Chorus! -終演の合唱部-

星川わたる

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第11話 先生 - 真剣時々ツッコミ待ち

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「じゃ、もう来なくていいよ」

 ――!!

「……って言われたら、どうするの? 何て答える?」

 …………。

 浮かんだのは、陽和の笑顔と……泣き顔だった。

「……嫌です」

 俺はそう言ったが、先生は姿勢も表情も崩さない。そこへ向かってもう一度答える。

「嫌です、また来ます――と答えます」

「どうして? やらないって決めてたのに」

 畳みかけるようにそう言われる。
 そうだけど、確かにそう決めたはずだったけど、それから――

「……初めは、決心したと思っていました。でも陽和……桜井に誘われて、竹内に合唱部のことを聞いて、それから母に――」

 母さんに――

 ――「迷っているのは、ということ」

 そうだ。
 俺は自分でも気づかないうちに――という答えを、決めていた。

「――母に言われました。僕は迷っていた、と。そして迷うというのは、という意思がもう決まっているんだ、と」

 先生は表情を変えない。

「お母さん、ね。有名な人らしいけど、その人の言う――」
「先生、それは関係ありません」

 先生の眉が、少し動いた。

「たまたま教えてくれたのが母だった、というだけです。母は、僕が自分でも気づかないうちにことを教えてくれました。合唱部に来たのは、僕がそう決めたからです。もう決めた事ですから、貫きます」

「……」

――パン!

 先生が思いっきり手を叩いて、俺は飛び上がりそうになった。

「オッケー! そこまで言えれば上等!」

 とても朗らかで、よく響く声。

「それでいい。君だけの高校生活だ、君が思う通りにまっすぐ突っ走れ!」

 今のは――
 口述試験……みたいなものだったのだろうか。
 とりあえず合格だったらしいけど、答えるのに時間がかかった。

 先生はなんだか機嫌よさそうに目を閉じ、背もたれに寄りかかっていた。

・・・・・・

 先生はさっきの話の中で、ちょっと気になることを言っていた。俺と同じように合唱をやめると決めたそうだが、所属していた合唱団の練習が厳しかった、と――

 俺の耳が確かなら、全国金賞10年連続と聞こえた。

「先生、ちょっと質問いいですか?」
「ちょっとだけなら」
 ……じゃあ簡潔に聞こう。
「先生のいた合唱団って、全国大会で金賞を獲り続けてたんですよね。先生も出たんですか? その全国大会」
「ああ……」
 俺の言葉に、先生は感慨深そうにため息をついた。

「あれは凄かった。人数も多かったけど、個人のレベルも高くて。団内にはプロを目指そうとしてる人もいて、その直接指導を受けたりしてまあ大変」
 言葉とは裏腹に、なんだか楽しそうに語っている。
「それだけじゃなくて、音楽系の授業もある大学だったから……それ受けた人はちょっとした音楽の先生レベルになってるんだよね。輝くん想像してみてよ、自分のいる合唱団に音楽の先生が一般団員として何人もいる光景」

 それは――
 当然だけど、普通はひとつの合唱部に音楽の先生がひとり、指導役としてつくものだ。それができるぐらいの人が「モブ団員」みたいに参加しているのはちょっと想像しづらい。
 それはつまり、その辺の団員に指導を頼めば、音楽の先生レベルの指導を1対1で受けられることになる。

「それもさあ――」
 まだ楽し気に話を続ける先生。
「『大学の音楽の授業』ってさ、やるのはただの先生じゃないでしょ。そのための助教授? 准教授? 的な人が学校にいて、個別指導を受けたこともあった」

 それってつまり、音楽の専門家……

「だから『顧問』はほぼラスボスだよね。教授だよ、音楽の。あれは本当に――」

 ……本当に大変だっただろう。

「本当に、よかった――」

 ――え?

「俺は本当に運が良かった。あんなチートみたいな合唱団に入れたんだから。1年だけだったけど、あのメンバーの中に入って全国大会の舞台に立つなんて一生ものの――あれ?」

 先生は急に話をやめて、ぽかんとした。

「俺、今何の話してる――?」

 ……?

「えーと、なんだかすごい合唱団に入って全国大会に出た話してます」

 それを聞いた先生は目を開けたまま固まって、それから拳で自分の膝をぶっ叩いた。

「ご、ごめん、今の忘れてくれ!」

 ……え? え?

「こ、この話誰にもしてないやつだから。こんな自慢話聞かせても面白くないし全国大会の事とか知られたら変に意識されそうだし俺はただのモブ指導員としてコソっと見るようにしてるのが今の役目であって――」

 早い早い、しゃべるのが早い。

「だからどうか、これくらいで――」
 先生はポケットから紙片を取り出した。
 それを見て今度は俺が慌てる。
「い、いいですって。誰にも言いませんから!」
「いやマジで、どうかコレだけ受け取って――」
 そう言って先生が押し付けてきたのは……

――「食券」

「……何ですか、これ」

「駅前のラーメン屋の――」
「そうじゃなくて」
 しかも半券だこれ、2ヵ月前の。どうしてこれで交渉しようと思ったんだ。いやそもそも、この人なんでポケットに「駅前のラーメン屋の食券(半券)」なんてアイテムが入ってるんだ。

 ややあってから互いに吹き出し、しばらくふたりで笑っていた。
 もしかしたら、この人にはツッコミ役が必要なのかもしれない。

「あー、輝くん、そういうことだから――」
 どういうことだろう。
「さっきの話、あれは本当に誰にも言ってないんだ。ほんと、みんなに変に意識されたくない。俺はただの冴えない指導員でいいんだ」
 冴えてない自覚はあったらしい。
「だから、できれば秘密にしといてほしい」

 まあ、先生は本気で知られたくないようだし、言いふらすのはよくない。
「分かりました。秘密にします」
「うん、頼むよ」

 この冴えない先生がたまに冴えた姿を見せる理由が、少し分かった気がした。

・・・・・・

 いつまで経っても休憩が終わらない。
 この人、休憩してるの忘れてるんじゃ……

 ……練習を再開したいところだけど、すごく気になってる物がある。

「先生、あの――」
「なに?」
 先生は間の抜けた声で返事をした。

「あれ――」
 そう言って俺は、一番前の机に置かれた旧式のメトロノームを指さした。
「あれは何なんですか」
「メトロノーム」
 いやそうじゃなくて――
「――ははは、いやごめん。分かってるよ、言いたい事は」
 まあ分かっててボケてますよね。
「俺も直接聞いたわけじゃないだけどね、あれは――」
 そう言って、先生は急に真顔になった。

「あれはこの合唱部が創立された時、初めて買ったメトロノームらしい」

 ……創立? それっていつだ?

「もう壊れてて動かないんだけど――まあ部のシンボルみたいなものだね。代々受け継がれてるんだ。戦時中は箱ごと行方不明になったらしいけど、戦争が終わってしばらくしてまた見つかったって。みんなの宝物だよ」

 じゃあ、合唱部の創立って――

「合唱部は戦前から続いてたんですか?」
「らしいよ」
 先生は事も無げにそう言ったが、ほんの少しだけ、肩を落としたのが分かった。

「今年で99年目だった」

「……」

 嘘……とは言い切れない。この学校は大正時代に創立されたと入学時に習った。99年というのは、ありえない数字ではない。

 おそらく合唱部は創立から99年、時代を超えて数多くの部員たちの悲喜こもごもの舞台となったのだろう。たぶん数えきれないくらいの物語がここで生まれて、歴代の部員たちがその中を駆け抜けていった。

 そして今年、その舞台はひっそりと消える。100周年まで、あと1年だけ持ちこたえられずに……

・・・・・・

「先生、合唱部のことですが――」
「うん?」
 何気なさそうな返事が返ってきた。
「何とか、廃部は避けられないんでしょうか」
 無理なんだろうけれど、そう聞いてみた。

 それを聞いた先生の表情は急速に凍った。

「それ、輝くんに関係ある?」

 ……本気で言ってるんじゃない。これはさっきのと同じ口述試験だ。今度はすぐ模範解答を出す!

「はい、あります」

「どうして?」

 また陽和の顔が目に浮かぶ。笑った顔と、涙に濡れた顔――それに、今日出て行った里奈の顔、その後を追ったもうひとり――

「……今日の件でなんとなくは分かりました。今の部員は廃部に納得していないと思います」

「うん、そうだろうね」

 先生は機械的に答える。

 それに構わず、俺は思ったことを口に出す。

「それなのに、本人たちの意思に関係なく合唱をやめなければならない。それが嫌だと――です」

「うーん」

 ……。

「なら、確かにだね」

 声のトーンが穏やかになっていく――ああ、何とかなったらしい。

「――でもなあ」

 だが、先生は今までとは違う、力のない声を出した。

「部員みんなと、俺たち指導員もめちゃくちゃ考えたんだけど、その結果がこれだから。みんなで知恵を出し合って――そしてひとつも解決策は出なかった。これじゃあさすがに……」
 先生はそこまで言って、黙ってしまった。

 1年……まずは次の1年へ向かうための策を――
 必要なのは、合唱に熱意やあこがれを持った新しい部員。それと、歌うために立つ舞台。

 それなら……

「先生――」

 どうせダメかもしれないが……

「あの――使えるか分からないですけど、僕にちょっとだけ考えがあって……本当にちょっとだけ、ですけど」

 歯切れは、とても悪くなった。

「なるほど」

 しかし先生は、俺の話を何も聞かずにそう言った。俺の考えは、聞かれる前に終わってしまった。

 先生はそばの机を指でトントンと叩く。

「これはうっかりしてたかな。……そしてその時、わけだから――」

 机を叩く指の速さが、少しずつ増していく。

「――俺たちがまだ聞いてない考えが、いま聞けるんだ」

 ……!

「もういいや、この際どんな話でも――」

 先生は机を叩く指を止め、俺の顔をまっすぐに見た。

「輝くんが考えてることは、なに――?」
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