星架の望み《ステラデイズ》・星

零元天魔

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竜殺し編・《焔喰らう竜》

第六話・「√星:分岐点(2)」

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 〝崖の滑り落ち〟という紐なしバンジージャンプを越えた恐怖の体験を経て、何とか地面に到着した。
 地面に足を着け、大地のありがたさをしみじみと感じる。
 金輪際こんりんざい、こんなことは絶対にしない。うん、心に決めた。
 若干フラグを立てたような気もしなくはないが、とりあえず自分から崖の滑り落ちなんてことはしないだろう。そもそも、こんなことはそこの魔術師様がいなければ、絶対にやらないし、やれないことだ。
 魔術師……。
 地面に着いた安心感からその言葉を思い出す。
 こんな状況でもなければ「何を言ってるんだコイツは?」と呆れた視線を向けて流していたけど、この状況的にその言葉は事実なのだとわかる。
 目の前で見てきた数々の超常的な現象、これらを前に今更その事実を否定することはできない。
 「なあ、クレア」
 「何だい?」
 「魔術師ってのはどういうものなんだ? そのまま、創作物で出てくるようなもののイメージでいいのか?」
 魔術師というものの詳細について問い掛ける。
 「うーん。まあ、あながち間違いでもないかな……私達は、真理に至るために魔術という神秘を用いて探究しているの。そうね、表の世界でいうところの研究者が一番近いと思うよ」
 「なるほど、研究者か」
 納得するように呟く
 確かに〝探究する者〟という意味ならば、彼女がいう真理の探究者魔術師というのは研究者などに似ていると言えるだろう。
 方法は違え、どちらも探究者なのだろう。
 「魔術師は届かぬとわかっていてなお、それでも愚直に果てへ手を伸ばし続ける酔狂な愚者の集団。一般の世界とは隔絶した裏の世界の住人よ」
 「君もその中の一人と……」
 「そうなるね」
 頷く彼女を見て少しだけ魔術師というものに興味が湧いた。
 「それにしても君、本当に一般人だったのね」
 「え?」
 「てっきり元魔術師か、その類かと思ったんだけど……その様子を見る限り本当に一般人みたいね。まあ、上で一目見た時からそんな気はしてたけど……でも、それだとアレは……――」
 考え込むように腕を組み右手をあごに当てる。
 なにやら長考している彼女の表情は険しい。そんな彼女の様子に首を傾げながら、応答を待っていると急に俺を見て言葉を発する。
 「でもそうなると……叢真むらま、君は少しこの状況に順応し過ぎてないかい? 一般人だというなら、普通は急に魔術師なんて言われても信用できないと思うのだけど……?」
 「そうか?」
 「君がそんな反応をしていなければ、もっと最初から一般人だと断定していたよ」
 困り顔でそう言われ苦笑いを浮かべた。
 確かに平常時に魔術師だなんだと言われれば、信用はしないだろうけど今は状況が状況、納得せざる得ない。だが、そもそもとして、超常的、非現実的という意味なら俺自身がそれに当てはまる。条件さえ揃えばその言葉は信用するというのはおかしくはない。
 他人に比べてこういった事象に対して、いくらかは耐性があるとは思う。
 嬉しくはないけど……。
 「まあ、何はともあれ、とりあえず今からは私達の仮拠点へ向うことにするよ。頑張ってついて来なさい、叢真」
 「了か――うおっ」
 同意して立ち上がろうとした時、急に体の力が抜けて尻餅をついてしまった。
 どうもカウンタによる体の負荷はかなりのようで、全身にひどい痛みが走っている。それにさっきの戦いで負った傷も響いて、立ち上がることすらままならない。
 「大丈夫かい?」
 「すぐ立ち上がるから、ちょっと待ってくれ」
 「…………」
 必死に立ち上がろうと体に力を入れるが、どうにも体が動かない。
 すると、突然クレアが肩に手を触れて来る。
 「クレア?」
 「少し待てって」
 彼女の謎の行動に首を傾げたその瞬間、バチバチと彼女の手からあの空色の回路が発光を始めた。
 空色の光が彼女の手を伝って俺の体にも伝わっていく。すると、見る見ると全身の外傷が治っていき、全身に走っていたひどい痛みも引いた。
 軋んでいた骨やズタズタになっていた筋肉も回復し、体が思うように動かせる。
 流石にカウンタによる負荷までは消えていないが、それでも黒い獣との戦いで負った傷はほぼ全て治ったようで、スッと立ち上がることに成功した。
 自身の体の状態に驚きながら、隣の彼女を見て言った。
 「魔術ってやつなのか?」
 「ええ、そうよ。今のは治癒魔術、とりあえず君の傷は大体治ったと思うけど……どう? 動かせそう?」
 「ああ、問題なく動かせる」
 負荷による痛みや倦怠感は今もあるが、それでも十分動けるレベルに回復している。
 「すごいな。魔術っていうのは、こんなことまで出来るんだな」
 「一様ね。でも私は本職の治癒魔術の使い手ほどじゃないから、重傷を軽傷に、軽傷を無傷にすることくらいしかできない」
 「それでも十分すごい」
 「まあね」
 自画自賛――別に悪くはないが、今のは謙遜けんそんするところだろう。
 謙虚さを美徳にしているのは日本くらいと聞くが、やはり海外では自己アピールが重要なのだろうか?
 彼女の様子を見てふとそんなことを思った。
 「とりあえず、君が動けるようになったところで後のことは走りながら話すよ」
 「わかった」
 彼女の言葉に同意して目的地に向かって走り出した。
 早っ……!
 走り出してすぐに驚かされる。
 それは彼女の圧倒的な速力を目にしたからである。彼女の両脚は崖を下りた時同様に、回路のようなラインが走っており、スポーツ選手並みの速度で道を駆け抜けている。
 あんな芸当ができるんだ、この速度だって別におかしいことじゃない。
 「Ⅰ固定ファースト・オン――固定完了ロード
 その速度についていくため、カウンタにより身体強化を施す。
 すると、俺の速力は彼女と同じレベルまで跳ね上がり、その隣を走り目的へ向かった。
 「ふ~ん……この速度について来れるんだ」
 少し驚いたような表情を見せ、嬉しそうに笑みを浮かべた。
 そんな彼女の表情に気付かない俺は必死に彼女についていくことだけを考えていた。


 しばらく焔の町を走った。
 道中、弾丸にでも打ち抜かれたような怪物の死体が転がっていたが、おそらく彼女が放ったあの光弾によるものだろう。無数の怪物が肉塊になっているこの光景は残酷ながら、その圧倒的さを瞳を覗いた。
 っ――
 ふと、何かに気づき彼女に進言する。
 「クレア」
 「わかってる」
 そういうと彼女は右腕を軽く伸ばし、空色の光を放ち始める。
 俺はその光景を見て邪魔にならない位置に移動しつつ、敵の攻撃範囲から離れる。次の瞬間、建物を破壊しながら怪物が何匹か現れる。
 それぞれ多種多様な姿をしており、共通点といえばその肉体が黒いというところだけ。
 ザザーッ、と地面を擦りながら減速。
 そんな俺に対して彼女は逆に加速して前に出る。
 バチバチと空色の光をスパークさせながら、彼女は右手で宙を掻いた。すると、その瞬間に無数の魔法陣が展開され即座に光弾を射出し、現れた敵のことごとくを打ち抜いた。
 残った怪物が彼女を襲うが、彼女は余裕そうに攻撃を躱しつつ再び光弾を放ち撃破する。
 そんな風に敵を蹴散らす姿は――圧巻の一言。怪物達は何匹いようと、どんな姿をしてようと関係なかった。ただ圧倒的な物量で倒していった。
 「ふぅ――、これで終了かな」
 その場にいる怪物を掃討したところで彼女はその場で立ち止まった。
 あの数の怪物を倒しておいて疲れている様子はない。軽く荒れていた呼吸もすぐに元に戻っていて、「終わったよ」という表情で俺の方へ向かって来る。
 俺もそんな彼女の元へ向かおうとしたその時――
 「!?」
 彼女の背後から隠れていた怪物の残りが、襲い掛かろうとしているその姿を見た。
 その光景を目撃した俺は即座に、足元の石を爪先で踏みつけるように弾き、手元まで引き寄せる。弾けた石が勢いよく飛んで来るのを掴み投擲の構えを取ると共に、瞬間的にカウンタを引き上げる。
 「Ⅱ固定決定セカンド・ロード
 高速で歯車が組み上がり、己という機構が形を成す。右腕に万力の力が籠るのを感じながら、地面を強く踏み締め全力の投擲を行った。
 急に石を投げられた彼女は驚きながらも、回避動作も攻撃動作も取らずただその場に立ち止まった。
 轟音を鳴らし飛んでいく石は顔のすぐ真横を駆け、彼女の髪を揺らして通過した。そして、そのまま凄まじい勢いをで彼女を襲おうとしていた巨大化したトカゲのような怪物の頭を打ち抜いた。
 あれ? 貫通した……。
 予想外に怪物の頭を破壊した投擲に驚愕する。
 牽制程度のつもりで投げた筈だが、その一撃はしっかりとその命を絶っている。あの黒い獣にはそこまで効かなかったのに一体なぜだろうか?
 考えられる可能性は三つ、今の怪物がかなり柔らかかった、あるいはあの黒い獣が異常なまでに硬かった。最後にカウンタの強化倍率をミスったか。おそらくこの三つのうちのどれかだと思う。
 まあ、どの理由にせよ、とりあえず間に合ってよかった。
 「クレア、大丈夫か?」
 「ええ……どうやら助けられたみたいね」
 彼女は後ろで絶命した怪物の姿を見て、俺の行った行為の理由を悟ったようでそう言った。
 「助かったよ、ありがとう叢真」
 「どういたしまして」
 「ふふ」
 今のやりとり、笑えるような要素ってあったのか?
 なにやら笑みを浮かべる彼女に首を傾げる。すると彼女はそんな俺を見て疑問に答える。
 「いや、これはちょっとね。という経験はしてこなかったから、予想以上に気分が高揚したことのおかしさに笑ってしまっただけだよ」
 おかしそうに笑う彼女を見て、再度首を傾げた。
 「救われたことは何度かあったけど、その時の気分に少し似ているよ……なんだか懐かしい気持ちだよ」
 「…………」
 そう言葉を口にする彼女はなぜか少しだけ寂しげだった。
 なんでだろう? そんな彼女を見て、少し……ほんの少し――――……そう思った。
 胸を締め付けられるような感覚に襲われる。俺はこの感覚の所在を理解できないまま、いつも通りの表情に戻った彼女を見て、不思議な痛みを抱える。
 「さ、目的地までまだまだ掛かる。上げて行くよ、叢真」
 「ああ……わかった」
 走り出す彼女の背を見る。
 今日初めて見た彼女のその背中……でも、俺は何だかその背中が――とても懐かしく感じた。
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