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第六章『学校開校』
179話 合格発表
しおりを挟む「やったぁ! 合格してるっ!」
隣で快哉を叫んでいるのは、同じコンストラクタ寮のフィーちゃんだ。
生まれた時に産褥熱で母親を亡くし、その後は狩人の父親に育てられたが、父を追って森に入り、魔狼に足首から先を食われた。それだけならまだしも、ついこないだ僕の目の前で父親が戦死し、今では孤児院の機能もある寮で文字教師や家事、レンズ磨きなんかをしながら、細々と生活している。
ちなみに僕と同じ9歳だ。
「フィーちゃん、合格おめでとう!」
掲示板には医療コースの合格者として、フィーちゃんの名前と受験番号が貼り出されている。順位は3番だが、合格者は十人程度と少なめだ。医療コース自体が産褥熱の予防法確立の勅命が出てから募集を開始したので、期間は二日ほどしかなかった。当然王国全土に告知はされていないので、専門家はほとんどいないだろう。
「ありがとうご! イン……テージャさ、君」
名前を言い慣れないのか、ぎこちない様子で噛みながら返事をしてくれる。彼女は、領主邸に文字を習いに来ていたから、僕の正体を知っていた。
口止めはしているが、慣れるまでは危なそうだな。
「医療コースかぁ。どうしてここにしたの?」
「足悪くても働けるでしょ? それに怪我とか病気とかで亡くなる人を減らしたいんだ~」
杖と、足にベルトで巻きつけた粗末な義足、というか短い棒が目立っているが、痩せていたりはしない。少なくとも食事には問題がなさそうで、内心ホッとする。
「そういうインテージャ君はどこにしたの?」
ここには、各コース合わせて千人規模の名前が貼り出されていた。どこに何が貼り出されているかわからないので、僕の名前はまだ見つけられていない。
「わかんない。医療コースではなさそうだけど……」
言われるまま試験は受けたが、そもそも僕はどこのコースを受験したのだろうか?
一応、今は全専門コース共通の基礎コース(小学校相当)に、複数の専門コースを組み合わせて学べるようにしている。
中学、高校レベルの知識もそのうち必要になるだろうが、こちらの世界には小学校もないので、こうするよりない。教育が進んで、校舎と寮の数が揃ってきたら考えなければならないだろうが。
「ふーん。そんなことってあるんだ。じゃあ順番に見ていこうか」
踵を返したところで、フィーが中学生ぐらいの受験生にぶつかってバランスを崩し、尻餅をついた。ぶつかった受験生はフィーちゃんの足を見て、ニヤニヤしはじめる。
「なんだぁ? お前足がないのか。医療コースって何かと思ったら、医療が必要な平民が通うコースのことかよ」
この世界、帯剣の仕方や服の着方で身分はわかるし、髪や垢、体臭の具合を見れば相手の経済力がわかったりする。だからだろう。フィーちゃんは一瞬で舐められた。
「違います。医者になるためのコースです。熱中症やレイスウィルス感染症、骨折時の骨接ぎを考案したコンストラクタ家のように、私も画期的な医術を実用化するんです!」
フィーちゃんが反論するが、ニヤニヤ男は態度を改めなかった。
「知ってるかぁ? この国には、平民が貴族に無礼をはたらいたら、斬って良いって法律があるんだぜ? お前今無礼をはたらいてるってわかってんの?」
これ見よがしに腰の剣を叩く。反論したら無礼って、それはさすがにどうだろうか?
「説明したら無礼になるんですか? なら法律なんか知りません。斬りたければ斬れば良いでしょう? ただで斬られはしませんけど」
ちょいちょいフィーさんや。急に揉め事起こさんでもらえるかな。
「クソ生意気なガキだな。貴族を怒鳴りつけたら無礼になるんだよ。社会勉強にもう一本の足もいっとくか?」
ニヤニヤ男が剣に手をかけた瞬間、フィーちゃんの呼吸が変わる。おや?
うちの村、住人の術士比率が極端に多いことが有名になってきているらしいけど、フィーちゃんは村で子ども向け訓練をしている時間、うちの館で文字の勉強をしていたはずだ。
「コンストラクタ村のフィー、誇りと足にかけて、お相手いたします」
だがフィーちゃんも引き下がらない。ここで介入するのは簡単だけど、僕の正体バレたら王太子命令が果たせなくなってしまう。
まだ幼い小さな身体に、杖をついたままの自然体。それでどうしてこんな自信満々にできるのか。
「そうか、お前コンストラクタ村の孤児だな?」
コンストラクタ村の部分で、ニヤニヤ男は少しだけ鼻白んだが、自分が注目を浴びているのを感じたのか、吐いた唾が呑み込めなくなったようだ。
チラリと義足を見て、虚勢を取り戻す。
「この学校どうなってんだとは思ったが、まさか貴族を不合格にして、貴族に盾突くような世間知らずの孤児を合格させるとはなぁ」
この世界の身分制は現代と違って強固だ。このニヤニヤ男は、法律上本当にフィーちゃんを斬れる。
だが、物理的に斬れるかどうか別問題だ。今のフィーちゃんの呼吸法は、仙術士特有のもの。僕の骨折でも、霊力の圧縮に問題が出たぐらいなので、足首から先がないことがどう影響するかわからない。だが、もし多少でも仙術が使えるなら、フィーちゃんが貴族を返り討ちにしてしまう可能性がある。
法律には詳しくないが、オーニィさんから最低限なことは習った。例えば、刺客に襲われた際に相手を合法的に斬る方法とか。
「どなたか、警備の方を呼んできていただけないでしょうか」
その辺の知識を応用すれば、平民が貴族を合法的に斬る方法もわかる。僕はいざという時のために霊力を圧縮しつつ、近くにいた村の出身者にさりげなく声をかけ、さらに野次馬の顔を覚えていく。
後はフィーちゃんが、本当に貴族を斬ってしまった場合に備えるのみだ。
「あなたがきちんと不合格になっているあたり、公平な試験だったんじゃないですか?」
フィーちゃん、それは挑発って言うんですけどね。
顔を赤らめたニヤニヤ男が、ついに剣を抜いた。
「あーあ、みんなに聞かれちゃったなぁ。それは貴族への侮辱行為で斬られても仕方ないよなぁ」
うん。無礼な挑発なのは間違い無いけど、こればっかりはフィーちゃんの意見に完全同意だ。不合格で良かった。うちの派閥だろうとそうでなかろうと、こんな生徒がいたら平民は安心して学習できない。
「斬れたら良いですね。足がないくらいで甘く見ないでください」
無礼討ちで斬られてしまえば、裁判は開かれない。かといって、貴族を平民が惨殺すると色々問題になる。情状酌量はあれ、少なくとも有罪は避けられない。
一番良い着地点は、返り討ちかつ相手は無傷あたりだろうか。
「後悔しな」
意外なことに、ニヤニヤ男も身体強化を使っていた。最近訓練を始めたのだろう。呼吸を変えたのが剣を振り上げてからなので、霊力の圧縮が不十分なのは間違いないが、それでも多少は効果があるだろう。
「フィーちゃん! 殺したらダメだよ!」
フィーちゃんが、一撃目を義足を軸に回ってかわしたのを確認して、僕は思わず声を上げた。バスケットボールでいうピボットというやつだ。コンストラクタ村、我が故郷ながらどうなってんだろう。
「ナメるな!」
僕の野次に、ニヤニヤ男がキレた。僕をちょっと睨んだ後、間合いを取って剣をしっかり構える。圧縮に成功しているなら、そろそろ身体能力が向上してくる頃合いだ。
「え?」
再度踏み込んだニヤニヤ男の足が、ぐるんと天を向いたのが見えた。
「え?」
ダァァンッ
「ぎふぉあ」
ニヤニヤ男が背中から地面に叩きつけられる。
地面に落ちる瞬間、フィーちゃんが掴んでいた腕を少しだけ引いたところから見て、僕が体育の資料集から親父に教えた柔道の一本背負いと見て間違いない。
ちなみに投げた後少し腕を引くのは、投げられた側が自然に受け身を取れるようにという気遣いだ。前世で体育の先生が言っていた。
ちなみに、僕はまだこんなに上手に一本背負いはできない。
「ええええ……」
フィーちゃんは、握ったままになっている剣を、手首を義足で踏みつけて剥ぎ取る。
「バカな⁉︎」
ニヤニヤ男は、もうニヤニヤしていなかった。呆然と目を泳がせている。
「遥か年下の、しかも片足のない女に、文武両方で負ける気分はどうですか? 誇れるのは家柄だけ。後継者争いに生き残れると良いですね」
フィーちゃんの囁きが意地悪い。このニヤニヤ男がどこの家かは知らないけど、嫡男だったとして、試験で落ち、平民に公衆の面前で投げられるなどという無様をさらしては、後継者としては厳しくなる。次男以降ならもっと絶望的だろう。
この世界の貴族は女性当主も認められているし、基本子沢山で、平民と違って各種家庭教師がつくので優秀な人も多いのだ。当主争いは厳しい。
「お前がいながら、何だこの騒ぎは」
急に後ろから囁かれて、跳び上がる。気配を消して近づくのはやめていただきたい。いや、気配とかわからないけど。
「でん、いやスタックさん。結果どうでした?」
振り返ると、平民が着る服を緩く着ている王太子殿下が立っていた。護衛のストリナも一緒だ。
「言い間違いしそうだったぞ。早く慣れろよ。結果はもちろん合格だ」
この人は王族で、国内最高峰の教師が全力を上げて育てた逸材だ。この人が基礎以下のレベルの入試で落ちるはずもない。
「それで、これは何の騒ぎだ?」
「ああ、なんか入試に落ちた貴族のボンボンが、うちのフィーちゃんに絡んで、今無礼討ちに失敗して投げられたところです」
端的に説明すると、殿下は苦笑いした。
「ああ、あいつか。あいつの親父から入学の口利きを頼まれていたんだが、断って正解だったな」
なるほど。この人が。僕も話に乗らなくて良かった。
「クソッ! 何なんだこの学校は⁉︎ どうせ勉強なんてやっても無駄だ! 貴族は優秀な平民を雇えば良いだけなんだからな!」
顔を真っ赤にしたニヤニヤ男が、捨て台詞を残して走り去っていく。
「雇えると良いですね~」
フィーちゃんがヒラヒラと手を振って見送る。杖を拾って、僕らを振り返る。
「すいません。お待たせしました。おや? そちらの方は?」
フィーちゃんと殿下は初対面。バレないように気をつけないと。
「いろいろあってコンストラクタ寮でお世話になることになったスタックと言います。よろしく」
殿下が、破壊力のある爽やかな笑顔で握手を求めていく。
「コンストラクタ寮の家事全般と年少組の文字講師をやってる、フィーです。よ、よろしくお願いします」
フィーちゃん、顔を赤らめながら、殿下の手を遠慮がちに握る。さっきのニヤニヤ男とはえらい違う対応だ。と言うか、フィーちゃん僕相手だと赤くなったりしないんだけども。
「最近話題のジュードーか? 確か一本背負だったか?」
「そうです。私はこんなだから、訓練にも参加できてなくて、お見苦しいものをすいません」
「いやいや、見事なものだったよ。でも、訓練に参加してないなら誰に教わったんだ?」
「父に、自分の身は自分で守れるようになれって。父は騎士団の訓練中に習ったらしいです」
フィーちゃんの瞳が潤んで、チラッと殿下がこちらに視線を向けてきた。殿下にはコンストラクタ寮 に孤児を集めていることは話してある。僕がうなずくと、殿下もうなずいた。
「素晴らしい教えだな。さっきの貴族に見習わせたいくらいだ」
「さっきの貴族様は酷かったですもんね~。あ、でも貴族様には変わりがないから、私も裁かれちゃったりするのかな?」
「ああ、しばらくは一人で出歩かないほうが良いかもしれないね。もしも正規の衛兵に逮捕された場合は、自分はコンストラクタ家の庇護下にあると伝えると良い」
衛兵に捕まって正規の手順で裁判が開かれれば、平民を保護している貴族は弁護人として出廷できる。証人はたくさんいるし、ここフロートの街では、コンストラクタ家は王家に継ぐ権力者だ。あのニヤニヤ男が、証人の口を封じようとしても無駄だろう。逆に民の虐待の罪状を問うことも可能だろう。
無礼討ち失敗の時点で、こちらの勝利は確定したも同然だったりする。
不安そうなフィーちゃんがチラリと目配せをしてきたので、こちらにもうなずいておく。
「ホッとしたら喉乾いちゃった」
「勇気あるお姫様に、果実水を奢ってあげよう。リナちゃんにもねー」
前を歩く三人は楽しそうだ。殿下も王族であることを忘れる時間があっても良いかもしれない。
シーゲンの街の孤児たちから買った果実水を奢ってもらい、一息ついたところで、殿下は言った。
「さ、気を取り直して、インテージャの合格発表を見にいこうか」
あ、今日はそのために来てたんだ。危うく忘れるところだった。
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