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レヴェント編

164.依頼は受理されてる

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 微かに白い息が出る。
 冬期の終わり頃、元の世界でいうところの春あたりの季節。昼間は然程寒さを感じないが、夜になると一気に冷え込む。肌寒くて白い息が微かに漏れるくらいには寒い。
 「遅いですね。宮登さんと結奈さん」
 「そうだな」
 夜空を眺めながら、渚さんの言葉に同意するように俺は言った。
 現在の時刻は六時五十分、出発予定の時刻から二十分も遅れている。既に他の異世界人組は門に向った、おそらくもう王都から出てファレス森林に向っている頃だ。
 俺と他三人、渚さん、詩織、寺下さんは仕方なくレナ先導のもと、後で合流することになった。
 ……にしても、アイツ、別に時間にルーズな奴でもないのにな。
 宮登が予定の時間に遅れるとは予想外だ。俺は寝坊して予定時間から五分遅れて到着したのだが、アイツがいないのを見てびっくりした。
 正直、愚痴の一つでも言われるつもりで走って来たのだが。
 何か、あったのか……?
 そんな疑問が頭を過った。
 それは単なる予想ではなく、さっきから妙に悪寒がしている。空気の流れも、その場の雰囲気も、どこか殺伐としていて、いつもとは全然違う。
 明らかに何かが起こっている。
 「っ――!?」
 不意にレナの表情が驚愕に満ちる。
 周囲の生徒に視線を向けると他生徒も、レナに続くように同じような反応をしていた。
 「どうしましたか?」
 俺は仰々しい言い方で彼女に聞いた。

 「どこかで膨大な魔力が放出された。これは――のものだ」

 レナのその言葉を聞いて首を傾げる。
 「アリシアの?」
 「ああ、おそらくな」
 「…………」
 顎に手を当て思考を回す。
 アリシアの膨大な魔力、悪寒。……一体、どうなっている?
 イマイチ現状が上手く処理できない中、ふとここへ来るまでの通り道を思い出す。
 どこか騒がしい夜道。そして、鋭く劈くような殺気が三つ。
 普段では考えられないようなモノがそこにはあったが、時間に遅れるわけにはいかないと無視してこっちに来たが(キッチリ五分遅れたけど)、もしかしたら俺は大きな見落としをしたのかもしれない。
 ズッパンッ、という大きな音が鳴り響く。
 『!?』
 その場にいる全員が驚いたような表情作った。
 「わわわわ、ななな、何が起きたんですか!」
 「凛、落ち着いて」
 「そそそ、そんなこと言ったって……」
 怯えるような寺下さんの声とそれを宥める渚さんの声が聞こえた。
 本当に……なにが起きている?
 次にこちらへ走ってくる一人の衛兵が現れる。
 「レナ、レナ・ケーンレス様はいらっしゃいますかっ!」
 「ここだ」
 とても疲れ果てた様子の衛兵はレナに何やら話をしている。
 問題発生、か。
 ほぼ確実に問題が発生していることを悟った俺はどう立ち回ろうかと思考を回す。すると、レナが他の講師達を呼んだ。
 「皆、今日の野外訓練は休止する」
 「!」
 「現在、ケーンレス学園の生徒が悪漢と交戦している。既に衛兵が何人も殺されている。生徒の安全を考慮して、素早く学園に向わせて」
 『りょ、了解しました』
 「学園外の生徒には既に他の者が伝達に行っています。とりあえず、皆さんは非難を」
 そういう衛兵はその場にへたり込み、荒い呼吸をする。
 なるほど、そういうことか。殺人鬼……まさか、噂の連続殺人の――
 俺が予想を立て思考を回していると、突如としてある方向から凄まじい殺気が放たれるのを感じた。俺はグイッとその方向に顔ごと視線を向けた。
 なにか、いる……――
 先程感じた三つの殺気とは別の誰かが強い殺気を出した。
 思考がグルグル回る。
 「レナ様。当事者たちはどうしますか?」
 そう問いかけるのはイザベラ、その疑問は他の講師たちもあったのか、彼女の問いに耳を傾けていた。
 「現在は私達には何もできない」
 「そんな……」
 「今は魔道騎士団が向っている。第一、私達の役目は多くの生徒の安全を確保することだ。この場の生徒、そして今から来る生徒を安全な場所へ誘導した後しか、動けない」
 「っ――」
 イザベラは何もできない無力な自分に下唇を噛んだ。
 「なんとか……なんとか、ならないんでしょうか?」
 「今はこの場にいる生徒の安全を……、!」
 ふと、レナは何かに気づいたような表情をした。
 彼女は言葉を止め、ゆったりとした足取りである人物の元へ歩いた。
 そして、言った――

 「、頼めるか?」

 レナは俺の肩を叩き、真っ直ぐ目を見てそうお願いをした。
 ケイヤではなく、アマナイ。
 その言葉は講師、生徒を預かる者として願いだった。
 周囲の者は無能者に頼んでいるという事実に驚きつつ、俺の返答を待っていた。
 俺は――

 「………………フッ、――任された」

 微笑を浮かべ、その頼みを受け入れた。
 「しょ、正気ですか! レナ様!」
 そう声を上げたのはゼルーニ・フォービネス講師、実技授業の中級組を担当している講師だった。
 「ああ、正気だ」
 「ならどうして彼に――」
 周囲の講師たちも同様の意見のようで俺を見るなり無理だ、という表情をした。
 彼らは決して、俺が魔力を使えない一般人だからそのようなことを思っているわけではない。ただ合理的に目に見えた不可能、力なき者を死地に向わせることよしとしないだけだ。
 講師として何も間違っていない。
 俺は少し、彼らを甘く見ていたのかもしれない。
 「全生徒の安全が我々の義務、彼らを預かる立場として責任だ。切り捨てなければならない所は切り捨てるが、可能性があるのなら手を伸ばすだけだ」
 「ですが、彼には――」
 「私もレナ様に賛成です」
 「イザベラ!?」
 ゼルーニ講師が声を上げると共に驚愕の表情を作った。
 他の講師達も同様の表情と驚きの声を上げた。
 「ケイヤ君なら、何とかなると思います」
 「いや、流石に……」
 チラッとこちらに視線を向けつづ、否定するような言葉を紡いだ。
 「敬也、嫌なら嫌って言っていんだよ?」
 「そうですよ。無理なら無理と、私達と共に学園に行きましょう」
 詩織は俺の服の袖を掴み心配そうな表情で言った。
 渚さんも同様に心配そうな表情を浮かべていた。
 フッ、と俺は微笑を浮かべる。
 「サンキュ、二人とも。でも――俺は一度任されたことはキッカリ果たすタイプだ。もう依頼は受理されてる」
 袖を掴む詩織の手を優しく振り払って前に出る。
 「レナ。御託はいい、場所を教えろ……」
 右手首をグルグル回し、コンコンと靴裏を鳴らす。
 口調が素の俺に戻っている。急にレナを呼び捨てにしたからか、周囲の講師達が驚愕の表情をした。
 準備はもう出来ている。

 「俺が――何とかしてやる」

 真っ直ぐと目を見て、無表情で淡々とそう言い放った。
 レナはあまり表情のない顔から口角を少し上げ、笑みを浮かべた。
 周囲の者は俺の変わりように少し驚くも、どこか期待感のある姿に反対の言葉を止める。イザベラは何故か目を輝かせ、流石ですね、と言っていたが、何が流石なのか俺にはわからなかった。
 「大雑把でいい、精確な位置は近づけばわかる」
 「わかった。位置はここから南西、南門の近くだ」
 「了解」
 南西を向き、ギュッと両脚に力を込める。
 体内の血流を上げていく。視界が、聴覚が、どんどん鮮明になる。筋肉が隆起するが、パワー重視ではなくスピードに特化したスリムな形になる。
 筋肉を締め上げ、瞬発力をジリジリ上げていく。
 長期戦は無理、か……ハっ、関係ないか。
 微笑を浮かべ、ボゴッ地面を抉り踏み込んだ。
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