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レヴェント編

149.白姫

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 絶え間なく浴びせられる斬撃、魔法。
 五人の連携は熟練の魔道騎士団の面々と比較しても、劣らないほど素晴らしいものである。しかし、それを遥かに上回る個の強さ、それをシドは持っている。
 息つく暇もなく放たれ続ける攻撃、その全て斬り裂き、弾き、消失させる。
 宮登は様々な切り口でシドを攻めるが、その全てをシドは叩き落とす。
 五人の体力は限界に近づいている。特に宮登は先程のダメージで動きが鈍くなっている、シナとフェイルによる接近戦で援護があっても長くは持たない。
 三人も牽制用で魔法の使用も始めたが、それでもその全ては無意味に切り捨てられる。
 次第に形勢が逆転する。
 「うむ。やはり惜しいな――」
 「ぐフハッ―――――!」
 シドの惜しむような声と共に、フェイルが吹き飛ばされる。
 彼は防御する間もなく、シドの左拳によって吹き飛ばされ気絶した。異様な速度、そして宮登達の攻撃を掻い潜り、攻撃を叩き込む技術。
 地面に転がり血を吐くフェイル。手加減されて尚、瀕死のダメージを負わされた事に絶望を見せる。
 「フェイル!」
 「よそ見していいのか?」
 「っ――!?」
 宮登が吹っ飛んだフェイルに視線を一瞬逸らした瞬間、間合いを詰めたシドから刀が振り下ろされる。
 即座にガードしたが――暗裂はガード諸共、宮登の胸を斬り裂いた。
 手に持った剣は刀身を綺麗に二分割され、剣先が地面に転がる。胸から大量の血が溢れ、四肢に力が入らなくなり、気力で意識を保っている状態だ。
 「うがッ、――!」
 痛みに耐えるように歯を食いしばる。が、次の瞬間、シドが放った前蹴りで宮登もフェイル同様に吹き飛ばされ、住宅の壁にぶち当たる。
 宮登の体が衝突した壁は砕け、宮登はゴロンと転がる。
 「グホッグホッ……」
 「ほう。手加減はしたが、それなりに力は込めたつもりだったのだが……まだ意識があるのか? カカ、大したものだ曹源」
 そう笑みを零すシドを血を吐きながら睨みつけ、戦意を見せる宮登。
 だが――その戦意も虚勢に過ぎない。
 何とかギリギリで意識を保ったが、身体はもう動かない。所々骨が折れ、筋肉も断裂している。蹴りの威力で内蔵もいくつか持っていかれている。
 とても立ち上がれるような傷じゃない。
 彼らのそんな様子を見てシナは、危険を感じ即座に後方へ下がるが――
 「遅いぞ」
 「きャぁ――!」
 異様な速度で接近してきたシドの逆刃にもった暗裂で剣でのガードを砕かれ、二人同様に吹き飛ばされ、リミィと結奈の足元へ転がった。
 シナはボロボロの体で何とか立ち上がり、リミィと結奈を守るように折れた剣を構える。
 「手加減はしたが、とても立っていられる傷ではない筈だが?」
 「ゴホッ、……そ、そんなの――関係ないわよ!」
 血を吐きながらも威勢を張るシナ。
 「フン、良い威勢だ……」
 ボロボロでも、恐怖に脚を震わせても、それでも立ち続けるシナにシドは感嘆する。
 ここまで心の強い女をシドは廃棄場ディスポーザルでしか見たことがない。
 人は恐怖の前ではあまりにも無力、強い恐怖は心を壊し、逃げてしまうのが同然である。だが、目の前の女は確実な死を前にしても威勢を張って見せている。
 カカ、存外面白き者だったな。
 そんな言葉を心の中で零す。
 暗裂をギュッと握り、辛うじて立っているだけの木偶に近づく。
 リミィと結奈は接近するシドに出せる全ての魔法を行使し続けるが、シドはその一切を斬り裂き、歩みを止めず段々と近づいていく。
 「やっ、やめ、ろ……」
 蚊の鳴くような声で宮登は言った。
 だが、シドの足は止まらない。
 宮登はその光景を見て、ボロボロの体を無理やり動かし立たせようとする。全身を軋ませ、血を吹き出しながら立ち上がろうとする。
 彼には分かってしまったのだ。シドは自身や他の誰かを殺すことはない。

 だが――彼女は絶対に殺す、と。

 シドは先程、宮登に自身へ戦う動機を作るため深い傷を残そうとした。現に今、彼の体には大きな刀傷がついている。だが、シドはそれ以上の大きな傷をつけることを選んだのだ。
 体の傷などより断然深く、本当の意味で一生消えぬ傷を――
 暗裂が月光を浴び魅惑的に輝く。
 「どうせ殺すなら一番期待値の低い者、だ」
 ゆったりと絶望を煽るように歩みを進める。
 必死に魔法を放つリミィと結奈だが、リミィは魔力が尽き魔力枯渇で地面にへたり込み、結奈は残り魔力を全て費やし魔法を放ち続ける。
 だがやはり、シドには一切通用しない。
 あまりにも規格外――
 あまりにも圧倒的――
 理不尽が人のカタチを取っているように、こちらの全てをどうでもよさげに消失させる。
 そしてついに――シドの間合いにシナが入る。
 「カカカ、曹源宮登! しかとその眼に刻み込めッ! そして、俺を殺して見せるほどの修羅となれッ!!」
 刀が振り上げられ、空を斬って落ちる。
 宮登の叫び声、リミィと結奈の声、全て絶望の渦に転がり堕ちる。
 ――筈だった。
 血しぶきは上がらない。
 一滴血も流れず、この場で誰も死んでいない。その場から音が消えたように静かに、誰一人として声を上げず、音を出さない。静寂の時が過ぎる。
 シドと剣を交わしている少女が一人、威圧と殺意の籠った声を出す。
 「消えろ、怪物。ここにお前の居場所はない」
 凛とした声が静まり返った空間に響き渡る。
 キラキラと月光を受け光る紫色を帯びた銀色の長い髪。こんな殺伐とした場所に似合わない美しさ、その髪の持ち主も周囲の視線を釘つけにするほど、美麗で美しかった。
 周囲の人間たちは別の意味で言葉を失う。
 そしてその中でただ一人が声を上げる。
 「……カカカ。己だったか、この国にいる同胞とは――」
 ドス黒い笑みが零れる。
 接触している剣を弾き、少し後ろに飛ぶ。
 目の前の可憐な少女に対し、シドは凶悪な怪物。あまりのコントラストに眩暈がしそうになるほど、乖離した姿の二人だった。
 「久しいな。白姫はっき、アリシア・ヴァーレイン」
 「私は二度と会いたくなかったぞ、怪物」
 双方殺気を飛ばし合いながら睨み合う。
 背後の三人は酷く驚いた表情のまま動けずにいた。そしてシナは、アリシアから感じる不思議な安心感から、その場にへたり込んでしまった。
 ここに――淵の同胞が開口した。
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