立ち直れないなぁ。
「リシャス! 何だこのていたらくは!?」
そこで、着飾った男が複数の女性や護衛、執事を引き連れて、その場に乱入してきた。太ってはいないが、引き締まってもいない。おそらく運動はしていないだろう。
「ち、父上……」
乱入してきた男は、リシャスの胸倉を掴んで立ち上がらせると、思いきり顔面を殴り飛ばした。
「シーゲン卿。我が家の嫡男に対するこの扱い、事と次第によっては抗議させていただく。失礼する! おい、連れていけ!」
ポカンとする僕らを置いて、リシャスを回収した男は嵐のようにその場から去っていく。男は、最初から最後まで親父と目も合わせようとしなかった。
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