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17 侍女アンヌのお仕事
私はお嬢様の専属侍女のアンヌ。
五年前からアメティスト公爵家に仕えている。
お嬢様には知られていないが、私にはもう一つの顔がある。
私は故郷フォルトア聖国の王家の影を担う一門の娘で、お嬢様の護衛の役割を担っている。
お嬢様は美しい。いっそ人間ではないと言われた方が納得できるほどだ。
度を超えた美しさは幸福と同じか、時にはそれ以上の不幸を招く。オフィーリア様がそうだったように。
旦那様と若様はオフィーリア様の件もあり、お嬢様の警護に並々ならぬ神経を注いでいる。
私以外にも常に影の護衛を複数つけて、どんな些細なことでも報告するよう命じられている。
お嬢様の美しさに引き寄せられる不埒者は後を絶たず、誘拐未遂事件が頻繁に起こるが、それらは私と影の護衛により、秘密裏に処理しているため表沙汰になることはない。
お嬢様は王家の行き過ぎた教育により、勉学に追われ、青春を奪われ、年相応のお洒落を楽しむことすら許されなかった。
王家のやり方で、お嬢様の身の安全を守ろうとしていることはわかる。だが地味な身なりをさせ、行動を制限したところで、お嬢様の美しさが隠せるわけもなく、害虫は至る所から湧いてくるのだ。
それならば。お嬢様には年相応のお洒落を楽しみ、青春を謳歌して欲しい。私達が必ずお嬢様を護るから。
だが、侍女の分際で王家の方針に口を出せるはずもなく、この五年間ずっとモヤモヤしていた。
だけど嬉しいことに、最近お嬢様に心境の変化があったらしい。
「気分転換に、明日は街に行きたいわ。なんだか今までの鬱憤を晴らしたい気分なのよ。アンヌ、付き合ってくれる?」
「はい、喜んで!」
私は大急ぎで、お忍び用の町娘の服一式を揃えた。
襟ぐりの開いた白いブラウスに、コルセット風の焦茶の胴衣と薔薇色のスカート。髪はゆるく編んで、生花を差し込んだ。
一度着せてみたかった念願の町娘姿、可愛い!
うちのお嬢様は世界一可愛い!
今日のお出かけには影の護衛が五人。そして私。
お仕着せの下に、いつもより多めに暗具を忍ばせる。今日も鉄壁の防御でお嬢様をお護りする所存だ。
玄関ホールで、仕事の書類を取りに戻ってきた旦那様と遭遇した。
「ロゼが街に出掛けるなんて珍しいな」
「ええお父様、たまには息抜きも必要かと思いまして」
「それはいいね、楽しんでおいで。街は危険が多いから気をつけるんだよ。今度は私も誘ってくれ」
「はい、お父様。今度観劇に参りましょう」
「ああ楽しみにしているよ」
すれ違いざまに旦那様が立ち止まり、視線はこちらに向けずに低い声で一言発する。
「ぬかるな」
「御意」
旦那様、今日も私共がお嬢様を不埒者からお護りいたします。
◇◇◇
お嬢様は特に目的もなくぶらぶらしたいとのことだ。
雑貨店で可愛い便箋を購入し、香水店でいろいろな香りを試し、目についたお店にふらっと入っては店員との会話を楽しんでいる。
案の定、街を歩くお嬢様はかなり目立っていた。
ゆるく編んだピンクブロンドの髪と薔薇色のスカートが、軽快な歩みと共に揺れて、お嬢様の通った後には僅かな甘い花の香りだけが残されていく。
街を行き交う者達は、お嬢様に気づくと皆一様に足を止めて見惚れる。
すれ違いざまに不埒な視線を送る男共を、私は殺気で追い払う。この程度なら日常茶飯事だ。
「そこの綺麗なお嬢さん、おまけするから買っていかない?」
「あら美味しそうね、いただくわ」
一つ分の値段で二つのリンゴ飴を手に入れたお嬢様は、上機嫌で一つを私に差し出した。
お嬢様と食べ歩き! なんと身に余る光栄!
そんな風にぶらぶらと街歩きを楽しんでいるお嬢様を、先程からつけてきている男がいる。
さっきの屋台の近くに屯していた害虫か。
人気が少ない通りに入ったタイミングで、お嬢様の後ろから男の手が伸びてきた。細い路地に連れ込むつもりか。
伸ばした男の手を掴み、細い路地に引き込んで気絶させ、他の影に引き渡す。ほんの十秒程度のことなので、前を向いて歩いているお嬢様は気づかない。
「ねえ、アンヌ。そこの菓子店に入るわ」
「はい、お嬢様!」
お嬢様は菓子店に入ると店員におすすめはどれか尋ね、勧められたクッキーを試食をしたあとに、それを大量に購入した。
「とても美味しかったから、孤児院に差し入れしましょう」
その後、私達は教会の敷地内にある孤児院へ足を運んだ。
◇◇◇
「わあ、プリムローズ様、今日のお洋服かわいいね!」
子ども達はお嬢様の姿に気づくと、一斉に駆け寄ってきた。
「ありがとう。今日はお忍びで来たのよ。あなた達の顔が見たくなったの」
子ども達に囲まれて微笑んでいるお嬢様は、まるで聖母のように慈悲深く神々しい。
私は心の中で絶叫した。
(ああ誰か! 誰か画家を呼んできて! この瞬間を永遠に描きとめて!)
子ども達との交流を楽しんでいたお嬢様に、声をかける人物がいた。
「これは奇遇ですな。アメティスト公爵令嬢ではありませんか」
その男は茶褐色の髪、榛色の瞳にモノクルをかけ、痩身でグレーのフロックコートを着ていた。
聖女を養子に貰い受けた、教会派に名を連ねるオリバー・ガスタイン伯爵だ。
教会に用があって来たらしいこの男は、お嬢様に友好的な、だけど作り物のような笑みを向けている。
「ご機嫌麗しゅうございます。ガスタイン伯爵」
お嬢様も、美しい顔に貴族の笑みを貼り付けて挨拶をした。
「それにしても、年を追うごとにあなたの母君に似てきますね。まるであの頃のオフィーリア様を見ているようだ」
その男はモノクルの奥の榛色の瞳を、遠くを見るように眇めた。
「母をご存じでして?」
「ええ、よく知っていますとも。私は若い頃にフォルトア聖国に留学していたのですよ。そこで彼女とは親しくさせていただいておりました」
「左様でしたか」
「ですが、あのようなことになられて。大変お気の毒なことです」
男は額に手を当てると、仰々しく頭を左右に振って目を伏せた。
「⋯⋯お気遣い傷み入ります。先を急ぎますので、これで失礼いたしますわ」
お嬢様は表情を変えぬまま、会話を切り上げて教会の敷地を後にした。
妙な視線を感じて振り返ると、あの男の目に仄暗い色が浮かんでいる。ぞっとするような執着の目だ。
あの男のことも旦那様に報告せねばなるまい。
◇◇◇
「アンヌ、一日付き合ってくれてありがとう。そろそろ帰りましょうか」
そう言って馬車に乗り込もうとする寸前、お嬢様が遠くを見て表情を強張らせた。
小高い丘の上に位置する神殿は、ここからも遠目に眺めることができる。
神殿に祈りを捧げにきたのだろう。そこには聖女と、その隣を歩く王太子の姿が見えた。
距離があるおかげで、どうやらあちらはお嬢様には気づいていない様子で神殿に向かって歩いていく。
その背中を複雑な顔でお嬢様が見ている。悲しみというより、諦めに近いような表情だ。心なしか目が据わっているように見える。
せっかく今日一日、楽しく過ごされていたのに。
うちのお嬢様にこんな表情をさせるなんて許せん!
私は二人の背中に少しばかりの殺気を飛ばした。
刹那、王太子に付き従っていた男が振り向いてこちらを見た。
その男は紫紺の髪を持ち、黒縁眼鏡の奥は灰色の瞳をしていた。男はこちらを見据えたまま、ゆっくりと眼鏡を外して見せた。すると鮮血のような赤い瞳が現れ、私が放ったものと同程度の殺気を返してきた。まるで挨拶を返すかのように。
あれは同業の目だ。
男は黒縁眼鏡を掛け直すと、口元をわずかに緩めながらこちらに一礼し、何事もなかったかのように王太子に追従した。
この位置からの私の殺気に気づくほどだ。ただの侍従であるはずがない。あいつはグランサフィル王家の影か。ひょっとして噂で聞いた、赤目の凄腕の男『ブラッド・アイ』とはあの男のことか?
そんなことを逡巡していると、もう一人こちらに気づいた男が、満面の笑みでブンブンと手を振ってきた。
王太子達から一定の距離を置いて護衛についていた赤髪の男だ。
お嬢様は苦笑しながら、胸元で小さく手を振り返していた。
「さあ帰りましょう、お嬢様」
「ええそうね」
お嬢様は気を取り直すように前を向いて、馬車に乗り込んだ。
五年前からアメティスト公爵家に仕えている。
お嬢様には知られていないが、私にはもう一つの顔がある。
私は故郷フォルトア聖国の王家の影を担う一門の娘で、お嬢様の護衛の役割を担っている。
お嬢様は美しい。いっそ人間ではないと言われた方が納得できるほどだ。
度を超えた美しさは幸福と同じか、時にはそれ以上の不幸を招く。オフィーリア様がそうだったように。
旦那様と若様はオフィーリア様の件もあり、お嬢様の警護に並々ならぬ神経を注いでいる。
私以外にも常に影の護衛を複数つけて、どんな些細なことでも報告するよう命じられている。
お嬢様の美しさに引き寄せられる不埒者は後を絶たず、誘拐未遂事件が頻繁に起こるが、それらは私と影の護衛により、秘密裏に処理しているため表沙汰になることはない。
お嬢様は王家の行き過ぎた教育により、勉学に追われ、青春を奪われ、年相応のお洒落を楽しむことすら許されなかった。
王家のやり方で、お嬢様の身の安全を守ろうとしていることはわかる。だが地味な身なりをさせ、行動を制限したところで、お嬢様の美しさが隠せるわけもなく、害虫は至る所から湧いてくるのだ。
それならば。お嬢様には年相応のお洒落を楽しみ、青春を謳歌して欲しい。私達が必ずお嬢様を護るから。
だが、侍女の分際で王家の方針に口を出せるはずもなく、この五年間ずっとモヤモヤしていた。
だけど嬉しいことに、最近お嬢様に心境の変化があったらしい。
「気分転換に、明日は街に行きたいわ。なんだか今までの鬱憤を晴らしたい気分なのよ。アンヌ、付き合ってくれる?」
「はい、喜んで!」
私は大急ぎで、お忍び用の町娘の服一式を揃えた。
襟ぐりの開いた白いブラウスに、コルセット風の焦茶の胴衣と薔薇色のスカート。髪はゆるく編んで、生花を差し込んだ。
一度着せてみたかった念願の町娘姿、可愛い!
うちのお嬢様は世界一可愛い!
今日のお出かけには影の護衛が五人。そして私。
お仕着せの下に、いつもより多めに暗具を忍ばせる。今日も鉄壁の防御でお嬢様をお護りする所存だ。
玄関ホールで、仕事の書類を取りに戻ってきた旦那様と遭遇した。
「ロゼが街に出掛けるなんて珍しいな」
「ええお父様、たまには息抜きも必要かと思いまして」
「それはいいね、楽しんでおいで。街は危険が多いから気をつけるんだよ。今度は私も誘ってくれ」
「はい、お父様。今度観劇に参りましょう」
「ああ楽しみにしているよ」
すれ違いざまに旦那様が立ち止まり、視線はこちらに向けずに低い声で一言発する。
「ぬかるな」
「御意」
旦那様、今日も私共がお嬢様を不埒者からお護りいたします。
◇◇◇
お嬢様は特に目的もなくぶらぶらしたいとのことだ。
雑貨店で可愛い便箋を購入し、香水店でいろいろな香りを試し、目についたお店にふらっと入っては店員との会話を楽しんでいる。
案の定、街を歩くお嬢様はかなり目立っていた。
ゆるく編んだピンクブロンドの髪と薔薇色のスカートが、軽快な歩みと共に揺れて、お嬢様の通った後には僅かな甘い花の香りだけが残されていく。
街を行き交う者達は、お嬢様に気づくと皆一様に足を止めて見惚れる。
すれ違いざまに不埒な視線を送る男共を、私は殺気で追い払う。この程度なら日常茶飯事だ。
「そこの綺麗なお嬢さん、おまけするから買っていかない?」
「あら美味しそうね、いただくわ」
一つ分の値段で二つのリンゴ飴を手に入れたお嬢様は、上機嫌で一つを私に差し出した。
お嬢様と食べ歩き! なんと身に余る光栄!
そんな風にぶらぶらと街歩きを楽しんでいるお嬢様を、先程からつけてきている男がいる。
さっきの屋台の近くに屯していた害虫か。
人気が少ない通りに入ったタイミングで、お嬢様の後ろから男の手が伸びてきた。細い路地に連れ込むつもりか。
伸ばした男の手を掴み、細い路地に引き込んで気絶させ、他の影に引き渡す。ほんの十秒程度のことなので、前を向いて歩いているお嬢様は気づかない。
「ねえ、アンヌ。そこの菓子店に入るわ」
「はい、お嬢様!」
お嬢様は菓子店に入ると店員におすすめはどれか尋ね、勧められたクッキーを試食をしたあとに、それを大量に購入した。
「とても美味しかったから、孤児院に差し入れしましょう」
その後、私達は教会の敷地内にある孤児院へ足を運んだ。
◇◇◇
「わあ、プリムローズ様、今日のお洋服かわいいね!」
子ども達はお嬢様の姿に気づくと、一斉に駆け寄ってきた。
「ありがとう。今日はお忍びで来たのよ。あなた達の顔が見たくなったの」
子ども達に囲まれて微笑んでいるお嬢様は、まるで聖母のように慈悲深く神々しい。
私は心の中で絶叫した。
(ああ誰か! 誰か画家を呼んできて! この瞬間を永遠に描きとめて!)
子ども達との交流を楽しんでいたお嬢様に、声をかける人物がいた。
「これは奇遇ですな。アメティスト公爵令嬢ではありませんか」
その男は茶褐色の髪、榛色の瞳にモノクルをかけ、痩身でグレーのフロックコートを着ていた。
聖女を養子に貰い受けた、教会派に名を連ねるオリバー・ガスタイン伯爵だ。
教会に用があって来たらしいこの男は、お嬢様に友好的な、だけど作り物のような笑みを向けている。
「ご機嫌麗しゅうございます。ガスタイン伯爵」
お嬢様も、美しい顔に貴族の笑みを貼り付けて挨拶をした。
「それにしても、年を追うごとにあなたの母君に似てきますね。まるであの頃のオフィーリア様を見ているようだ」
その男はモノクルの奥の榛色の瞳を、遠くを見るように眇めた。
「母をご存じでして?」
「ええ、よく知っていますとも。私は若い頃にフォルトア聖国に留学していたのですよ。そこで彼女とは親しくさせていただいておりました」
「左様でしたか」
「ですが、あのようなことになられて。大変お気の毒なことです」
男は額に手を当てると、仰々しく頭を左右に振って目を伏せた。
「⋯⋯お気遣い傷み入ります。先を急ぎますので、これで失礼いたしますわ」
お嬢様は表情を変えぬまま、会話を切り上げて教会の敷地を後にした。
妙な視線を感じて振り返ると、あの男の目に仄暗い色が浮かんでいる。ぞっとするような執着の目だ。
あの男のことも旦那様に報告せねばなるまい。
◇◇◇
「アンヌ、一日付き合ってくれてありがとう。そろそろ帰りましょうか」
そう言って馬車に乗り込もうとする寸前、お嬢様が遠くを見て表情を強張らせた。
小高い丘の上に位置する神殿は、ここからも遠目に眺めることができる。
神殿に祈りを捧げにきたのだろう。そこには聖女と、その隣を歩く王太子の姿が見えた。
距離があるおかげで、どうやらあちらはお嬢様には気づいていない様子で神殿に向かって歩いていく。
その背中を複雑な顔でお嬢様が見ている。悲しみというより、諦めに近いような表情だ。心なしか目が据わっているように見える。
せっかく今日一日、楽しく過ごされていたのに。
うちのお嬢様にこんな表情をさせるなんて許せん!
私は二人の背中に少しばかりの殺気を飛ばした。
刹那、王太子に付き従っていた男が振り向いてこちらを見た。
その男は紫紺の髪を持ち、黒縁眼鏡の奥は灰色の瞳をしていた。男はこちらを見据えたまま、ゆっくりと眼鏡を外して見せた。すると鮮血のような赤い瞳が現れ、私が放ったものと同程度の殺気を返してきた。まるで挨拶を返すかのように。
あれは同業の目だ。
男は黒縁眼鏡を掛け直すと、口元をわずかに緩めながらこちらに一礼し、何事もなかったかのように王太子に追従した。
この位置からの私の殺気に気づくほどだ。ただの侍従であるはずがない。あいつはグランサフィル王家の影か。ひょっとして噂で聞いた、赤目の凄腕の男『ブラッド・アイ』とはあの男のことか?
そんなことを逡巡していると、もう一人こちらに気づいた男が、満面の笑みでブンブンと手を振ってきた。
王太子達から一定の距離を置いて護衛についていた赤髪の男だ。
お嬢様は苦笑しながら、胸元で小さく手を振り返していた。
「さあ帰りましょう、お嬢様」
「ええそうね」
お嬢様は気を取り直すように前を向いて、馬車に乗り込んだ。
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