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レヴェント編

155.同類

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 少し残念そうな表情をする少女、アズはシドに続けて問い掛ける。
 「……じゃあ、勇者の方は?」
 「大当たりだ」
 「ふーん。敵が見つかったってことでいい?」
 彼女の問いに笑みを浮かべるシド。
 「ああ……ま、俺が求めているは見つからなかったが、それでも同等のモノを見つけた。それにまだ当てはある、そう悲観することでもねぇさ」
 「そう……む、何だか、シドだけ順調そうなのズルい」
 プクッと頬を膨らませ、彼の目的が順調に果たされていくことに不満げなアズ。
 「カカカ、そういうな。俺の方が見つかったとしても、後にはおのの探し人を探すのも手伝ってやるさ。己には恩があるからな」
 「もちろん。シドにはキッチリ恩は返してもらう」
 「カカ、己のそういうところは好ましいぞ?」
 「これは夜兄ぃからの受け売り。売った恩は回収してこそ意味があるって」
 「カカカカカ。相変わらず己の兄は中々に、俺と気が合いそうじゃねか」
 「ムッ……シドとは、絶対に気が合わない」
 再び頬を膨らませ、何故か嫉妬するような表情をする。
 「そうか? 俺は少々、己の兄に興味があるのだがな……強いのだろ? 己の兄は」
 「それを答えたら夜兄ぃが苦労することになるから言わない」
 「それはもう答えているようなものじゃないか?」
 シドはキョトンとした表情で首を傾げる。
 そんな風に雑談をしている二人に戸惑うアリシアや観戦者たち。
 だが、雑談中でも彼らの意識は一瞬でも緩むことなく、目の前の怪物に向いている。それは例え雑談をしていてもヒシヒシと感じられる威圧感によるものだ。
 彼は心変わりをしていないということが分かる。
 「シド、ソイツは誰だ?」
 「ん? ああ、コイツは俺の連れだ。ちょっとした恩と同じような目的を持ってることから、行動を共にしている」
 「お前と、か?」
 アリシアは酷く驚愕そうな表情を浮かべる。
 「意外か?」
 「正直な……まさかお前が――幼女趣味だったとは」
 「…………ふむ、なにやら途轍もなく変な勘違いをしているようだが……さっきも言ったが、コイツには恩があり、目的が類似しているから共に行動している。他意はない」
 「…………」
 何とも言えない表情をお互いに向け合う二人。
 アリシアは軽い冗談のつもりで言った言葉が、思った以上に真摯に受け止められ、大真面目に返答を返し来るシド。彼は彼で、彼女の言葉を真に受け少しショックを受けた風だった。
 何とも言えない空気感の中、声を上げる少女が一人。
 「私はアズ、初めまして。あなたがシドと同郷の……?」
 「……ああ」
 少しの躊躇いの後、彼女は素直にそう答えた。
 「っ――」
 その言葉に反応したのはアズではなく、彼らの話を傍聴していた学園組である。
 シドという人間が廃棄場ディスポーザルの〝淵〟出身者であること……その事実はとても信じがたいが、同時に彼という存在の強さの説得力が生まれた
 異世界組の宮登、結奈は淵という存在の凄まじさを理解していないが、他の学園組はしっかりとその意味を理解している。
 淵の出身者には魔王軍の一軍隊を殲滅したや帝王国・リィデリアを半壊させたなど、嘘のような事実を生み出す最悪の怪物達。
 それが――淵の出身者である。
 故にアリシアの放った言葉が、彼らにとっては驚きの事実であった。
 アズの言葉に同意したということは彼女もまた淵の出身者、その事実は知らぬ者が聞けば驚かずにはいられない。
 「そういうお前は、何者なんだ? シドとつるんでいるなんて正気の沙汰とは思えないが」
 「それには色々な理由がある。まあ、シドも言ってたけど、彼は私に恩がある。だから、その恩分まで私の護衛兼同行者として一緒にいる。ただそれだけ」
 「そう、なのか」
 戸惑いを隠せない表情で言葉を零した。
 「まあ、恩以前に個人的にシドには興味があったから……どんな理由にしても、一緒にいたとは思う」
 「……そんな戦い狂いに興味があるとは、他人が口出す事じゃないと思うが、趣味が悪い」
 「別に色恋じゃない。彼は、懐かしい匂いがするの……ああ、そういえば――」
 スッと凪のような自然な動きでアリシアに接近し、呟く。

 「あなたからも――懐かしい匂いがする」

 「っ――!?」
 地面を勢いよく蹴って下がる。
 それはアズがあまりにも突然、目の前に現れたから驚愕したのだ。
 認識していた筈なのに、それでも反応できなかった。攻撃する気がなかったとはいえ、それでもあまりにも思考から外れていた。
 異様な状況に冷や汗を掻く。
 「あなたの匂い、少し不思議。二つ? 懐かしい匂いが二つある、一つは微かに感じる程度の匂い、でも……もう一つはとっても濃い匂いがする。うん、いい匂い」
 ぶっきらぼうであまり表情に変化のない彼女から今宵、初めての笑みが零れた。
 その表情はあまりにも愛らして見惚れてしまいそうになるが、今は状況が状況なだけに誰一人としてその表情にしっかりと意識を向けられていない。
 「で。シド、どうする?」
 「そうだな。己は白姫、アリシア・ヴァーレインを頼む」
 「いいの? 彼女強いみたいだけど」
 不思議そうに?を浮かべる彼女の問いにシドは答える。
 「アバロスやアルテェインを持ってない白姫では、これ以上はそそらねぇ。まあ、楽しめはするだろうが、本気じゃなければ意味がねぇ、今日のところは諦める」
 「そう。じゃあ、殺さず足止めってことでいい?」
 その言葉に頷くシド。
 「そういうことでよろしく。えーと、アリシア・ヴァーレイン?」
 「今はアリシア・ケーンレスだ――悪いが、そこを退いてもらう」
 「悪いけど、それはできない」
 「そうか、なら――無理やりでも押し通る」
 冰晶剣を強く握り直し、アリシアはアズに鋭い目線を向けた。
 アズは腰から二振りの妖刀、鍔桐つばきりを引き抜き構える。
 二人の視線が交差した次の瞬間――目にも止まらぬ速さで双方は走り出し、刀と剣の接触で火花を散らした。
 「さて、己達も準備は出来たようだ」
 剣を構えるアルバート、ルーカ、フェニス、宮登の四人に向けて言った。
 結奈やオリビアの治癒魔法により大体は回復した体で剣を持つ宮登。他の四人はそれぞれ、結奈、リミィは魔力切れ、フェイルは絶賛気絶中、シナは結奈とオリビアの治癒魔術では再起できないほどの負傷。
 現在戦えるのは剣を持った四人のみ、オリビアとエイミーは四人の護衛に。
 オリビアに関しては剣が扱えないわけではないが、王女様という立場上、前線に立たせるわけにはいかないと判断した宮登によって護衛に。
 彼女は自身の立場に悔しさを抱きながら、四人の無事を祈った。
 「みなさん……ご武運を」
 「が、頑張ってアイツをやっつけてください」
 オリビアとエイミーは四人に向けてそう言葉を送り、彼らは静かに頷き前の男に強い視線を向けた。
 「俺を楽しませろよ? 曹源宮登! カカカカカッ――今夜は本当にいい夜だ」
 不気味な笑い声と共に、宮登とシドによる最終ラウンドが始まった。
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