宇宙航路は遥かにて(β版)

星川わたる

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第8話 救命7号

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 未明の第3惑星の、虚空にのぼったまぶしい星……信じられないほど光り輝くそれがいったい何なのか、わたしはすぐにはわからなかった。

 ――この大荒れの星系のなかで、船体を損傷し、救命艇も機能を失った。船はもう、主星からの熱入力に耐えられなかった。
 わたしはあらかじめ調べていたから、第3惑星の裏側なら、しばらくは熱からのがれられるとわかっていた。
 船長がいろいろ言ってきたが、とにかく船を緊急着陸させた。
 通航する船がいたら、緊急メッセージが届くように細工もした。

 夜は長かった。
 日がのぼったら、わたしたちはみな焼け死ぬ。耐熱装備がもうない。わたしがとった措置は、乗員が死ぬまでの時間をすこしだけのばし、それまでの苦しみを何倍にも増やしただけだった。
 いっそのこと、あのまま燃え尽きていればよかった。
 頭はいいほうだといわれていたし、それをとりえにして生きてきた。だからめいっぱい頭をつかって、船のために、みんなのために、最大限生きのびられる手をうった。
 その結果が、これだ。

 もう救助船はこない。無線機も壊れていて、船がきていても交信ができない。それに、いまさらきても、移乗の時間がたりない――

 誰かに、助けてほしい――

 太古の昔には、ひとは人智をこえた「なにか」を信じ、崇めたという。
 実体のない、存在するかすら疑わしいそれを、ひとは信じたようだ。伝承によって内容はさまざまだが、おおむね、それはよきひとを称えたり、窮するひとを救ったり、迷えるひとを導いたり、ときには悪人を処断したりするのだという。

 そんな都合のよいものが、いるはずがないのだ。もしいるのなら、どうしてわたしのところへこなかったのだろう。

 そのはず、だったが――

 虚空に、とてつもなくつよい光が輝いでいる。
 たとえようがない、いままで見てきたどれとも違う光。

 ――海図上、ここでこんな発光現象はおきないはず。

 救助はもう手遅れだが、「あれ」がわたしをたすけてくれる気がして、ひと粒だけ、なみだがおちた。
 生かしてほしい――とは、さすがにもう思わない。ぜいたくはいわないから、せめてらくに死なせてほしい。

「……」

 ――?

 いや、あれは――

 その光のかたまりは、ゆっくりと動いている。ちいさな緑の光がみえていて、それから、右側に赤の光がみえはじめ……

 あれは――「灯火」だ。

 緑は右舷灯、赤は左舷灯……こちらを向きつつある。あの光は、宇宙船だ――
 なんて光りかたを……すべての灯火をつけたのか。馬鹿みたいなことをする船だ。
 人智をこえた「なにか」に期待していたわたしの幻想を、その船がうちくだいていく。
 こころが、さめていく――「救い」なんて、ありはしない。

 ――まて。

 どうして、あそこに宇宙船がいる?

 ここは無人惑星だ、ふつう船が降りてくる場所じゃない。
 あの馬鹿みたいに灯火をつけた宇宙船は、あそこでいったい何をしているのか。

 ――まさか!
 あれは、まさか救助船なのか? あの灯火は――本船の無線機故障を察して?
 「馬鹿」じゃない、本船からよくみえるように、全ての灯火をつけて滞空しているのか。

 必死で、こちらをみつけようとして――

 呆然とそれをながめていたが、しばらくして、わたしはその「必死さ」に応えならなければならないのに気付いた。

「船長、上空の発光体は、滞空中の宇宙船です」

 いちおう報告するが、振り返ると、船長はすでにほかの乗員と喧嘩をはじめていた。喧嘩の内容は、もはや知る価値なしと判断して無視した。

 猛烈に光っているあの船は、微速力で前進しつつ、右に回頭している。緩慢なうごきかたからみて、まだこちらを見つけていないらしい。気づいてもらわなくては。
 無線はつかえない。だからこそ、あちらは「発光」という手段をつかったのだ。では本船からは、どうアクションを起こせばいい?
 この位置関係なら、こちらも光を出せばあちらに届く。主機関は生きているから、動力はある。発電機も生きているから、電力もある。信号灯は……ひとつだけ、損傷をまぬがれいる。点灯できる。

「船長、信号灯点灯します」

 返答はなかったが、わたしはそのまま信号灯をつけた。精一杯目立つように、3秒の間隔で点灯と消灯を繰り返す。

 ややあって……
 グラッ、と――

 空中の発光体は、不気味に揺れた。

 とつぜん、救助船が落下をはじめた。右に回りながら船首を落として、推定高度20,000から急速に墜ちていく。わたしには、制御を失った飛行機が、回りながら墜落していくさまが思い起こされた。
 どうして墜落していくのか。機関かスラスターが故障したのか、リフティング操作を誤ったのか――
 ――わたしの信号灯に気を取られたか。

 まさか、原因はわたしがつけた信号灯――

 その考えをふきとばすように、救助船は本船に探照灯を照射した。モニター越しに、操舵室内まで明るく照らされる。
 相手船の探照灯は、急激に落下しながらも本船を正確にとらえている……あれは墜ちているんじゃない、「急降下している」んだ。
 信じがたいことに、あの状態で、船体を完全に制御している。馬鹿だとか、無謀だとか、そういう問題ではない。およそ1Gの環境で、あれだけ船首をさげて右に回りながら、船を制御できるわけがない。

 それは、「理論的にはできる」が、「実質的には不可能」というもの――

 だがその「実質的に不可能」の動作を、あちらはやっている。そうまでして、わたしたちを助けに来ようとしている。
 まだ探照灯で照らされたままだ。救助船は、急降下でスピードがついたまま、こちらに向かって舵を切ってくる。

 ここに突っ込む気だ――

 たぶん、船体を衝突させて破壊しつつ停止し、あらかじめ船外に退避させた乗員を最短時間で収容するつもりだろう。おそらく本船側が、衝突を予測して事前に総員退去することを期待している。あちらの防護フィールドを全開に、こちらのものをオフにすれば安全に本船を破壊できる。
 そんな動き、相手が優秀な乗組員だと思わなければできないけれど。
 たぶん、わたしを――その「優秀な乗組員」と思っているのだろう。

 ……義務を果たさなくては。

「船長、救助船突っ込んできます。退去命令願います」

 ――聞いてない。まだ喧嘩している。

「船長! 退去命令を――」
「うるさいバカ! 命令はおれがだすんだよ、てめぇは黙ってろ」

 だから「退去命令『願います』」と言ったのに。はやく全員を降ろして、衝突にそなえて、緊急消火レバーを引かなくてはならない。
 船内は区画によっては可燃物があり、またエネルギーが循環しており、酸素もはいっている。もし宇宙船どうしがぶつかったばあい、発火ないし爆発の危険もある。
 そのために、全区画の消火措置をいっせいに行えるレバーがついている。設置場所は機関制御室と、主コンピュータ室と、操舵室。
 今回は、いま全員がいるこの操舵室からの操作になる。総員退去発令後、最後に残った船長がレバーを引いて脱出するのだが……

 ……だめだ、このひとには期待できない。

 越権行為だが……非常時だ、やってしまおう。
 わたしは船内放送のマイクをとった。

「至急、至急。まもなく緊急消火レバーを引く。救命具をつけ、総員退去せよ。総員退去せよ」

 全員の視線が、わたしに集まった。

「なにいってんだ勝手に。ひとの船を勝手に扱うな! 消火レバーなんか引いたらもう使えなくなるんだぞ」

 もう修理がきかないほど壊れたこの船を、どうやって今後つかうつもりか。まだわけのわからないことを叫んでいるあなたは、もはや指揮官たりえない。

「救命具をつけてください。はやく!」

 わたしは声を張り上げる。
 船長がわたしに食って掛かろうとしたが、ほかの乗員は「救命具」という単語に危機感をおぼえたらしい。あわてて救命具格納庫を開けて、救命具の取り合いをはじめた。

「オイ、1個よこせ、邪魔だてめえ」

 船長もそちらに行ってくれて、この際かえってたすかる。いない方がいい船長には、どういう価値があるのだろう。訓練学校の教官がいたなら教えてくれただろうか。

「主機関、緊急停止します」

 非常ボタンで主機系統を止める。エネルギー循環も同時に止まる。電気系統も主幹系がとまり、一瞬の停電のあと、非常系に切り替わった。

 この瞬間的な停電が、かえってよかったらしい。

「船長降りましょう、降りましょう!」

 航海長が真っ青になって操舵室を出ていこうとする。

「降りるって、エアロック壊れてるよ。どうやって降りるの!」

 通信長の、ヒステリックな高い声。そう、外舷のエアロックは、遭難時に全部こわれてしまった。地表におりられるエアロックは、どれも動作しない。どうやって降りる……

 そうだ、救命艇――壊れているけど、乗り込むことはできる。自力航行はできないけれど、ひとを乗せて地表へおろすだけなら、まだ使える。

 右と左、どちらの艇をつかうか……
 左だ、そちらが船体の陰になる。大丈夫、1艇に10人全員のれる。

「左舷の救命艇を使います。下に降りるだけならいけます」

 操舵室から出ようとしていた船長が、とつぜん、振り向いた。もともとよくない顔が、もっとみにくくゆがんでいる。
 足音をたててせまってきた。

「てめえ、何様のつもりだ。『指揮系統』ってわからんのか、おい。勝手に船長ごっこしやがって、てめえは気分いいだろうが、こっちは大迷惑だ。だいたいおれはおまえに、働いてほしくて雇ったわけじゃあねえんだぞ」

 船長のたるんだ腹が、当たりそうになる。くさい吐息が、顔にかかる。

 すこし、手がふるえた――

「いいか、おい」

 至近距離で、顔面めがけて指をさされる。

「おまえはな、乗り組み志願者のリストのなかで、いちばん顔がよかったんだ。歳も若いし、ちょうどいい女だった」

 ――ちょうどいい女?

「男ってのは、お前みたいなのが必要なんだ。みんなだいぶヌかせてもらったよ、おまえで。おまえはオモチャとして買ったんだ、乗組員じゃねえ」

 ……身体を触られることは、多かった。
 ほんらい宇宙船乗組員がはかないはずの短いスカートも、船長命令ではいている。
 「そういう目的」だというのは、さすがにわかる。階段はいつも先に行かされるし、船外活動までこの格好なのだから。
 「命令」だと宣言されて、どうにもできずに唇をうばわれたことも幾度かあった。最初がいつだったか、もうおぼえていない。

 船長が、口からつばを飛ばしながら怒鳴り続ける。

「オモチャ用の女が、航海士みたいな顔すんな。分をわきまえろ」

 規則上、船内では上級者の命令が絶対だ。どんな理不尽な命令も、まず、それをとがめる者がここにいない。従わないという選択肢は、なかった。

 わたしはこの船で経験を積みたかった。宇宙船乗組員としての、経験を。
 身をざわつかせる悪寒は、「経験」のために、とにかく耐えた。経験と実績をつんでいけば、より階級があがる。
 そしていずれは、一人乗務のできるちいさな高速船を買って、その船長になる。その船で好き放題に宇宙を駆け回るのが、わたしの夢だった。
 見られても、触られても、わたしの体が損なわれるわけじゃない。そう思ってこれまで、悪寒に耐えて我慢してきたが――

「あとでのこのこ降りてこいよ。あっちに乗り移ったら、この船ダメにした『責任』とらせてやる。どうせ暇を持て余すだろうからな。何ならあっちへの手土産にもなる。なあ、多少はいい貢ぎ物になってくれよ」

 ――!

「……」

 いつかわたしは――思い描いた夢のとおりに、良い船を買って、船長になって宇宙をめぐりたかった。
 けど……この後、ぼろぼろにされた身体で、ひとりその船に乗るのか、わたしは。それで「夢をかなえた」といえるのか。

「船長、救命艇出ます、急いで!」

 航海長の声に、船長は振り向いて、そのままバタバタと走っていった。

「……」

 ここまでは耐えたけれど――

 このさきに待つものには耐えられない。耐えたくない。
 ここまで……ここまでの屈辱には耐えてきた。ふつうの人なら願い出て下船するようなこの船に、わたしは乗り続けた。屈辱に耐えて、実務をこなして……

 いや――下船せずに耐えていたから、だんだんエスカレートしていったのかもしれない。どうせ抵抗しないから、と。
 もし救助船に乗ったら――私は、どうなる? いままでのように、耐えられる?

 ――だめだ。わたしに、その未来はえらべない。

 結局、ここまで耐えてきたことは、ぜんぶ無駄だった……

 だれもいない操舵室で、わたしは立ち尽くした。

 見れば、黄色い救命具がひとつ、床におちている。だれかが取り落としたのだろう。
 わたしはそれを背負って、電源をいれた。
 眼前に仮想モニターが現れ、「救命7号」の表示がでる。

 これ、たしか細かい設定がいじれるはずだ。そう、「生命維持」項目の――これ。「二酸化炭素処理」、これをオフに。
 警報が鳴りだす。うるさい。「警報音」項目、どれを切れば――いや、ぜんぶ落としてしまおう。
 ――警報がとまった。
 このまま二酸化炭素濃度があがって、ぼんやりしていれば、いずれわたしの心臓はとまる。

 外部モニターごしに救助船がせまってくるのが見える。すごい進入速度――「助ける」という、絶対の意思がつたわってくる。
 計器盤から、ちいさな警告音が鳴った。モニターに出た表示は「左舷救命艇発進」……まだ、わたしが残っているのに行ってしまった。はじめから、わたしを乗せる気はなかったんだ。
 救助船は精一杯たすけにきてくれているけど、わたしはどうせたすからない。助けるのは「人間」だけで、わたしはただの「オモチャ」なんだから。わたしは、救助対象になってない。

 でも――
 でも、でも、それでも――わたしは、航海士だ!

 必死で勉強してとった、正規のライセンスをもっている。誰が何といおうと、これだけは決して嘘をつかない。わたしは、公式に認められた宇宙船乗組員なんだ!

 機関操縦席のわきにある、赤いレバーをにぎる。最期まで乗組員としてはたらけ、わたし。でないと、せっかくとったおまえの正規ライセンスが泣くぞ。
 こんなところで終わる予定ではなかったけれど――できれば、もうすこし幸せなところまで行きたかったけれど――ぜいたくは、言えない。

 ――言わない。

 救助船の光が、モニターを埋め尽くした。

「緊急消火用意――3、2、1、発動!」

 直後、船内に消火のための二酸化炭素が噴射された。全電源が落ち、照明もモニターも表示灯も、すべて消灯する。

 これからわたしの棺となる操舵室は、この世でいちばんくらい闇となった。

「……」

 かたい床に、手さぐりで横になる。目をとじても、ひらいても、くらいだけだ。
 ゆっくりと息をする。救命具がまだ生命維持機能を動かしているが、二酸化炭素の処理をとめているから、呼吸をつづければ、だんだんねむくなっていく――

 おやすみ――
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