24 / 34
竜殺し編・《焔喰らう竜》
第七話・「竜伐隊(5)」
しおりを挟む
笑みを消し、神妙な面持ちで彼女は言葉を紡ぐ。
「一応、問います――君は魔術師や執行者、その類ではないのですよね?」
「……はい」
「であればこれ以上、魔術世界に関わる必要なんてありません。今からでも、避難所に向うことをおすすめします」
彼女のその言葉に思わず押し黙る。
何も……何も間違ったことは言っていない。
俺は魔術や竜とは関係ない。ただ特異な能力を持っているだけの高校生。
そんな俺に、この場にいる理由はない――意味もない。ここにいたって、彼女達の邪魔をするだけだ。
「……道中、殻に襲われるのが心配であれば、護衛も付けます……――叢真くん。君はもう、危険な目に遭う必要はないんですよ」
心配そうな表情で彼女はそう口にした。
声色、表情、雰囲気諸々から彼女が、本当に俺のことを心配してくれているのだと解。
「「――――」」
不意に隣の二人に視線を向けるが、二人は何も言ってはくれない。
ルジュはただこの光景を傍観し、クレアは瞳を閉じて俺の回答を待っている。二人は決して俺に道を示してはくれなかった。
……――当たり前か。
自嘲的な笑みを浮かべる。
スッと俯きどうすればいいのか考え込む。
――なにを……考える必要があるんだ。
そうだ。別に考えることなんて何もない。
俺がいたところで何の意味もないのなら、今度こそ、避難所に向えばいい。もう竜のことなんて忘れて、全て彼女達に任せてしまえばいい。
それが……それが、正しい選択なんだ。
――――、――――
…………、…………
――――、――――
…………、…………
でも、だけど――俺はその選択を取れない。
「ハハ、……」
小さく笑みが零れる。
どうしてこんなにも頑なに、その選択を拒むのか。
――自分でも判らない。
だけど、今から選ぼうとしている選択もまた――〝正しい〟――そう思う自分がいた。
後悔するかもしれない。
ここで引き返せばよかった、と思うかもしれない。
それでも――
その選択をしたいと思った自分を信じたかった。
その選択をしたいと思う自分で在りたいと思った。
顔を起こし、正面のミサリさんに強く覚悟を決めた眼差しを向ける。
そして、ゆっくり口を開いた。
「ミサリさん……、俺は……――」
決まっていた結論だ。
あの時――あの日から、どんなことが遭っても、どんな理由が在っても、そう決断することは決まっていた。
――理屈なんてものは知らない。
それが、一般的な価値観で間違っていたとしても――関係ない。
ただ俺は……そうしたい、そう思った。
―――〝後悔の覚悟は出来てる〟―――
そう在りたいと願ったのなら、あとはその思いを形にするだけだ。
躊躇いを振り切り、己が〝選択〟を口にする。
「――クレア達に付いて行きたいです」
「…………」
その選択を聞いたミサリさんに動揺はなかった。
まるでそう返って来ると解っていたような、冷静な様子で俺のことを視る。一方、その答えを聞いたルジュとクレアの二人は、若干驚いていた。
その後、ミサリさんは少し観察するようにこちらを視た後、そっと瞳を閉じ、なにやら気難しい事でも考えるような表情を見せた。
少しして考え終えたのか、ゆっくりとトパーズの瞳が開いた。
すると、鋭く問い詰めるような視線が俺へ向けられた。
「一応、お聞きします……理由は何ですか?」
穏やかながらも、力強い声でそう問い掛けて来る。
「正直、大した理由はないです。俺はただ――人を助けたい、そう思っただけですから」
「人を……助けたい?」
「はい」
理由を聞いたミサリさんは訝しんだ表情を見せる。
同様に、隣のクレアも彼女と似た表情をし、眉をひそめていた。尚、ルジュはただ純粋に意味がわからない、という感じに呆けていた。
二人が気難しい表情を見せる中、俺は言葉を続けた。
「俺は、星災の日――多くを失い/喪い……――無意味に生き残ってしまった」
「「…………」」
「何一つ救えない、何一つ成せない。そんな自分が――〝無価値な存在〟なんだって、何度も……何度も思い知りました」
後悔は尽きなかった。
もしやり直せるのなら、やり直したい――でも、そんな現実はない。
この現実は無情。
……そんなことは解っている。
――多くの〝死〟を目にした。
――多くの〝絶望〟を目にした。
何度も壊れ、何度も折れた。
後悔と失意の果て――俺は今ここにいる。
そんな俺に、この先へ進む資格はないのかもしれない。そもそも、残ってしまった者としての責務を、果たさなければいけないのかもしれない。
でも、それでも――
「残ってしまった俺の、自分自身に科した役割を――果たさなきゃいけないんです」
それが――生者の望まぬことでも、
それが――死者の望まぬことでも、
その果てが無意味だったとしても――
「俺は――生き残ったからには、この命を――
――――〝誰かを救うために使いたい〟
例えその選択が、間違いだらけで、後悔しか生まないモノだとしても――
俺は――この道を進みます」
「「「――――」」」
宣言を聞いたその場の三人は、少し驚いた表情を浮かべていた。
二人はこの選択をどう思ったのだろう?
驚きを張りつかせたルジュとクレアの二人を見て――ふと、そんな疑問を抱いた。
バカだと思っただろうか……間抜けだと思っただろうか……偽善者だと思ったのだろうか……――まあ、どうだっていい。
重要なのは、俺がそう【選択した】という事実だけだ。
――誰かの意見は関係ない。
そもそも、何か意見があるのならば、この選択に至る前に助言でもしてくれた筈だ。だけど、彼女達は何も言ってはくれなかった。
それはきっと、この選択は自分で選ばなければいけないことだったからだ。
であれば、尚更誰かの思いなんてものはどうでもいい筈だ。
自身の中で選択への感情整理を終えたところでミサリさんが口を開いた。
「君に……その道を歩むだけの力があると?」
首を傾げながら彼女は問い掛けて来る。
「ある――、とは言えません」
流石に意気揚々とそう言い切るつもりはない。
力不足なのは重々理解している。この先、足りない俺が足を引っ張ってしまうのかもしれない。
「でも」
周囲に視線を向けながら言った。
ガチガチ、と己という機構の歯車を軽く弄る。
「――無力ではないですよ」
そういい、鋭敏になった全感覚が指し示す方向三カ所に鋭く視線を向ける。
「…………」
ミサリさんはその先に軽く視線を向け、何かを確認すると納得したような表情を見せた。
「三人、ですか?」
「いや――四人です」
「……っ、……――なるほど。予想以上ですね」
その言葉を聞き彼女は一瞬、驚愕の表情を見せ、次にほんのり笑みを浮かべた。
一方、こちらのやり取りを傍観していた二人は、会話の意味がわからなかったのか、二人とも困惑したような表情でこちらを見ていた。
二人の方へ軽く視線を向けていると、目の前のミサリさんが深く考え込むように顔をしかめた。そして、頻りに俺の顔を覗いては、少し悲しそうな表情を見せる。
そんな彼女の様子に、俺とルジュは疑問そうに彼女を見た。
一方、クレアだけは彼女同様に深く考え込むような表情を見せ、チラリとこちらへ視線を向けると、これまた彼女同様に少し悲しそうな表情を向けていた。
「自己犠牲――いえ、この場合は自己投影でしょうか」
ふと、ミサリさんがブツブツと呟き始める。
言葉を零す彼女の声はどこか悲観的で、その表情には物悲しさが孕んでいた。
「大切なモノが多いのではなく、大切なモノが少ない代わりに――それが大きくなってしまった。それはもう、一個人では背負い切れないほど大きく重い――〝楔〟となって……――」
優しく心配するような眼差しが俺へ向けられる。
「不憫とも、自業自得とも……凄惨な因業の果てとはいえ、些か同情します――――、ですが」
一拍後、突如として優しかった眼差しが鋭く変化する。
射殺すような視線をこちらへ向けながら、彼女は言葉の続きを口にする。
「要因はあるにせよ――元来の異常者なのでしょう。……ある種、あの方に似ているとも言える素質です……――〝逸脱者でありながら、常人として振る舞える才〟」
口元にほんのり笑みを張りつかせた表情。
そんな彼女を見て、ドキリと気色の悪い感覚で心臓が跳ねた。
――、イヤな……感じだ。
でも――
気味の悪い感覚に襲われるが、それでも彼女から視線を離さず、真っ直ぐと視線を向け続けた。
すると、彼女は少し首を傾げて問い掛けて来た。
「君は……そう在ることに後悔はしないんですか?」
突然の質問に軽く動揺したが、その解答には迷わず答えられた。
「――はい。これから多くの後悔が待っていたとしても、その選択には後悔しません」
当たり前だ。
道中に後悔が遭っても――その道を選んだことに後悔するわけがない。
「だって俺は――」
ずっと昔からそう在りたいと願ってしまったのだから。
俺は――
「――そんな在り方に魅せられて、ここにいますから」
その言葉を聞いたミサリさんの表情が、ほんのり驚き固まった。
ああ、一度そう在りたいと決めた以上、この在り方を曲げるつもりはない。
だって――誰かを〝救いたい〟と願ったこの気持ちが、間違っている筈がない。
例えそれが、根っからの善性より生まれた願いでないとしても――助けたいと思って走り出した事が、間違った行為だとは思わない。
だから――
俺は人を救うために――この命を使う。
それが、己の成すべき事だ。
覚悟は決まっている。
……それに、……俺は……――
ふと――ある思いが込み上げた。
視線をミサリさんから逸らし、チラッとある方へ向ける。
「はぁ、――」
小さいため息。
すぐさま視線をミサリさんに戻すと彼女は笑みを浮かべているものの、少しめんどくさそうな表情をしていた。
そして、軽く両目を閉じると共に再びボソボソと呟き出した。
「……流石ですね。面倒事を持って来るのは十八番でしょうけど……まあ、私達はすべきことをするだけですけど……――はい。承知致しました」
そう口にして瞳を開き、吹っ切れた――いや、ヤケクソな感じにニッコリと笑みを浮かべた。
すると、ミサリさんは周囲で荷物を運んでいた女性を呼び寄せ、なにやら指示を出す。傍観していた俺達三人は、彼女の突然の行動に困惑しつつも、数分程その場で彼女の様子を覗いた。
少しして指示を受け、どこかへ向かった女性が駆け足気味に戻って来る。そんな彼女の手には、一振りの剣が握られていた。
彼女はミサリさんにその剣を手渡し、そのまま元作業へ戻って行った。
そんなやり取りをボーっと眺めていると、突然ミサリさんの視線がこっちに向けられ、急なことに軽く驚いてしまった。
「叢真くん、これを――」
そういい彼女は手に持った剣を俺に渡した。
渡された剣は、装飾の少ないオーソドックスな片手持ちの西洋剣……所謂、ロングソードというやつだった。
何の変哲もない〝ただの剣〟――と、そんな印象を抱くが、同時に不思議な感覚を抱く剣でもあった。
それと大したことじゃないかもしれないが、ただロングソードの割に刃渡りが目測100cm程で、普通の片手剣より少し長いように感じた。
「え、えっと……これは?」
「護身用の武器です。流石に丸腰でこの先を進ませるわけにはいきませんから」
「ああ、なるほど」
渡された剣に再度軽く視線を向け、納得したようにそう呟く。
「君ならその剣で十分何とかできますよ」
「そう、ですかね……」
少し不安な気持ちを抱きながら、鞘に納められた剣の重さを確かめる。
……思ったより軽いな。
通常状態であれば、まともに振るうことのできないであろう重さの剣。しかし、カウンタによる強化を受けている今の状態であれば、木の棒を振るうように軽く扱える。
ただ剣の心得なんてものは持ち合わせていないため、実戦で使えるかどうかは正直怪しい。
カウンタによる身体強化でのゴリ押し……やることは依然変わりそうにない。所詮俺は異能保持者というだけで、魔術師でもなければ、武芸者でもない。
まあ、俺はあくまでクレアとルジュに付いて行くだけ、表立って戦うことはほとんどないだろう。
そう思い一時不安は忘れることにした。
「叢真くん。君はきっとこれ以上、私や他の者が何を言ったとしても――その意思は変わらないんでしょう」
俺が剣の感覚を確かめ終えたところで、ミサリさんが再び真剣な表情でそう言葉を口に出した。
「君の意思は、折れず曲がらずの〝鉄心〟のように頑固なモノ……私はそのような頑固者をよく知っています。だからこそ、君が選んだその道が――決して覆せないことも理解しています」
「…………」
月光のような輝きを放つ瞳から、鋭く深く胸を突き穿つ眼差しを向けられる。
そして、彼女はそんな眼差しと共に言葉を紡ぐ。
「であれば、その意思――最後まで貫きなさい」
「――っ」
その発言に思わず驚愕する。
――――、――――
だがしかし、同時にその言葉の意味を理解し、驚愕は消え失せる。
突き穿つ眼差しに真っ直ぐと視線を返し、力強く彼女の言葉を受け止める。
「それが……それだけが――逆刃大叢真という人間が成すべき事です。
迷いも、躊躇いも――君を殺す。
だから――――前へ進みなさい。
顧みることも、振り返ることも、後退することも――君には許されない。
残ってしまったと悲劇を口にするなら、その舌を噛み潰し、痛みを戒めに前へ生きなさい。
君は――後悔を嘆いて立ち止まる資格を放棄したんですから」
「…………」
理解、……している。
ミサリさんの言いたいことは痛いほど理解できる。
同時、この人の優しさというのも強く感じた。
「それでも――」
ほんのり瞳が大きく開く。
彼女は何かを口にしようとしたが、不意に言葉を止める。
「いえ……どうやら、承知の上のようですね」
「――――」
覚悟を決めた眼差しを受け、彼女はさっきまでの笑みを戻した。
すると、彼女は体をクルッと翻して数歩下がる。そして、軽く身なりを整えると再びこっちに体を向け、礼儀正しく頭を深々と下げて言った。
「三人とも――この厄災を退けるため、そのお力を貸して頂きます」
彼女がそう言葉を言い放つと、隣のルジュが満面の笑みを浮かべ元気よく声を上げた。
「まッかせなさい! ミサリ! 厄竜は全て、この私! ルジュ・ハッシュバルト・アーネビアが、華麗に殲滅してみせるわ!」
彼女はそう、ない胸を張りながら力強く言った。
そんな彼女の様子にクレアは微笑を零しつつも、ルジュ同様に宣言するように言葉を掛ける。
「ミサリ、私も全霊を尽くす。人類に害を及ぼす竜は私が殲滅する……大船に乗ったつもりでいるといいよ」
小さく笑みを零し、彼女はそう言い切った。
あんまりにも自信満々な二人の言葉に俺とミサリさんが笑いを零す。一体、そのような発言ができる人間が、この場に何人いるのだろうか?
不安を吹き飛ばすような清々しい宣言に笑いを押さえることなんてできなかった。
二人は本気で竜に勝つ気でいる。
そんな二人を見ているとこんなところで臆しているのが、尚更、間抜けに見えて、少しでも前に進まなければと思わされる。
「それでは三人とも、死なない程度に頑張ってくださいね」
「当ったり前よ!」「ええ」「はい」
ミサリさんからそう送り出しの言葉を受け、俺達はテントを後にした。
……熱いな。
テントの外は夜中とは思えないほど熱かった。ヒューっと吹く風には熱気が籠っていて、呼吸のために取り込んだ空気にしっかりとした熱を感じた。
ふぅ――、竜か。
熱気に晒され、竜の存在を強く想像する。
決心は固めたつもりだが、いざそれを目的に行動するとなると少し気が重い。
――いや、これはどちらかというと実感が湧かないというやつだろう。つい数時間前まで、創作物の中の存在だと思っていたヤツを相手にするんだ、実感が湧かないのも仕方ないと思う。
「よしっ!」
パチン、と軽く方を叩いて気合を入れ直す。
気を取り直し、俺は焔が強く燃え盛る市街地の方へ視線を向ける。
なんにせよ――選択は終えた。
あとはただ、我武者羅に走り抜けるだけだ。
焔の囲う町に目を向け、己の成すべきことを再度強く胸に打ちつけた。
「一応、問います――君は魔術師や執行者、その類ではないのですよね?」
「……はい」
「であればこれ以上、魔術世界に関わる必要なんてありません。今からでも、避難所に向うことをおすすめします」
彼女のその言葉に思わず押し黙る。
何も……何も間違ったことは言っていない。
俺は魔術や竜とは関係ない。ただ特異な能力を持っているだけの高校生。
そんな俺に、この場にいる理由はない――意味もない。ここにいたって、彼女達の邪魔をするだけだ。
「……道中、殻に襲われるのが心配であれば、護衛も付けます……――叢真くん。君はもう、危険な目に遭う必要はないんですよ」
心配そうな表情で彼女はそう口にした。
声色、表情、雰囲気諸々から彼女が、本当に俺のことを心配してくれているのだと解。
「「――――」」
不意に隣の二人に視線を向けるが、二人は何も言ってはくれない。
ルジュはただこの光景を傍観し、クレアは瞳を閉じて俺の回答を待っている。二人は決して俺に道を示してはくれなかった。
……――当たり前か。
自嘲的な笑みを浮かべる。
スッと俯きどうすればいいのか考え込む。
――なにを……考える必要があるんだ。
そうだ。別に考えることなんて何もない。
俺がいたところで何の意味もないのなら、今度こそ、避難所に向えばいい。もう竜のことなんて忘れて、全て彼女達に任せてしまえばいい。
それが……それが、正しい選択なんだ。
――――、――――
…………、…………
――――、――――
…………、…………
でも、だけど――俺はその選択を取れない。
「ハハ、……」
小さく笑みが零れる。
どうしてこんなにも頑なに、その選択を拒むのか。
――自分でも判らない。
だけど、今から選ぼうとしている選択もまた――〝正しい〟――そう思う自分がいた。
後悔するかもしれない。
ここで引き返せばよかった、と思うかもしれない。
それでも――
その選択をしたいと思った自分を信じたかった。
その選択をしたいと思う自分で在りたいと思った。
顔を起こし、正面のミサリさんに強く覚悟を決めた眼差しを向ける。
そして、ゆっくり口を開いた。
「ミサリさん……、俺は……――」
決まっていた結論だ。
あの時――あの日から、どんなことが遭っても、どんな理由が在っても、そう決断することは決まっていた。
――理屈なんてものは知らない。
それが、一般的な価値観で間違っていたとしても――関係ない。
ただ俺は……そうしたい、そう思った。
―――〝後悔の覚悟は出来てる〟―――
そう在りたいと願ったのなら、あとはその思いを形にするだけだ。
躊躇いを振り切り、己が〝選択〟を口にする。
「――クレア達に付いて行きたいです」
「…………」
その選択を聞いたミサリさんに動揺はなかった。
まるでそう返って来ると解っていたような、冷静な様子で俺のことを視る。一方、その答えを聞いたルジュとクレアの二人は、若干驚いていた。
その後、ミサリさんは少し観察するようにこちらを視た後、そっと瞳を閉じ、なにやら気難しい事でも考えるような表情を見せた。
少しして考え終えたのか、ゆっくりとトパーズの瞳が開いた。
すると、鋭く問い詰めるような視線が俺へ向けられた。
「一応、お聞きします……理由は何ですか?」
穏やかながらも、力強い声でそう問い掛けて来る。
「正直、大した理由はないです。俺はただ――人を助けたい、そう思っただけですから」
「人を……助けたい?」
「はい」
理由を聞いたミサリさんは訝しんだ表情を見せる。
同様に、隣のクレアも彼女と似た表情をし、眉をひそめていた。尚、ルジュはただ純粋に意味がわからない、という感じに呆けていた。
二人が気難しい表情を見せる中、俺は言葉を続けた。
「俺は、星災の日――多くを失い/喪い……――無意味に生き残ってしまった」
「「…………」」
「何一つ救えない、何一つ成せない。そんな自分が――〝無価値な存在〟なんだって、何度も……何度も思い知りました」
後悔は尽きなかった。
もしやり直せるのなら、やり直したい――でも、そんな現実はない。
この現実は無情。
……そんなことは解っている。
――多くの〝死〟を目にした。
――多くの〝絶望〟を目にした。
何度も壊れ、何度も折れた。
後悔と失意の果て――俺は今ここにいる。
そんな俺に、この先へ進む資格はないのかもしれない。そもそも、残ってしまった者としての責務を、果たさなければいけないのかもしれない。
でも、それでも――
「残ってしまった俺の、自分自身に科した役割を――果たさなきゃいけないんです」
それが――生者の望まぬことでも、
それが――死者の望まぬことでも、
その果てが無意味だったとしても――
「俺は――生き残ったからには、この命を――
――――〝誰かを救うために使いたい〟
例えその選択が、間違いだらけで、後悔しか生まないモノだとしても――
俺は――この道を進みます」
「「「――――」」」
宣言を聞いたその場の三人は、少し驚いた表情を浮かべていた。
二人はこの選択をどう思ったのだろう?
驚きを張りつかせたルジュとクレアの二人を見て――ふと、そんな疑問を抱いた。
バカだと思っただろうか……間抜けだと思っただろうか……偽善者だと思ったのだろうか……――まあ、どうだっていい。
重要なのは、俺がそう【選択した】という事実だけだ。
――誰かの意見は関係ない。
そもそも、何か意見があるのならば、この選択に至る前に助言でもしてくれた筈だ。だけど、彼女達は何も言ってはくれなかった。
それはきっと、この選択は自分で選ばなければいけないことだったからだ。
であれば、尚更誰かの思いなんてものはどうでもいい筈だ。
自身の中で選択への感情整理を終えたところでミサリさんが口を開いた。
「君に……その道を歩むだけの力があると?」
首を傾げながら彼女は問い掛けて来る。
「ある――、とは言えません」
流石に意気揚々とそう言い切るつもりはない。
力不足なのは重々理解している。この先、足りない俺が足を引っ張ってしまうのかもしれない。
「でも」
周囲に視線を向けながら言った。
ガチガチ、と己という機構の歯車を軽く弄る。
「――無力ではないですよ」
そういい、鋭敏になった全感覚が指し示す方向三カ所に鋭く視線を向ける。
「…………」
ミサリさんはその先に軽く視線を向け、何かを確認すると納得したような表情を見せた。
「三人、ですか?」
「いや――四人です」
「……っ、……――なるほど。予想以上ですね」
その言葉を聞き彼女は一瞬、驚愕の表情を見せ、次にほんのり笑みを浮かべた。
一方、こちらのやり取りを傍観していた二人は、会話の意味がわからなかったのか、二人とも困惑したような表情でこちらを見ていた。
二人の方へ軽く視線を向けていると、目の前のミサリさんが深く考え込むように顔をしかめた。そして、頻りに俺の顔を覗いては、少し悲しそうな表情を見せる。
そんな彼女の様子に、俺とルジュは疑問そうに彼女を見た。
一方、クレアだけは彼女同様に深く考え込むような表情を見せ、チラリとこちらへ視線を向けると、これまた彼女同様に少し悲しそうな表情を向けていた。
「自己犠牲――いえ、この場合は自己投影でしょうか」
ふと、ミサリさんがブツブツと呟き始める。
言葉を零す彼女の声はどこか悲観的で、その表情には物悲しさが孕んでいた。
「大切なモノが多いのではなく、大切なモノが少ない代わりに――それが大きくなってしまった。それはもう、一個人では背負い切れないほど大きく重い――〝楔〟となって……――」
優しく心配するような眼差しが俺へ向けられる。
「不憫とも、自業自得とも……凄惨な因業の果てとはいえ、些か同情します――――、ですが」
一拍後、突如として優しかった眼差しが鋭く変化する。
射殺すような視線をこちらへ向けながら、彼女は言葉の続きを口にする。
「要因はあるにせよ――元来の異常者なのでしょう。……ある種、あの方に似ているとも言える素質です……――〝逸脱者でありながら、常人として振る舞える才〟」
口元にほんのり笑みを張りつかせた表情。
そんな彼女を見て、ドキリと気色の悪い感覚で心臓が跳ねた。
――、イヤな……感じだ。
でも――
気味の悪い感覚に襲われるが、それでも彼女から視線を離さず、真っ直ぐと視線を向け続けた。
すると、彼女は少し首を傾げて問い掛けて来た。
「君は……そう在ることに後悔はしないんですか?」
突然の質問に軽く動揺したが、その解答には迷わず答えられた。
「――はい。これから多くの後悔が待っていたとしても、その選択には後悔しません」
当たり前だ。
道中に後悔が遭っても――その道を選んだことに後悔するわけがない。
「だって俺は――」
ずっと昔からそう在りたいと願ってしまったのだから。
俺は――
「――そんな在り方に魅せられて、ここにいますから」
その言葉を聞いたミサリさんの表情が、ほんのり驚き固まった。
ああ、一度そう在りたいと決めた以上、この在り方を曲げるつもりはない。
だって――誰かを〝救いたい〟と願ったこの気持ちが、間違っている筈がない。
例えそれが、根っからの善性より生まれた願いでないとしても――助けたいと思って走り出した事が、間違った行為だとは思わない。
だから――
俺は人を救うために――この命を使う。
それが、己の成すべき事だ。
覚悟は決まっている。
……それに、……俺は……――
ふと――ある思いが込み上げた。
視線をミサリさんから逸らし、チラッとある方へ向ける。
「はぁ、――」
小さいため息。
すぐさま視線をミサリさんに戻すと彼女は笑みを浮かべているものの、少しめんどくさそうな表情をしていた。
そして、軽く両目を閉じると共に再びボソボソと呟き出した。
「……流石ですね。面倒事を持って来るのは十八番でしょうけど……まあ、私達はすべきことをするだけですけど……――はい。承知致しました」
そう口にして瞳を開き、吹っ切れた――いや、ヤケクソな感じにニッコリと笑みを浮かべた。
すると、ミサリさんは周囲で荷物を運んでいた女性を呼び寄せ、なにやら指示を出す。傍観していた俺達三人は、彼女の突然の行動に困惑しつつも、数分程その場で彼女の様子を覗いた。
少しして指示を受け、どこかへ向かった女性が駆け足気味に戻って来る。そんな彼女の手には、一振りの剣が握られていた。
彼女はミサリさんにその剣を手渡し、そのまま元作業へ戻って行った。
そんなやり取りをボーっと眺めていると、突然ミサリさんの視線がこっちに向けられ、急なことに軽く驚いてしまった。
「叢真くん、これを――」
そういい彼女は手に持った剣を俺に渡した。
渡された剣は、装飾の少ないオーソドックスな片手持ちの西洋剣……所謂、ロングソードというやつだった。
何の変哲もない〝ただの剣〟――と、そんな印象を抱くが、同時に不思議な感覚を抱く剣でもあった。
それと大したことじゃないかもしれないが、ただロングソードの割に刃渡りが目測100cm程で、普通の片手剣より少し長いように感じた。
「え、えっと……これは?」
「護身用の武器です。流石に丸腰でこの先を進ませるわけにはいきませんから」
「ああ、なるほど」
渡された剣に再度軽く視線を向け、納得したようにそう呟く。
「君ならその剣で十分何とかできますよ」
「そう、ですかね……」
少し不安な気持ちを抱きながら、鞘に納められた剣の重さを確かめる。
……思ったより軽いな。
通常状態であれば、まともに振るうことのできないであろう重さの剣。しかし、カウンタによる強化を受けている今の状態であれば、木の棒を振るうように軽く扱える。
ただ剣の心得なんてものは持ち合わせていないため、実戦で使えるかどうかは正直怪しい。
カウンタによる身体強化でのゴリ押し……やることは依然変わりそうにない。所詮俺は異能保持者というだけで、魔術師でもなければ、武芸者でもない。
まあ、俺はあくまでクレアとルジュに付いて行くだけ、表立って戦うことはほとんどないだろう。
そう思い一時不安は忘れることにした。
「叢真くん。君はきっとこれ以上、私や他の者が何を言ったとしても――その意思は変わらないんでしょう」
俺が剣の感覚を確かめ終えたところで、ミサリさんが再び真剣な表情でそう言葉を口に出した。
「君の意思は、折れず曲がらずの〝鉄心〟のように頑固なモノ……私はそのような頑固者をよく知っています。だからこそ、君が選んだその道が――決して覆せないことも理解しています」
「…………」
月光のような輝きを放つ瞳から、鋭く深く胸を突き穿つ眼差しを向けられる。
そして、彼女はそんな眼差しと共に言葉を紡ぐ。
「であれば、その意思――最後まで貫きなさい」
「――っ」
その発言に思わず驚愕する。
――――、――――
だがしかし、同時にその言葉の意味を理解し、驚愕は消え失せる。
突き穿つ眼差しに真っ直ぐと視線を返し、力強く彼女の言葉を受け止める。
「それが……それだけが――逆刃大叢真という人間が成すべき事です。
迷いも、躊躇いも――君を殺す。
だから――――前へ進みなさい。
顧みることも、振り返ることも、後退することも――君には許されない。
残ってしまったと悲劇を口にするなら、その舌を噛み潰し、痛みを戒めに前へ生きなさい。
君は――後悔を嘆いて立ち止まる資格を放棄したんですから」
「…………」
理解、……している。
ミサリさんの言いたいことは痛いほど理解できる。
同時、この人の優しさというのも強く感じた。
「それでも――」
ほんのり瞳が大きく開く。
彼女は何かを口にしようとしたが、不意に言葉を止める。
「いえ……どうやら、承知の上のようですね」
「――――」
覚悟を決めた眼差しを受け、彼女はさっきまでの笑みを戻した。
すると、彼女は体をクルッと翻して数歩下がる。そして、軽く身なりを整えると再びこっちに体を向け、礼儀正しく頭を深々と下げて言った。
「三人とも――この厄災を退けるため、そのお力を貸して頂きます」
彼女がそう言葉を言い放つと、隣のルジュが満面の笑みを浮かべ元気よく声を上げた。
「まッかせなさい! ミサリ! 厄竜は全て、この私! ルジュ・ハッシュバルト・アーネビアが、華麗に殲滅してみせるわ!」
彼女はそう、ない胸を張りながら力強く言った。
そんな彼女の様子にクレアは微笑を零しつつも、ルジュ同様に宣言するように言葉を掛ける。
「ミサリ、私も全霊を尽くす。人類に害を及ぼす竜は私が殲滅する……大船に乗ったつもりでいるといいよ」
小さく笑みを零し、彼女はそう言い切った。
あんまりにも自信満々な二人の言葉に俺とミサリさんが笑いを零す。一体、そのような発言ができる人間が、この場に何人いるのだろうか?
不安を吹き飛ばすような清々しい宣言に笑いを押さえることなんてできなかった。
二人は本気で竜に勝つ気でいる。
そんな二人を見ているとこんなところで臆しているのが、尚更、間抜けに見えて、少しでも前に進まなければと思わされる。
「それでは三人とも、死なない程度に頑張ってくださいね」
「当ったり前よ!」「ええ」「はい」
ミサリさんからそう送り出しの言葉を受け、俺達はテントを後にした。
……熱いな。
テントの外は夜中とは思えないほど熱かった。ヒューっと吹く風には熱気が籠っていて、呼吸のために取り込んだ空気にしっかりとした熱を感じた。
ふぅ――、竜か。
熱気に晒され、竜の存在を強く想像する。
決心は固めたつもりだが、いざそれを目的に行動するとなると少し気が重い。
――いや、これはどちらかというと実感が湧かないというやつだろう。つい数時間前まで、創作物の中の存在だと思っていたヤツを相手にするんだ、実感が湧かないのも仕方ないと思う。
「よしっ!」
パチン、と軽く方を叩いて気合を入れ直す。
気を取り直し、俺は焔が強く燃え盛る市街地の方へ視線を向ける。
なんにせよ――選択は終えた。
あとはただ、我武者羅に走り抜けるだけだ。
焔の囲う町に目を向け、己の成すべきことを再度強く胸に打ちつけた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
四人の令嬢と公爵と
オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」
ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。
人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが……
「おはよう。よく眠れたかな」
「お前すごく可愛いな!!」
「花がよく似合うね」
「どうか今日も共に過ごしてほしい」
彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。
一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。
※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる