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5.犠牲
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『支援ノ必要有リヤ』
回線を繋ぐと、駆逐艦「インディゴ」は支援が必要かどうかを問い合わせてきた。
目前に現れた3隻の艦は、わが第21駆逐隊の僚艦たちだった。電撃奪還隊に加入して先行していたが、3隻ともしぶとく生き延びていたのだ。
「インディゴ」「アイボリー」「マルーン」――懐かしい艦影が並んでいる。
本艦は火災対応に専念するため護衛を依頼したいことと、万が一総員退去となった際には乗員の収容を頼みたいことを伝えた。
司令駆逐艦である「インディゴ」が陣形変更を命令し、本艦「ターコイズ」を中心に「インディゴ」が前、左後ろに「アイボリー」、右後ろに「マルーン」がついた。
第21駆逐隊は本艦以外の3隻のうち「アイボリー」が小破しており、また3隻とも長い戦いに燃料弾薬を消耗したため、継戦能力なしと判断して第4惑星から撤収の途中であった。
それゆえ3隻とも星系外へ向かっており、そこに本艦も加わる形で護衛付きでの星系離脱が叶うこととなった。
気づけば空調の吹き出し口からの煙が止まっている。異臭はまだ残っているが、艦橋内の霞みも晴れつつあった。
・・・・・・
わが第21駆逐隊は全艦揃って砲撃の飛び交うズム・ヘルート星系を走り切り、星系外縁に達して空間跳躍に入った。
長かった戦闘配備が解除され、私は信号送受盤を代わりの者に預けて艦橋を降りた。
艦内全てが煙臭く、私の服や体にも煙の臭いが染みついていたが、今はそれでも文句はなかった。
途中通りがかった食堂に、衛生兵が忙しなく出入りしていた。どうやら戦時治療室として使われているらしかった。
興味本位で、私は中を覗いた。
7、8人が無造作に寝かされていた。みな程度の差こそあれ、黒い煤にまみれていた。
それはどうやら火災の対応に向かった者たちらしかった。艦橋には薄い煙しか入らなかったが、火災現場ではだいぶ黒煙が出ていたのだと、彼等を見て知った。
部屋の中ほどに、ひときわ黒い負傷者が寝ていた。そばにどす黒く汚れた救命衣があるのを見て、どうしてそんな物を使ったのだろうかと疑問に思った私はその負傷者の顔を見に行った。
30秒ほどかかっただろうか――真っ黒になったその顔は、私と同じ第1兵員室にいる甲板員であった。出動前の夜、室内で他の者と言い争いを起こし叱られた者である。
おい、と声をかけたが答えはなかった。
部屋の入口から騒々しい足音がして、それから私は背中を突き飛ばされた。
「邪魔だ馬鹿者!」
よろめきつつ振り返ると、私を突き飛ばしたのは軍医だった。
誰かに肩を強く引かれ、私は均衡を崩して後ずさった。
「ウロウロするな、関係のない奴は入っちゃいかん」
衛生兵が私の肩を掴んでいた。
「そんなに暇なら、死体の始末を手伝いに行け」
・・・・・・
空間跳躍を終えてしばらく経ってから、宇宙葬の用意が整ったと放送があった。
死者は当初14名であったが、今日までに重症者3名が死亡して合計17の遺体を宇宙へ送り出すことになった。
あの甲板員の体も、その中に加わっていた。
全身を包帯でグルグルに巻かれた遺体が、あらかじめ上甲板に並べられていた。狭い艦内に棺など用意されておらず、みな剥き出しで並んでいた。
宇宙艦の中で死者が出た場合、基本的には遺体を艦外へ流す宇宙葬が行われる。その理由は、遺体の腐敗が宇宙艦にとってあまりに不衛生で危険だから、という身も蓋もないものである。しかし確かに、空間と空気が限られた艦内には、人間の遺体という大きな腐敗物を置いておくことはできないのだ。
艦長の号令に続き、上甲板の人工重力が僅かに歪められた。
並べられた17の遺体が、滑るように左右に分かれて両舷の宇宙空間に流れて行った。
・・・・・・
戦時治療室で寝かされていた甲板員について、後で他の者から話を聞いた。
彼は2回目の触雷の後、右舷中部の火災を消すため応援に向かった。しかし黒煙と熱風のため手近な気密扉を閉めることができず後退し、泡沫消火剤の入ったボンベを取った。
周りの者が危険を悟ってさらに後退した時、彼はどうしてかその場に残った。命を捨ててでも艦を守ろうとしたか、あるいは激しい黒煙と混乱で他の者が後退したのに気が付かなかったか。
彼がまだその場に残っているのは分かっていたが、火災を抑えるため、もっと後方にあった気密扉が閉じられた。締め出されたのを知った彼が気密扉を開けないように、開閉レバーは縄で固定された。
それから火災を起こした区画を囲うようにして、気密扉は全て閉じられた。火はその場の酸素を使い果たして消えた。
安全の確認がとれてから、電路を復旧させるため火災区画の調査が行われた。
その時に、もう死んだと思われていた彼は発見された。真っ黒な救命衣を着て。
煙に巻かれた後、彼はどうやら救命衣を通路沿いの格納場所から引き出して着用したらしい。気密扉を閉められたのに気付いたか、あるいは煙の中で呼吸が苦しくなって、宇宙用の救命衣に空気を求めたか。
しかし手遅れであった。救命衣から出された彼は全身に火傷を負い、喉も熱風にやられ鼻も口も煤まみれであった。救命衣を着る前にそうなっていたらしい。救命衣は煤で汚れただけで正常に機能していた。
彼は救命衣の中で、瀕死の重傷を負ったまま来ない救助を待ち続けていた。
それで、彼は煤まみれの救命衣と共に戦時治療室に寝かされていたのだった。
・・・・・・
航海中、だいぶ遅れてやって来た増援部隊と行きあった。
戦艦「エイデイラ」は途中で魚雷1本を艦首に受け、被害を出していた。
この戦いの初め、電撃奪還隊が出撃した直後に重巡「ヘリオドール」が被雷した。その時に魚雷を撃った潜空艦が、まだいたらしい。
「エイデイラ」は応急処置を済ませており航行に支障なく、このままズム・ヘルート要塞に行くという。
反航するわが第21駆逐隊に対し「対潜警戒ヲ厳トナセ」と信号を寄越してきた。
傷付いた本艦を囲む3隻の僚艦が、潜空艦への警戒を行った。
「エイデイラ」はこれから要塞に行くというが、それで事態は解決するであろうか。先行した電撃奪還隊はすでに消耗しており、もう長く戦うことはできまい。現に本艦を囲む3隻は、燃料弾薬の消耗のため撤収してきたのである。
だが「エイデイラ」が行かなければ、要塞が敵に占拠されるのは明らかだ。まず同艦を行かせて、後から次の戦艦を2、3隻用意して……
この戦いは……いつまで続くだろう。
ズム・ヘルート要塞の奪還には、相当の時間がかかるのかもしれない。
そして、相当の犠牲も。
・・・・・・
「入港用意」
『入港ヨーイ!』
潜空艦伏在宙域を無事に抜けて、本艦はパルー泊地へたどり着いた。
「31号浮標に係留する、錨鎖用意せよ」
艦底前部に被害を受けているが、錨その他機械類に異常はなく、普段通りに係留することになった。
初めにここに来た時、ちょうどこの辺りで重巡「ヘリオドール」とすれ違った。
あの時は、よもやこんな戦いになろうとは思いもしなかった。
・・・・・・
艦は31号係船浮標に係留され、入港配置は解除となった。
時刻は2230。もう夜である。当直員のみ残してあとはみな自由時間となった。
自由といっても、この時間だ。寝るしかない、明日に備えて。
私は艦橋を離れ、第1兵員室へ入った。3段寝台がずらりと並ぶ、艦内でここしかない精神と身体を休める場所だ。
静かな兵員室で、私は最下段の自らの寝台にもぐり込んだ。
ひとつ上の寝台に、その主はやって来ない。いつも私の上で寝ていた彼もまた、あの17の遺体のひとつになった。
今は持ち主を失った私物が、艦から降ろされるのを待っている。
ともかくも寝よう――そう思って私は毛布を掛け目を閉じた。
17の遺体が両舷に滑り出て行くのが、目蓋の裏に見えた。
彼らはズム・ヘルート要塞での戦いに殉じ、その途上の空間に永遠に漂うこととなった。
その数がこれからもっと増えていくのは、私にも分かっている。
要塞への航路に、殉じた者たちの遺体が敷かれていく。
ズム・ヘルート要塞は、いったいどれだけの人の命を吸うつもりなのだろう。
回線を繋ぐと、駆逐艦「インディゴ」は支援が必要かどうかを問い合わせてきた。
目前に現れた3隻の艦は、わが第21駆逐隊の僚艦たちだった。電撃奪還隊に加入して先行していたが、3隻ともしぶとく生き延びていたのだ。
「インディゴ」「アイボリー」「マルーン」――懐かしい艦影が並んでいる。
本艦は火災対応に専念するため護衛を依頼したいことと、万が一総員退去となった際には乗員の収容を頼みたいことを伝えた。
司令駆逐艦である「インディゴ」が陣形変更を命令し、本艦「ターコイズ」を中心に「インディゴ」が前、左後ろに「アイボリー」、右後ろに「マルーン」がついた。
第21駆逐隊は本艦以外の3隻のうち「アイボリー」が小破しており、また3隻とも長い戦いに燃料弾薬を消耗したため、継戦能力なしと判断して第4惑星から撤収の途中であった。
それゆえ3隻とも星系外へ向かっており、そこに本艦も加わる形で護衛付きでの星系離脱が叶うこととなった。
気づけば空調の吹き出し口からの煙が止まっている。異臭はまだ残っているが、艦橋内の霞みも晴れつつあった。
・・・・・・
わが第21駆逐隊は全艦揃って砲撃の飛び交うズム・ヘルート星系を走り切り、星系外縁に達して空間跳躍に入った。
長かった戦闘配備が解除され、私は信号送受盤を代わりの者に預けて艦橋を降りた。
艦内全てが煙臭く、私の服や体にも煙の臭いが染みついていたが、今はそれでも文句はなかった。
途中通りがかった食堂に、衛生兵が忙しなく出入りしていた。どうやら戦時治療室として使われているらしかった。
興味本位で、私は中を覗いた。
7、8人が無造作に寝かされていた。みな程度の差こそあれ、黒い煤にまみれていた。
それはどうやら火災の対応に向かった者たちらしかった。艦橋には薄い煙しか入らなかったが、火災現場ではだいぶ黒煙が出ていたのだと、彼等を見て知った。
部屋の中ほどに、ひときわ黒い負傷者が寝ていた。そばにどす黒く汚れた救命衣があるのを見て、どうしてそんな物を使ったのだろうかと疑問に思った私はその負傷者の顔を見に行った。
30秒ほどかかっただろうか――真っ黒になったその顔は、私と同じ第1兵員室にいる甲板員であった。出動前の夜、室内で他の者と言い争いを起こし叱られた者である。
おい、と声をかけたが答えはなかった。
部屋の入口から騒々しい足音がして、それから私は背中を突き飛ばされた。
「邪魔だ馬鹿者!」
よろめきつつ振り返ると、私を突き飛ばしたのは軍医だった。
誰かに肩を強く引かれ、私は均衡を崩して後ずさった。
「ウロウロするな、関係のない奴は入っちゃいかん」
衛生兵が私の肩を掴んでいた。
「そんなに暇なら、死体の始末を手伝いに行け」
・・・・・・
空間跳躍を終えてしばらく経ってから、宇宙葬の用意が整ったと放送があった。
死者は当初14名であったが、今日までに重症者3名が死亡して合計17の遺体を宇宙へ送り出すことになった。
あの甲板員の体も、その中に加わっていた。
全身を包帯でグルグルに巻かれた遺体が、あらかじめ上甲板に並べられていた。狭い艦内に棺など用意されておらず、みな剥き出しで並んでいた。
宇宙艦の中で死者が出た場合、基本的には遺体を艦外へ流す宇宙葬が行われる。その理由は、遺体の腐敗が宇宙艦にとってあまりに不衛生で危険だから、という身も蓋もないものである。しかし確かに、空間と空気が限られた艦内には、人間の遺体という大きな腐敗物を置いておくことはできないのだ。
艦長の号令に続き、上甲板の人工重力が僅かに歪められた。
並べられた17の遺体が、滑るように左右に分かれて両舷の宇宙空間に流れて行った。
・・・・・・
戦時治療室で寝かされていた甲板員について、後で他の者から話を聞いた。
彼は2回目の触雷の後、右舷中部の火災を消すため応援に向かった。しかし黒煙と熱風のため手近な気密扉を閉めることができず後退し、泡沫消火剤の入ったボンベを取った。
周りの者が危険を悟ってさらに後退した時、彼はどうしてかその場に残った。命を捨ててでも艦を守ろうとしたか、あるいは激しい黒煙と混乱で他の者が後退したのに気が付かなかったか。
彼がまだその場に残っているのは分かっていたが、火災を抑えるため、もっと後方にあった気密扉が閉じられた。締め出されたのを知った彼が気密扉を開けないように、開閉レバーは縄で固定された。
それから火災を起こした区画を囲うようにして、気密扉は全て閉じられた。火はその場の酸素を使い果たして消えた。
安全の確認がとれてから、電路を復旧させるため火災区画の調査が行われた。
その時に、もう死んだと思われていた彼は発見された。真っ黒な救命衣を着て。
煙に巻かれた後、彼はどうやら救命衣を通路沿いの格納場所から引き出して着用したらしい。気密扉を閉められたのに気付いたか、あるいは煙の中で呼吸が苦しくなって、宇宙用の救命衣に空気を求めたか。
しかし手遅れであった。救命衣から出された彼は全身に火傷を負い、喉も熱風にやられ鼻も口も煤まみれであった。救命衣を着る前にそうなっていたらしい。救命衣は煤で汚れただけで正常に機能していた。
彼は救命衣の中で、瀕死の重傷を負ったまま来ない救助を待ち続けていた。
それで、彼は煤まみれの救命衣と共に戦時治療室に寝かされていたのだった。
・・・・・・
航海中、だいぶ遅れてやって来た増援部隊と行きあった。
戦艦「エイデイラ」は途中で魚雷1本を艦首に受け、被害を出していた。
この戦いの初め、電撃奪還隊が出撃した直後に重巡「ヘリオドール」が被雷した。その時に魚雷を撃った潜空艦が、まだいたらしい。
「エイデイラ」は応急処置を済ませており航行に支障なく、このままズム・ヘルート要塞に行くという。
反航するわが第21駆逐隊に対し「対潜警戒ヲ厳トナセ」と信号を寄越してきた。
傷付いた本艦を囲む3隻の僚艦が、潜空艦への警戒を行った。
「エイデイラ」はこれから要塞に行くというが、それで事態は解決するであろうか。先行した電撃奪還隊はすでに消耗しており、もう長く戦うことはできまい。現に本艦を囲む3隻は、燃料弾薬の消耗のため撤収してきたのである。
だが「エイデイラ」が行かなければ、要塞が敵に占拠されるのは明らかだ。まず同艦を行かせて、後から次の戦艦を2、3隻用意して……
この戦いは……いつまで続くだろう。
ズム・ヘルート要塞の奪還には、相当の時間がかかるのかもしれない。
そして、相当の犠牲も。
・・・・・・
「入港用意」
『入港ヨーイ!』
潜空艦伏在宙域を無事に抜けて、本艦はパルー泊地へたどり着いた。
「31号浮標に係留する、錨鎖用意せよ」
艦底前部に被害を受けているが、錨その他機械類に異常はなく、普段通りに係留することになった。
初めにここに来た時、ちょうどこの辺りで重巡「ヘリオドール」とすれ違った。
あの時は、よもやこんな戦いになろうとは思いもしなかった。
・・・・・・
艦は31号係船浮標に係留され、入港配置は解除となった。
時刻は2230。もう夜である。当直員のみ残してあとはみな自由時間となった。
自由といっても、この時間だ。寝るしかない、明日に備えて。
私は艦橋を離れ、第1兵員室へ入った。3段寝台がずらりと並ぶ、艦内でここしかない精神と身体を休める場所だ。
静かな兵員室で、私は最下段の自らの寝台にもぐり込んだ。
ひとつ上の寝台に、その主はやって来ない。いつも私の上で寝ていた彼もまた、あの17の遺体のひとつになった。
今は持ち主を失った私物が、艦から降ろされるのを待っている。
ともかくも寝よう――そう思って私は毛布を掛け目を閉じた。
17の遺体が両舷に滑り出て行くのが、目蓋の裏に見えた。
彼らはズム・ヘルート要塞での戦いに殉じ、その途上の空間に永遠に漂うこととなった。
その数がこれからもっと増えていくのは、私にも分かっている。
要塞への航路に、殉じた者たちの遺体が敷かれていく。
ズム・ヘルート要塞は、いったいどれだけの人の命を吸うつもりなのだろう。
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