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竜殺し編・《焔喰らう竜》
第八話・「百花繚乱:混雑(2)」
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崩壊しつつある市街地に、それぞれ全く違う様相の男女五名が駆け抜ける。
崩れる建物、隆起した地面。
行く手を阻む障害を難なく突破し、五名は疾駆する。
人体が出せるとは思えぬほどの異常な速度。灼熱を孕む風を越え、町の中心――元凶の下へ向かって迷いなく突き進む。
車窓から覗く景色のように視界は次々と移り変わる。
ヴァ――――ゥッ!!!
劈く咆哮。
路を駆ける五名の前に、突如として数匹の黒い狂犬――殻が現れた。
口元に滴らせる涎、ようやく見つけた獲物へ向ける悦の笑み。醜悪の化身は不快を撒き散らせながら五人へ襲い掛かる。
大きく顎を開け、鋭い牙を向けながら殻は突っ込む。
「――私が斬る」
鋭く凛とした声が響く。
同時――太刀を携えた少女、伏城沙耶が速度を上げて他四名より前に出る。
トタタ、と地面を素早く駆け抜けさらに加速。
地面を蹴り砕く勢いで疾走、抜刀するように腰の太刀を握り腰を落して体勢を低くする。
「フゥ――――」
瞳を閉じ肺の空気を吐き出す。
そして、スッと冷たい眼光が迫り来る殻へ向ける。
突風を受け靡く黒橡色の長髪。
ヴァゥッッッ―――――ッ!!!
殻は咆哮を上げながら迫る一人の少女へ飛び掛かる。
が――
少女は一切怯むことなく、冷静に飛来する殻共を視る。
脱力した右手が緩く太刀の柄を握り、引き締まった両脚が地面を強く踏み締める。
「――――、――――」
殻が少女の太刀の間合い約2mに入ったその瞬間――抜刀。
瞬間的に全身を可動し、運動エネルギーを捻出。常人を越えた力を一刀へ注ぎ込み、鋭く研ぎ澄まされた一撃が敵へ放たれる。
「――荒流」
《三閃》――
ほぼ同時と言える三度の斬撃。
殻達の視線の先にいた筈の少女は姿を消し、技の名と斬撃だけが残る。
次の瞬間――殻共の形がバラバラと崩れ去る。たった三度の斬撃がその場にいた数匹の殻、その全てを斬り伏せて見せた。
ザザザ、と殻の残骸が散らばる背後で地面を擦って沙耶が減速。
停止と共に軽く息を吐き、抜いた太刀をスッと鞘に納める。
「沙耶。大丈夫ですか?」
心配した様子で沙耶に駆け寄りそう問い掛けるのは、この場に似合わない巫女姿の少女――観湖都雨嶺。
そんな彼女を安心させるように、
「ああ、問題ない」
と、事もなげにそう答える。
沙耶の様子を見て雨嶺は安心したように胸を撫で下ろす。
そんな彼女達の下に他三人も集合する。
「はぁ……流石に、殻の数も増えてきましたね」
疲れたようなため息を吐く少年。
薄紫の特徴的なおかっぱ頭と深い紫色の瞳。落ち着いた雰囲気を持ち不思議と知的な印象を与える少年、坂柳透は困ったような笑みを浮かべ呟いた。
そんな彼の言葉に同意するように、コクリと頷く糸目の現代チックな狩衣を身に着ける男。
「――それだけ、我々が竜に近づいたということでしょう」
淡々とした口調で彼はそう口にする。
濃紺色の長い髪、前髪は左目を隠すように伸ばされている。
市街地という神秘的な雰囲気から、かけ離れた場所で狩衣なんてものを身に着けているせいか、この場において同様の恰好をしている雨嶺と同じく場違い感というものがすごい。
「ですね」
そんな彼、風間清瑛の言葉に透は苦笑いを浮かべてそう返答した。
「じゃ、そろそろ別行動にする?」
茶髪ポニーテールの制服を身に纏う少女。
腰に手を当て、右手に持った戦斧――ハルバードを地面に突き立てる少女、上村美紗はそう言った。
「上からは竜より殻の殲滅が優先って言われてるし、このまま団体行動するよりバラケタ方がいいでしょ? その方が絶対早く――潰せる」
口角を少し上げ物騒な発言をする。
「まあ……そうですね。僕らが竜と戦っても然程、意味はないですよね」
「否定しないですよ」
清瑛がそう答えると再び困った笑みを浮かべ、言葉の続きを紡ぐ。
「――ですよね。なら……僕は美紗さんに賛成です」
透は右手を軽く上げ、彼女の意見に同意した。
そんな彼や他二人の様子を見た清瑛は、深く思案するように腕を組む。そして、少しして考えがまとまったのか口を開いた。
「――……確かに、その方がいいかもしれないですね」
そっと自身の考えを口にしていく。
「戦況を鑑みても、我々にできる最善の行為は殻の討伐――上としても、我々が竜を討伐できるとは考えていないでしょうし、ここは少しでも総量を減らしておいた方がいいかもですね」
「……歯痒いですが、そうするしかないですよね」
「ああ」
清瑛の考えを聞き、悔しそうにそう言葉を吐露する雨嶺に小さく同意する沙耶。
ほんのり暗い雰囲気に包まれる。
そんな中、空気を読まない明るい声で疑問を呈する者が一名。
「ねえ、今更だけど……竜ってやっぱりかなりヤバいの?」
「「「「…………」」」」
美紗の発言に何とも言えない表情を浮かべる四名。
それもそうだろう。竜による被害をモロ受けた現場に来て、その酷い有様を目の当たりにして尚、そのような発言をするのは頭を疑われても仕方がない。
「え、なにその反応!?」
周囲の反応に慄く美紗。
「美紗さん。それは流石に……」
「この場でその発言はどうかと思いますよ」
「そ、そんなにアタシ、おかしいこと言った!?」
雨嶺と透の二人の言葉を受け、驚愕の表情を浮かべてそう言った。
「いやもちろん、竜が脅威って話は聞いてるけど、皆だって実物は観たことないでしょ!? なんか、こう……実感湧かなくない?」
同意を求めるように必死に言葉を紡ぐ美紗。
彼女の言葉を聞き少し納得し掛けた四名だったが、そんな納得を両断するように沙耶が声を上げた。
「それはそうだが……この惨状を目の当たりにすれば、その危険性は理解できるだろう」
「ま、まあ、そうかもだけど……」
「そもそもだ。私達は七年前、竜の原種からその脅威を味わった筈だ。であれば――その子となる存在が、どれほど危険な存在かは解る筈だ」
「――――」
無慈悲な一言。
それを言われてしまったら返す言葉はない。
七年前の星災による被害が、今回発生した竜の親元である以上、その系譜である竜がどれほどの脅威なのかは理解できる筈だ。いくら規模が小さくなろうと、彼女達が普段対処しているような事件とは比べものになる筈がない。
それほどまで星災がこの町に残した傷跡は深い。
が――
「……う~ん、でも実感が湧かないのはマジなんだけど」
まだ言うか、という表情を見せる四名の視線を受けながら彼女は言葉を続ける。
「だって、間接的な被害は受けて来たけど、直接的な被害はまだ受けてないし。正直、話で聞いただけの存在がそこまで脅威には感じないんだよね……」
ハルバードに寄りかかりながら彼女はそう言う。
すると、雨嶺、沙耶、透の三人が呆れた表情をする中、清瑛がふと声を上げる。
「……まあ、でも――一理ありますね」
その言葉を聞いて三名は少し驚いた表情になる。
「私としては、そちら側の知識はあまり持ち合わせていないので、竜という存在そのものがいかに脅威なのか……資料は何度も拝見しましたが――実感がない、という気持ちは確かにありますね」
「――ああ。確かに……風間君はこっち側のことはあまり詳しくなかったですね」
納得した表情でそう口にする透。
雨嶺と沙耶の二人も、確かに、納得した表情を見せる。
「さっすが衛星、話がわかるぅ!」
「誰ですかそれ?」
謎発言に困惑する清瑛だった。
「――ま、この話はおいておいて」
話を広げた張本人がそう無理やり話を変える。
そんな彼女の様子に、ガクリと膝を落とし呆れる透が頭を押さえながら言う。
「すっごく強引に切りますね、美紗さん……その強引というか、無茶苦茶は、なんだか先輩を思い出します」
「別行動する、ってことでいいのよね?」
「……めんどくさくなったんですね」
自身の発言を完全無視。そんな彼女の様子に、頭痛に耐えるように力強く頭を押さ、呆れと諦めの混ざった諦観の表情を浮かべてそう口にした。
彼女はそんな彼すらも無視して声を上げる。
「それじゃあ、アタシは一人で行くわね」
ガシン、と手に持ったハルバードの柄を地面に強くぶつける。
「さあ、じゃんじゃん稼ぐわよ!」
「相変わらず守銭奴な人ですね、君は」
呆れた面持ちで清瑛が呟き、他三人も同様の表情を美紗へ向けた。
そんな表情を受け、不服な様子の彼女は異議を唱える。
「守銭奴で何が悪いのよ!」
「いや、別に悪いと言っているわけではなくてですね……」
「お金は大切なのよっ!」
「――う、っ」
弁明をしようとする透を押しのけ、彼女は声高らかに言い放った。透は自身の意見が驚くほど通らない状況に、酷く物悲しい表情を見せる。
透なのに、通りませんでしたね……。
「この世の全てはお金を中心に回ってる」
凍えるようなギャグを透が内心で呟く中、美紗は宣言するように言う。
「必要な物も欲しい物も……お金がなくちゃ手に入らない。――無くて困っても、有って困ることなんてないんだから!」
胸を張って四人へ言い聞かせるように彼女は声を上げる。
「世界はお金で回る。
――お金は世界を動かす力よっ!」
「「「「…………」」」」
話を聞いた四人は何とも言えない表情で彼女を見る。
決して彼女の言っていること全てが間違っているとは言わない。が――それでも、命を懸けこんな場所まで来たその目的が、単なる金稼ぎというのは些かこの場では異端に思えるのだろう。
魔術師でありながら竜という奇跡を前に、竜伐や殻狩りによる報酬を優先を目的とする。
真理の探究者の一人とは思えないその行動原理……魔術師を知っている者ならば、彼女の魔術師らしからぬ行動に呆れるのも、疑問に思うのも仕方がないと言える。
「まあ……上村殿の目的、思想はさておき、だ」
清瑛はそう話を切る。
「方針は確定している……早々に行動に移そう」
そういい彼は沙耶と雨嶺に視線を向けた。
「伏城殿、君は彼女に?」
「もちろんだ。私の役目は雨嶺の護衛、離れるつもりはない」
腰に携えた刀を小突きながらそう言葉を返す。
すると、彼は納得した表情を見せる。
「あ、なら僕は美紗さんに付いて行きますね」
ひょいと話に割り込むように透が言った。
「なんでぇっ!?」
大きく声を上げ、驚愕を見せる美紗。
そんな彼女の様子に、当然でしょう、という表情を作り言葉を送る。
「いくらバラケタ方が効率がいいとはいえ、流石に一人行動はダメですよ。こんな状況です、何が起きてもおかしくない……一人では対処できない状況も往々にあります」
「っ――」
「危険管理です。命を懸けた状況である以上、無用なリスクを背負うのは利口とは言えません」
「――――」
透による容赦のない正論攻撃を受け、何も言えずボコボコにされる美紗。
先程まで鬱憤を晴らすかのような透の口撃。あんまりにも容赦のない彼の言葉に、周囲の三人も流石に同情を見せる。
「……――ちょっと待って」
「はい?」
「風間はどうなのよ? 沙耶と雨嶺が組んでアンタがアタシに付くなら、風間は一人になるでしょ。それはどうなのよ」
ビシッ、と清瑛を指さしそういう彼女に透は、
「まあ……――清瑛くんは例外で」
視線を逸らしながらそう言った。
ガクリ、と三名の体躯が崩れる。
一人崩れなかった話の主題者は呆れた相貌を透へ向けた。
「納得いかなーい!」
美紗が抗議の声を上げる。
「そんな曖昧な理由なら、アタシでもいいでしょ!」
「いや、まあ……真面目な話、清瑛くんはこの場で星位が一番上ですし、この中で一人行動して生存率が一番高いからですよ」
少し慌てながら透は言葉を続ける。
「それに清瑛くんは、踏み越えちゃいけないラインをしっかりと理解しています。だから、清瑛くんは一人でいいかなと……」
「…………」
訝しんだ表情を向ける美紗に彼は、視線をそっと外しながら冷や汗を滴らせる。
少しして、はぁ、と小さくため息を吐き不服そうに彼が付いて行くことを認めた。
「――では、そろそろ私達は行きますね」
装束を整え、小さく会釈をしながら雨嶺がそう言った。
「生きていればまた」
「お二人とも、ご武運を」
清瑛と透がそれぞれそう言葉を掛ける。
彼らの言葉を受け、はい、言葉を返す雨嶺とコクリと頷くだけの沙耶。
そんな彼女達へ最後に美紗が言葉を送った。
「沙耶、雨嶺――絶対に死なないでね」
「「…………」」
「二人がいないと、私……――」
少し震えた声で彼女は言った。
「――ケーキバイキング驕ってくれる人いなくなっちゃうから!」
悲壮感を孕んだ表情で彼女はそう二人に言った。
その言葉を聞いたその場の四名の体躯がガクリと瓦解する。
「あ、はい。そっちですか……いや、わかってはいましたけど、その……――本当に期待を裏切らない人ですね。あと、春凪さんがいるじゃないですか」
「本当にお前は、欲望に忠実な人間だな」
言葉を受けた二人はひどく呆れた表情でそう言葉を述べる。
「?」
美紗は二人の言葉聞き、呆けた表情で首を傾げる。
そんな彼女の様子を見て苦笑いを零す雨嶺。そして、沙耶は頭痛に耐えるように頭を押さえたのだった。
崩れる建物、隆起した地面。
行く手を阻む障害を難なく突破し、五名は疾駆する。
人体が出せるとは思えぬほどの異常な速度。灼熱を孕む風を越え、町の中心――元凶の下へ向かって迷いなく突き進む。
車窓から覗く景色のように視界は次々と移り変わる。
ヴァ――――ゥッ!!!
劈く咆哮。
路を駆ける五名の前に、突如として数匹の黒い狂犬――殻が現れた。
口元に滴らせる涎、ようやく見つけた獲物へ向ける悦の笑み。醜悪の化身は不快を撒き散らせながら五人へ襲い掛かる。
大きく顎を開け、鋭い牙を向けながら殻は突っ込む。
「――私が斬る」
鋭く凛とした声が響く。
同時――太刀を携えた少女、伏城沙耶が速度を上げて他四名より前に出る。
トタタ、と地面を素早く駆け抜けさらに加速。
地面を蹴り砕く勢いで疾走、抜刀するように腰の太刀を握り腰を落して体勢を低くする。
「フゥ――――」
瞳を閉じ肺の空気を吐き出す。
そして、スッと冷たい眼光が迫り来る殻へ向ける。
突風を受け靡く黒橡色の長髪。
ヴァゥッッッ―――――ッ!!!
殻は咆哮を上げながら迫る一人の少女へ飛び掛かる。
が――
少女は一切怯むことなく、冷静に飛来する殻共を視る。
脱力した右手が緩く太刀の柄を握り、引き締まった両脚が地面を強く踏み締める。
「――――、――――」
殻が少女の太刀の間合い約2mに入ったその瞬間――抜刀。
瞬間的に全身を可動し、運動エネルギーを捻出。常人を越えた力を一刀へ注ぎ込み、鋭く研ぎ澄まされた一撃が敵へ放たれる。
「――荒流」
《三閃》――
ほぼ同時と言える三度の斬撃。
殻達の視線の先にいた筈の少女は姿を消し、技の名と斬撃だけが残る。
次の瞬間――殻共の形がバラバラと崩れ去る。たった三度の斬撃がその場にいた数匹の殻、その全てを斬り伏せて見せた。
ザザザ、と殻の残骸が散らばる背後で地面を擦って沙耶が減速。
停止と共に軽く息を吐き、抜いた太刀をスッと鞘に納める。
「沙耶。大丈夫ですか?」
心配した様子で沙耶に駆け寄りそう問い掛けるのは、この場に似合わない巫女姿の少女――観湖都雨嶺。
そんな彼女を安心させるように、
「ああ、問題ない」
と、事もなげにそう答える。
沙耶の様子を見て雨嶺は安心したように胸を撫で下ろす。
そんな彼女達の下に他三人も集合する。
「はぁ……流石に、殻の数も増えてきましたね」
疲れたようなため息を吐く少年。
薄紫の特徴的なおかっぱ頭と深い紫色の瞳。落ち着いた雰囲気を持ち不思議と知的な印象を与える少年、坂柳透は困ったような笑みを浮かべ呟いた。
そんな彼の言葉に同意するように、コクリと頷く糸目の現代チックな狩衣を身に着ける男。
「――それだけ、我々が竜に近づいたということでしょう」
淡々とした口調で彼はそう口にする。
濃紺色の長い髪、前髪は左目を隠すように伸ばされている。
市街地という神秘的な雰囲気から、かけ離れた場所で狩衣なんてものを身に着けているせいか、この場において同様の恰好をしている雨嶺と同じく場違い感というものがすごい。
「ですね」
そんな彼、風間清瑛の言葉に透は苦笑いを浮かべてそう返答した。
「じゃ、そろそろ別行動にする?」
茶髪ポニーテールの制服を身に纏う少女。
腰に手を当て、右手に持った戦斧――ハルバードを地面に突き立てる少女、上村美紗はそう言った。
「上からは竜より殻の殲滅が優先って言われてるし、このまま団体行動するよりバラケタ方がいいでしょ? その方が絶対早く――潰せる」
口角を少し上げ物騒な発言をする。
「まあ……そうですね。僕らが竜と戦っても然程、意味はないですよね」
「否定しないですよ」
清瑛がそう答えると再び困った笑みを浮かべ、言葉の続きを紡ぐ。
「――ですよね。なら……僕は美紗さんに賛成です」
透は右手を軽く上げ、彼女の意見に同意した。
そんな彼や他二人の様子を見た清瑛は、深く思案するように腕を組む。そして、少しして考えがまとまったのか口を開いた。
「――……確かに、その方がいいかもしれないですね」
そっと自身の考えを口にしていく。
「戦況を鑑みても、我々にできる最善の行為は殻の討伐――上としても、我々が竜を討伐できるとは考えていないでしょうし、ここは少しでも総量を減らしておいた方がいいかもですね」
「……歯痒いですが、そうするしかないですよね」
「ああ」
清瑛の考えを聞き、悔しそうにそう言葉を吐露する雨嶺に小さく同意する沙耶。
ほんのり暗い雰囲気に包まれる。
そんな中、空気を読まない明るい声で疑問を呈する者が一名。
「ねえ、今更だけど……竜ってやっぱりかなりヤバいの?」
「「「「…………」」」」
美紗の発言に何とも言えない表情を浮かべる四名。
それもそうだろう。竜による被害をモロ受けた現場に来て、その酷い有様を目の当たりにして尚、そのような発言をするのは頭を疑われても仕方がない。
「え、なにその反応!?」
周囲の反応に慄く美紗。
「美紗さん。それは流石に……」
「この場でその発言はどうかと思いますよ」
「そ、そんなにアタシ、おかしいこと言った!?」
雨嶺と透の二人の言葉を受け、驚愕の表情を浮かべてそう言った。
「いやもちろん、竜が脅威って話は聞いてるけど、皆だって実物は観たことないでしょ!? なんか、こう……実感湧かなくない?」
同意を求めるように必死に言葉を紡ぐ美紗。
彼女の言葉を聞き少し納得し掛けた四名だったが、そんな納得を両断するように沙耶が声を上げた。
「それはそうだが……この惨状を目の当たりにすれば、その危険性は理解できるだろう」
「ま、まあ、そうかもだけど……」
「そもそもだ。私達は七年前、竜の原種からその脅威を味わった筈だ。であれば――その子となる存在が、どれほど危険な存在かは解る筈だ」
「――――」
無慈悲な一言。
それを言われてしまったら返す言葉はない。
七年前の星災による被害が、今回発生した竜の親元である以上、その系譜である竜がどれほどの脅威なのかは理解できる筈だ。いくら規模が小さくなろうと、彼女達が普段対処しているような事件とは比べものになる筈がない。
それほどまで星災がこの町に残した傷跡は深い。
が――
「……う~ん、でも実感が湧かないのはマジなんだけど」
まだ言うか、という表情を見せる四名の視線を受けながら彼女は言葉を続ける。
「だって、間接的な被害は受けて来たけど、直接的な被害はまだ受けてないし。正直、話で聞いただけの存在がそこまで脅威には感じないんだよね……」
ハルバードに寄りかかりながら彼女はそう言う。
すると、雨嶺、沙耶、透の三人が呆れた表情をする中、清瑛がふと声を上げる。
「……まあ、でも――一理ありますね」
その言葉を聞いて三名は少し驚いた表情になる。
「私としては、そちら側の知識はあまり持ち合わせていないので、竜という存在そのものがいかに脅威なのか……資料は何度も拝見しましたが――実感がない、という気持ちは確かにありますね」
「――ああ。確かに……風間君はこっち側のことはあまり詳しくなかったですね」
納得した表情でそう口にする透。
雨嶺と沙耶の二人も、確かに、納得した表情を見せる。
「さっすが衛星、話がわかるぅ!」
「誰ですかそれ?」
謎発言に困惑する清瑛だった。
「――ま、この話はおいておいて」
話を広げた張本人がそう無理やり話を変える。
そんな彼女の様子に、ガクリと膝を落とし呆れる透が頭を押さえながら言う。
「すっごく強引に切りますね、美紗さん……その強引というか、無茶苦茶は、なんだか先輩を思い出します」
「別行動する、ってことでいいのよね?」
「……めんどくさくなったんですね」
自身の発言を完全無視。そんな彼女の様子に、頭痛に耐えるように力強く頭を押さ、呆れと諦めの混ざった諦観の表情を浮かべてそう口にした。
彼女はそんな彼すらも無視して声を上げる。
「それじゃあ、アタシは一人で行くわね」
ガシン、と手に持ったハルバードの柄を地面に強くぶつける。
「さあ、じゃんじゃん稼ぐわよ!」
「相変わらず守銭奴な人ですね、君は」
呆れた面持ちで清瑛が呟き、他三人も同様の表情を美紗へ向けた。
そんな表情を受け、不服な様子の彼女は異議を唱える。
「守銭奴で何が悪いのよ!」
「いや、別に悪いと言っているわけではなくてですね……」
「お金は大切なのよっ!」
「――う、っ」
弁明をしようとする透を押しのけ、彼女は声高らかに言い放った。透は自身の意見が驚くほど通らない状況に、酷く物悲しい表情を見せる。
透なのに、通りませんでしたね……。
「この世の全てはお金を中心に回ってる」
凍えるようなギャグを透が内心で呟く中、美紗は宣言するように言う。
「必要な物も欲しい物も……お金がなくちゃ手に入らない。――無くて困っても、有って困ることなんてないんだから!」
胸を張って四人へ言い聞かせるように彼女は声を上げる。
「世界はお金で回る。
――お金は世界を動かす力よっ!」
「「「「…………」」」」
話を聞いた四人は何とも言えない表情で彼女を見る。
決して彼女の言っていること全てが間違っているとは言わない。が――それでも、命を懸けこんな場所まで来たその目的が、単なる金稼ぎというのは些かこの場では異端に思えるのだろう。
魔術師でありながら竜という奇跡を前に、竜伐や殻狩りによる報酬を優先を目的とする。
真理の探究者の一人とは思えないその行動原理……魔術師を知っている者ならば、彼女の魔術師らしからぬ行動に呆れるのも、疑問に思うのも仕方がないと言える。
「まあ……上村殿の目的、思想はさておき、だ」
清瑛はそう話を切る。
「方針は確定している……早々に行動に移そう」
そういい彼は沙耶と雨嶺に視線を向けた。
「伏城殿、君は彼女に?」
「もちろんだ。私の役目は雨嶺の護衛、離れるつもりはない」
腰に携えた刀を小突きながらそう言葉を返す。
すると、彼は納得した表情を見せる。
「あ、なら僕は美紗さんに付いて行きますね」
ひょいと話に割り込むように透が言った。
「なんでぇっ!?」
大きく声を上げ、驚愕を見せる美紗。
そんな彼女の様子に、当然でしょう、という表情を作り言葉を送る。
「いくらバラケタ方が効率がいいとはいえ、流石に一人行動はダメですよ。こんな状況です、何が起きてもおかしくない……一人では対処できない状況も往々にあります」
「っ――」
「危険管理です。命を懸けた状況である以上、無用なリスクを背負うのは利口とは言えません」
「――――」
透による容赦のない正論攻撃を受け、何も言えずボコボコにされる美紗。
先程まで鬱憤を晴らすかのような透の口撃。あんまりにも容赦のない彼の言葉に、周囲の三人も流石に同情を見せる。
「……――ちょっと待って」
「はい?」
「風間はどうなのよ? 沙耶と雨嶺が組んでアンタがアタシに付くなら、風間は一人になるでしょ。それはどうなのよ」
ビシッ、と清瑛を指さしそういう彼女に透は、
「まあ……――清瑛くんは例外で」
視線を逸らしながらそう言った。
ガクリ、と三名の体躯が崩れる。
一人崩れなかった話の主題者は呆れた相貌を透へ向けた。
「納得いかなーい!」
美紗が抗議の声を上げる。
「そんな曖昧な理由なら、アタシでもいいでしょ!」
「いや、まあ……真面目な話、清瑛くんはこの場で星位が一番上ですし、この中で一人行動して生存率が一番高いからですよ」
少し慌てながら透は言葉を続ける。
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「…………」
訝しんだ表情を向ける美紗に彼は、視線をそっと外しながら冷や汗を滴らせる。
少しして、はぁ、と小さくため息を吐き不服そうに彼が付いて行くことを認めた。
「――では、そろそろ私達は行きますね」
装束を整え、小さく会釈をしながら雨嶺がそう言った。
「生きていればまた」
「お二人とも、ご武運を」
清瑛と透がそれぞれそう言葉を掛ける。
彼らの言葉を受け、はい、言葉を返す雨嶺とコクリと頷くだけの沙耶。
そんな彼女達へ最後に美紗が言葉を送った。
「沙耶、雨嶺――絶対に死なないでね」
「「…………」」
「二人がいないと、私……――」
少し震えた声で彼女は言った。
「――ケーキバイキング驕ってくれる人いなくなっちゃうから!」
悲壮感を孕んだ表情で彼女はそう二人に言った。
その言葉を聞いたその場の四名の体躯がガクリと瓦解する。
「あ、はい。そっちですか……いや、わかってはいましたけど、その……――本当に期待を裏切らない人ですね。あと、春凪さんがいるじゃないですか」
「本当にお前は、欲望に忠実な人間だな」
言葉を受けた二人はひどく呆れた表情でそう言葉を述べる。
「?」
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