宇宙航路は遥かにて(β版)

星川わたる

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第18話 みられていない

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 彼にいちばんきれいな笑顔をみせて、それから――

 わたしたちは、階段室の踊り場に座った。
 うす暗い照明、せまい踊り場。ほかにはだれもいない。
 べつにここでなくてもよかったけれど、彼もいっしょに座ったから、このままそばに居てしまおう。

 この後のことを、話し合う。
 彼は乗っ取り犯全員を拘束し、処罰すると言った。
 その表情は、真剣そのもの。楽しむような気配はみせない。

 船員法の規定には「船長の権限をおかし、船内の秩序を乱したる者には、船長の判断により拘束・処罰を行うことができる」とある。船の乗っ取りは、それなりに重い罪。やっていることは海賊とかわらない。
 だからさすがに、彼らへの「処罰」に反対することはしない。むしろ相応の処罰をもって「わからせる」必要があるだろう。

 それからわたしは、もっとおおきな問題について考える。無許可でいじられている操舵システムについて。

 彼は、船の操舵システムをいじられることに、極端な反応をみせていた。
 きっと大切なんだろう。あんなふうになるくらい……

 でもこのひとは、たぶんしっかりしたひとだ。

 とかく風紀が乱れがちな不定期船の乗員なのに、彼の素行は問題なさそう。こわいときはこわいけど、それは「彼」じゃない。

 そして……彼のように一人乗務ができる船員はほんのひとにぎり。なぜなら、航海系・機関系・電気系・通信系・情報システム系――あらゆる分野に精通していなければ、ひとりで宇宙船をうごかすことなどできないからだ。

 彼の胸にかがやく金色の「CAPTAIN」バッジは、最高ランクの船乗りの証。

 このひとは、優秀なひとのはず……ネクタイはずれていたけれど。
 服装には適当さがみられるが、実務上は問題ないと信じたい。

 だから……システムのバックアップを、とっていないだろうか。

 ちょっとネクタイをネタにしてからかおうとしたけど、ひとこと言っただけでしゅんとしてしまったので、やめることにした。

 ――バックアップ、とっていてくれてるだろうか。

 彼は目線をはずし、けわしい表情をする。
 だめ、か――

「ごめん……すっかり忘れてた。そう、バックアップをとってある」

 ――!

 すまなそうにそういうけれど、面倒がってバックアップをとらない船乗りはかなり多い。だからあなたはそんなにつらそうにしなくていい。

「よかった……ちゃんととっていてくれたんだね」

 めいっぱいのやさしさをこめて。たぶんこのひと、だいぶ子供っぽいんだ。あんまり打たれ強くない。

 彼のバックアップ方法は、わたしの想像以上に入念だった。

 アクセス権限は彼にしかなく、別人に突破は不可能。データは3か所に分散して保存され、そのうちひとつは「秘密の部屋」の記憶装置にある。それが設置された部屋は、船内の見取り図をみてもわからない。データののぞき見はおろか、装置の破壊すらできない仕様になっているのだ。
 「秘密の部屋」の記憶装置は、船内システムにすら繋がっていないらしい。つまり物理的にもシステム的にも、彼以外にはアクセス不可能。そこに、だいじなシステムのバックアップデータがある。
 システムは守られている。どんなにいじられても、こわされても、彼の手にかかれば復元できる。

 よかった――これで、彼が彼でなくなることは、ない。

 時間的には、急がなくていい。もうすこし、休もうか。それともやっぱり、急ぎたいだろうか。
 彼の顔色をみながら、きいてみる。

「だいじょうぶ? もうすこし休む?」

 彼の表情には、力がやどっている。
 彼は、もう行けると言った。わたしも、もう行ける。

 ……でも、階段はわたしのほうがおそい。置いていかれそうだ。

 こういうときは、おそいほうが先行することで、置き去りを防げる。
 わたしが先行でいけばいい。彼がうしろから来てくれれば、わたしを追い越せないから。

 そのことを言おうとして、わたしは――気づいた。
 気づかないほうがよかったか、気づいたほうがよかったか。

 船に特有の、ハシゴにちかい急な階段。
 そこでわたしが先行するのは……

 もとの船の船長に命じられてはいた、このスカート。

 前の船で「それ用」に用意され、いまもわたしはそれをはかされたまま。思い出したくない、悪寒にふるえる階段昇降――
 だからスカートは、嫌いなんだ。こんなものなければ、わたしは――

 いまのわたしのすがたは、男の興味をみたすためのものだ。

 ……。

 そしてこの彼も、あのとき――エアロックの中での「あの」時、すごくどきまぎしていた。
 それは……やっぱりわたしへの興味のせい、か。

 あのとき、わたしは……

 なぜだろう、そんな彼と一緒にいて、悪寒はしなかった。ただひたすら、恥ずかしかった。湯気を噴くくらいに。

 今もこんな暗いところで、身を寄せ合うように座っているのに……
 わたしのそばのこのひとは、こんな状態でも、わたしになにもしない。


 このまま、この救助活動がおわって、つぎの港についたら――

 そこでわたしたちは、永遠に離れてしまうのかな。
 たましいすらふたりで分けあった、わたしたちは……


「……」

 このひとだって――男の人。いや、どちらかというと、男の子。

 男の子の「興味」……
 惹いてみたら、どうだろう。
 わたしに興味を持たせて、惹きつけて――引きよせられたら。

 彼はわたしだけをこの船に乗せて、さらっていかないだろうか。

「……」

 ちょっと子供っぽい、彼。
 このひとに、これからの「刺激」は、ちょっと強いだろうか。

 のぼりはじめたら、取り返しはつかない。
 わたしは彼に「その姿」をさらしたまま、なにもできずにのぼるだけ。

 ……。

「……わたし、えっと、さきに行く? その、わたしのほうが、おそいから」

 なんて事をいってるんだろう、わたし。思えば今日が初対面の彼に、そんな――

「おれが行く。きみはあとから。最初にそう決めたでしょ」

 ……。

 ――――そう。

 わずかにほっとして、そして、はげしく冷める。
 わたしは、無駄な抵抗を試みて――

「でも……やりにくくない? わたし、あなたについていけるか――」

 彼はわたしをみて、不敵な笑みをうかべた。

「だめ、おれが先行。大丈夫、待つよ。かならず。ここまでおれを助けてくれたんだ、きみといっしょに行きたい」

 ちからのあることば。全然、どぎまぎなんてしていない。
 わたしは奥歯をかみしめて、うつむいた。

 彼はいま、「興味」なんて感じてない。
 彼はいま、わたしを「女の子」としてみていない。

 ふたりでいっしょに立ち上がり、彼から先に階段をのぼりはじめる。先をいく彼に、わたしの表情がみえるはずがない。

・・・・・・

 彼女を後ろに、操舵室のある第8甲板へ――

 幸いにも階段室での待ち伏せはなく、ぼくたちは操舵室前にたどりついた。
 目的の場所は、あの扉のむこうだ。

 85Kのようすを確認する。
 黒いひとみが、まっすぐぼくをみている。呼吸もおちついている。

 よし、このまま行こう。

 突入する――と言いかけて、ふとある問題に気づいた。

 ぼく、わりとバカなんだよな――
 ひとりで何でもできるのが理想だけど、ぼくはそんなに要領がよくない。

 だから――このひとに、手助けを頼もう。
 すこし顔を寄せ、小声で伝える。

「合図をしたら、おれが突入する。きみは来るな」

 85Kの表情が、とたんにけわしくなる。

「どうして。いっしょに行くって――」

 手で彼女の発言をさえぎる。

「きみは室外に残れ。後方を警戒するんだ」

 彼女はぼくにけわしい表情を向けたまま。ぼくの言った意味が伝わっていない。

「おれ、警戒がとんでもなくヘタなんだ。ほぼ前しかみえてない。仮に、もしきみがうしろから襲ってきたら、もうやられてるよ」

「わたし、そんな腕力ないよ」

 そのことばに、ぼくは肩をすくめる。

「腕力はなくても、できる。さっき階段で足を思いっきり引っ張られたら、たぶん後ろ向きに落ちた。頭から」

「しないよ、あなたにそんな――」

 彼女の唇にひとさし指を近づけ、発言をとめる。

「敵がうしろから来たら、おれは対処できない。どう頑張ってもだめなんだ。おれは誰かに守っていてもらえないと、戦えない」

 彼女はぼくを見たまま、立ち尽くしている。

「おれは前しか見えてないから、きみが後ろを守って。自動扉が反応しない位置まで、さがっているんだ。もし動くものがみえたら、交戦せず、さがって自動扉をあけろ。それがこっちへの合図になる。中からの火線にきをつけろ」

「……」

 彼女はなにも言わない。
 ぼくのことば――ちょっと戦争みたいなことを言っていただろうか。軍人や戦闘員なんかじゃないこのひとには、きつかっただろうか。

「ええっと、つまり、その、『味方』が必要なんだ。絶対に信じていい『味方』が。そういうひとに後ろをみていてもらえるから、おれは安心して前にすすめる。いまのおれには……きみしかいない、信じられるひとが」

 彼女はぎゅっと口をむすんだ。

「……後方通路の警戒、了解。動くものを認めしだい、自動扉解放にて合図します。解放時、室内からの火線に注意します」

 機械的な復唱がおこなわれる。
 これは「わかった」のか「わかってない」のか。

 彼女はあらためて、その黒いひとみでぼくをみつめる。

「よくわからないけど……わかったよ。後ろはみているから、気にしないで。そのかわり――」

 彼女のみぎのてのひらが、ぼくのひだりの手の甲に触れる。

「前を、ちゃんとみて。絶対にけがをしないで。……約束、できる?」

 ……できる、できないの問題じゃないな。
 ここは、する以外に選択肢はない。後ろをみていろなどと、大層なことを彼女に言いつけたのだから。

「前方をよくみて、絶対にけがをせず制圧、了解――約束する!」

 復唱は、確実に。彼女との約束もふくめて。
 アイコンタクトをとり、たがいにうなづく。

 一歩踏み出す。

 操舵室の自動扉が、ひらいた。

・・・・・・

 わたしは彼の後ろについて、操舵室前までのぼってきた。

 やるべきことは、分かってる。
 彼はわたしのようすを確認する。その黒いひとみを、わたしはみつめる。このひとみをあと何回、みつめることができるだろう。
 彼がわたしを、この船から降ろすときまでに……

 とつぜん、彼が顔を寄せてきた。
 な、なんだろう……

「合図をしたら、おれが突入する。きみは来るな」

 ……なにを期待した、このあほうもの。
 逆だ、彼はわたしから、離れていこうとしている。

 わたしは反論しようとしたが、彼に手でさえぎられた。

 指示がだされる。
 わたしに、後方を警戒しろ、と。
 あなたに、背中をむけろ……と。

 警戒がヘタだ、というけれど……それは苦しいいいわけ。

 さらに反論するわたしの唇に、彼はひとさし指を近づけた。

「敵がうしろから来たら、おれは対処できない。どう頑張ってもだめなんだ。おれは誰かに守っていてもらえないと、戦えない」

 うん、とっても、かっこいい。

 けどそのひとみは、わたしをひとりの「女の子」とはみていない。
 彼はわたしを、「味方」とだけみている。

 ――本当に、それだけ。

 次々と、わたしへの指示が出される。船長から、乗組員への行動指示。
 彼はなにを思ったか、わたしに「『味方』が必要なんだ」といった。

「きみしかいない、信じられるひとが」

 それはわたしへの本心か、それとも、わたしを置いていくための欺きか。

 「味方」……いまのわたしは、彼のそれだけ。
 これが終わったら、もう永遠に会うことはないんだろうな。

 わたしは、彼の指示を復唱した。乗組員として。

 後ろをみていろ、か。
 わたしをここに置いて、彼は前へ進むんだ。

 後ろをみていて、ふと気がついたら、彼はもうどこにもいないかもしれない。

 ――もう、しかたない。

 彼のひとみを、のぞきこむ。わたしとおなじ、黒いひとみ。
 せめてこのひとみが輝きをうしなわないように、祈っていよう。彼の「特別」になれないわたしは。

「よくわからないけど……わかったよ。後ろはみているから、気にしないで。そのかわり――」

 これは、わたしのあきらめのことば。
 そう、わたしは気にしないで――

 彼のてのひらに、触れてみる。
 あたたかい。

 いままで、どんなものに触れてきたのだろう。
 これから、どんなものに触れるのだろう。

 せめて、じぶんの血にだけは触れないでほしい。もうこのさい、誰かの血にまみれてもいい。せめてあなた自身の血だけには、まみれないで。

「前を、ちゃんとみて。絶対にけがをしないで。……約束、できる?」

 彼は力強くこたえる。

「前方をよくみて、絶対にけがをせず制圧、了解――約束する!」

 それは、約束じゃない。
 ただの復唱だ。

 彼はわたしをみて、うなづいた。
 「行く」というのだ。

 わたしは目をふせながら、力なくうなづいた。

 彼に、背を向けた。
 操舵室の扉が開いた音がして、また、閉まる音。

 わたしたちふたりのつながりは、この扉によって断ち切られた。
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