星架の望み《ステラデイズ》・星

零元天魔

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竜殺し編・《焔喰らう竜》

第七話・「竜伐隊(5)」

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 笑みを消し、神妙な面持ちで彼女は言葉を紡ぐ。
 「一応、問います――君は魔術師や執行者、その類ではないのですよね?」
 「……はい」
 「であればこれ以上、魔術世界こちら側の世界に関わる必要なんてありません。今からでも、避難所に向うことをおすすめします」
 彼女のその言葉に思わず押し黙る。
 何も……何も間違ったことは言っていない。
 俺は魔術や竜とは関係ない。ただ特異な能力を持っているだけの高校生。
 そんな俺に、この場にいる理由はない――意味もない。ここにいたって、彼女達の邪魔をするだけだ。
 「……道中、殻に襲われるのが心配であれば、護衛も付けます……――叢真くん。君はもう、危険な目に遭う必要はないんですよ」
 心配そうな表情で彼女はそう口にした。
 声色、表情、雰囲気諸々から彼女が、本当に俺のことを心配してくれているのだとわか
 「「――――」」
 不意に隣の二人に視線を向けるが、二人は何も言ってはくれない。
 ルジュはただこの光景を傍観し、クレアは瞳を閉じて俺の回答を待っている。二人は決して俺に道を示してはくれなかった。
 ……――か。
 自嘲的な笑みを浮かべる。
 スッと俯きどうすればいいのか考え込む。
 ――なにを……考える必要があるんだ。
 そうだ。別に考えることなんて何もない。
 俺がいたところで何の意味もないのなら、今度こそ、避難所に向えばいい。もう竜のことなんて忘れて、全て彼女達に任せてしまえばいい。
 それが……それが、正しい選択なんだ。
 ――――、――――
 …………、…………
 ――――、――――
 …………、…………



 でも、だけど――俺は



 「ハハ、……」
 小さく笑みが零れる。
 どうしてこんなにもかたくなに、その選択を拒むのか。
 ――自分でも判らない。
 だけど、今から選ぼうとしている選択もまた――〝正しい〟――そう思う自分がいた。
 後悔するかもしれない。
 ここで引き返せばよかった、と思うかもしれない。

 それでも――
   その選択をしたいと思った自分を信じたかった。
   その選択をしたいと思う自分で在りたいと思った。

 顔を起こし、正面のミサリさんに強く覚悟を決めた眼差しを向ける。
 そして、ゆっくり口を開いた。
 「ミサリさん……、俺は……――」
 決まっていた結論だ。
 ――から、どんなことがっても、どんな理由がっても、そう決断することは決まっていた。
 ――理屈なんてものは知らない。
 それが、一般的な価値観で間違っていたとしても――関係ない。
 ただ俺は……、そう思った。


 ―――〝後悔の覚悟は出来てる〟―――


 そう在りたいと願ったのなら、あとはその思いを形にするだけだ。
 躊躇いを振り切り、己が〝選択〟を口にする。

 「――クレア達に付いて行きたいです」

 「…………」
 その選択こえを聞いたミサリさんに動揺はなかった。
 まるでそう返って来ると解っていたような、冷静な様子で俺のことを視る。一方、その答えを聞いたルジュとクレアの二人は、若干驚いていた。
 その後、ミサリさんは少し観察するようにこちらを視た後、そっと瞳を閉じ、なにやら気難しい事でも考えるような表情を見せた。
 少しして考え終えたのか、ゆっくりとトパーズの瞳が開いた。
 すると、鋭く問い詰めるような視線が俺へ向けられた。
 「一応、お聞きします……理由は何ですか?」
 穏やかながらも、力強い声でそう問い掛けて来る。
 「正直、大した理由はないです。俺はただ――、そう思っただけですから」
 「人を……助けたい?」
 「はい」
 理由を聞いたミサリさんは訝しんだ表情を見せる。
 同様に、隣のクレアも彼女と似た表情をし、眉をひそめていた。尚、ルジュはただ純粋に意味がわからない、という感じに呆けていた。
 二人が気難しい表情を見せる中、俺は言葉を続けた。
 「俺は、星災の日――多くを失い/喪い……――無意味に
 「「…………」」
 「何一つ救えない、何一つ成せない。そんな自分が――〝無価値な存在〟なんだって、何度も……何度も思い知りました」
 後悔は尽きなかった。
 もしやり直せるのなら、やり直したい――でも、そんな現実はない。
 この現実セカイは無情。
 ……そんなことはわかっている。

 ――多くの〝死〟を目にした。
 ――多くの〝絶望〟を目にした。

 何度も壊れ、何度も折れた。
 後悔と失意の果て――俺は今ここにいる。
 そんな俺に、この先へ進む資格はないのかもしれない。そもそも、残ってしまった者としての責務を、果たさなければいけないのかもしれない。
 でも、それでも――
 「残ってしまった俺の、を――果たさなきゃいけないんです」

 それが――生者の望まぬことでも、
 それが――死者の望まぬことでも、

 その果てが無意味だったとしても――

 「――生き残ったからには、この命を――


 ――――〝誰かを救うために使いたい〟


 例えその選択が、間違いだらけで、後悔しか生まないモノだとしても――
 俺は――この道を進みます」
 「「「――――」」」
 宣言を聞いたその場の三人は、少し驚いた表情を浮かべていた。
 二人はこの選択をどう思ったのだろう?
 驚きを張りつかせたルジュとクレアの二人を見て――ふと、そんな疑問を抱いた。
 バカだと思っただろうか……間抜けだと思っただろうか……偽善者だと思ったのだろうか……――まあ、どうだっていい。
 重要なのは、俺がそう【選択した】という事実だけだ。
 ――誰かの意見は関係ない。
 そもそも、何か意見があるのならば、この選択に至る前に助言でもしてくれた筈だ。だけど、彼女達は何も言ってはくれなかった。
 それはきっと、この選択は自分で選ばなければいけないことだったからだ。
 であれば、尚更誰かのなんてものはどうでもいい筈だ。
 自身の中で選択への感情整理を終えたところでミサリさんが口を開いた。
 「君に……その道を歩むだけの力があると?」
 首を傾げながら彼女は問い掛けて来る。

 「ある――、とは言えません」

 流石に意気揚々とそう言い切るつもりはない。
 力不足なのは重々理解している。この先、足りない俺が足を引っ張ってしまうのかもしれない。
 「でも」
 周囲に視線を向けながら言った。
 ガチガチ、と己という機構の歯車を軽く弄る。
 「――ですよ」
 そういい、鋭敏になった全感覚が指し示す方向三カ所に鋭く視線を向ける。
 「…………」
 ミサリさんはその先に軽く視線を向け、何かを確認すると納得したような表情を見せた。
 「三人、ですか?」
 「いや――です」
 「……っ、……――なるほど。予想以上ですね」
 その言葉を聞き彼女は一瞬、驚愕の表情を見せ、次にほんのり笑みを浮かべた。
 一方、こちらのやり取りを傍観していた二人は、会話の意味がわからなかったのか、二人とも困惑したような表情でこちらを見ていた。
 二人の方へ軽く視線を向けていると、目の前のミサリさんが深く考え込むように顔をしかめた。そして、しきりに俺の顔を覗いては、少し悲しそうな表情を見せる。
 そんな彼女の様子に、俺とルジュは疑問そうに彼女を見た。
 一方、クレアだけは彼女同様に深く考え込むような表情を見せ、チラリとこちらへ視線を向けると、これまた彼女同様に少し悲しそうな表情を向けていた。

 「自己犠牲――いえ、この場合は自己投影でしょうか」

 ふと、ミサリさんがブツブツと呟き始める。
 言葉を零す彼女の声はどこか悲観的で、その表情には物悲しさが孕んでいた。
 「大切なモノが多いのではなく、大切なモノが少ない代わりに――それが。それはもう、一個人では背負い切れないほど大きく重い――〝くさび〟となって……――」
 優しく心配するような眼差しが俺へ向けられる。
 「不憫とも、自業自得とも……凄惨な因業いんごうの果てとはいえ、些か同情します――――、
 一拍後、突如として優しかった眼差しが鋭く変化する。
 射殺すような視線をこちらへ向けながら、彼女は言葉の続きを口にする。
 「要因はあるにせよ――なのでしょう。……ある種、あの方に似ているとも言える素質です……――〝逸脱者でありながら、常人として振る舞える才〟」
 口元にほんのり笑みを張りつかせた表情。
 そんな彼女を見て、ドキリと気色の悪い感覚で心臓が跳ねた。
 ――、イヤな……感じだ。
 でも――
 気味の悪い感覚に襲われるが、それでも彼女から視線を離さず、真っ直ぐと視線を向け続けた。
 すると、彼女は少し首を傾げて問い掛けて来た。
 「君は……に後悔はしないんですか?」
 突然の質問に軽く動揺したが、その解答には迷わず答えられた。
 「――はい。これから多くの後悔が待っていたとしても、その選択には後悔しません」
 当たり前だ。
 道中に後悔がっても――その道を選んだことに後悔するわけがない。
 「だって俺は――」
 ずっと昔からそう在りたいと願ってしまったのだから。
 俺は――

 「――そんな在り方に魅せられて、ここにいますから」

 その言葉を聞いたミサリさんの表情が、ほんのり驚き固まった。
 ああ、一度そう在りたいと決めた以上、この在り方を曲げるつもりはない。
 だって――誰かを〝救いたい〟と願ったこの気持ちが、間違っている筈がない。
 例えそれが、根っからの善性より生まれた願いでないとしても――助けたいと思って走り出した事が、間違った行為だとは思わない。
 だから――

 俺は人を救うために――この命を使う。
   それが、己の成すべき事だ。

 覚悟は決まっている。
 ……それに、……俺は……――
 ふと――が込み上げた。
 視線をミサリさんから逸らし、チラッとある方へ向ける。
 「はぁ、――」
 小さいため息。
 すぐさま視線をミサリさんに戻すと彼女は笑みを浮かべているものの、少しめんどくさそうな表情をしていた。
 そして、軽く両目を閉じると共に再びボソボソと呟き出した。
 「……流石ですね。面倒事を持って来るのは十八番でしょうけど……まあ、私達はすべきことをするだけですけど……――はい。承知致しました」
 そう口にして瞳を開き、吹っ切れた――いや、ヤケクソな感じにニッコリと笑みを浮かべた。
 すると、ミサリさんは周囲で荷物を運んでいた女性を呼び寄せ、なにやら指示を出す。傍観していた俺達三人は、彼女の突然の行動に困惑しつつも、数分程その場で彼女の様子を覗いた。
 少しして指示を受け、どこかへ向かった女性が駆け足気味に戻って来る。そんな彼女の手には、一振りの剣が握られていた。
 彼女はミサリさんにその剣を手渡し、そのまま元作業へ戻って行った。
 そんなやり取りをボーっと眺めていると、突然ミサリさんの視線がこっちに向けられ、急なことに軽く驚いてしまった。
 「叢真くん、これを――」
 そういい彼女は手に持った剣を俺に渡した。
 渡された剣は、装飾の少ないオーソドックスな片手持ちの西洋剣……所謂いわゆる、ロングソードというやつだった。
 何の変哲もない〝ただの剣〟――と、そんな印象を抱くが、同時に不思議な感覚を抱く剣でもあった。
 それと大したことじゃないかもしれないが、ただロングソードの割に刃渡りが目測100cm程で、普通の片手剣より少し長いように感じた。
 「え、えっと……これは?」
 「護身用の武器です。流石に丸腰でこの先を進ませるわけにはいきませんから」
 「ああ、なるほど」
 渡された剣に再度軽く視線を向け、納得したようにそう呟く。
 「君ならその剣で十分何とかできますよ」
 「そう、ですかね……」
 少し不安な気持ちを抱きながら、鞘に納められた剣の重さを確かめる。
 ……思ったより軽いな。
 通常状態であれば、まともに振るうことのできないであろう重さの剣。しかし、カウンタによる強化を受けている今の状態であれば、木の棒を振るうように軽く扱える。
 ただ剣の心得なんてものは持ち合わせていないため、実戦で使えるかどうかは正直怪しい。
 カウンタによる身体強化でのゴリ押し……やることは依然変わりそうにない。所詮俺は異能保持者というだけで、魔術師でもなければ、武芸者でもない。
 まあ、俺はあくまでクレアとルジュに付いて行くだけ、表立って戦うことはほとんどないだろう。
 そう思い一時不安は忘れることにした。
 「叢真くん。君はきっとこれ以上、私や他の者が何を言ったとしても――その意思は変わらないんでしょう」
 俺が剣の感覚を確かめ終えたところで、ミサリさんが再び真剣な表情でそう言葉を口に出した。
 「君の意思は、折れず曲がらずの〝鉄心〟のように頑固なモノ……私はそのような頑固者をよく知っています。だからこそ、君が選んだその道が――決して覆せないことも理解しています」
 「…………」
 月光のような輝きを放つ瞳から、鋭く深く胸を突き穿つ眼差しを向けられる。
 そして、彼女はそんな眼差しと共に言葉を紡ぐ。

 「であれば、その意思――

 「――っ」
 その発言に思わず驚愕する。
 ――――、――――
 だがしかし、同時にその言葉の意味を理解し、驚愕は消え失せる。
 突き穿つ眼差しに真っ直ぐと視線を返し、力強く彼女の言葉を受け止める。
 「それが……それだけが――逆刃大叢真という人間が成すべき事です。
 迷いも、躊躇いも――君を殺す。

 だから――――

 顧みることも、振り返ることも、後退することも――君には許されない。
 残ってしまったと悲劇を口にするなら、その舌を噛み潰し、痛みを戒めに前へきなさい。
 君は――後悔を嘆いて立ち止まる資格を放棄したんですから」
 「…………」
 理解、……している。
 ミサリさんの言いたいことは痛いほど理解できる。
 同時、この人の優しさというのも強く感じた。
 「それでも――」
 ほんのり瞳が大きく開く。
 彼女は何かを口にしようとしたが、不意に言葉を止める。
 「いえ……どうやら、承知の上のようですね」
 「――――」
 覚悟を決めた眼差しを受け、彼女はさっきまでの笑みを戻した。
 すると、彼女は体をクルッとひるがえして数歩下がる。そして、軽く身なりを整えると再びこっちに体を向け、礼儀正しく頭を深々と下げて言った。
 「三人とも――この厄災を退けるため、そのお力を貸して頂きます」
 彼女がそう言葉を言い放つと、隣のルジュが満面の笑みを浮かべ元気よく声を上げた。
 「まッかせなさい! ミサリ! 厄竜やくりゅうは全て、この! ルジュ・ハッシュバルト・アーネビアが、華麗に殲滅してみせるわ!」
 彼女はそう、ない胸を張りながら力強く言った。
 そんな彼女の様子にクレアは微笑を零しつつも、ルジュ同様に宣言するように言葉を掛ける。
 「ミサリ、私も全霊を尽くす。人類に害を及ぼす竜は私が殲滅する……大船に乗ったつもりでいるといいよ」
 小さく笑みを零し、彼女はそう言い切った。
 あんまりにも自信満々な二人の言葉に俺とミサリさんが笑いを零す。一体、そのような発言ができる人間が、この場に何人いるのだろうか?
 不安を吹き飛ばすような清々しい宣言に笑いを押さえることなんてできなかった。
 二人は本気で竜に勝つ気でいる。
 そんな二人を見ているとこんなところで臆しているのが、尚更なおさら、間抜けに見えて、少しでも前に進まなければと思わされる。
 「それでは三人とも、死なない程度に頑張ってくださいね」
 「当ったり前よ!」「ええ」「はい」
 ミサリさんからそう送り出しの言葉を受け、俺達はテントを後にした。
 ……熱いな。
 テントの外は夜中とは思えないほど熱かった。ヒューっと吹く風には熱気が籠っていて、呼吸のために取り込んだ空気にしっかりとした熱を感じた。
 ふぅ――、竜か。
 熱気に晒され、竜の存在を強く想像イメージする。
 決心は固めたつもりだが、いざそれを目的に行動するとなると少し気が重い。
 ――いや、これはどちらかというと実感が湧かないというやつだろう。つい数時間前まで、創作物の中の存在だと思っていたヤツを相手にするんだ、実感が湧かないのも仕方ないと思う。
 「よしっ!」
 パチン、と軽く方を叩いて気合を入れ直す。
 気を取り直し、俺は焔が強く燃え盛る市街地の方へ視線を向ける。
 なんにせよ――
 あとはただ、我武者羅に走り抜けるだけだ。
 焔の囲う町に目を向け、おのれの成すべきことを再度強く胸に打ちつけた。
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