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レヴェント編

93.黄昏の思い

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 しばらく無言の時間が続いた。
 俺はアリシアの隣を歩いて彼女の行く先へついて行く。当初の目的とは大分違うが、それでもこの時間を苦に感じなくそれどころか楽しさすら抱いている今、元の目的に魅力はない。
 優先度はどう考えても前者だけど……ま、いいっか。
 唯我独尊……というわけではないが、自己の欲望に素直な方の俺は己にとって重要なことを優先する。もちろん、私情より優先しなければいけないと判断すれば、そちらを優先するが、今は心に従ってもいいだろう。こんなに こころのは久しぶりだ。
 不思議と体にやる気が湧いてくる状況、何であれ今はただこの瞬間を謳歌しよう。
 軽い気持ちで歩みを進めた。
 「ここが目的地か?」
 「ああ」
 そう答えるアリシアに一瞥くれ、目の前の建物に目を向けた。
 目の前には――小さな孤児院が立っていた。
 城下町の他の建物に比べかなり小さい。そして、小さな孤児院には入り切らないほど多くの子供たちが楽しそうに遊んでいた。
 「ケイヤ。私は昔、ある孤児院……いや、施設にいた」
 孤児院を優しい眼差しで見る彼女はそう話をした。
 そうか。確か〝淵〟も……
 彼女がどういった感情を淵と呼ばれる施設に向けているが知らないが、一様は孤児院としても機能していたと聞く、それなりの思い入れがあるのかもしれない。
 「それがあった場所は世間一般的にはとても真面な所とは言えず、常人が生き残れるような場所でもなかった。誰かにこの話をすると、皆等しく――を向けてきた」
 「…………」
 「当たり前だ。その場所は正常な人間がいる場所じゃない。そんな場所から出た者が真面な筈がない。避けられるのも、嫌悪されるのも当然だ」
 そう語るアリシアは少し悲しげに、それでいて諦めのついたような表情をしていた。
 「だから、私は誰かにその施設の話をしないし、そもそもするつもりがない。私は誰かに理解してほしいわけでも、同情してほしいわけでもないからな」
 「……じゃあ、なんで俺には話すんだ?」
 「それはお前が異世界人でこっちの常識が所々通じないからだ」
 「なるほど。確かに愚痴、というか普段は言えないことを言える相手ってわけだ」
 微笑する俺に同意するように、彼女は笑みを浮かべた。
 「まあ、お前には話して見たくなった、というのも理由の一つだがな」
 「そうか。なら、存分に言ってくれ。この場で聞いた話は他言しない」
 「そうしてくれると助かる」
 こちらの言葉を聞いて安堵したような表情をした。
 「あの場所は、人以外の他種族、魔物、各国の廃棄物。様々なモノの廃棄所、何でも集まる場所であり、何でも集まり過ぎてしまう場所だった」
 廃棄場ディスポーザル……言葉通りの場所ってわけか。
 レナから聞いていた話を思い出しながらそう思った。
 「私はそんな場所にあった一つの施設から出て来た者だ。いや、出てきたというのは少し間違うか。そのというのが正しい」
 「施設がなくなった?」
 彼女の言葉に思わず疑問を飛ばす、レナから聞いた話は淵の存在のみ。そういえばレナは過去や元所属者など、今は淵が存在していないというニュアンスの言葉を使っていた。
 「ああ、その施設は随分前に解体された。創設者自らの手によってな」
 「創設者が……? 経営が苦しくなったとかか?」
 「いや、そう言った理由じゃない。あの人、財源は謎に無尽蔵だったからな、財源はかなりの余裕がある筈だ。第一、財政的に余裕がない者があの地に施設を建設しようとは思わないさ」
 「そうか。……何かの目的のため、か?」
 左手をポケットに入れ、右手で顎に軽く触れる。思考を回し、疑問を呈するように呟いた。アリシアは話の続きを話していた。
 「最悪の地に作られた最悪達を生み出す施設。そこの出は皆、各国でも恐れられるほどの存在と成った。どこかのバカは国相手にやらかして賞金首になったり、大組織のトップを張っていたりと意味の分からない事ばかりしているらしい」
 「それはまた、問題児たちだらけだな」
 「そうだな。私もそう思う」
 こちらの言葉に同意するようにクスクスと微笑を零した。
 「ケイヤ。私はな、あの場所に少し未練がある」
 「……その施設にか?」
 「ああ」
 「その問題児たちとの思い出が大切だったりするのか?」
 そういうと彼女は首を横に振った。
 「同郷の者との思い出などはどうでもいい。正直、あの場所でいい思い出など数えるほど少ない、同郷の者と言ってもの悪友のようなものだ」
 「悪友、ね……一様は友人ではあるのか」
 「まあ、一様はな。同じ場所で育った者達ではあるわけだしな」
 少し恥ずかしそうに頬を赤らめそう言った。
 両腕を組んで凛々しさを感じるのに、そういった可愛い姿を見せてくるギャップは俺のライフポイントを削ってくるからやめてほしいようなやめてほしくないような、そんな感じ。攻撃力が高い。マジで。
 少しホッコリしたところで真面目なテイストが戻ってくる。
 「あの場所は世間一般にはであり、だ。でも、私はあそこを、あの場所を――美しいと感じてしまった」
 「…………」
 故郷に想いを馳せるように、アリシアは自身が元居た場所を思い出す。
 そんな彼女の姿に俺は親近感のようなモノを抱いた。彼女が抱いている歪な思い、これは彼女の殺し前提の剣を肯定し――と言った俺には何となく理解できる。
 「あの施設の在り方は確かに醜悪なモノなのかもしれない。子供たちを煉獄に落とし、最悪に変えるあそこは決して許されるものじゃない。でも、生きる術を持たない子供たちに〝生きる活力〟と〝生きる理由〟を与えるあの場所は同時にものだと思う」
 「……死ぬだけの存在を最悪に変え、生き長らえさせる。人道的かどうかを問われれば、非人道的。でも、一生物として当然の螺旋に乗せているとも言える、か」
 「な、最悪だろ?」
 「そうだな――でも、確かに〝美しい在り方〟なのかもしれない」
 「――――」
 彼女は驚いたような表情で俺を見る。そして、どこか嬉しそうに微笑を浮かべて言った。
 「お前、最悪だな」
 「ひどいな。俺はと違って普通だ」
 「そうか? 今の話を聞いて美しい在り方という男が、普通とは言えないと思うがな」
 同族を見るように瞳をこちらに向ける。それはイカれていることを同情するような表情だった。
 「救われない者たちを生み出す場所、か」
 「そうだな。救いのあるないでいえば、救いなんてない。それでも――私はあの場所を間違っていたとは思わなかった」
 「俺も、間違いかどうかで言えば、間違いだとは思わないな……」
 そういうとアリシアは感傷的に孤児院を覗いた。俺にはその表情がそこにはない何かを必死に探しているように、そんな風に見えた。俺は少し間を開け、彼女の方を向いて言う。
 「世界に確かなモノなんてないさ。全てチグハグで矛盾だらけ、何が正しくて何が正しくないのか、そんなのを完璧に把握できる奴なんていない」
 それはこの四度の人生で嫌と言うほど理解した。
 「全ては個人を中心に回っている。個人の善、個人の悪。全ては個の独自の視点、他人がその視点を正確に測ることなんてできる筈がない。個人は個人の正義、悪で稼働する不条理の天秤、揺れ動いて崩れること前提の脆い歯車だ」
 繰り返しの人生で得た結論……いや、固定観念のように己に染みついた考え。人間の不定に構成されている、それでいて正確に定まっている。
 〝矛盾〟という答えが、過去の俺が辿り着いた一つの答えなのだろう。
 持論を語っているとアリシアが驚いたように、納得するような表情をしていた。
 「ま、全部崩れ落ちること前提なら、俺は前に進み続けていたいけどな」
 「…………」
 外で愉快に遊ぶ孤児達に目を向けつつ、俺は俺なりの答えを口にする。
 「お前は本当に不思議な男だな」
 「そうか?」
 「ああ。私が会って来た人間の中で二番目に、最高に可笑しくて意味の分からない奴だ」
 「ん~。ま、褒め言葉として受け取っておくよ。ってか、一番がいるのか」
 自分でいうのも少しおかしいが、俺よりおかしい奴がいるのかと少し驚いた。
 「一番は私が探している人物だ……まあ、もう絶対に会えないだろうがな」
 悲しげな表情を作ってそう言った。
 「人を繋ぐ縁は途切れてしまえば、繋がるのに時間が掛かる。私はもっと繋がった縁を大切にするべきだったのかもしれないな」
 「失ってから大切さに気づいたってヤツ?」
 「ああ、そんなものだな」
 黄昏れるような瞳で世界を映す。そんな彼女に俺は言った。
 「まあでも、アリシアが言ったように縁は時間が掛かっても繋がる。いつかのその時、次はその縁を大切にすればいいんじゃないか?」
 「……そうか。そうだな」
 そういい、淡い瞳をこちらに向けて微笑した。
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