7 / 46
007 夜の庭園
しおりを挟む
ーーゼノンが宮殿に来た日の夜の庭園
ルシェルはいつものように、夜の庭園を散策をしていた。
もはやルシェルにとって肩の力を抜けるのはこの場所だけかもしれない。
(今日もあの蝶は来てくれるかしら…)
ルシェルが庭園の奥に進んでいくと、人影が見えた。
ルシェルはこの庭園に来る時は1人であることが多いため、人影を見て不安になった。
「皇后陛下?」
暗くてよく見えなかったが、こちらに近づいている人影を徐々に月明かりが照らし、その姿を捉えた。
「……もしかして、アンダルシアの王子殿下ですか?」
ルシェルが驚いて問いかけた。
「ええ、ゼノン・アンダルシアです。驚かせて申し訳ありません。でも、よかった…またお会いできました」
人影の正体はゼノンだった。ゼノンは先ほどの謁見の時と同じようにルシェルを見つめ、優しく微笑んだ。
ルシェルは不思議そうな顔をしてゼノンを見ている。
「……ところで、王子はここで何をされているのですか?」
「あぁ、これは失礼いたしました。美しい花々が見えたので散策していたのですが、迷ってしまいまして…」
ゼノンは少しお茶目に笑って見せた。照れたようなその顔はとても可愛らしかった。
(こんな顔もできるのね....)
ゼノンの初めて見せる年相応な表情に、ルシェルは安堵した。
「そうでしたか。では、王子が滞在されている客殿まで私がお送りいたしましょう」
「それは助かります。では、送っていただくついでと言ってはなんですが……もう少し散策にお付き合いいただけないでしょうか?」
ゼノンが楽しそうにルシェルに問いかける。
「.....」
「……いけませんか?皇后陛下」
(.......こんな夜更けに、他国の王子と2人でいるところを誰かに見られでもしたら……よくない噂が立ってしまうかもしれないわ)
「……お誘いはありがたいのですが、夜も更けてまいりましたし…明日改めてご案内させていただくというのはいかがでしょう?」
「それもそうですね……失礼いたしました。では、明日改めてお願いします」
「ええ。それに実は、今回の王子の来訪に合わせてこの庭園を開放したのですよ。なので、明日ゆっくり案内させてくださいね」
「そうでしたか…それはとても嬉しいです。明日が楽しみです」
2人は顔を見合わせて微笑みあった。
ゼノンを客殿まで見送りながら、ルシェルは少しだけ昔の話をした。
この庭園は、ノアがルシェルのために作ってくれた庭園だったということ。
そして、もうこの庭園を大切に思い訪れるのは、ルシェルだけだということ。
ルシェルは話をするうちに次第に目線が下がり、目が潤んできた。
言葉にできる寂しさは誰かに話せば紛れるかもしれない。
けれど、言葉にできない寂しさは一体どうしたらいいのだろう。
こうやって過ぎ去ったものを恋しく思うのは、あの時の思い出のせいなのか……それとも今直面している絶望のせいなのか。それはルシェルにもわからなかった。
ルシェルが物思いに耽っていると、ゼノンが口を開いた。
「では…これからは私が、皇后陛下の庭園散策のお相手をしてもよろしいでしょうか?」
ゼノンはルシェルの顔をそっと覗き込み、優しく微笑んだ。
「…え?」
ルシェルは、先ほどまで下がっていた視線をゼノンに向ける。
「私が相手では不足でしょうか…?」
ゼノンが少し拗ねたように言う。
「いいえ、とんでもない。では…お願いします」
「よかったです!それから、できれば私のことはゼノンと気楽にお呼びください。私もルシェル様とお呼びしたいのですが…よろしいでしょうか…?」
(彼はフランクな性格なのかしら?やはり”常に女性を侍らせている”という噂の方が正しいのかもしれないわね)
「ですが……私たちは、一国の皇后と王子です。そのように親しげに呼び合うのはどうかと……」
ルシェルはなんだか、少し可笑しくなって彼に意地悪を言った。
「…そうですか」
ゼノンはとても寂しそうな表情をしていた。
(まるで捨てられた子犬みたいね)
ルシェルはゼノンの子供のような反応が新鮮で、なんだか可笑しくなってきた。
「いいわ、わかりました。では、これから王子殿下の案内役を務めさせていただくことですし、二人の時だけというのはどうでしょう?」
「ありがとうございます!それで構いません。では、ルシェル様…これからどうぞよろしくお願いします」
「えぇ、ゼノン様。こちらこそよろしくお願いしますね」
ルシェルはゼノンを客殿まで見送り、寝室へと戻った。
(王子殿下は確か…18歳だったかしら...イザベルと同い年ね。大勢の前での彼は、なんだかすごく大人びて見えるけれど、さっきの彼はなんだかまるで子供みたいだったわ…)
ルシェルはベッドに横になり目を閉じると「フフッ」と微笑んだ。
なんだか今日はいい夢が見れるようなそんな気がしていた。
あの銀色の蝶に会えなかったにも関わらず、その日はなぜかすぐに眠りについたのだった。
”良い夢を”どこかから声が聞こえてきた気がしたが、気のせいだろうか。
ルシェルはいつものように、夜の庭園を散策をしていた。
もはやルシェルにとって肩の力を抜けるのはこの場所だけかもしれない。
(今日もあの蝶は来てくれるかしら…)
ルシェルが庭園の奥に進んでいくと、人影が見えた。
ルシェルはこの庭園に来る時は1人であることが多いため、人影を見て不安になった。
「皇后陛下?」
暗くてよく見えなかったが、こちらに近づいている人影を徐々に月明かりが照らし、その姿を捉えた。
「……もしかして、アンダルシアの王子殿下ですか?」
ルシェルが驚いて問いかけた。
「ええ、ゼノン・アンダルシアです。驚かせて申し訳ありません。でも、よかった…またお会いできました」
人影の正体はゼノンだった。ゼノンは先ほどの謁見の時と同じようにルシェルを見つめ、優しく微笑んだ。
ルシェルは不思議そうな顔をしてゼノンを見ている。
「……ところで、王子はここで何をされているのですか?」
「あぁ、これは失礼いたしました。美しい花々が見えたので散策していたのですが、迷ってしまいまして…」
ゼノンは少しお茶目に笑って見せた。照れたようなその顔はとても可愛らしかった。
(こんな顔もできるのね....)
ゼノンの初めて見せる年相応な表情に、ルシェルは安堵した。
「そうでしたか。では、王子が滞在されている客殿まで私がお送りいたしましょう」
「それは助かります。では、送っていただくついでと言ってはなんですが……もう少し散策にお付き合いいただけないでしょうか?」
ゼノンが楽しそうにルシェルに問いかける。
「.....」
「……いけませんか?皇后陛下」
(.......こんな夜更けに、他国の王子と2人でいるところを誰かに見られでもしたら……よくない噂が立ってしまうかもしれないわ)
「……お誘いはありがたいのですが、夜も更けてまいりましたし…明日改めてご案内させていただくというのはいかがでしょう?」
「それもそうですね……失礼いたしました。では、明日改めてお願いします」
「ええ。それに実は、今回の王子の来訪に合わせてこの庭園を開放したのですよ。なので、明日ゆっくり案内させてくださいね」
「そうでしたか…それはとても嬉しいです。明日が楽しみです」
2人は顔を見合わせて微笑みあった。
ゼノンを客殿まで見送りながら、ルシェルは少しだけ昔の話をした。
この庭園は、ノアがルシェルのために作ってくれた庭園だったということ。
そして、もうこの庭園を大切に思い訪れるのは、ルシェルだけだということ。
ルシェルは話をするうちに次第に目線が下がり、目が潤んできた。
言葉にできる寂しさは誰かに話せば紛れるかもしれない。
けれど、言葉にできない寂しさは一体どうしたらいいのだろう。
こうやって過ぎ去ったものを恋しく思うのは、あの時の思い出のせいなのか……それとも今直面している絶望のせいなのか。それはルシェルにもわからなかった。
ルシェルが物思いに耽っていると、ゼノンが口を開いた。
「では…これからは私が、皇后陛下の庭園散策のお相手をしてもよろしいでしょうか?」
ゼノンはルシェルの顔をそっと覗き込み、優しく微笑んだ。
「…え?」
ルシェルは、先ほどまで下がっていた視線をゼノンに向ける。
「私が相手では不足でしょうか…?」
ゼノンが少し拗ねたように言う。
「いいえ、とんでもない。では…お願いします」
「よかったです!それから、できれば私のことはゼノンと気楽にお呼びください。私もルシェル様とお呼びしたいのですが…よろしいでしょうか…?」
(彼はフランクな性格なのかしら?やはり”常に女性を侍らせている”という噂の方が正しいのかもしれないわね)
「ですが……私たちは、一国の皇后と王子です。そのように親しげに呼び合うのはどうかと……」
ルシェルはなんだか、少し可笑しくなって彼に意地悪を言った。
「…そうですか」
ゼノンはとても寂しそうな表情をしていた。
(まるで捨てられた子犬みたいね)
ルシェルはゼノンの子供のような反応が新鮮で、なんだか可笑しくなってきた。
「いいわ、わかりました。では、これから王子殿下の案内役を務めさせていただくことですし、二人の時だけというのはどうでしょう?」
「ありがとうございます!それで構いません。では、ルシェル様…これからどうぞよろしくお願いします」
「えぇ、ゼノン様。こちらこそよろしくお願いしますね」
ルシェルはゼノンを客殿まで見送り、寝室へと戻った。
(王子殿下は確か…18歳だったかしら...イザベルと同い年ね。大勢の前での彼は、なんだかすごく大人びて見えるけれど、さっきの彼はなんだかまるで子供みたいだったわ…)
ルシェルはベッドに横になり目を閉じると「フフッ」と微笑んだ。
なんだか今日はいい夢が見れるようなそんな気がしていた。
あの銀色の蝶に会えなかったにも関わらず、その日はなぜかすぐに眠りについたのだった。
”良い夢を”どこかから声が聞こえてきた気がしたが、気のせいだろうか。
111
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~
桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜
★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました!
10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。
現在コミカライズも進行中です。
「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」
コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。
しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。
愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。
だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。
どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。
もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。
※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!)
独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。
※誤字脱字報告もありがとうございます!
こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。
旦那様、離婚してくださいませ!
ましろ
恋愛
ローズが結婚して3年目の結婚記念日、旦那様が事故に遭い5年間の記憶を失ってしまったらしい。
まぁ、大変ですわね。でも利き手が無事でよかったわ!こちらにサインを。
離婚届?なぜ?!大慌てする旦那様。
今更何をいっているのかしら。そうね、記憶がないんだったわ。
夫婦関係は冷めきっていた。3歳年上のキリアンは婚約時代から無口で冷たかったが、結婚したら変わるはずと期待した。しかし、初夜に言われたのは「お前を抱くのは無理だ」の一言。理由を聞いても黙って部屋を出ていってしまった。
それでもいつかは打ち解けられると期待し、様々な努力をし続けたがまったく実を結ばなかった。
お義母様には跡継ぎはまだか、石女かと嫌味を言われ、社交会でも旦那様に冷たくされる可哀想な妻と面白可笑しく噂され蔑まれる日々。なぜ私はこんな扱いを受けなくてはいけないの?耐えに耐えて3年。やっと白い結婚が成立して離婚できる!と喜んでいたのに……
なんでもいいから旦那様、離婚してくださいませ!
捨てたものに用なんかないでしょう?
風見ゆうみ
恋愛
血の繋がらない姉の代わりに嫁がされたリミアリアは、伯爵の爵位を持つ夫とは一度しか顔を合わせたことがない。
戦地に赴いている彼に代わって仕事をし、使用人や領民から信頼を得た頃、夫のエマオが愛人を連れて帰ってきた。
愛人はリミアリアの姉のフラワ。
フラワは昔から妹のリミアリアに嫌がらせをして楽しんでいた。
「俺にはフラワがいる。お前などいらん」
フラワに騙されたエマオは、リミアリアの話など一切聞かず、彼女を捨てフラワとの生活を始める。
捨てられる形となったリミアリアだが、こうなることは予想しており――。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
私を忘れた貴方と、貴方を忘れた私の顛末
コツメカワウソ
恋愛
ローウェン王国西方騎士団で治癒師として働くソフィアには、魔導騎士の恋人アルフォンスがいる。
平民のソフィアと子爵家三男のアルフォンスは身分差があり、周囲には交際を気に入らない人間もいるが、それでも二人は幸せな生活をしていた。
そんな中、先見の家門魔法により今年が23年ぶりの厄災の年であると告げられる。
厄災に備えて準備を進めるが、そんな中アルフォンスは魔獣の呪いを受けてソフィアの事を忘れ、魔力を奪われてしまう。
アルフォンスの魔力を取り戻すために禁術である魔力回路の治癒を行うが、その代償としてソフィア自身も恋人であるアルフォンスの記憶を奪われてしまった。
お互いを忘れながらも対外的には恋人同士として過ごす事になるが…。
完結まで予約投稿済み
世界観は緩めです。
ご都合主義な所があります。
誤字脱字は随時修正していきます。
【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています
高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。
そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。
最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。
何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。
優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。
【完結】ええと?あなたはどなたでしたか?
ここ
恋愛
アリサの婚約者ミゲルは、婚約のときから、平凡なアリサが気に入らなかった。
アリサはそれに気づいていたが、政略結婚に逆らえない。
15歳と16歳になった2人。ミゲルには恋人ができていた。マーシャという綺麗な令嬢だ。邪魔なアリサにこわい思いをさせて、婚約解消をねらうが、事態は思わぬ方向に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる