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第2話 陽が落ちるとき
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翌日、桜井は「また明日」との言葉通り、朝から俺にまとわりついた。そのうち追い払うのに慣れてきた俺だったが、桜井も追い払われるのに慣れたかすぐ戻って来るようになった。
急な進展があったのは放課後のことだった。
いつも通り前のめりに俺を合唱部に誘う桜井の背後に、いつの間にか知らない女子生徒が立っていた。
後ろから肩を叩かれて振り返った桜井は、その無表情の顔を見て固まった。
「あ、琴音……」
桜井の声が急に小さくなる。
琴音と呼ばれたその生徒は俺たちと同じブレザーを着て立っている。
男女共学になって制服が変わったこの学校は今、新旧の制服が混在しているから見ればだいたい学年が分かる。「琴音」はブレザータイプの新制服を着ていて、かつ中学生には見えないから、俺たちと同じ高1だ。
そして桜井が今会いたくなかった人物なのだろう。若干のけぞり気味になっている。
「陽和……」
無表情のまま呼ばれた桜井は――名前、「陽和」だったのか――相手を見上げたまま動かない。
対する「琴音」は、おさげにしたやや長い髪、眼鏡の奥に見える瞳は虚無。身長は低いが、なんだかオーラみたいなのがにじみ出ている。
「――部活は?」
物凄い圧をかけつつ言ったのはその言葉。
ああ、この人も多分桜井と同じ合唱部員だ。
「3日連続で遅刻するつもり……?」
……そうだよな、あんなに俺にまとわりついてたら遅刻してるよな、昨日も一昨日も。そりゃあぶち切れる。
「ご、ごめん琴音。すぐ行くから!」
椅子をガタガタいわせて立ち上がる桜井。勢いよく背負った鞄が、そばの机にガタンと当たる。
「それじゃ海野くん、また明日――」
はいはい、また明日も、ね……
俺は下を向いて頭をかいた。
――パサ
「……?」
目の前に何か落ちてきた。
顔を上げると、半ば逃げるように教室を出ようとする桜井を背にして、「琴音」と呼ばれた女子生徒がこちらを見ていた。
なぜだか俺をじっと見て――
すぐ、きびすを返して桜井の後を追っていった。
さっき落ちてきたのは――なんだ? 紙か?
二つ折りになった紙が床に落ちている。
拾って開いてみると、それは罫線が並んだメモ用紙だった。真ん中に1行だけ、丁寧な字が並んでいる。
『事情を教えます。私が戻ってくるまで少し待っていてください。 竹内琴音』
え……待たなきゃいけないやつ?
別に事情なんて、知らなくていいんだけど。
・・・・・・
メモをよこしてきた「竹内琴音」なる女子生徒が戻って来たのは、それから5分くらい後のことだった。
竹内はひとりで教室に現れ、俺の前にやって来た。桜井はついて来ていない。どこかでまいたらしい。
「ごめんなさい、待たせてしまって」
そう言う竹内はなかなか神経質そうだ。勝手に他人の席に座ったりしない。
「いや、別に。とりあえずそこ、座っていいよ」
だから俺が勝手に明の席を勧めた。もうこいつの席は自由席だ。
鞄を降ろして明の席に座った竹内は、背筋を伸ばして俺の方を見た。
「すみません、うちの部長がうるさくしてしまって」
「あ、タメ口でいいから」
同学年なのに敬語で話されるのはさすがに息苦しい。
……うん?
――「うちの部長」?
何だろう――竹内の言いようだと、桜井が部長のように聞こえるけど。
「えーっと、部長って、桜井が?」
「ええ……うん、そう」
ちょっと敬語出かかったのごまかしたな。
……まあそれはともかく、当然出てくる疑問を尋ねる。
「高1でしょ、桜井。高3は引退するだろうから置いとくにしても、部長は高2じゃないの?」
俺がいた中学だと後期から中2が部長だったけど、ここでは違うのか?
竹内は背を伸ばしたまま、無表情を貫く。
「本来はそう、だけど……」
一旦言い淀んだ。
「……その点も含めて、今から説明するね。どうして陽和が、海野さんを合唱部に入れようと無理を言うのか」
・・・・・・
俺は思わず頭に手をついた。
かつて母さんも所属した「澄香高校合唱部」は校名変更により「誠澄高校合唱部」に名を変えて――
――そしてその名は、1年も持たずに消えることになるそうだ。
母さんが所属していた頃はまさに黄金時代だった――そう語り継がれているらしい。
そこそこの数の部員と、母さんが当時発揮したという歌唱力と指導力、そして求心力――澄香高校合唱部は1年ごとにコンクールの成績を上げていき、ついには全国大会にまで出られたのだそうだ。
それはなんとも、輝かしい話だ……でも母さん、どうしてそういう事俺に教えてくれないかな。
ただし、それも今や過去の話だそうだ。
近年のコンクールの成績は県大会で銅賞――つまり最も低い評価――から抜け出せない。部員の数も減り続け、現在は7名……
これだけでも頭を抱えるには十分だが、もっと酷い話が続いた。
昨年の新入部員は1名のみ、そして今年はゼロ。
ゼロ――
合唱は一人でやるものじゃない。少人数でもできはするが限度がある。安定して活動するためには、少なくてもいいから毎年新入部員が入ってくれないと困る。
それが、ゼロだったという。昨年と合算しても1名だけ。その関係で、現在の合唱部は高2と中1が不在。そして高3が2名――
聞かなくても分かることだったが、この2名は受験や就活のためかおる祭で引退する。
かおる祭まではあと1ヵ月――その後に残る部員は5名。
当然、こんな人数で定期演奏会などできない。会場を借りる金があるはずがない。
近年のこの合唱部が1年間で出られるステージは、新入生歓迎会とかおる祭に夏のコンクール、そして2月のコンクール――4回だった。
しかし2月のコンクールは人数制限があり、その下限は6名……今年は出られない。
すると夏のコンクールが終わってから翌年の新入生歓迎会までおよそ8ヵ月、出られるステージもなく、ただ当てのない練習だけが続くことになる。
高2がいないことで指導役が足りず、既に練習に支障が出始めているという。それと中1がいないことも、後で同じ問題を起こすことになる。次世代の指導役を、育てられていないのだ。
人数が少なく指導役も足りない、そして未来の指導役もいない今の合唱部は、もし来年新入部員が入ったとしても満足に迎え入れることもできない……
そして話し合いの末、それは決まった。
誠澄高校合唱部は、夏のコンクール終了後に解散とする――
・・・・・・
書類上の廃部は年度末だけどね、と竹内は言った。
まあ、そうなるだろう。
2月のコンクールに出られない以上、夏のコンクールの後はもう出るステージがない。いくら「練習」をしても「本番」が来ない。
うちの学校は部活動への参加は任意になっている。そういうことだから、年度の途中で解散しても問題はない。
本人らの気持ちは、別として。
・・・・・・
だから、桜井は俺を合唱部に引き込んで解決しようとしている――?
いや、それじゃあ説明になってない。
確かにあと一人入れば6名になって2月のコンクールには出られるが、それでも廃部は避けられないだろう。解散の時期を先送りするだけだ。
それに、俺でなくてはならない理由が説明されてない。
急な進展があったのは放課後のことだった。
いつも通り前のめりに俺を合唱部に誘う桜井の背後に、いつの間にか知らない女子生徒が立っていた。
後ろから肩を叩かれて振り返った桜井は、その無表情の顔を見て固まった。
「あ、琴音……」
桜井の声が急に小さくなる。
琴音と呼ばれたその生徒は俺たちと同じブレザーを着て立っている。
男女共学になって制服が変わったこの学校は今、新旧の制服が混在しているから見ればだいたい学年が分かる。「琴音」はブレザータイプの新制服を着ていて、かつ中学生には見えないから、俺たちと同じ高1だ。
そして桜井が今会いたくなかった人物なのだろう。若干のけぞり気味になっている。
「陽和……」
無表情のまま呼ばれた桜井は――名前、「陽和」だったのか――相手を見上げたまま動かない。
対する「琴音」は、おさげにしたやや長い髪、眼鏡の奥に見える瞳は虚無。身長は低いが、なんだかオーラみたいなのがにじみ出ている。
「――部活は?」
物凄い圧をかけつつ言ったのはその言葉。
ああ、この人も多分桜井と同じ合唱部員だ。
「3日連続で遅刻するつもり……?」
……そうだよな、あんなに俺にまとわりついてたら遅刻してるよな、昨日も一昨日も。そりゃあぶち切れる。
「ご、ごめん琴音。すぐ行くから!」
椅子をガタガタいわせて立ち上がる桜井。勢いよく背負った鞄が、そばの机にガタンと当たる。
「それじゃ海野くん、また明日――」
はいはい、また明日も、ね……
俺は下を向いて頭をかいた。
――パサ
「……?」
目の前に何か落ちてきた。
顔を上げると、半ば逃げるように教室を出ようとする桜井を背にして、「琴音」と呼ばれた女子生徒がこちらを見ていた。
なぜだか俺をじっと見て――
すぐ、きびすを返して桜井の後を追っていった。
さっき落ちてきたのは――なんだ? 紙か?
二つ折りになった紙が床に落ちている。
拾って開いてみると、それは罫線が並んだメモ用紙だった。真ん中に1行だけ、丁寧な字が並んでいる。
『事情を教えます。私が戻ってくるまで少し待っていてください。 竹内琴音』
え……待たなきゃいけないやつ?
別に事情なんて、知らなくていいんだけど。
・・・・・・
メモをよこしてきた「竹内琴音」なる女子生徒が戻って来たのは、それから5分くらい後のことだった。
竹内はひとりで教室に現れ、俺の前にやって来た。桜井はついて来ていない。どこかでまいたらしい。
「ごめんなさい、待たせてしまって」
そう言う竹内はなかなか神経質そうだ。勝手に他人の席に座ったりしない。
「いや、別に。とりあえずそこ、座っていいよ」
だから俺が勝手に明の席を勧めた。もうこいつの席は自由席だ。
鞄を降ろして明の席に座った竹内は、背筋を伸ばして俺の方を見た。
「すみません、うちの部長がうるさくしてしまって」
「あ、タメ口でいいから」
同学年なのに敬語で話されるのはさすがに息苦しい。
……うん?
――「うちの部長」?
何だろう――竹内の言いようだと、桜井が部長のように聞こえるけど。
「えーっと、部長って、桜井が?」
「ええ……うん、そう」
ちょっと敬語出かかったのごまかしたな。
……まあそれはともかく、当然出てくる疑問を尋ねる。
「高1でしょ、桜井。高3は引退するだろうから置いとくにしても、部長は高2じゃないの?」
俺がいた中学だと後期から中2が部長だったけど、ここでは違うのか?
竹内は背を伸ばしたまま、無表情を貫く。
「本来はそう、だけど……」
一旦言い淀んだ。
「……その点も含めて、今から説明するね。どうして陽和が、海野さんを合唱部に入れようと無理を言うのか」
・・・・・・
俺は思わず頭に手をついた。
かつて母さんも所属した「澄香高校合唱部」は校名変更により「誠澄高校合唱部」に名を変えて――
――そしてその名は、1年も持たずに消えることになるそうだ。
母さんが所属していた頃はまさに黄金時代だった――そう語り継がれているらしい。
そこそこの数の部員と、母さんが当時発揮したという歌唱力と指導力、そして求心力――澄香高校合唱部は1年ごとにコンクールの成績を上げていき、ついには全国大会にまで出られたのだそうだ。
それはなんとも、輝かしい話だ……でも母さん、どうしてそういう事俺に教えてくれないかな。
ただし、それも今や過去の話だそうだ。
近年のコンクールの成績は県大会で銅賞――つまり最も低い評価――から抜け出せない。部員の数も減り続け、現在は7名……
これだけでも頭を抱えるには十分だが、もっと酷い話が続いた。
昨年の新入部員は1名のみ、そして今年はゼロ。
ゼロ――
合唱は一人でやるものじゃない。少人数でもできはするが限度がある。安定して活動するためには、少なくてもいいから毎年新入部員が入ってくれないと困る。
それが、ゼロだったという。昨年と合算しても1名だけ。その関係で、現在の合唱部は高2と中1が不在。そして高3が2名――
聞かなくても分かることだったが、この2名は受験や就活のためかおる祭で引退する。
かおる祭まではあと1ヵ月――その後に残る部員は5名。
当然、こんな人数で定期演奏会などできない。会場を借りる金があるはずがない。
近年のこの合唱部が1年間で出られるステージは、新入生歓迎会とかおる祭に夏のコンクール、そして2月のコンクール――4回だった。
しかし2月のコンクールは人数制限があり、その下限は6名……今年は出られない。
すると夏のコンクールが終わってから翌年の新入生歓迎会までおよそ8ヵ月、出られるステージもなく、ただ当てのない練習だけが続くことになる。
高2がいないことで指導役が足りず、既に練習に支障が出始めているという。それと中1がいないことも、後で同じ問題を起こすことになる。次世代の指導役を、育てられていないのだ。
人数が少なく指導役も足りない、そして未来の指導役もいない今の合唱部は、もし来年新入部員が入ったとしても満足に迎え入れることもできない……
そして話し合いの末、それは決まった。
誠澄高校合唱部は、夏のコンクール終了後に解散とする――
・・・・・・
書類上の廃部は年度末だけどね、と竹内は言った。
まあ、そうなるだろう。
2月のコンクールに出られない以上、夏のコンクールの後はもう出るステージがない。いくら「練習」をしても「本番」が来ない。
うちの学校は部活動への参加は任意になっている。そういうことだから、年度の途中で解散しても問題はない。
本人らの気持ちは、別として。
・・・・・・
だから、桜井は俺を合唱部に引き込んで解決しようとしている――?
いや、それじゃあ説明になってない。
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