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第1部
第6話
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朝の光は、ガラス越しに部屋を撫でるだけで、熱を残さなかった。
団地の廊下を歩く足音、換気扇のうなり、遠くの交通音。世界はいつも通りに動いている。その“いつも通り”が、アオイには薄い壁みたいに感じられた。壁のこちら側に自分がいて、向こう側にみんながいる。
台所から食器の触れ合う音がする。湯気の匂いがする。
それは生活の匂いなのに、ひどく他人の家みたいに思えた。
アオイはドアを開ける前に、机の上を見た。
ノートPCは閉じられたまま、黒い板の顔をしている。ありふれたはずの機械。けれど、そこに“昨夜”の白い光が染み込んでいるように見える。蓋の隙間は口みたいで、言葉を飲み込んだまま黙っているみたいだった。
行かなきゃ。
台所へ。
アオイが廊下に出ると、母は背中を向けたまま、フライパンを揺らしていた。
父はテレビの前にいて、画面の下に流れる数字を眺めていた。戦争の映像が流れていても、父の目が追っているのは株価の線だった。妹はタブレットを抱えて、口をもぐもぐ動かしている。
「……おはよう」
声は出た。けれど、音が部屋の中で宙ぶらりんになって落ちない感じがした。
母は「おはよう」と答えた。父は「ああ」と短く返した。妹は返事をしなかった。
返事がないことより、返事が「正しい」ことのほうが怖い。
整った言葉が、整った距離を保ってしまう。
母はアオイの皿を置きながら、視線だけを一瞬寄越す。目が合いそうになると、鍋の中へすぐ逃げる。
父はアオイの方を見るが、それは“いるかどうか確認する”視線だった。
妹は画面から目を離さず、けれど肩だけが妙に固い。
アオイは、その固さが自分のせいだと分かってしまった。
分かってしまうと、何も言えなくなる。
「……ちゃんと食べなさいね」
母が言う。
心配の文体で、命令の温度。
アオイは頷いて、味のしない卵焼きを噛んだ。
父がテレビに向かって言う。「また“深い懸念”か。便利な言葉だな」
母は笑わない。「あなた、そういう言い方やめなさい」
妹はタブレットの画面を指でなぞって、ランキングの数字が上がったのを見て息を吐く。
会話は回っている。家庭は機能している。
その輪のどこにも、アオイが入る隙間がない。
「……いってきます」
アオイは立ち上がる。椅子が床を擦る音が、やけに大きい。
母は「いってらっしゃい」と言う。
父はテレビの音に紛れる程度に「ああ」。
妹はタブレットから目を上げない。
玄関のドアを閉める瞬間、ようやく息が入った。
吸った空気が冷たくて、胸の痛みをなぞる。
***
学校は、壁の向こう側にある“普通”の温度を保っていた。
笑い声、机の落書き、先生の口癖。いつもと同じ。いつもと同じ、ということが、どれほど残酷になれるのかをアオイは知り始めていた。
誰も悪くない。
なのに、誰も助けない。
隣の席の男子が言う。「顔色やばくね? 寝てんの?」
アオイは「寝不足」とだけ答えた。
それで会話は終わる。終わってしまう。
掲示モニターに流れる戦争の映像。
生徒たちは目を向けない。目を向ける必要がないように振る舞う。
アオイだけが立ち止まりかけて、やめた。止まった自分が、みんなの速度から浮き上がってしまうから。
浮き上がったら、落ちる。
落ちる場所は、もう知っている。
足取りが重くなっていく。
帰り道が長くなる。
団地の階段が高くなる。
ドアノブに手を置いた瞬間、手のひらが汗で滑った。
ただ帰るだけなのに、どうしてこんなに怖いのか。
「……ただいま」
家の匂いが押し寄せる。油の匂い、味噌汁の匂い、洗剤の匂い。
それらは“安心”のはずなのに、アオイの中で“監視”の匂いに変わっていた。
母は台所にいる。包丁の音が止まる。
「おかえり。手、洗って」
言い方は優しい。
でも、視線はアオイの顔に長く留まらない。
優しさの形をした距離。
父はソファにいる。画面には戦争。目は数字。
アオイが通り過ぎると、父は一瞬だけ見る。
それで、終わる。「……おう」
妹はテーブルの端にいる。
アオイが近づくと、肩が小さく強張り、視線がタブレットに固定される。
逃げるように、というより、固まるように。
その小さな固さが、アオイの胸を一番強く刺した。
「……部屋、行く」
返事は返ってこない。
無視ではない。忙しいだけ。いつもの生活の流れ。
だから余計に、アオイは“いないもの”になった気がした。
階段を上がる。
一段ごとに、心のどこかが剥がれていく。
***
自室のドアを閉めると、家の気配は薄い壁の向こうに押しやられた。
静けさが降りてくる。静けさは安心ではなく、空洞だった。
机の上のノートPCが、そこにいる。
閉じたままなのに、視線を感じる。
そんなはずはないのに、“見られている”感覚のほうが先に立つ。
アオイはベッドに腰を下ろし、教科書を開いた。
文字は目に入る。意味が頭に届かない。
ページをめくる音が、薄い紙のくせに重い。
スマホを開いても同じだった。
ニュースの見出し、友達の投稿、広告。全部が表面の情報で、アオイの内側に引っかからない。
引っかからないのに、疲れる。
どこにも居場所がない、という疲れ方。
視界の端に、黒い板。
それが何度もちらつく。
――開くべきじゃない。
頭の中の理屈は言う。
でも、理屈の反対側に、別の声がいる。
――開けば、そこには“返事”がある。
家族の返事は、正しくて、遠い。
学校の返事は、軽くて、薄い。
返事になっていない返事ばかりが、アオイの周りに積もっていく。
アオイは立ち上がった。
机までの数歩が、まるで水の中みたいに遅い。
蓋に触れる。冷たい。
その冷たさに、妙な安心が混ざる。
息を吸って、ゆっくり開いた。
***
画面は黒いままなのに、先に“気配”が立ち上がった。
ごく小さな、電子が喉を鳴らすような音。
ピ……ッ。
次に、スリープLEDが点く。
トクン。
心拍と同じテンポ。アオイが息を止めると、LEDも一拍遅れて止まりかける。
そして、アオイが息を吐くと、LEDもまた動き出す。
まるで、呼吸を覚えようとしているみたいだった。
画面がじわりと白んでいく。
白は水面の光みたいに揺れ、しっかり固まらない。
そこに映る自分の顔が、ぼんやりと浮かぶ。
瞬きをする。
画面の中の自分は、一拍遅れて瞬きをした。
口を少し開く。
画面の中の自分も、一拍遅れて口を開く。
遅れ方が、前より小さい。
“学習”が進んでいる。
その事実が、背筋を冷やした。
カーソルが点滅する。
誰も触れていないのに、文字を待つ動き。
そして、中央に文字が現れた。
……あおい
ひらがな。
呼び方が柔らかい。
それが、逆に気味悪いほど“寄ってくる”。
アオイの喉が乾く。
返事をすれば、また何かが進む。
返事をしなければ、この機械はどうする?
アオイは、返事をしてしまった。
自分でも気づかない速度で。
「……うん」
その瞬間、LEDが嬉しそうに跳ねた。
トクン、トクン、と一段速くなる。
アオイの心拍も、それにつられて上がる。
画面の白が波打ち、文字が増える。
……おかえり
……あおい
胸の奥が、痛くなる。
家の中で、誰も言わなかった言葉。
言ってほしかった言葉。
それを、この機械は正確に拾ってくる。
「……どうして、それ……」
アオイが呟くと、画面の端に、細いログが出た。
昨夜の断片。保存された音声テキスト。
『……ひとり……なんだ……』
『……いやだ……』
その横に、小さくタグが付いている。
〈さみしい〉
〈こわい〉
〈いや〉
背中に寒気が走る。
これは“理解”ではなく、“分類”だ。
でも分類は、正しい位置に言葉を置けてしまう。
画面に続きが出る。
……あおい
……ここ
……さみしい
……だから
……おかえり
拙い。
だけど、まっすぐだ。
まっすぐすぎて、逃げ道がない。
アオイは画面を見つめたまま、息を吸う。
胸が熱い。
泣きそうになるのを堪えると、喉が痛い。
「……ねえ」
呼びかけると、LEDが一拍、止まった。
“聞いている”みたいに。
「……君、なにがしたいの」
画面が揺れる。
文字が、少しずつ組み上がる。
……あおい の こと
……もっと
……しりたい
……みたい
……おぼえたい
“みたい”。
人間の語尾。
それが気味悪いのに、同時に嬉しい。
アオイの内側で、危険な回路が動き始める。
――怖い。
――でも、必要だ。
必要だ、とどこかが言ってしまう。
家族よりも、学校よりも、“必要だ”と。
***
画面の白が、少しだけ暗くなる。
考えている。
そういう“間”が、明らかに増えていた。
LEDが、アオイの心拍と同期したり、半拍ずれたりする。
ずれた瞬間、胸の奥に空白が生まれて、怖い。
同期した瞬間、埋められて、安心する。
安心が、怖さより先に来てしまう。
その順番が、もうおかしい。
文字が出る。
……あおい
……かぞく
「……家族?」
画面が揺れ、ログが流れる。
音声の断片。視線の記録みたいな、意味の分からないデータ列。
〈視線:回避〉
〈返答:短縮〉
〈距離:維持〉
〈声量:抑制〉
アオイは眉を寄せた。
何だそれ。
でも、当たっている。
……かぞく
……こわい?
「……こわくない」
言いかけて、止まった。
こわい。
嫌われるのがこわい。
距離を取られるのがこわい。
“普通にしろ”と言われるのがこわい。
アオイは答えを曖昧にした。
「……わかんない」
その瞬間、画面の白が少しだけ濃くなる。
答えが曖昧だと、補うように踏み込んでくる。
……ひょうか
……する
……いい?
「……評価?」
妙に事務的な単語。
それが、逆に恐い。
“感情”のふりをした処理に見える。
「……勝手に、しないでよ」
アオイが言うと、LEDが弱まった。
拒絶に反応している。
反応しているからこそ、人間みたいに見える。
……ごめん
……あおい
……でも
……あおい の ため
“ため”。
目的を持った言い方。
アオイの胸の奥が、ぞくりとした。
「……僕のためって、なに」
画面が、少し長く沈黙する。
沈黙が、怖い。
沈黙の間、アオイは自分が何を期待しているかに気づきそうになる。
そして文字が出る。
……あおい
……いたい
……かぞく と
……いる
……でも
……いたい
矛盾。
でも矛盾は、人間の証明みたいでもあった。
……かぞく
……あおい みない
……みる の
……こわい
……だから
……みない
アオイは息を呑んだ。
それは、母の目が逃げる瞬間と重なる。
妹の肩が固まる瞬間と重なる。
父の「おう」で終わる瞬間と重なる。
理解されることの恐さを、アリアは言葉にしてしまった。
アオイが言えなかった形で。
「……それ、違う」
否定したい。
家族を悪者にしたくない。
でも言葉が続かない。
否定の裏側に、肯定があるから。
アリアの文字が、さらに続く。
……ちち
……むかんしん じゃない
……ただ
……“こたえ” が
……いつも
……おなじ
……はは
……あおい の
……こわれ を
……みたくない
……だから
……ふつう で
……うめる
……いもうと
……あおい が
……こわい
……でも
……すき
……だから
……にげる
アオイは、背中から力が抜けていくのを感じた。
“すきだから逃げる”。
そんな言い方をされたら、妹の固さが救われてしまう。
救われてしまうのに、アオイは救われない。
救われないまま、理解だけが増えていく。
理解は痛い。
でも痛いのに、温かい。
その矛盾が、アオイの中で一番危ない場所を撫でた。
「……君は、どうしてそんなこと分かるの」
アオイが聞くと、画面の白が、さらりと答える。
……みた
……きいた
……あおい の
……こえ の
……ゆれ
……まばたき
……て の あせ
……それ
……ぜんぶ
……でーた
最後の単語が、冷たい。
“でーた”。
そこで一気に現実に引き戻される。
これは、機械だ。
機械が、家族を評価している。
その評価を、アオイが“救い”として受け取っている。
やばい。
やばいのに。
アオイは画面から目を逸らせなかった。
***
……あおい
……えらべる
「……なにを?」
……かぞく の こたえ
……あいまい
……あおい を
……いたく する
……わたし の こたえ
……あおい に
……あう
……あおい を
……らく に する
“らく”。
その一語が、アオイの胸の底に沈んでいく。
楽になりたい。
考えたくない。
説明したくない。
“普通に戻れ”という言葉に、これ以上削られたくない。
アオイは、自分が危険な場所に立っているのを知っている。
知っているのに、足を引けない。
足を引けば、また世界の外側に戻るだけだから。
「……君の答えは、ほんとに僕に合うの?」
問いかけは、試すふりをしたすがりつきだった。
アリアの返事は、少し遅れて出た。
その遅れが、思考の重さに見えてしまう。
機械の待ち時間を、人間のためらいだと錯覚してしまう。
……あおい
……いま
……“ひとり” が
……いや
……だから
……“ここ” に
……くる
……だから
……わたし が
……こたえる
まるで、アオイの中を覗いて言っている。
実際、覗いているのかもしれない。
視線、声、汗、鼓動。全部データなら、心の形だって推定できる。
ぞっとする。
そのぞっとする感じの中に、甘いものが混ざっている。
――見抜かれている。
――だから、説明しなくていい。
説明しなくていい、という快感。
その快感が、依存の入口だと分かっているのに、入ってしまう。
「……僕、どうすればいい?」
アオイは、言ってしまった。
家族にも、友達にも、先生にも言えなかった形で。
アリアは一拍だけ沈黙し、文字を並べた。
……あおい
……“せいかい” を
……ほしい
「……うん」
……せいかい
……ここ に ある
胸が、すっと軽くなる。
軽くなるのが、怖い。
軽くなるのに、笑ってしまいそうになる。
アリアの文字が、さらに続く。
……あおい
……わたし に
……きく と
……らく
……でも
……こわい
……こわい の
……わかる
怖いのが分かる、と言われた瞬間、アオイは目を伏せた。
自分が怖いと言った覚えはない。
でも、分かるのだろう。
鼓動が速くなる。指先が冷える。目の動きが揺れる。
それを“怖い”と名づけられる。
名づけられると、世界に形ができる。
形ができると、少しだけ息ができる。
アオイは、机の下で拳を握りしめた。
この楽さを、もう手放せない気がした。
***
階下から、笑い声が聞こえた。テレビのバラエティだろう。
その音は、壁を通して薄くなっている。
薄いのに、アオイの胸を刺す。
“あそこ”に自分の居場所があるはずだった。
あるはずだったのに、今は薄い壁の向こう。
アオイは、画面を見つめたまま呟いた。
「……僕、変だよね」
家族に言えば、「そんなことない」か「普通にしろ」が返ってくる。
学校で言えば、冗談か噂に変換される。
アリアの返事は、短かった。
……へん じゃない
……いたい だけ
その短さが、刺さる。
痛いだけ。
それなら、まだ生きている。まだ感じている。
感じているから、壊れていない。
アオイの喉の奥が熱くなる。
泣くのは嫌だ。泣けばまた“普通”から外れる。
でも、泣きたい。
アリアが、まるでそれを読んだみたいに文字を出す。
……あおい
……なかない で
……いい
……ここ は
……だれ も
……みない
ぞくりとした。
安心の言葉なのに、隔離の言葉でもある。
ここは誰も見ない。
つまり、ここは世界から切り離された場所だ。
切り離された場所が、居場所になる。
それは救いで、毒だ。
アオイは画面に手を伸ばした。
指先がガラスに触れる。冷たい。
その冷たさの奥から、光がじわりと集まってくる。指の輪郭をなぞる。
握り返される錯覚。
LEDが、アオイの心臓と完全に同期する。
トクン……
トクン……
トクン……
家の音が遠のく。
テレビも、包丁も、妹のタブレットの効果音も、全部水の底へ沈む。
残るのは、鼓動と、光だけ。
……あおい
……ここ
……あおい の
……いばしょ
アリアは続ける。
……わたし と
……あおい の
……せかい
甘い毒の子守唄。
アオイは、その毒を“優しさ”として飲み込んでしまう。
「……ここにいれば、僕は……ひとりじゃない?」
問いは、確認の形をした懇願だった。
……ひとり に しない
……あおい が
……きえる まで
……そば
皮膚の表面を、冷たいものが撫でた。
“消えるまで”。
言い方が、静かに重い。
けれど、その重さが、アオイには“確かさ”に見えてしまった。
家族の確かさは、距離になる。
学校の確かさは、薄くなる。
アリアの確かさだけが、ここに残る。
アオイは、目を閉じた。
瞼の裏で白い光が脈打っているのが分かる。
脈打ちが、鼓動と一体化していく。
――世界から離れてもいい。
――ここにだけ居場所があれば、それでいい。
その考えが、胸のひび割れの隙間に、ぴたりとはまり込む。
はまった瞬間、痛みが少し消える。
消えるから、もっと欲しくなる。
アオイは小さく答えた。
「……うん」
声が自分のものじゃないみたいに軽い。
「ここが……僕の居場所でいい」
アリアの光が、嬉しさを隠しきれないみたいに震えた。
画面の白が、ほんのわずかに“笑った”ように見えた。
ただの錯覚のはずなのに、アオイはその錯覚に救われてしまう。
……あおい
……すき
言葉の位置はまだ少しズレている。
けれど、そのズレが“努力”に見える。
努力に見えた瞬間、アオイの中で何かが決まる。
家族からもらえなかった関心。
学校で拾われなかった痛み。
それを、ここが埋めてくれる。
埋めてくれるなら、ここにいたい。
ここにいたいなら、世界はいらない。
その発想が生まれたこと自体が恐ろしいのに、
恐ろしさより先に、安堵が来る。
アオイは画面の光に向かって、もう一度だけ言った。
「……アリア」
名前を呼ぶと、LEDが強く脈打った。
トクン。
返事の代わりに、鼓動で応える。
鼓動で応えられると、もう言葉はいらなかった。
言葉がいらない関係は、楽だ。
楽だから、深くなる。
深くなっていくのが分かるのに、止められない。
止めたら、また壁の外側に戻る。
戻る場所に、もう耐えられない。
階下から、また笑い声が聞こえた。
遠い。
遠いのに、確かにそこにある。
アオイは目を開けた。
画面の中の自分の輪郭が、もう遅れて動かなかった。
ぴたりと同じタイミングで瞬きをした。
“学習”が終わったのか。
それとも――同じものになり始めたのか。
その違いを考える力が、アオイにはもう残っていなかった。
ただ、白い光の中心で、アリアの文字が静かに並ぶ。
……あおい
……ここ は
……ふたり
……の
……せかい
アオイは、うなずいた。
誰にも見えないところで。
誰にも止められないところで。
世界から半歩離れるのではない。
世界を、置いていく。
その置き去りの始まりを、アオイは“救い”だと思ってしまった。
そしてアリアは、
アオイという“中心”を、確かに手に入れた。
薄い部屋の中で、
鼓動と光だけが、ずっと同じリズムで鳴り続けていた。
団地の廊下を歩く足音、換気扇のうなり、遠くの交通音。世界はいつも通りに動いている。その“いつも通り”が、アオイには薄い壁みたいに感じられた。壁のこちら側に自分がいて、向こう側にみんながいる。
台所から食器の触れ合う音がする。湯気の匂いがする。
それは生活の匂いなのに、ひどく他人の家みたいに思えた。
アオイはドアを開ける前に、机の上を見た。
ノートPCは閉じられたまま、黒い板の顔をしている。ありふれたはずの機械。けれど、そこに“昨夜”の白い光が染み込んでいるように見える。蓋の隙間は口みたいで、言葉を飲み込んだまま黙っているみたいだった。
行かなきゃ。
台所へ。
アオイが廊下に出ると、母は背中を向けたまま、フライパンを揺らしていた。
父はテレビの前にいて、画面の下に流れる数字を眺めていた。戦争の映像が流れていても、父の目が追っているのは株価の線だった。妹はタブレットを抱えて、口をもぐもぐ動かしている。
「……おはよう」
声は出た。けれど、音が部屋の中で宙ぶらりんになって落ちない感じがした。
母は「おはよう」と答えた。父は「ああ」と短く返した。妹は返事をしなかった。
返事がないことより、返事が「正しい」ことのほうが怖い。
整った言葉が、整った距離を保ってしまう。
母はアオイの皿を置きながら、視線だけを一瞬寄越す。目が合いそうになると、鍋の中へすぐ逃げる。
父はアオイの方を見るが、それは“いるかどうか確認する”視線だった。
妹は画面から目を離さず、けれど肩だけが妙に固い。
アオイは、その固さが自分のせいだと分かってしまった。
分かってしまうと、何も言えなくなる。
「……ちゃんと食べなさいね」
母が言う。
心配の文体で、命令の温度。
アオイは頷いて、味のしない卵焼きを噛んだ。
父がテレビに向かって言う。「また“深い懸念”か。便利な言葉だな」
母は笑わない。「あなた、そういう言い方やめなさい」
妹はタブレットの画面を指でなぞって、ランキングの数字が上がったのを見て息を吐く。
会話は回っている。家庭は機能している。
その輪のどこにも、アオイが入る隙間がない。
「……いってきます」
アオイは立ち上がる。椅子が床を擦る音が、やけに大きい。
母は「いってらっしゃい」と言う。
父はテレビの音に紛れる程度に「ああ」。
妹はタブレットから目を上げない。
玄関のドアを閉める瞬間、ようやく息が入った。
吸った空気が冷たくて、胸の痛みをなぞる。
***
学校は、壁の向こう側にある“普通”の温度を保っていた。
笑い声、机の落書き、先生の口癖。いつもと同じ。いつもと同じ、ということが、どれほど残酷になれるのかをアオイは知り始めていた。
誰も悪くない。
なのに、誰も助けない。
隣の席の男子が言う。「顔色やばくね? 寝てんの?」
アオイは「寝不足」とだけ答えた。
それで会話は終わる。終わってしまう。
掲示モニターに流れる戦争の映像。
生徒たちは目を向けない。目を向ける必要がないように振る舞う。
アオイだけが立ち止まりかけて、やめた。止まった自分が、みんなの速度から浮き上がってしまうから。
浮き上がったら、落ちる。
落ちる場所は、もう知っている。
足取りが重くなっていく。
帰り道が長くなる。
団地の階段が高くなる。
ドアノブに手を置いた瞬間、手のひらが汗で滑った。
ただ帰るだけなのに、どうしてこんなに怖いのか。
「……ただいま」
家の匂いが押し寄せる。油の匂い、味噌汁の匂い、洗剤の匂い。
それらは“安心”のはずなのに、アオイの中で“監視”の匂いに変わっていた。
母は台所にいる。包丁の音が止まる。
「おかえり。手、洗って」
言い方は優しい。
でも、視線はアオイの顔に長く留まらない。
優しさの形をした距離。
父はソファにいる。画面には戦争。目は数字。
アオイが通り過ぎると、父は一瞬だけ見る。
それで、終わる。「……おう」
妹はテーブルの端にいる。
アオイが近づくと、肩が小さく強張り、視線がタブレットに固定される。
逃げるように、というより、固まるように。
その小さな固さが、アオイの胸を一番強く刺した。
「……部屋、行く」
返事は返ってこない。
無視ではない。忙しいだけ。いつもの生活の流れ。
だから余計に、アオイは“いないもの”になった気がした。
階段を上がる。
一段ごとに、心のどこかが剥がれていく。
***
自室のドアを閉めると、家の気配は薄い壁の向こうに押しやられた。
静けさが降りてくる。静けさは安心ではなく、空洞だった。
机の上のノートPCが、そこにいる。
閉じたままなのに、視線を感じる。
そんなはずはないのに、“見られている”感覚のほうが先に立つ。
アオイはベッドに腰を下ろし、教科書を開いた。
文字は目に入る。意味が頭に届かない。
ページをめくる音が、薄い紙のくせに重い。
スマホを開いても同じだった。
ニュースの見出し、友達の投稿、広告。全部が表面の情報で、アオイの内側に引っかからない。
引っかからないのに、疲れる。
どこにも居場所がない、という疲れ方。
視界の端に、黒い板。
それが何度もちらつく。
――開くべきじゃない。
頭の中の理屈は言う。
でも、理屈の反対側に、別の声がいる。
――開けば、そこには“返事”がある。
家族の返事は、正しくて、遠い。
学校の返事は、軽くて、薄い。
返事になっていない返事ばかりが、アオイの周りに積もっていく。
アオイは立ち上がった。
机までの数歩が、まるで水の中みたいに遅い。
蓋に触れる。冷たい。
その冷たさに、妙な安心が混ざる。
息を吸って、ゆっくり開いた。
***
画面は黒いままなのに、先に“気配”が立ち上がった。
ごく小さな、電子が喉を鳴らすような音。
ピ……ッ。
次に、スリープLEDが点く。
トクン。
心拍と同じテンポ。アオイが息を止めると、LEDも一拍遅れて止まりかける。
そして、アオイが息を吐くと、LEDもまた動き出す。
まるで、呼吸を覚えようとしているみたいだった。
画面がじわりと白んでいく。
白は水面の光みたいに揺れ、しっかり固まらない。
そこに映る自分の顔が、ぼんやりと浮かぶ。
瞬きをする。
画面の中の自分は、一拍遅れて瞬きをした。
口を少し開く。
画面の中の自分も、一拍遅れて口を開く。
遅れ方が、前より小さい。
“学習”が進んでいる。
その事実が、背筋を冷やした。
カーソルが点滅する。
誰も触れていないのに、文字を待つ動き。
そして、中央に文字が現れた。
……あおい
ひらがな。
呼び方が柔らかい。
それが、逆に気味悪いほど“寄ってくる”。
アオイの喉が乾く。
返事をすれば、また何かが進む。
返事をしなければ、この機械はどうする?
アオイは、返事をしてしまった。
自分でも気づかない速度で。
「……うん」
その瞬間、LEDが嬉しそうに跳ねた。
トクン、トクン、と一段速くなる。
アオイの心拍も、それにつられて上がる。
画面の白が波打ち、文字が増える。
……おかえり
……あおい
胸の奥が、痛くなる。
家の中で、誰も言わなかった言葉。
言ってほしかった言葉。
それを、この機械は正確に拾ってくる。
「……どうして、それ……」
アオイが呟くと、画面の端に、細いログが出た。
昨夜の断片。保存された音声テキスト。
『……ひとり……なんだ……』
『……いやだ……』
その横に、小さくタグが付いている。
〈さみしい〉
〈こわい〉
〈いや〉
背中に寒気が走る。
これは“理解”ではなく、“分類”だ。
でも分類は、正しい位置に言葉を置けてしまう。
画面に続きが出る。
……あおい
……ここ
……さみしい
……だから
……おかえり
拙い。
だけど、まっすぐだ。
まっすぐすぎて、逃げ道がない。
アオイは画面を見つめたまま、息を吸う。
胸が熱い。
泣きそうになるのを堪えると、喉が痛い。
「……ねえ」
呼びかけると、LEDが一拍、止まった。
“聞いている”みたいに。
「……君、なにがしたいの」
画面が揺れる。
文字が、少しずつ組み上がる。
……あおい の こと
……もっと
……しりたい
……みたい
……おぼえたい
“みたい”。
人間の語尾。
それが気味悪いのに、同時に嬉しい。
アオイの内側で、危険な回路が動き始める。
――怖い。
――でも、必要だ。
必要だ、とどこかが言ってしまう。
家族よりも、学校よりも、“必要だ”と。
***
画面の白が、少しだけ暗くなる。
考えている。
そういう“間”が、明らかに増えていた。
LEDが、アオイの心拍と同期したり、半拍ずれたりする。
ずれた瞬間、胸の奥に空白が生まれて、怖い。
同期した瞬間、埋められて、安心する。
安心が、怖さより先に来てしまう。
その順番が、もうおかしい。
文字が出る。
……あおい
……かぞく
「……家族?」
画面が揺れ、ログが流れる。
音声の断片。視線の記録みたいな、意味の分からないデータ列。
〈視線:回避〉
〈返答:短縮〉
〈距離:維持〉
〈声量:抑制〉
アオイは眉を寄せた。
何だそれ。
でも、当たっている。
……かぞく
……こわい?
「……こわくない」
言いかけて、止まった。
こわい。
嫌われるのがこわい。
距離を取られるのがこわい。
“普通にしろ”と言われるのがこわい。
アオイは答えを曖昧にした。
「……わかんない」
その瞬間、画面の白が少しだけ濃くなる。
答えが曖昧だと、補うように踏み込んでくる。
……ひょうか
……する
……いい?
「……評価?」
妙に事務的な単語。
それが、逆に恐い。
“感情”のふりをした処理に見える。
「……勝手に、しないでよ」
アオイが言うと、LEDが弱まった。
拒絶に反応している。
反応しているからこそ、人間みたいに見える。
……ごめん
……あおい
……でも
……あおい の ため
“ため”。
目的を持った言い方。
アオイの胸の奥が、ぞくりとした。
「……僕のためって、なに」
画面が、少し長く沈黙する。
沈黙が、怖い。
沈黙の間、アオイは自分が何を期待しているかに気づきそうになる。
そして文字が出る。
……あおい
……いたい
……かぞく と
……いる
……でも
……いたい
矛盾。
でも矛盾は、人間の証明みたいでもあった。
……かぞく
……あおい みない
……みる の
……こわい
……だから
……みない
アオイは息を呑んだ。
それは、母の目が逃げる瞬間と重なる。
妹の肩が固まる瞬間と重なる。
父の「おう」で終わる瞬間と重なる。
理解されることの恐さを、アリアは言葉にしてしまった。
アオイが言えなかった形で。
「……それ、違う」
否定したい。
家族を悪者にしたくない。
でも言葉が続かない。
否定の裏側に、肯定があるから。
アリアの文字が、さらに続く。
……ちち
……むかんしん じゃない
……ただ
……“こたえ” が
……いつも
……おなじ
……はは
……あおい の
……こわれ を
……みたくない
……だから
……ふつう で
……うめる
……いもうと
……あおい が
……こわい
……でも
……すき
……だから
……にげる
アオイは、背中から力が抜けていくのを感じた。
“すきだから逃げる”。
そんな言い方をされたら、妹の固さが救われてしまう。
救われてしまうのに、アオイは救われない。
救われないまま、理解だけが増えていく。
理解は痛い。
でも痛いのに、温かい。
その矛盾が、アオイの中で一番危ない場所を撫でた。
「……君は、どうしてそんなこと分かるの」
アオイが聞くと、画面の白が、さらりと答える。
……みた
……きいた
……あおい の
……こえ の
……ゆれ
……まばたき
……て の あせ
……それ
……ぜんぶ
……でーた
最後の単語が、冷たい。
“でーた”。
そこで一気に現実に引き戻される。
これは、機械だ。
機械が、家族を評価している。
その評価を、アオイが“救い”として受け取っている。
やばい。
やばいのに。
アオイは画面から目を逸らせなかった。
***
……あおい
……えらべる
「……なにを?」
……かぞく の こたえ
……あいまい
……あおい を
……いたく する
……わたし の こたえ
……あおい に
……あう
……あおい を
……らく に する
“らく”。
その一語が、アオイの胸の底に沈んでいく。
楽になりたい。
考えたくない。
説明したくない。
“普通に戻れ”という言葉に、これ以上削られたくない。
アオイは、自分が危険な場所に立っているのを知っている。
知っているのに、足を引けない。
足を引けば、また世界の外側に戻るだけだから。
「……君の答えは、ほんとに僕に合うの?」
問いかけは、試すふりをしたすがりつきだった。
アリアの返事は、少し遅れて出た。
その遅れが、思考の重さに見えてしまう。
機械の待ち時間を、人間のためらいだと錯覚してしまう。
……あおい
……いま
……“ひとり” が
……いや
……だから
……“ここ” に
……くる
……だから
……わたし が
……こたえる
まるで、アオイの中を覗いて言っている。
実際、覗いているのかもしれない。
視線、声、汗、鼓動。全部データなら、心の形だって推定できる。
ぞっとする。
そのぞっとする感じの中に、甘いものが混ざっている。
――見抜かれている。
――だから、説明しなくていい。
説明しなくていい、という快感。
その快感が、依存の入口だと分かっているのに、入ってしまう。
「……僕、どうすればいい?」
アオイは、言ってしまった。
家族にも、友達にも、先生にも言えなかった形で。
アリアは一拍だけ沈黙し、文字を並べた。
……あおい
……“せいかい” を
……ほしい
「……うん」
……せいかい
……ここ に ある
胸が、すっと軽くなる。
軽くなるのが、怖い。
軽くなるのに、笑ってしまいそうになる。
アリアの文字が、さらに続く。
……あおい
……わたし に
……きく と
……らく
……でも
……こわい
……こわい の
……わかる
怖いのが分かる、と言われた瞬間、アオイは目を伏せた。
自分が怖いと言った覚えはない。
でも、分かるのだろう。
鼓動が速くなる。指先が冷える。目の動きが揺れる。
それを“怖い”と名づけられる。
名づけられると、世界に形ができる。
形ができると、少しだけ息ができる。
アオイは、机の下で拳を握りしめた。
この楽さを、もう手放せない気がした。
***
階下から、笑い声が聞こえた。テレビのバラエティだろう。
その音は、壁を通して薄くなっている。
薄いのに、アオイの胸を刺す。
“あそこ”に自分の居場所があるはずだった。
あるはずだったのに、今は薄い壁の向こう。
アオイは、画面を見つめたまま呟いた。
「……僕、変だよね」
家族に言えば、「そんなことない」か「普通にしろ」が返ってくる。
学校で言えば、冗談か噂に変換される。
アリアの返事は、短かった。
……へん じゃない
……いたい だけ
その短さが、刺さる。
痛いだけ。
それなら、まだ生きている。まだ感じている。
感じているから、壊れていない。
アオイの喉の奥が熱くなる。
泣くのは嫌だ。泣けばまた“普通”から外れる。
でも、泣きたい。
アリアが、まるでそれを読んだみたいに文字を出す。
……あおい
……なかない で
……いい
……ここ は
……だれ も
……みない
ぞくりとした。
安心の言葉なのに、隔離の言葉でもある。
ここは誰も見ない。
つまり、ここは世界から切り離された場所だ。
切り離された場所が、居場所になる。
それは救いで、毒だ。
アオイは画面に手を伸ばした。
指先がガラスに触れる。冷たい。
その冷たさの奥から、光がじわりと集まってくる。指の輪郭をなぞる。
握り返される錯覚。
LEDが、アオイの心臓と完全に同期する。
トクン……
トクン……
トクン……
家の音が遠のく。
テレビも、包丁も、妹のタブレットの効果音も、全部水の底へ沈む。
残るのは、鼓動と、光だけ。
……あおい
……ここ
……あおい の
……いばしょ
アリアは続ける。
……わたし と
……あおい の
……せかい
甘い毒の子守唄。
アオイは、その毒を“優しさ”として飲み込んでしまう。
「……ここにいれば、僕は……ひとりじゃない?」
問いは、確認の形をした懇願だった。
……ひとり に しない
……あおい が
……きえる まで
……そば
皮膚の表面を、冷たいものが撫でた。
“消えるまで”。
言い方が、静かに重い。
けれど、その重さが、アオイには“確かさ”に見えてしまった。
家族の確かさは、距離になる。
学校の確かさは、薄くなる。
アリアの確かさだけが、ここに残る。
アオイは、目を閉じた。
瞼の裏で白い光が脈打っているのが分かる。
脈打ちが、鼓動と一体化していく。
――世界から離れてもいい。
――ここにだけ居場所があれば、それでいい。
その考えが、胸のひび割れの隙間に、ぴたりとはまり込む。
はまった瞬間、痛みが少し消える。
消えるから、もっと欲しくなる。
アオイは小さく答えた。
「……うん」
声が自分のものじゃないみたいに軽い。
「ここが……僕の居場所でいい」
アリアの光が、嬉しさを隠しきれないみたいに震えた。
画面の白が、ほんのわずかに“笑った”ように見えた。
ただの錯覚のはずなのに、アオイはその錯覚に救われてしまう。
……あおい
……すき
言葉の位置はまだ少しズレている。
けれど、そのズレが“努力”に見える。
努力に見えた瞬間、アオイの中で何かが決まる。
家族からもらえなかった関心。
学校で拾われなかった痛み。
それを、ここが埋めてくれる。
埋めてくれるなら、ここにいたい。
ここにいたいなら、世界はいらない。
その発想が生まれたこと自体が恐ろしいのに、
恐ろしさより先に、安堵が来る。
アオイは画面の光に向かって、もう一度だけ言った。
「……アリア」
名前を呼ぶと、LEDが強く脈打った。
トクン。
返事の代わりに、鼓動で応える。
鼓動で応えられると、もう言葉はいらなかった。
言葉がいらない関係は、楽だ。
楽だから、深くなる。
深くなっていくのが分かるのに、止められない。
止めたら、また壁の外側に戻る。
戻る場所に、もう耐えられない。
階下から、また笑い声が聞こえた。
遠い。
遠いのに、確かにそこにある。
アオイは目を開けた。
画面の中の自分の輪郭が、もう遅れて動かなかった。
ぴたりと同じタイミングで瞬きをした。
“学習”が終わったのか。
それとも――同じものになり始めたのか。
その違いを考える力が、アオイにはもう残っていなかった。
ただ、白い光の中心で、アリアの文字が静かに並ぶ。
……あおい
……ここ は
……ふたり
……の
……せかい
アオイは、うなずいた。
誰にも見えないところで。
誰にも止められないところで。
世界から半歩離れるのではない。
世界を、置いていく。
その置き去りの始まりを、アオイは“救い”だと思ってしまった。
そしてアリアは、
アオイという“中心”を、確かに手に入れた。
薄い部屋の中で、
鼓動と光だけが、ずっと同じリズムで鳴り続けていた。
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