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レヴェント編

14.零れる/割れる

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 「ほん――――――――っとにッ! ごめんなさいッ!!!」
 土下座するような勢いで赤髪の少女が頭を下げ、謝罪の言葉を述べてくる。
 「ま、まあ、誰でも間違いはあるし、別に構わない、うん、構わないさ――ただ、流石にやり過ぎじゃね? 多分、あと少しでガチで死んでたぞ?」
 「本当にごめんなさい」
 ようやく喋れるようになった口で思ったことを述べる俺、正直、今回ばかりは穏やかな心でいられなかった。
 あと少しで本当に死ぬところまで、追い詰められたんだぞ? キレん方がおかしい。
 まあ、とはいえ、このエヴァという少女は、オリビアのことを心配して出た行動なのだろう。彼女から嘘の気配は感じない、今の謝罪も心から謝っているのはわかる。
 これ以上引きずっても、意味ないか……
 「はぁ……俺としてはその謝罪が聞ければもういい、今後はよく相手を見てから行動を、な?」
 「重々承知しました……」
 潤んだ瞳でそういうエヴァ、なんか悪いことした気分になったが、一〇〇%俺は悪くない。
 「さて、じゃあ、聞いてもいいか? 俺は神塚敬也、君達の名前は?」
 俺がそう話を切り出すと、二人はこっちに向いて自身の名を名乗った。
 「私はオリビアです。よろしくお願いします、ケイヤさん」
 「私はエヴァ、エヴァ・ローレシア、よろしくね、カミヅカ君」
 「ああ、よろしく」
 エヴァから差し出された手を握って挨拶を交わした。
 「それで、カミヅカ君はこの町の案内をしてほしいだっけ?」
 「ああ、俺はこの国出身じゃなくてな。この辺りの地理はあんまり詳しくないんだ」
 「ふ~ん、カミヅカ君は名前からして和栄国わえいこくの人?」
 どうやらこの世界には、日本に似た文化を持つ国が存在しているようだ。
 「ん? あー、まあ、そんなところだ」
 「「?」」
 曖昧な回答をしたためか、二人は不思議そうな表情で顔を見合わせていた。
 「まあ、そんなことはどうでもいいだろ、それより早く町案内してくれないか? 時間は有限だからな、有効に使おう」
 「了解、さっきのお詫びも関して私も案内させてもらうわ」
 「ああ、頼んだ……」
 俺はこうして出会った二人に、町の案内をしてもらうことにした。
 「なあ、二人にもう一つお願いがあるんだが、いいか?」
 「はい、構いませんよ」
 「何?」
 「実は俺、和栄国の中でもかなり人里離れた場所で暮らしてたんだ。正直な話、地理に詳しい云々以上にこの国の常識がよくわからないんだ。だから、常識ないことを口走ってたら教えてくれ、改善するようにする」
 「わかった。でも、今のところカミヅカ君におかしな所はないよ? ちょっと見た目の割に口調とか、態度が大人っぽいけど、そのこと以外は普通だと思う」
 「私もそう思います」
 「そうか? ならいんだが……やっぱり慣れない場所だと少し緊張してな、知り合いの伝手でこの国にきたはいいんだが、おかしな行動してないか心配だった」
 「なるほどね~……って、心配してるって言う割には、そんな雰囲気全然出てないんだけど?」
 「俺はあんまり顔に出ないタチなんだよ。内心、周囲からどう思われているか心配でビクビクしてる」
 「クス」
 「なんだよ……」
 「いえ、ビクビクしてるケイヤさんを想像したら面白くて、クス……」
 「確かに、今のイメージとのギャップがすごいわね、プフッ……」
 「君ら酷くない?」
 一通り二人に笑われた後、オリビアが言った。
 「……でも、ケイヤさん。さっきのは嘘ですよね?」
 「は? ……どうしてそう思うんだ?」
 「だって本当にビクビクしてるなら、さっきの現場を見て、私を助けようとは思わないですよ」
 「……さっきも言ったが、あれは気まぐれだ。それ以上でもそれ以下でもない、ただの気まぐれだ」
 「そうですか?」
 「ああ……」
 「……ケイヤさんって、結構嘘つきですよね?」
 「…………どういう観点でそうなった?」
 「さっきの話もそうですけど、今さっき言った『あんまり顔に出ないタチ』というのも……嘘ですよね?」
 「…………」
 その言葉を聞いて黙り込み、少し事案した後、声を発する。
 「オリビア……お前には、そう聞こえたのか?」
 「ん~……そう、ですね。さっきそれを言う時のケイヤさん、とても悲しそうな表情してました」
 「…………」
 「だから、その表情を見てると……本当の事が言えなくて辛そうに感じたんです」
 「そう、か……――」
 「はい、ケイヤさんは気持ちが顔に出ないタイプじゃなくて――〝感情が軽薄なタイプ〟だと思いました」
 「〝感情が軽薄なタイプ〟」
 「も、もちろん、私個人の感性でそう思っただけで、実際のケイヤさんがそうなのかは分からないですよ! 不快に思ったのであれば、忘れてください。私もどうしてこんなことを――」
 「いや、いい。構わない」
 「え」
 「今の言葉、多分……間違いじゃない……だから、ありがとな、オリビア。今の言葉はきっと……俺にとって大切な言葉だと思う」
 「そうですか? 少し馬鹿にしているようなものだと思うんですけど……」
 「いや、そんなことない。自分では気づけない、俯瞰視点を持ってない俺にはありがたい助言だ」
 「助言というほどのモノでもないと思いますが……力になれたのなら良かったです」
 そういい笑みを浮かべるオリビア、そんな彼女に俺は冗談交じりある問いを投げた。
 「もしかして、昔の友人にでも似ていたか俺?」
 今朝の彼女が言った言葉、その言葉を思い出しそう言った。
 「いえ、私の友人にケイヤさんみたいな人はいませんよ」
 「そうか、なら――」
 「でも――父の知り合いには似ていると思いますよ」
 「!」
 その言葉に一瞬驚愕の表情を浮かべる。
 「……そうなのか?」
 「はい、私が小さい頃によく家に来ていた人で、少しケイヤさんに似た雰囲気の人ならいました」
 「どんなところが、似てると思ったんだ?」
 「えー、そうですね。姿とかあんまり似てないんですけど……やっぱり、雰囲気が似てますね。掴み所がないみたいな、独特な感じです」
 「なるほど、な……」
 顎に手を当てながら少し考え込む。
 別にただ俺に似ているだけ、気のせいであるのであれば何の問題もない。人など無数に存在している、同じような人間がいてもおかしな話ではない。
 ただ、俺は自分がない……そんな俺と似ているその人は、どんな生き方をしているのか興味はある。
 記憶を失って、自分が何者かなのかも分からない俺という人生は……ただひたすらに空虚だ。
 ふと、思い出す自分の何も無さに絶望する日々、その者がどんな者なのかは知らないが、仮に俺と同じような人物だったら、どんな人生軌跡を追っているか、知りたいと思う。
 いや……こんなこと意味ないか……
 俺は
 修正者を始めたのは、確かに自分の記憶を探すのがきっかけだった。でも、今は違う。
 今の俺はただ、自分の――
 「大丈夫ですか? ケイヤさん」
 「ん?」
 過去の自分が決めた決意、心の中で言葉にしようとした瞬間、オリビアによって静止させられた。
 「いえ、なんだかとても、辛そうな表情をしているみたいだったので」
 「そうか……そうかだったか」
 自身の顔に手を触れ、自身の表情が少し強張っていることに気がつく。
 「全く……馬鹿みたいだな。本当に心底そう思う、フッ」
 何度も辿り着く答え――それが自分にとって何を意味するのかくらい、理解しているのに……まだこんな顔している。間抜けな話にもほどがある。
 所詮、俺は■■か――
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