宇宙航路は遥かにて(β版)

星川わたる

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第28話 脱け出す航路

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 どこで、こんなものを覚えたのだろう。ナナの操船は、猛烈だった。

 急上昇して砲撃を避けるのはまだ想定内だった。でもその直後、突然推力を下げたのには驚いた。ビームが前方に外れていって、わたしはその時になって、推力操作が「回避」の動作だったことに気づいた。
 砲撃の光があらゆる方向に見えて、なのに1発も当たらず、敵の船の横を抜けた。ナナは考えているのかいないのか、方向も角度も不規則な操舵をし続け――もしかしたら敵が攻撃を外したんじゃなく、ナナが全て「避けた」のかもしれない。
 特高速船の機関推力30%、それは人間が操作していい領域ではない。自動操縦以外では扱えないはずだが……ナナは計器すら見ない。このひとの「空間認識能力」とはこういうものか――

 状況は好転しているかにみえたが、突如として悪化した。航路をふさぐ3隻の敵船、それを誘引しようと舵を切った先にもう1隻――それからはナナが相手を避けようするたび、その先に必ず別の敵船がいた。

 ナナが悪いんじゃない、敵があまりにも用意周到だった。おそらくもう、離陸する前からわたしたちの動きを予測して、態勢を整えて待ち構えていた。
 ナナの操舵操作――操縦桿の前後、左右、ペダルの踏み込み、そのすべてに彼の悲鳴がこもっているように聞こえる。できれば代わってあげたいが、この出力での手動操作はわたしには無理だ……。
 探知画面を見て、新たな敵船の出現を報告するたび、わたしが彼に絶望を叩きつけていく。

 普通の航海士なら、もう操縦桿を放しているだろう。これがゲームならすでに敗北は確定。まだバトルが続いているだけで、いつかは負けてしまうのだ。リタイアしたほうが、苦しまずにすむ。

 それでもナナは操縦桿を放さない。苦しみを味わい続けながら、あくまで最善手を探し続けている。活路を求めてもがいている。

 それならわたしは、計器盤だけを見る。ナナが操舵するなら、わたしの担当は計器監視。やることはおなじ、わたしはこの計器表示に活路を求める。なにか役に立ちそうなものはないか、何でもいい、パラメータひとつの変化も見逃すものか――

 ――?

 いま何か……

 探知魔法装置の画面に一瞬、なにか映った気がした。
 もう表示は消えている。本当に映ったのか……わたしの目の錯覚だったかもしれない。どうする、これは言うべきか――

 ――ううん、もし間違ってたならしれっと訂正するだけでいい。言ってしまおう。

「探知魔法装置に感あり、何かの魔力、おそらく直上方向。すぐ消えた」

 これが目の錯覚でなかったなら――船の反応じゃないだろう。何かの自然物か、どう調べる――?

・・・・・・

「探知魔法装置に感あり、何かの魔力、おそらく直上方向。すぐ消えた」

 突然のリリィの報告。「おそらく」って何だ、こんなときに不確実な報告をしやがって――

 ――じゃない、冷静に考えろ。

 このひとはそんな無能じゃあない。きっと計器盤を見続けていたに違いない、それでも見逃しかけるような反応だ。
 船じゃないな、そんな弱い反応は。どうしてそんな一瞬だけ映ったんだ。

 ……アンテナか? 本船の探知魔法装置はアンテナ位置の都合で、直上方向への感度が少しだけいい。さっきアンテナが向いた方向に何かあったのか。
 もう一度その方向にアンテナを向けるとすると、どう転舵するべきか――

 ――いや、そんな価値のあるものか、それは。もはや20隻近い敵に攻められているこの状況で、調べたって意味ないだろう。

 横目でリリィの姿を見ると、ただひたすら計器盤を見ている。もはやその表示が、ぼくたちに希望をみせてくれるはずはないのに。映るものはすべて絶望を示すのに。
 ああ――そうか。きみもぼくと同じか。敗北確実になったゲームのバトルを、リタイアせず本当に負けるまでやり続けるタイプか。

 ……よし、ならふたりで負けるまでやろう。負けたらあの世で反省会だ。

「魔法探知のアンテナ、その方向に向ける。何回か舵を切るから、その魔力の探知に専念して。レーダーはこちらで見る」

「――了解」

 ちょっと間があったが、返答はあった。
 左に90度ロールして船体を立て直し、取舵20度にとって左へ行くように見せかける。

 来た、「途切れ途切れの通信魔法」、おそらく敵の暗号通信。こちらの針路を送信しているんだろう。それを受けた新たな敵船が――

 ――来る、ほぼ正面にテレポート反応。右のペダルを踏みつけて舵中央、次いで面舵一杯、船首を急速に右へ。

 舵効きが足らない、もっと推力を――

 ええい、推力70%、行け――!

・・・・・・

 事の初めから結果を決められていた戦闘が、予定通りに行われていたその星系内にて――

 想定に反して、突如猛烈に駆け出したGSL209に対し、敵船たちの反応は遅れた。これまでの相手船の舵効きを想定して針路を調整していた敵船たちは、想定外の急加速と急転舵を行ったその船を捉えられなかった。

 各船の反応はバラバラとなった。テレポートしてきた船たちは互いの進路が交錯したため一時減速し、間隔の調整を余儀なくされた。後方から追っていた船たちは陣形を形成しつつ進んでいたが、一部の船がGSL209の動きに反応して舵を切ったためにその陣形を乱して衝突を起こしかけ回避行動を行ったため、射程内にも関わらず主砲を撃てなくなった。

 すでに決したかにみえた「運命」なるものの水面に、ふたりが投げ込んだのはほんの小さな石ころひとつ――

 その波紋がいま、その星系に大きく広がっていく。

・・・・・・

 右180度回頭は完了、左ロールを90度までかける。進行方向はさっきと逆向き、船体を左に横転させた状態。これでアンテナはさっきと同じ方へ向いたはずだ。
 こちらからみて下にいる敵船たちは何を間違ったか、バラバラの方向をむいて減速している。追ってくる船からも、まだ射撃管制レーダーは照射されていない。
 わずかずつ操縦桿を動かして、船体の角度を変えていく。アンテナは、なにかつかんでくれるか……

「直上方向に魔力を探知、すぐ消失――」

 ――ある、何かある。

 何かあるが、使えるものか――

「海図上、その方向、転移クリスタルの存在を確認」

 転移クリスタル――?
 あるわけないだろう、そんな方向に。この星系にはぼくが入ってきたやつと、出る予定だったやつ、この2つしか……

 ――いや

「その転移クリスタル、使えるのか」

「『海図上では』使用不能となっています!」

 そうだ3つ目の転移クリスタル……「破損ノタメ機能セズ」と、確かに海図にはそう書いてあった。
 このひと、この非常時に海図までキッチリ確認していたのか。よくこんなものに気づいたな。そして、いま彼女が言いたいことも分かる。あくまで「海図上」では使用不能扱いだ、と。

 でもその方向から魔力が探知され、他に魔力を出しそうな物体がないとなると……信じがたいことだが、その転移クリスタルは、まだ「生きている」ということになる。
 だとして、どうする。どこにつながっているか海図には書いていない。それにこちらの主機関のテレポート魔法に、うまく同調してくれるかどうか。そもそも、今クリスタルにある魔力はテレポートに十分なものか。

 追ってくる敵船の陣形が前方に見えている。このままだと突っ込んでしまうから、とりあえず再反転しよう。
 推力を50%に下げながら反転に入る。これ以上はさすがに負担が大きい。
 また「途切れ途切れの通信魔法」が入ってきた。別の敵船を呼んでいるんだ。

「ナナ……いい?」

 リリィ……

「ナナ、わたしはこの転移クリスタル、使えると思うよ。少しでも魔力は出ているんだから、破損してても機能はたぶん残ってる」

 そうれはそう、だけど――

「このクリスタルの行き先は分からないけど……むかし転移クリスタルが設置された理由は、船を目的地へテレポート移動させるため。だからこれは『航路』の一種とみなせる。そして航路であれば、出口がないとか、無意味な場所に出るとか、そういうことはないはず。それに――」

 彼女の目をみて、続きをうながす。

「――他にはもう、手がなさそうだよ」

 まあ、そうだろうなあ。
 でも、「機能する」と仮定しても、問題はある。こちらの主機関とクリスタルの魔力波を同調させなければならないが、そのデータはどうやって……

「ちなみに――」

 ぼくがリリィの顔をみると、彼女は急にいたずらっぽく笑った。

「ふふ、もうデータとったよ。ほら」

 は? データって、さっき一瞬しか……

 彼女がこちらに送ってきた画面を見ると、本当にさっきの魔力波の詳細データが並んでいる。必要になると察して、もう用意してくれてたんだ。

「……」

 ――ここまでされて、何も言わないのはありえないよな。

「よし――緊急テレポートを実行する。すぐに主機関と転移クリスタルの同調設定に入れ。探知系統はすべてこちらで受け持つ。……船がクリスタルに突っ込む前に頼むよ」

「うん、了解!」

 その返事とほぼ同時、前方2か所にテレポート反応が出た。左前と右前――両側から進路を挟んでつぶしに来るつもりだ。
 反転していた時間が長かったので、その間に行き過ぎた転移クリスタルはいま右前方にある。右側に出てくる船が、邪魔になる。

 左右ともにテレポート・アウト。どちらも2隻ずつ。
 まっすぐこちらに来ない――おそらく、斜め前方から2隻ずつの砲撃を浴びせるつもりだ。直進して間に飛び込んだら挟み撃ち、転進しても、した側の2隻が並んで正面から向かってくるだろう。

 転移クリスタルへ向かうには、右前の2隻の至近距離を通らねばならない。しかし接近すると主砲だけでなく、迎撃用のレーザー銃の射程にまで入ってしまう。レーザー銃は機関砲のように速射するから、撃たれたらさすがに避けられない。だから左右どちらを通過しても、本船の片側は撃たれてしまう。
 どちらかを犠牲に――したいが、こんな小型船に余計な装備や空間はない。どこを撃たれても無視できないダメージになる。船体を撃たれたらだめだ――!

 後方から強いレーダー波――後ろの一団が撃とうとしている。進路が交錯していた敵船らも、即席でひとつの船団を形成してこちらに向かいはじめた。
 ぎりぎりまで待ってから、回避運動に入る。不規則な舵角変更、ときどき推力も上下させ動きを読ませないように。
 後ろの一団は精密射撃、近くの船団は乱射で砲撃を始めた。レーザーの光線が幾十本も飛び交うなか、見据える前方には左右2隻ずつの敵船、少しずつ進路の幅を狭めてくる。
 推力70%、回避運動しつつそのまま前進。速力が高く、舵が敏感すぎて操舵が乱れる。

「テレポート魔法、準備完了。自動操縦、テレポートモードでスタンバイ」

 リリィは作業を終えたようだ。あとはぼくの舵取りだけ――

「自動操縦はスタンバイのままで。転移クリスタルの魔力捕捉を急いで!」

 魔力はかなり弱いようだが、捕捉できるか――

 急な衝撃音と振動、真っ白になった外部モニター――至近弾2発。船体と装備品に異常は出なかったが、敵の狙いが少しずつこちらの船体に近寄ってくる。

 ……このあたりか。

 下げ舵をとりながら、ゆるく取舵に転舵する。たまらず左下へ逃げる、と見えるように……
 左前にいた2隻からの砲撃が始まり、斜め上からレーザーを撃ち込まれる。だがぼくが気にしているのはそっちじゃない、逆側の――

 ――右側2隻、こちらに舵を切った。増速し、まっすぐ突っ込んでくる。

 砲撃を始めながら、半ば逆落としに、2隻並んで――
 敵船の船体が肉眼で見えるほどにまで迫り、また至近弾が船体をかすめた。

 ――ここだ!

 右のペダルを目一杯踏む。操縦桿を引き、右斜め上への急転舵。推力70%、この操舵はきつい――
 たまらず推力レバーを50%に引き戻す。せっかくの機関を全開にできないもどかしさ、そのままレバーを50%前後で押し引きして足掻く。船体を左へ横滑りさせるように、渾身の右転舵。船首が右に回って――

 ――2隻の敵船の、間に向いた。

 一気に舵を戻す。航跡表示器が直線を描きはじめる。前方には砲撃する2隻の敵船、その間を通して向こう側に、破損した転移クリスタルらしいわずかな赤色光が見えている。

 本船から敵船2隻の間を通してクリスタルへ伸る直線路――活路は、ひらいた。

 右手で握った推力レバーをぐっと前へ――吸い込まれるように全開位置へ移動するレバー。ついに出した100%推力、やや遅れて目一杯まで高まっていく主機関の駆動音。船体は2隻の敵船と、その向こうの転移クリスタルに突っ込んでいく。敵船の船首が眼前にせまる。

 横に並んだ2隻の敵船――そのわずかな隙間を本船が抜ければ、敵はレーザー銃を撃てない。本船を撃とうとすれば、その先の味方にも相当数の流れ弾が当たる。もし敵が同士討ち覚悟で撃ってきたら本船は両側から撃たれるが、この急場でその判断はできるか――
 外部モニターの両側に敵船が映る。宙に向けられたレーザー銃は――

 ――撃たない、突っ切れる!

 両脇に敵船の船体を見つつ、その間隙を滑るように抜けて後方へ。レーダーが、真正面に転移クリスタルを捉える。100%の機関推力が、船をクリスタルへと押し進める。航法画面上で、転移クリスタルとの距離を見極める。

「前方に魔力反応、転移クリスタルを捉えた!」

 リリィの報告。捕捉した、ならいける――!

「両舷停止、舵中央。主機、テレポートモードに変え!」

 モード切り替えのため、推力レバーを引き戻して「STOP」位置へ。舵角指示器で舵が中央位置にあることを確認。主機関の回転計がアイドル回転を示してすぐ、テレポートモードへ切り替える。

 衝撃音と、左右を貫く光の束。これまでにない至近弾、だがそれは――

 ――船首の先で交差して、X字を宇宙に描きながら消えていった。

 主機関のモード切り替えのため「両舷停止」とした瞬間だった。もう1秒長く推力を出していたら直撃だったが――大丈夫、この場合は死にさえしなければそれでいい。生き延びたやつが勝利者だ。
 モード切り替えよし、進路よし、機関調定よし。自動操縦は「執行」ボタンを点灯させてぼくを待っている。

「テレポートはじめ――!」

 「執行」ボタンを押下、主機関がテレポートモードで動き出す。壊れた転移クリスタルへ向かって、船はぐんぐん進みだす。
 クリスタルは下側に赤い光が少し見えるだけで、中央より上は大きくヒビが入り、損壊している。どうだ、機能するか――

――ビー、ビー、ビー、ビー

 衝突防止装置が鳴り出した。転移クリスタルを障害物と判定している。「あそこは通れない」と、言っている。

 後方からさらに砲撃――転移クリスタルに命中。細かい破片が散っている。敵もこちらの意図に気づいたらしい。万が一にも長距離テレポートできないように、クリスタルそのものを破壊する気だ。
 ということは、あの向こうは――通れればの話だが――義勇団の手が及んでいない場所だ。本船より先にクリスタルを狙っているのだから、通り抜けられたら困る、ということなんだ。
 あの転移クリスタルの向こうに、敵船はいない。

 衝突防止装置は鳴りやまない。後方からの砲撃も激しく、古代の遺産たる転移クリスタルが壊されていく。
 さらなる命中弾。クリスタルに大きなヒビが入る。まさか、砕けるか――?

「・・・・・・」

 突如として、操舵室を静けさが満たした。空調さえ止まったかと思うほどの無音状態――

 衝突防止装置が、鳴りやんだ。

 計器盤のすみに、「TELEPORT CRYSTAL CAPTURED」の緑文字が点灯した。転移クリスタル捕捉――システムは、あれを「転移クリスタル」と認識したのだ。
 航法画面の航路表示はまっすぐに前方のクリスタルに吸い込まれていく。警報音が止まった衝突防止装置は、「進路上に障害物なし」と判定している。

 敵船の砲撃がさらに命中し、大量の破片が飛び散る。防護フィールドを展開し、クリスタルの破片を食らわないよう備える。大丈夫、まだ計器盤にはクリスタル捕捉の緑文字が出ている。
 転移クリスタルの下部、鈍く光っていた赤い光が突然強まった。本船の主機関と反応している。ぐっ、と船が引き寄せられる。

 砲撃が命中し、ついにクリスタルの上半分が崩れ去った――
 周囲の景色が消え、外部モニターは真っ黒に……

・・・・・・

「……」

 両手をみる。ぼくの手はみえる。
 隣を見ると、リリィも同じ体勢でこちらを見た。

 互いの顔が、みえる。

 船は潰れてない。いまテレポートしているんだ。

 振り切った――……

 ぼくたちは互いにすこし笑顔をみせて、それからぐったりと操舵席に沈み込んだ。
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