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第13話 主役 - 海野輝
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家に着いた時、もう母さんは夕飯を済ませていた。
昨日は陽和と話し込み、今日は合唱部で下校時間まで練習したから、俺の帰宅は2日連続で遅くなっていた。
父さんは今日もまた遅くなるそうで、俺ひとりで夕食をとることになった。
・・・・・・
……母さんに、何と言ってみようか。合唱部のこと。
「……」
「そんな顔されると、ご飯作ったほうは悲しいなー」
顔を上げると、母さんが俺を見ている。
「……ごめん」
「いったい何に首突っ込もうとしてるやら、まったく」
「え……?」
箸を持った手が止まった。
「分からないわけないでしょ。おとといは何か考えてたし、昨日も今日も帰り遅いし。一応連絡くらいはちょうだいよ」
「ごめん……」
……。
「これから1ヵ月くらい、これくらいの時間になる」
歯切れが悪いのが自分でも分かった。
母さんはそれ以上、何も聞いてこない。
だから俺は、母さんに反応せざるを得ない事実を伝えてみた。
「合唱部、廃部だって。今年で」
「へー、まだやってたんだ」
……母さんは、それだけしか言わなかった。
俺は苦し紛れに言葉を続けた。
「なんか、来年で創立100周年のはずだったって。昔のメトロノーム、まだ置いてあるよ」
「ふーん」
どうして……。
どうして何も……?
「……でも今日、二人出て行っちゃって」
「――輝」
びくっとして顔を上げると、母さんはまっすぐ俺の目を見ていた。
「言いたいことは分かるけど、『お願い』するのに自分で言わないで相手に気付いてもらおうとするのはダメかな」
……!
「まあ、今回は特別に気付いてあげる……次はないからね」
そう言って母さんは俺の向かいの椅子に座った。
ちょっと危なかった……
でもよかった、とりあえずこれで――
「私は手を貸さないよ」
え……?
母さんは肩をすくめながら言った。
「40歳のおばさんが10代後半の少年少女たちの輪に割り込む? ちょっとありえないでしょ。……おばさんじゃないけど」
母さんはそう言って少し笑ってから、その表情を消した。
「それに、今さら私に何を求めるの? 考えてある?」
「……」
「考えてないね。頼みさえすれば何かすごいことをしてくれる……そういう悪い信じ方はやめといてほしいな」
それは……でもそれは俺だってそう思われて――
母さんは背筋を伸ばして、俺をまっすぐに見る。
「私はね、卒業生だよ」
……?
「私が現役の学生だった頃は、そりゃあ学校も合唱部も全部私のものだった。でも今は違う。卒業生は学校に一銭も払ってない」
……お金の問題か?
「お金払ってない卒業生が、その学校の設備やら部活やらを使うなんていけないでしょ」
でも、合唱部は卒業生が様子を見に来てくれたりするのは当たり前だって――
「もう私の時代は20年も前に終わった――だから学校はもう私のものじゃない。だから合唱部が、そしていつか学校がそのものが潰れるとしても、見て見ぬふりをすることしかできないよ」
俺は歯を噛みしめて下を向いた。
「顔上げなさい輝」
しかし鞭を打つような声に顔を上げさせられる。
「今の学校は誰のもの? 今は誰の時代なの?」
まるで幼児に問うように――
「あなたのものでしょ、現役生。学校も合唱部もその他全て。今はあなたの時代なんだから。好き勝手に振るまいなさい」
好き勝手……
そうか、だから昔の母さんは――
「今の合唱部の主役は、今の部員たち。なんか輝も飛び込んじゃったみたいだけど……とにかく、やるべきことは今のメンバーでやりなさい。昔の主役に出る幕はないんだから」
昔の主役……か。
母さんは軽くため息をついて、それから立ち上がった。
「さ、早く食べなさい。帰り遅かったんだから、宿題やる時間なくなるよ」
・・・・・・
のそのそと夕食をとって台所を出ようとした俺を、母さんが呼び止めた。
「輝――」
振り向くと母さんは、流し台に軽く片手をついていて、なぜだかほんの少し物憂げな顔をしていた。
「ひとつ、覚えておいて」
その眼差しはこれまでにないくらい、真剣で――
「高校3年間は、あなたが思っているほど長くない。しかもその3年間の中に、人生でもう二度と経験できないことがたくさん詰められてる」
……そう、なのか?
「終わってからやり残しに気付いても、もう取り返せない。卒業の瞬間から、10年、20年、人生の終わりまで――その3年間を振り返るだけの時間が始まる」
かつて好き放題に学生時代を送った母さんが、それを――?
「輝にはまだ時間がある。大人になってから後悔したくなければ、いま全力を出しなさい。それでもダメだったら――」
……それでも、合唱部がダメだったら?
母さんはふっと笑みを浮かべた。
「それでもダメだったら、泣いちゃいなさい。それも含めて、高校生活なんだから」
そう言うと、母さんは流しに向かい洗い物を始めた。
・・・・・・
部屋に戻って、和室に置いた椅子に座る。
とりあえずノートを開いて英語の予習に取り掛かったが、気が散ってばかりで気付けば手に持ったシャーペンは止まっていた。
俺はシャーペンを軽く宙に放った。高めの放物線を描いたシャーペンは、ガタンと音を立てて机の上にぶつかった。
「……」
母さんは、何かしら協力してくれると思っていた。
なにせ「伝説の先輩」と言われた人だ。自身が所属していた部活の危機に、20余年の時を経て再び現れる――そういう展開はあり得るな、と思った。
それが、あんな興味なさそうに……
20年の時間は、そんなに長かったということか。それとも実は、母さんにとって合唱部とは元々そんな扱いでしかなかったか。
昔の主役に出る幕はない――か。
・・・・・・
主役……か。
漫画やアニメ、映画にゲーム……「主役」はいつも苦悩して、成長して、困難を打ち破って勝ち進んでいく。
すごくかっこいいし、見ていてわくわくするし、あこがれる。
……あこがれはする、けど。
俺は「主役」になんてなりたくない。
主役は苦悩しなければならない。成長しなければならない。そして困難を自分の手で打ち破って勝ち進まなければならない。
見ている人は面白いだろうけど、それをやる「主役」自身には、物語が壮大であればあるほど多くの困難が待っているんだ。
・・・・・・
そういえば――
母さん……変な事を言ってたな。「高校3年間は、あなたが思っているほど長くない」と。
その時の表情は、どこか物憂げだった。
やり残しに気付いても、もう取り返せない――そう言っていたけど……
「後悔したくなければ、いま全力を出しなさい」
「それでもダメだったら、泣いちゃいなさい」
「……」
母さんには、取り返せないことがあったんだろうか……
「…………」
「今の学校は誰のもの? 今は誰の時代なの?」
分かったよ。
「はあ……」
正直よく分からないところもあるけれど。
やるしかないみたいだ。
――その、「主役」。
昨日は陽和と話し込み、今日は合唱部で下校時間まで練習したから、俺の帰宅は2日連続で遅くなっていた。
父さんは今日もまた遅くなるそうで、俺ひとりで夕食をとることになった。
・・・・・・
……母さんに、何と言ってみようか。合唱部のこと。
「……」
「そんな顔されると、ご飯作ったほうは悲しいなー」
顔を上げると、母さんが俺を見ている。
「……ごめん」
「いったい何に首突っ込もうとしてるやら、まったく」
「え……?」
箸を持った手が止まった。
「分からないわけないでしょ。おとといは何か考えてたし、昨日も今日も帰り遅いし。一応連絡くらいはちょうだいよ」
「ごめん……」
……。
「これから1ヵ月くらい、これくらいの時間になる」
歯切れが悪いのが自分でも分かった。
母さんはそれ以上、何も聞いてこない。
だから俺は、母さんに反応せざるを得ない事実を伝えてみた。
「合唱部、廃部だって。今年で」
「へー、まだやってたんだ」
……母さんは、それだけしか言わなかった。
俺は苦し紛れに言葉を続けた。
「なんか、来年で創立100周年のはずだったって。昔のメトロノーム、まだ置いてあるよ」
「ふーん」
どうして……。
どうして何も……?
「……でも今日、二人出て行っちゃって」
「――輝」
びくっとして顔を上げると、母さんはまっすぐ俺の目を見ていた。
「言いたいことは分かるけど、『お願い』するのに自分で言わないで相手に気付いてもらおうとするのはダメかな」
……!
「まあ、今回は特別に気付いてあげる……次はないからね」
そう言って母さんは俺の向かいの椅子に座った。
ちょっと危なかった……
でもよかった、とりあえずこれで――
「私は手を貸さないよ」
え……?
母さんは肩をすくめながら言った。
「40歳のおばさんが10代後半の少年少女たちの輪に割り込む? ちょっとありえないでしょ。……おばさんじゃないけど」
母さんはそう言って少し笑ってから、その表情を消した。
「それに、今さら私に何を求めるの? 考えてある?」
「……」
「考えてないね。頼みさえすれば何かすごいことをしてくれる……そういう悪い信じ方はやめといてほしいな」
それは……でもそれは俺だってそう思われて――
母さんは背筋を伸ばして、俺をまっすぐに見る。
「私はね、卒業生だよ」
……?
「私が現役の学生だった頃は、そりゃあ学校も合唱部も全部私のものだった。でも今は違う。卒業生は学校に一銭も払ってない」
……お金の問題か?
「お金払ってない卒業生が、その学校の設備やら部活やらを使うなんていけないでしょ」
でも、合唱部は卒業生が様子を見に来てくれたりするのは当たり前だって――
「もう私の時代は20年も前に終わった――だから学校はもう私のものじゃない。だから合唱部が、そしていつか学校がそのものが潰れるとしても、見て見ぬふりをすることしかできないよ」
俺は歯を噛みしめて下を向いた。
「顔上げなさい輝」
しかし鞭を打つような声に顔を上げさせられる。
「今の学校は誰のもの? 今は誰の時代なの?」
まるで幼児に問うように――
「あなたのものでしょ、現役生。学校も合唱部もその他全て。今はあなたの時代なんだから。好き勝手に振るまいなさい」
好き勝手……
そうか、だから昔の母さんは――
「今の合唱部の主役は、今の部員たち。なんか輝も飛び込んじゃったみたいだけど……とにかく、やるべきことは今のメンバーでやりなさい。昔の主役に出る幕はないんだから」
昔の主役……か。
母さんは軽くため息をついて、それから立ち上がった。
「さ、早く食べなさい。帰り遅かったんだから、宿題やる時間なくなるよ」
・・・・・・
のそのそと夕食をとって台所を出ようとした俺を、母さんが呼び止めた。
「輝――」
振り向くと母さんは、流し台に軽く片手をついていて、なぜだかほんの少し物憂げな顔をしていた。
「ひとつ、覚えておいて」
その眼差しはこれまでにないくらい、真剣で――
「高校3年間は、あなたが思っているほど長くない。しかもその3年間の中に、人生でもう二度と経験できないことがたくさん詰められてる」
……そう、なのか?
「終わってからやり残しに気付いても、もう取り返せない。卒業の瞬間から、10年、20年、人生の終わりまで――その3年間を振り返るだけの時間が始まる」
かつて好き放題に学生時代を送った母さんが、それを――?
「輝にはまだ時間がある。大人になってから後悔したくなければ、いま全力を出しなさい。それでもダメだったら――」
……それでも、合唱部がダメだったら?
母さんはふっと笑みを浮かべた。
「それでもダメだったら、泣いちゃいなさい。それも含めて、高校生活なんだから」
そう言うと、母さんは流しに向かい洗い物を始めた。
・・・・・・
部屋に戻って、和室に置いた椅子に座る。
とりあえずノートを開いて英語の予習に取り掛かったが、気が散ってばかりで気付けば手に持ったシャーペンは止まっていた。
俺はシャーペンを軽く宙に放った。高めの放物線を描いたシャーペンは、ガタンと音を立てて机の上にぶつかった。
「……」
母さんは、何かしら協力してくれると思っていた。
なにせ「伝説の先輩」と言われた人だ。自身が所属していた部活の危機に、20余年の時を経て再び現れる――そういう展開はあり得るな、と思った。
それが、あんな興味なさそうに……
20年の時間は、そんなに長かったということか。それとも実は、母さんにとって合唱部とは元々そんな扱いでしかなかったか。
昔の主役に出る幕はない――か。
・・・・・・
主役……か。
漫画やアニメ、映画にゲーム……「主役」はいつも苦悩して、成長して、困難を打ち破って勝ち進んでいく。
すごくかっこいいし、見ていてわくわくするし、あこがれる。
……あこがれはする、けど。
俺は「主役」になんてなりたくない。
主役は苦悩しなければならない。成長しなければならない。そして困難を自分の手で打ち破って勝ち進まなければならない。
見ている人は面白いだろうけど、それをやる「主役」自身には、物語が壮大であればあるほど多くの困難が待っているんだ。
・・・・・・
そういえば――
母さん……変な事を言ってたな。「高校3年間は、あなたが思っているほど長くない」と。
その時の表情は、どこか物憂げだった。
やり残しに気付いても、もう取り返せない――そう言っていたけど……
「後悔したくなければ、いま全力を出しなさい」
「それでもダメだったら、泣いちゃいなさい」
「……」
母さんには、取り返せないことがあったんだろうか……
「…………」
「今の学校は誰のもの? 今は誰の時代なの?」
分かったよ。
「はあ……」
正直よく分からないところもあるけれど。
やるしかないみたいだ。
――その、「主役」。
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