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19話「答えが出るのは、」

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夏美「ね、願いを...叶えに...?」

柳「えぇ。あなたの息子、旬くんの願いをね。サンタクロースは、一年間いい子にしてた子どもにはプレゼントを与えるーーー」

夏美「な、なに言ってんのよ、あんたは!! ふざけんのも、大概にしなさいよ!! いくらクリスマスで浮かれてるからって、やっていいことと悪いことがあるでしょうが!! 勝手に人様の家に上がり込んで、このコスプレ野郎!! とっとと出ていけ!! 警察呼ぶわよ!!」

柳「勝手にだなんて、失礼な。私はちゃんと玄関から、入っていいと許可をもらって入ってますよ。」

夏美「なに言ってんのよ! 私は、入っていいなんて一言も......ま、まさか...!?」


 柳の背後から、チラリと顔を覗かせる菊竹 旬。菊竹は、申し訳なさそうな表情をしながら、ジッと母親を見つめている。


夏美「あ、あんたねぇ...! なにやってんのよ...なにやってんのよ、あんたは!!」

柳「それはこっちのセリフだよ。せっかくのクリスマスだってのに、子ども一人残して、深夜2時こんな時間までなにしてたんだよ?」

夏美「あんたは黙ってろ!! 旬! あんた、自分がなにしたかわかってんの!? 見ず知らずの男を部屋に入れて、何か盗まれでもしたらどうすんのよ!? ただでさえお金がなくて困ってんのに、なにしてんのよ!?」

菊竹「......。」

夏美「黙ってないで、なんとか言ったらどうなの!? とにかく、こっちに来なさい...! 悪い子には、お仕置きしなきゃいけないのよ...! お母さんを困らせてばかりのあんたには、たっぷりお仕置きしてあげなきゃね...!」

菊竹「......。」

夏美「なにしてんの...? 早くこっちに来なさい...!」

菊竹「......。」

夏美「旬、お母さんの言うことが聞けないの...!? 早く、こっちに来いって言ってんの!!」

菊竹「......。」

夏美「これ以上、お母さんを困らせるんじゃないわよ!! このクソガキ!! 言うことも聞かないし、謝りもしない!! どれだけ私を傷つければ気が済むのよ!?」

菊竹「......。」

夏美「黙ってないで、なんとか言いなさいよ!! いつまで黙ってんのよ!! もういい...あんたが来ないなら、私から行ってやるわよ...!! この、クソガキが...! あんたなんか...あんたなんかーーー」

柳「あんたになにを言われようと、旬くんは喋らねぇよ。この子は、。」

夏美「...は? なによ、それ...?」

柳「あんた、自分がなに言ったのか忘れたのか?」

夏美「なによ、なんなのよ? 私がなにを言ったって言うの? というか、この子が私を愛してる? そんなわけないでしょ。こんな生活させて、暴力を振るわれて、罵声を浴びせられて...こいつだって、腹の中では私を憎んでるに違いないわ。愛してるわけがない。こんなことされて、愛してるわけがないでしょうが。」

夏美「そうよ...どいつもこいつも、私のこと...。どれだけ頑張ったって...頑張っても...私のことを...! 私がなにしたって言うのよ...? なにしたのよ...? ねぇ、なにしたのよ...? 私が...私が...!!」

夏美「いなくなってほしいって思ってんでしょ...? 今すぐに、いなくなれって...さっさとここから出ていきたいって...! 言わなくてもわかってんのよ...! あんたが思ってることなんて、聞かなくたってわかってんのよ...! あんたのことなんてーーー」

柳「なんもわかってねぇじゃねぇか。」

夏美「部外者は黙ってろ...! あんた、マジで誰なのよ...何様のつもりなの...? これは、私たちの問題よ...私たちの...! 見ず知らずの、赤の他人のあんたが首突っ込んでくるんじゃないわよ...! さっさといなくなれ...とっとと出ていけ!!」

柳「言われなくても、出て行くよ。俺だって、こんなクソみたいなところに長居はしたくねぇ。」

柳「別れの挨拶がすんだら、さっさと出ていくさ。」

夏美「...は?」

柳「なぁ、あんたが旬くんの声を最後に聞いたの...いつか覚えてるか?」

夏美「声を...? なに、それ? 何が言いたいのよ?」

柳「さっさと答えろ。この子の声を聞いたのは、いつだ?」

夏美「だから、なんなのよ!? 意味がわかんない! あいつとは、一緒に住んでるんだから、声なんて毎日......。」

夏美「......。」

柳「どうしたんだよ? 早く答えろよ。」

夏美「...あ、あれ...? ちょっと、待って...。」

柳「あんたの言うように、一緒に住んでるんだから声なんて毎日聞いてるはずだよな? 旬くんの声を聞いたのは、いつなんだ? 今日、出かける前か? 昨日か? 一昨日か? 一週間前か?」

夏美「嘘でしょ...そんな...嘘よ...!」

柳「...質問の意味がよくわかってないみたいだから、聞き方変えるわ。」

柳「あんたが、旬くんにって言ったの...いつだか覚えてるか?」

夏美「も、もしかして...もしかして、あんた...?」

柳「そうだよ。この子は、あんたを悲しませたくないからって、その日から一言も声を出さずに生きてきたんだよ。」

夏美「嘘よ...そんなの、嘘に決まってんでしょ! この子がそんなこと、できるわけがないじゃない! た、たまたま...いや、そいつがただ喋りたくなかっただけでしょ! だって、本当にそうなのだったら...そいつは...!」

柳「あんたが思い出せないくらい前から、喋るのをやめたことになるもんな。」

夏美「な、なんで...なんで、そんなこと...!」

柳「...なぁ、机の上の食べ終わったゴミ、片付けてんのは、あんたか?」

夏美「え...?」

柳「いつもいつも脱ぎ散らかしてる服を畳んでんの、あんたか?」

柳「寝る前に適当に放り投げたテレビのリモコン、見つけやすいように机の上に戻してるの、あんたか?」

柳「仕事から帰ってきて、何気なく飲んでた机の上のお茶...用意したの、あんたか?」

夏美「......!」

柳「どうして気づかないんだよ...? なんで気づけないんだよ...? ここまでしてくれてんのに、なんでなんだよ...!」

柳「なんであんたは、旬くんの想いに気づいてやれないんだよ!?」

夏美「う、嘘よ...こんなの...全部、全部...! ぜ、全部、あんたたちが仕組んだことでしょ!? そうだとしか思えないわ! 私を騙すために、あんたたちが...! だ、だって...どうして...なんで...? この子が、そんなこと...! こいつは、私のこと...!」

菊竹「お母さん。」

夏美「え...?」


 菊竹が、柳の背後から顔を出す。パニックになりかけている母親の前に立つと、ぺこりと頭を下げる。


菊竹「約束、破ってごめんなさい。でも、今日でバイバイするから...許して。」

夏美「バ、バイバイ...?」

菊竹「お母さん、いつもいつも、遅くまでお仕事お疲れ様。お母さんが、いつもいつも頑張ってるの、僕は知ってるよ。毎日毎日、働きたくないって。もう嫌だって。しんどい、辛いって言いながらも、頑張ってるの、僕は知ってるよ。」

菊竹「だから僕ね、毎日毎日、疲れて帰ってくるお母さんのために、色々僕も頑張ってみたんだけど...お母さんのようにはできなかった。いつもいつも、お母さんを怒らせてばっかりで...本当にごめんなさい。」

菊竹「もっと僕ができる子だったら、お母さんに楽させてあげられたのに...お母さんを休ませてあげられたのに...お母さんを笑顔にしてあげられたのに......僕が...僕が、ダメな子だから...ダメな子だったから...。」

菊竹「お母さん...僕、ダメな子で...本当にごめんなさい...!」

夏美「......。」

菊竹「お母さんを困らせてばかりで...悲しませてばっかりで...苦しませてばっかりで......ばっかりで...!」

夏美「な、なに言ってんの...? ねぇ...。」

菊竹「僕のせいで...僕の......僕がいるから...僕が...いるから...お母さんは...!」

菊竹「お母さん......ごめんなさい......!」

夏美「......なんで、謝ってるの...? あんた、私になにされたのか覚えてないの...? 覚えてるでしょ...? ねぇ...なにされたか、言ってごらん......言いなさいよ...。」

菊竹「...お母さん、ありがと。僕が疲れて寝ちゃった時、そっと毛布かけてくれて。」

夏美「え...?」

菊竹「僕が熱出した時、お仕事休んでそばにいてくれて。」

菊竹「寂しそうにしてた僕の頭、優しく撫でてくれて。ぎゅって、抱きしめてくれて。」

夏美「いつの話...してんのよ...?」

菊竹「手を握ってくれて。一緒に、お風呂に入ってくれて。」

夏美「違うでしょ...違うでしょ...!」

菊竹「いっぱいお話ししてくれて。一緒に笑ってくれて。一緒に、寝てくれて。」

夏美「違うでしょ!! あんたが私に言いたいことは、そんなことじゃないでしょ!! あんたが...あんたが私に言いたいことはーーー」

菊竹「ありがとう、お母さん! 僕、お母さんと一緒にいられて、すごく幸せだったよ!」

夏美「......嘘よ...そんなの...そんなの...!」

菊竹「...バイバイ、お母さん。」

菊竹「ダメな子で、本当にごめんなさい。」


 菊竹は深々と頭を下げ、母親に背を向けてベランダへと歩いている。


夏美「え...あっ、ま、待って...! ねぇ、どこいくのよ...ねぇ...ねぇってば!」


 菊竹は、振り返ることなく窓を開ける。


夏美「待って! 待ってって! どこいくのよ!? どこにいくの!? ねぇ、戻ってきて! 戻ってきて!!」

夏美「戻ってきてよ、旬!!」


 立ち上がり、息子の元へと歩み出すーーーが、柳が懐から取り出した黒い塊を視界に映すと、身体が反射的に動きを止め、息子から少しずつ遠ざかって行く。


夏美「あ、あぁ...!? ま、待って...待ってよ...!」

柳「安心しろ。これは、あんたが思ってるものじゃない。これを撃ち込まれたからって、死にはしないよ。」

夏美「しゅ、旬を...あの子を、どうするつもりなの...?」

柳「あの子は、俺が育てていくよ。あんたの代わりにな。」

夏美「な、なんで...なんで...?」

柳「あの子が、そう望んだからだ。」

夏美「......やっぱり、そうじゃない...。なんだかんだ言って、結局は私の元から離れていくんじゃない...。やっぱりあの子も、私のこと...私のことなんて......。私なんて...。」

柳「あんた、勘違いしてるよ。たしかに旬くんは、あんたの元から離れていく。でもそれは、旬くんの願いじゃない。」

夏美「ど、どういうこと...?」

柳「......旬くんは、あんたのことを一度も悪く言うことはなかったよ。責めるのは、いつも自分の事ばかり...ダメな子だ、お母さんを困らせてばかりのダメな子だって。どんな時も、どんなことされても、あんたのことを一番に考えてたよ。」

柳「サンタさんが、どんな願いも叶えてあげるよって言った時も、自分のことそっちのけで、お母さんのことを言ってたよ。旬くんは、あんたのことをすごく愛してるんだなって、嫌ってほど伝わってきたよ。」


菊竹(僕の欲しいもの......僕の...僕がしてほしいこと......僕のお願いはーーー)

菊竹(お母さんの願いを、叶えること。)


夏美「わ、私の...願い...? わ、私が...私が、なにを願ったって言うのよ...? 私は、なにも...なんにも...!」

柳「これは、人の記憶を消す道具だ。これで、あんたの願い通りになるぞ。よかったな。」

夏美「記憶を...? なんで、私の...私の記憶を消し...て......。」

夏美「......!」

柳「あんたが、あの時どんな気持ちであの言葉を言ったのかはわからねぇよ。あれが、本心で言ったものなのかも、俺にはわかんねぇよ。」

夏美「ま、待って...! お願いだから...ねぇ、お願い...!」

柳「聞こえてねぇと思ってたのか? 届いてねぇと思ってたのか? あの言葉を聞いて、旬くんがどんな気持ちだったか...大好きなあんたにあんなこと言われて、どんな気持ちだったか...!」

夏美「ごめんなさい、ごめんなさい! 私、変わるから! あの子のために、頑張るから! もう、暴力も振るわない! 暴言も...あの子と、ちゃんと向き合うから!」

柳「どんだけ苦しい思いしたか...どんだけ辛い思いを、悲しい思いをしたか...お前にわかんのか...?」

夏美「だから、お願い! お願いします! あの子を一番に考えて、生活していくから! 一緒に頑張っていくから!」

夏美「だから、旬を...私の大切な息子を、返して!!」

柳「...俺は、サンタクロースだ。サンタクロースが叶える願いは、大人の願いじゃねぇ。子どもの願いだ。」

柳「この後に歩む幸せなあたらしい人生では...産まなきゃよかったなんてあんな言葉、軽々しく口にするんじゃねぇぞ。」


 柳は、トリガーを引いた。



ーーー



 クリスマスという大仕事を終えた日本支部内では、酒を飲み、飯を食らい、仲間たちと楽しげに談笑したりと、どこもかしこもお祭り騒ぎとなっている。
そんな中、柳は静寂に包まれた会議室内で一人佇んでいる。目の前にいる男ーーー深々と椅子に腰掛けた上司の進藤は、大きなため息を吐き出し柳を睨みつける。


進藤「お前、自分がなにをしたのかわかってんのか?」

柳「そりゃまぁ、自分がやったことなので。」

進藤「反省の色が全く見えんな。」

柳「まぁ、クビ切られる覚悟でやったんで。」

進藤「...これから、どうするつもりだ?」

柳「とりあえず、広いところに引っ越して一緒に住みます。それからのことは、のちのちって感じです。」

進藤「......。」

柳「すいません。自分でもびっくりするくらい、後のこと考えてませんでした。」

進藤「お前ってやつは...。」

進藤「...柳。お前は、子どもに自分の正体をバラした。この件が、どれだけ重い罪なのか...知らないはずがないよな?」

柳「はい。覚悟はできてます。」

進藤「......柳。俺たちは、サンタクロースだ。サンタクロースの仕事は、なんだ?」

柳「え?」

進藤「サンタクロースは、子どもたちに夢や希望を与える。子どもたちの願いを叶えるのが仕事だ。それが俺たち、サンタクロースだ。」

進藤「お前は、真面目に仕事していただけだ。」

柳「...え?」

進藤「あの子は、日本支部の寮で預かることにする。部屋は空いているし、寮内には数十名の社員が住んでいる。なにかあってもすぐに対応できるから、あの子自身も安心だろう。」

柳「え? ちょっ、ちょっと待ってください!」

進藤「勘違いするなよ。あの子が俺たちの存在を外部に漏らさないように監視するんだ。俺たちの目の届くところに置いておくだけだ。」

柳「......。」

進藤「お前は、真面目に仕事をしただけだ。そんなやつのクビを切ったら、他の社員になんて言われるやらだ。」

柳「進藤さん...ありがとうございます。」

進藤「部下のしでかしたことの尻拭いは、上司がやるもんだ。ったく、面倒ごとはこれっきりにしろよ。」

柳「はい。」

進藤「あと、言わなくてもわかっていると思うが...あの子の生活費は、お前の給料から差し引くからな。」

柳「え...?」

進藤「子どもの生活費は、お前が思ってる数倍はかかるぞ。覚悟しておけよ。」

柳「は、はい...わかっておりますとも...。」

進藤「話は以上だ。わかったら、さっさと出ていけ。」

進藤「せっかくクリスマスが終わったんだ。お前も、はしゃげるだけはしゃいでこい。」

柳「俺、はしゃぐようなキャラじゃないですけどね。」

進藤「とっとと行ってこい。」

柳「進藤さん、ありがとうございます。」

進藤「礼する暇があるなら、キビキビ働いて俺に楽させろ。」

柳「はい。任せてください。」


 柳は、深々と頭を下げて会議室を出て行く。


進藤「......歳をとったな、俺も。」



ーーー



 お昼の12時を過ぎた頃。柳は屋上のベンチに座り、一人空を眺めている。


江野沢「おっ、柳さん。」

柳「おぉ、江野沢。お疲れ。もう終わったのか?」

江野沢「えぇ。みんな酔い潰れて寝ちゃいましたよ。晴子なんて、腹出して寝てますよ。写真撮ったんで、見ますか?」

柳「見ねぇよ。つーか、消してやれ。」

江野沢「俺は、あんたほど優しい人間じゃないんで、消しません。」

柳「あーあ、可哀想に。」

江野沢「そういや、進藤さんに呼び出しくらってたでしょ? どうでした? やっぱ、怒鳴られました?」

柳「そりゃまぁ、あんなことしでかしたんだからな。後で江野沢も呼んでこいって。」

江野沢「え、嘘でしょ!?」

柳「嘘だよ。」

江野沢「ちょっ、ビビらせないでくださいよ! つーか、何かあっても責任はあんたが全部取るって言ったから、俺は手伝ったんですからね! 忘れてないでしょうね!?」

柳「......。」

江野沢「柳さん?」

柳「...なぁ、江野沢。」

江野沢「なんすか?」

柳「お前、俺たちのやりとり見てたよな?」

江野沢「まぁ、外で待機してたんで見てましたけど。」

柳「......俺の行動は、正しかったと思うか?」

江野沢「......その答えを出すのは、まだ早いですよ。」

柳「え...?」

江野沢「その件の答えを出すのは、今じゃない...もっと先の、何年後、何十年後だと思います。」

江野沢「それに、答えを出すのは、俺たち二人じゃない。。」

柳「...今回の件、お前には世話になりっぱなしだな。」

柳「ありがとな。また、飯でも奢らせてくれ。」

江野沢「礼はいいですよ。ってか、俺はそんな仕事してないですし。」

柳「はい?」

江野沢「大方の仕事は、別の人がやってくれたんで。礼はその人に言ってください。」

柳「別の人?」



ーーー



 日本支部、食堂エリア。
葵が一人、椅子に腰掛けコーヒーを飲んでいる。


葵「ふぅ...。ようやく一息つけた。みんな、はしゃぎすぎなんだから。気持ちは、わからなくないけどね。」

葵「...大丈夫かしら......薫きゅんは...?」

柳「おっ、いたいた。聖~!」

葵「え? か、か、薫きゅ...い、いや、柳さん!?」

柳「お疲れ。前、座っていいか?」

葵「あ、は、はい! どうぞどうぞ!!」

柳「ありがとう。」

葵「え、あ、え、えっと...ど、どうしました? 私に、なにか用ですか?」

柳「あぁ。礼を言おうと思ってな。」

葵「え? 礼?」

柳「江野沢から聞いたよ。色々と手伝ってくれたんだってな。ありがとよ。」

葵「え...? あ、い、いえ! 私が勝手にしたことですし、むしろ迷惑かな~とか思ってたんですけど!」

柳「迷惑なんて思ってない。むしろ、すげー助かったよ。」

葵「あ、そ、それなら、よかった...です...。」

葵(え、江野沢の野郎...! あれほど薫きゅんには言うなって言ったのに...!! もしかして、無理やり聞き出したことも言ったんじゃ...!? 次会う時は...いや、私から会いに行って、やつの息の根をーーー)

柳「つーことでさ、今度飯でも奢らせてくれ。」

葵「...え?」

柳「クリスマス終わったし、しばらく休みだろ? だから、今回の礼も兼ねて、一緒に飯行こうぜ。どこでも、聖の好きなとこでいいからさ。」

葵「...つまり、それは...二人きりでご飯ということ...でしょうか...?」

柳「おう。」

葵「え? ふ、二人...ふ、ふふふ二人きりで...? や、柳さんと...ふ、ふふふ二人きり...!?」

柳「あっ、二人きりが嫌なら、別の誰か誘うでもいいけど。江野沢とか、町岡とかーーー」

葵「あ、あ、あぁぁぁぁ...!?!?」

柳「...聖? どうしたーーー」


 葵は、身体全身を真っ赤に染め上げ、そのまま椅子ごと後ろへ倒れて行く。


柳「え!? ちょっ、聖!? どうした!? 一体、なにがあったんだ!? おい、起きろ! 聖ぃぃぃぃ!!」



ーーー



 日本支部の寮内。


進藤「今日から、ここが君の部屋だ。この寮には、うちの社員...大人の人が住んでるから。なにかあったらすぐにその人たちを頼りなさい。」

菊竹「......。」

進藤「大丈夫、すぐになれるさ。困ったことがあったら、なんでも遠慮なく言ってきなさい。今日は、疲れただろ? ゆっくり休みな。」


 進藤は、ポンポンと優しく菊竹の頭を叩き、菊竹に背を向ける。


菊竹「あ、あの...!」

進藤「なんだ?」

菊竹「...飴、ありがとうございました。」

進藤「飴?」

菊竹「あの時、くれた飴...すごく美味しかったです。」

進藤「...菊竹くん、人違いじゃないかい? 。」


 深々と頭を下げる菊竹に小さく手を振りながら、進藤はその場を後にした。



ーーー



江野沢「ってな感じで、菊竹は日本支部に来ましたとさ。もう一度言っとくが、ペラペラ周りに話すんじゃねぇぞ? わかったな?」

ジェイニー「トッテモ...トッテモ、イイ話でシタ...! 涙ガ、止まりマセーン...!」

黒澤「これは、映画だよ...! 全米が泣く映画だよ...! お客満足度95%以上の良作だよ...! 今年の映画タイトル総なめだよ...! めちゃくちゃにいい話だよ...なぁ、園原!」

黒澤「......園原? おい、園原ってば? 聞いてーーー」


黒澤(M)身体中の水分という水分を目から放出した園原は、カピカピに干からびてました。



ーーー



 駅中の喫茶店を出た柳たちは、駅前で立ち止まり話をしている。


夏美「今日も、ありがとうございました。」

柳「いやいや、気にしないでください。」

夏美「また、そちらに荷物が届くと思うので、よろしくお願いします。」

柳「はい、しっかりちゃんと渡しておきますよ。」

夏美「はい、お願いします。では、今日はこの辺で。失礼します。」

柳「...夏美さん。」

夏美「は、はい? なんですか?」

柳「...これ、持っていってください。」


 柳は、内ポケットから封筒を取り出し、夏美に渡す。


夏美「なんですか、これ?」

柳「旬くんの写真が入ってます。」

夏美「え...?」

柳「あなた、一枚も持ってないでしょ?」

夏美「は、はい...。でも、私にはーーー」

柳「見てあげてください。彼のために。」

夏美「......。」


 夏美は、受け取った封筒を丁寧にバックの中にしまうと、深々と頭を下げて帰路を歩いて行く。


柳「......これで、いいんだよな?」


 柳は、空に疑問をぶつける。答えが返ってくるのを待つことなく視線を下ろすと、スマホを取り出し、妻である葵に電話をかけ始める。


柳「...もしもし、葵? 今、家?」

柳「...らん、近くにいる? ビデオ通話にして、顔見せて。」

柳「...見たくなったんだから、別にいいだろ? ほら、早くしてくれよ。家まで待てない。ほら、はーやーくーしーろー。」


 幸せそうな会話をしながら、柳も帰路を歩いていく。



ーーー



 夏美が住む、小さなアパート。


夏美「ただいま。」


 自分しか住まない部屋に声をかけ、中へと入っていく。綺麗に掃除された床にバックを置き、洗面台へと歩みを進める。


夏美「......。」


 ふと、足を止めバックの元へと戻って行く。中を広げて、柳から受け取った封筒を、慎重に手に取る。ドキドキと、胸が鼓動を早める。手が、ガタガタと小さく震え始める。
夏美は、ギュッと目をつぶり、封筒をバックに戻していく。


柳「見てあげてください。彼のために。」


 柳の言葉が、頭の中を駆けていく。彼のためにという言葉が、何度も何度も駆けていく。
夏美は、大きく一つ息を吐き出すと、封筒を再度手に取り、丁寧に開けて中身を取り出す。
封の中から飛び出してくるのは、日本支部の社員たちと笑顔で映る息子の姿。難しい顔をしながら、パソコンと睨めっこしている息子の姿。美味しそうにイチゴ牛乳を飲む息子の姿。気持ちよさそうに眠る息子の姿ーーーさまざまな、色とりどりの息子の姿。


夏美「...よかった、元気そうで。楽しそうで...本当にーーー」


 写真をめくっていくーーーと、なにも映さない紙が視界に映り込む。白い色の封をした一枚の紙ーーー夏美は、丁寧に封を切り、丁寧に折り畳まれた紙を開けていく。


 「拝啓、青葉若葉の候、いかがお過ごしでしょうか。僕が、サンタクロース協会日本支部で働き始めて、二年という月日が経ちました。入社したばっかりの頃は、やっていけるのかどうか不安でいっぱいでしたが、先輩たちが優しく丁寧に教えてくれるおかげで、今では立派な社員の一人として働いています。そして、こんな僕にも後輩ができて、先輩として仕事を教えたりしながら、一生懸命働いています。
一社員として、先輩として日々働いていますが、まだまだミスをしてしまうことが多いです。二年という月日が経つにもかかわらず、細かいミスや大きなミスをしてしまいます。
でも、僕は挫けません。諦めません。失敗は次に活かして、同じミスはしないように気をつけて仕事をしています。
まだまだ失敗することが多いダメダメな僕ですが、大人になる頃には、ミス一つない、立派な大人になります。お母さんが、思わず自慢したくなるような、立派な大人になって見せます。
立派な大人になるには、まだまだ足りないことだらけですが、絶対になってみせます。
だから、僕が立派な大人になった時...お母さんを困らせない、悲しませない、何でもできる大人になったら

また、一緒に暮らしてくれますか?

僕、一生懸命頑張ります。お母さんと暮らすために、立派な大人になってみせます。だから、待っていてください。お願いします。
今度は、お母さんにいっぱい笑顔を咲かせます。
これから、どんどんと暑くなってきます。身体には気をつけて、元気に過ごしてください。お仕事、大変だろうから返事はいりません。ゆっくり休んでください。お母さんは、いっぱい頑張ってたから、程々に頑張ってね。その分、僕がいっぱい頑張るから。
また、お手紙書きます。読んでくれてありがとう。

大好きなお母さんへ

菊竹 旬より。」


夏美「......なに言ってんのよ...? いっぱい頑張らなきゃいけないのは、お母さんだよ...。」

夏美「あんたは...旬は、そのままでいいの...もう、十分だよ...。旬は、立派で、自慢したくなる、私の息子だよ...。ダメダメなんかじゃないよ...。」

夏美「ごめんね...ごめんね...旬......ごめんなさい...!」

夏美「ありがとう...ありがとう...! こんな、ダメダメなお母さんを見捨てないでくれて...ダメダメなお母さんを、愛してくれて...。待ってるから...ずっとずっと、待ってるから...!」

夏美「旬は...旬は、優しくて、立派で、大切な...私の、大切で、大好きな息子だよ...!」

夏美「私...あなたを...旬を産んで、本当によかった...!」


 日本支部の寮内、菊竹の部屋。
真っ暗となった部屋のベッドで、可愛らしいライオンのぬいぐるみを抱き抱えながら、菊竹がスヤスヤと眠っている。
幸せそうな顔をしながら、二人は静かに眠っている。


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