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《序章 精霊刀剣》【選ばれし子どもたち編】
第一話 火の精霊刀
しおりを挟む「人は死ぬと、どうなるのか」
太古より、人類はこの問いに答えを求め続けてきた。
宗教、哲学、科学。
いずれも真理を掴みきれず、結局のところ、死の向こう側は謎のままだ。
かつては言われていた。
生前に善を積めば天国へ、悪を積めば地獄へ落ちると。
否──それは幻想だ。
今の時代、その考えは既に神話として扱われている。
現代の日本では、今や“精霊説”が通説となっている。
人は死後、“精霊”となり、この現世に留まる。
その魂は、精霊の体内にある“精霊玉”に宿るとされ、やがて時が満ちれば、精霊は再び人として転生する。
それが、“輪廻転生”の現代的な解釈だ。
だが、精霊にも人間同様、「良き精霊」と「悪き精霊」が存在する。
良き精霊は、静かに現世を彷徨い、人に害を成すことはない。
むしろ、人の持つ霊力を媒介にして使われる“霊法”の源となり、悪き精霊との戦闘の中で重要な資源となっている。
しかし、悪き精霊は、現代人を害なす存在であり、時には命を脅かす。
よって、良き精霊とはっきり区別させるため、悪き精霊は別名としてこう呼ばれる。
──“悪霊”と。
精霊、そして悪霊には属性が存在する。
火災などの火が原因で死んだものは火属性となり、溺死などの水が原因で死んだものは水属性となる。
つまりは死因と結びついており、風・地・雷・氷などについても同様だ。
悪霊は輪廻転生の輪から外れた存在。
このままでは、いずれ魂は“無”へと還り、二度と転生できぬ。
ゆえに──
悪霊を“祓い”、本来の精霊へと還すことで、再び転生の輪へ戻すことができる。
それが、悪霊にとっての“救済”なのだ。
そしてこの物語は、悪霊を祓い、彼らの魂を救う者たちの──
戦いの物語である。
─────────────────────────────────────
【青森県八戸市 八戸駅前 とあるラーメン店】
「……どうする?」
湯気がもうもうと立ち込めるカウンター越し、店主が腕を組み、ぎろりとおれを見据えてきた。
まるで「ここから先は覚悟の世界だぞ」とでも言わんばかりの視線だ。
「もちろん……“全マシ”で!」
おれが、椅子から立ち上がりそうな勢いで宣言すると、店主の口元がわずかに吊り上がる。
「了解!待ってな!」
声も動きも豪快に、店主は鍋を振りはじめた。
ジュワァァァ……と背脂が弾け、ニンニクと豚骨の匂いが店中を満たす。
「しっかし、いいのかい銀ちゃん!
『健康診断、“B判定”になっちゃいましたーー!』って、この前嘆いてなかったか!?」
「大丈夫ですよ!
これからは野菜も、ちゃんと“増し”で注文しますので!」
「そ、そういう問題……?
だからいつもは『野菜だけ少なめで!』で注文してたのに、今回は『全マシで!』にしたのか」
「はい、そうです!」
──ここは、八戸駅前にあるラーメン店。その名も”元祖 三郎ラーメン“。
濃厚な豚骨醤油ベースのスープに、背脂・極太麺・ニンニク・チャーシュー・カラメ・野菜などを、客の好みに合わせて盛りまくるスタイルが特徴だ。
そして今、目の前に置かれたこの三郎ラーメンをこよなく愛し、一心不乱にすすり始めたおれの名前は、佐藤銀河。
“国立十文字学園高等部八戸校祓い科”の二年生だ。
おれは、紺色のブレザーに身を包み、レンゲでスープをすくう。
この制服、そして左胸のポケットに刺繍された「十」と「G」が交差するこの校章こそ、日本政府の“精霊省”直轄──悪霊祓いを専門とする特別教育機関、“国立十文字学園”の象徴にして、そこに属する生徒たちの証である。
十文字学園は、中等部と高等部があり、中等部は“精霊科”のみであるが、高等部は“祓い科”と精霊科に分かれる。
祓い科はその名のとおり、悪霊祓いを専門とし、精霊科は祓い科の支援・補助を主に専門とする。
「 ♪ ~~」
三郎ラーメンを無我夢中で啜っていたら、スマートフォンの着信音が店内に鳴り響く。
おれはスマートフォンを手に取り画面をみると、“樹々吏さん“と表示されていた。
緑色の受話器アイコンをタップする。
「はい、佐藤です!」
「あっ!もしもし!杉本ですけど!
今どこにいる?」
「八戸駅前のラーメン屋です!」
「そうか!ちょうどよかった!
出たから来てくれる?」
「わかりました!
場所はどこですか?」
「長寿山!」
「え!?」
何がちょうどよかったのかよくわからない。
“長寿山”とは、長寿中学校の裏山のことで、ここからだと長寿山までは、全速力で走っても20分はかかる。
「麓にいるからよろしくねー♪」
「あっ、はい!わかりました!」
電話を切り、急いで目の前にある三郎ラーメンを掻き込む。
“サブリアン”の名に恥じぬよう、スープまで一滴残さず飲み干す。
サブリアンとは、三郎ラーメンの熱狂的なファンのことで、当然おれもその一人。
「ごちそうさまでした!」
「お粗末さま!
またいつでも来てくれよ、銀ちゃん!」
「はい!
また明日来ます!」
「お、おう……そうか……
作ってる俺が言うのもなんだが……マジで身体には気をつけてくれよ?」
「ありがとうございます!」
おれは勢いよく扉を開け、駆け出した。
目指すは、長寿山——
悪霊の出現地点。
制服の裾をなびかせながら、おれは全速力で走り出す。
この身で、誰かを守れるのなら——
この武器で、誰かを救えるのなら——
全力で、前へ進むしかない。
─────────────────────────────────────
【長寿山 麓】
長寿山の麓に到着する頃には日も落ちていた。
目の前には木々の緑、そして整備されていない登山道が目に飛び込んでくる。
麓には街路灯が設置されているが、山の奥には当然設置されてないため、奥の状況は真っ暗で何も見えない。
異様な静けさがより一層不気味さを感じさせる。
「はあ……はあ……」
全速力でここまで駆けてきたせいで、息が切れている。
おれは制服の袖で額の汗を拭い、呼吸を整え始める。
「やあ♪
早かったね、銀河くん♪……って、くさっ!!
にんにくくさっ!!まーた、にんにく料理食べてたね!?」
声がして振り返ると、白いブレザーを纏った一人の女子生徒が立っていた。
見た目ボーイッシュでありながら、どこか気品を感じさせる笑み。
彼女こそ、電話主の正体。
精霊科三年、杉本樹々吏先輩だ。
十文字学園では、学科ごとに制服の配色が異なる。
祓い科は紺を基調とし、白がサブカラー。精霊科はその逆で、白を基調とし、紺がサブカラーとなる。
それぞれの役割を象徴するようなデザインだ。
「あっ!すみません!
慌てて来たもので、ブレスケア忘れてました!」
おれは慌ててポケットを探り、常備しているブレスケアを取り出すと、カリッと一粒口に放り込んだ。
彼女の背後では、すでに十文字学園の精霊科部隊が、長寿山全体を包むように“精霊壁”を展開していた。
それは、半透明のドーム状の結界で、悪霊が発生した際に悪霊を閉じ込める用途で使われる“霊法”の一種だ。
名前のとおり、精霊壁は精霊(悪霊含む)にしか効かず、人間には通じないため、人間の出入りは自由である。
精霊科の戦場での役割は、主に霊法を用いての情報収集、精霊壁の展開・保持。
そして負傷者の治療と、戦闘によって破壊された建物を修復することなど多岐にわたる。
霊法を使うには、基本的に詠唱が必要で、精霊壁を展開するときの詠唱は確か……
「精霊よ 我が霊力を糧とし 今ここに大いなる力 守りの力を与え賜え」
だったかな?
詠唱どおり、“霊法”を使うにはその人の持つ“霊力”を消費する。
“霊法”とは、魔法のような術のことで、“霊力”とは、選ばれし者のみが持つ、不可思議な力のことである。
「それで、今回の悪霊ってどんな感じなんですか?」
おれが尋ねると、樹々吏さんは電子端末を操作しながら答えた。
「今のところの情報によると──
上級が一体、中級が10体、下級が20体くらい!
全部柴犬型で、色は茶色って言ってたから、地属性だね!」
精霊省のデータによると、悪霊にはその脅威度に応じた階級が存在する。
この階級は“霊格”と呼ばれ、主に次の四つに分類されている。
•下級:いたずら程度の悪霊。群れることが多い。
•中級:人に危害を加える可能性がある。下級を従えることも。
•上級:命の危機を及ぼす存在。群れを率いるリーダー格。
•超常級:街一つを壊滅させる規模。災害級の悪霊。
「被害の方は?」
「今のところ、人的被害は報告なし!
早期に私たちが現場臨場、即座に精霊壁を展開して、悪霊を封じ込めたおかげでね♪」
「さすがです!」
ここからは祓い科の仕事だ。その役割は至ってシンプル。
そう——悪霊を祓うこと。
おれは、左腰に携行していた日本刀の鞘から、柄を引き抜いた。
「じゃ、いってらっしゃ~い♪
頑張ってね~!!」
樹々吏さんが結界の一部を指で弾くと、そこだけが“すっ”と開く。
おれはその隙間をすり抜け、精霊壁の内側へと踏み込んだ。
──静寂の中、空気の質が変わった。
肌を刺すような霊圧。土の匂いに混じる異臭。
まさに、悪霊の巣窟だ。
「さて……」
次の瞬間——
山頂の方から、野太い咆哮が響き渡った。
「ワオオオオオオオオンッ!!」
それは、闇の中に響く悪霊たちの遠吠えだった。
柄を握り直し、おれは遠吠えが聞こえてきた山頂を目指して、踏み出した。
─────────────────────────────────────
【長寿山 山頂】
木々の密度が徐々に疎らになり、斜面を登り切ったその先──
視界が一気に開けた。
そこは、長寿山の山頂。
夕闇の下、枯れた草と岩がごつごつと転がる開けた空間。
空は灰色にくすみ、冷たい風が吹き抜けていた。
そして、そこに──“奴”はいた。
「いたな……」
目の前にいるのは──
異様な威圧感を放つ、茶色い犬型の悪霊。
柴犬を巨大化させたような姿。
筋骨隆々とした体躯には、岩石のような瘤が浮かび、苔むした皮膚が土の匂いを漂わせていた。
濁った目。地を揺らすような唸り声。
その存在だけで、大地が脈動しているようにすら感じられる。
この圧倒的な霊気は……上級レベル。
『上級悪霊
俗名《ぞくみょう》:菊地榮吉郎
種別:柴犬型
属性:地』
次の瞬間、上級悪霊が空を仰ぎ、咆哮を放った。
「ワオオオオオン!!」
咆哮が山を駆け抜けると同時に──
四方の木々がざわめき、次々と影が現れる。
中級悪霊、10体。下級悪霊、20体ほど。
すべて、樹々吏さんからの報告にあった通り、地属性の柴犬型。
「大丈夫……
すぐ楽にしてあげるから」
おれは柄を強く握りしめ、大声で叫んだ。
「来い!!朱炎雀!!」
その名を叫んだ瞬間——
おれの体内から、まばゆい紅蓮の光が噴き上がる。
「ーーーーーーーーーーーーーーー !!!」
雄叫びと共に、炎が渦を巻く。
天へと飛翔するように、火の翼を広げた神鳥の姿が現れる。
これぞ──
“火の大精霊・朱炎雀”
その身は燃え盛る炎で構成され、金と朱の羽が宙を裂くように舞い踊る。
おれが今、手に持っているのは──
“火の精霊刀“
柄は、日本刀の構造をしており、黒色の鍔、柄巻きされた黒色の握り、柄頭の部分は、通称“精霊玉”と呼ばれる透明色の水晶玉で構成されている。
朱炎雀は、空中で火の翼を大きく広げると、旋回し、真っ直ぐおれの持つ柄へと向かって舞い降りた。
そして、柄頭にある“精霊玉”に、朱炎雀が吸い込まれていく。
次の瞬間──
透明色だった精霊玉が、赤色に染まる。
すると、柄の先端から灼熱の炎が吹き上がり、揺らめきながら凝縮され、“火の刀身”を形成した。
今──
この刀は“真なる形”を顕現した。
“柄”だけだった未完成の刀に、大精霊の力が宿り、“火の刀身”がここに生まれ、“火の精霊刀”は真価の姿を現した。
これこそが──
大精霊に選ばし者のみが扱うことを許された、伝説級の武器。
その名も──
“精霊刀剣”。
「グルルル……ワンッ!!」
最前列の中級悪霊が一体、獰猛な目つきでおれに飛びかかってくる。
「燃え尽きろッ!!」
火の精霊刀を横一閃──
空を裂くような炎の軌跡が走り、悪霊の胴を真っ二つにした。
「ギャオォォオーーッ!!」
断末魔をあげた悪霊の体が、一瞬で灰となって崩れた。
──その瞬間。
それが合図となったように、残りの悪霊たちが一斉に襲いかかってくる。
「ワンッ!!」
群がる悪霊の群れの中心にいる、上級悪霊が口を大きく開いた。
すると、その口元には、茶色の円形魔法陣のようなものが展開された。
これは、霊法を使う際に浮かび上がる“霊法陣”と呼ばれるもの。
「……来るか!」
次の瞬間——
地面が唸りを上げ、“地の円形型霊法陣”が茶色に輝き出すと、そこから巨大な岩塊が出現。
それはまるで、山の一部を切り出したかのような質量をもって発射された。
「ッ!」
おれは、すかさず近くの木の幹を蹴って飛び上がり、岩塊の軌道をかわす。
岩は地面に衝突し、轟音と土煙が山頂を揺らした。
空中で一回転しながら着地する瞬間——
おれは火の精霊刀を逆手に握り、構えた。
「火の叫び THE FIRST!!」
着地と同時に火の精霊刀を地面に突き刺す。
火の刀身が地を貫いた瞬間、火が十字に地を走ると、ぐるりと回り円を描き始める。
形成されるのは巨大な──
“火の円形型霊法陣”
「斬火讐炎陣!!!!」
霊法発動の刹那。
火の円形型霊法陣が赤色に輝き、膨大な炎が噴き出す。
轟音と共に立ち昇り、天を貫くほどの──巨大な火柱と化す。
「ギャオオオオオ!!」
突進してきた悪霊たちを一瞬で包み込み、そして、大火力の炎が悪霊たちを焼き焦がしていく。
悪霊たちの体は一瞬で消し炭となり、残されたのは——
黒く濁った水晶玉。
これは、通称“悪霊玉”と呼ばれる、精霊にとっての癌であり、悪霊にとっての心臓とも言える、水晶玉の形を成した玉だ。
悪霊は肉体を失っても、この悪霊玉が残る限り祓えない。
「パキッ……パキッ……パキン!」
だが、斬火讐炎陣の炎は、その悪霊玉すら次々と焼き砕いていった。
灼熱の炎が、悪霊たちの悪霊玉をひとつひとつ、確実に砕いていく。
そして——
砕けた悪霊玉から、微かに光がこぼれる。
その光の中から、透き通るような人影が現れた。
30代ほどの男性。
それは──上級悪霊の“元”となった、精霊の魂。
彼はおれを見て、静かに微笑む。
言葉はない。
だが、その眼差しには──深い“感謝”が滲んでいた。
やがて、その姿はふわりと浮かび、夜空へと舞い上がる。
そのあとを追うように、無数の光が浮かび上がった。
それは、中級・下級悪霊の“元”となった精霊たちの魂。
彼らもまた、光の粒となって空へ還っていく。
闇の空に浮かぶ、静かな光の列。
その全てがやがて、夜空の一点に吸い込まれ、消えていった。
──悪霊祓い、完了。
「良き、来世を」
キンッ!
おれは、火の精霊刀を静かに鞘に収めた。
─────────────────────────────────────
※用語解説
・精霊刀剣:大精霊に選ばし者のみが扱うことを許された、伝説級の武器。
外見は刀剣身を欠いた“ 柄(つか)”のみの、“未完成の刀剣”にすぎない。
しかし、大精霊をその柄に宿すことで、“刀剣身”が顕現し、初めて真の武器──精霊刀剣として完成する。
その刀剣身は物質にあらず──大精霊そのもの。
・柄(つか):鍔より後ろにある、刀剣や弓の手で握る部分。柄頭・握り・鍔などを含む構造の総称。
・刀剣身:鍔より前にある、刀剣の金属製部分全体。刀剣の本体ともいえる。
・俗名(ぞくみょう):生前に使用していた名前のこと。
※キャラクター紹介
プロフィール
名前:佐藤 銀河
年齢:17歳
身長:170cm
体重:70kg
職業:国立十文字学園高等部八戸校祓い科二年
武器:火の精霊刀
召喚精霊:火の大精霊 朱炎雀
性格:単純・純粋・謙虚
一人称:「おれ」。ちなみに前は「僕」だったが、“とある理由”により、「おれ」となった。
好きな食べ物:三郎ラーメン・にんにく料理(エチケットとして、ちゃんとブレスケアを常備しているが、うっかりして使用を忘れがち)
最近気になっていること:三郎ラーメン中毒から抜け出せないこと
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