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レヴェント編・真紅の血鬼《クリムゾン・ブラッド》

29.純粋矛盾

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 黒い触手が鋭く襲って来る。同時に、不可視の斬撃が放たれる。
 その全てを予測で回避する――
 「ふぅ――」
 冷静な呼吸のまま、距離を詰めていく。
 胸を斬り裂いた程度じゃ死なないのであれば、その首を落すか、自己再生が不可能など何度も斬りつけ、無理やり殺すしかない。
 前者が最適だが――
 「――それじゃ、つまんないよな?」
 嫌な笑みを浮かべる。
 別に勝てれば、殺せるなら、どんな方法だって構わない。俺は俺の目的を果たすだけのモノ、であれば、方法に執着する方が間違っている。
 でも――

 「俺ってさ……性根が捻じ曲がっててね――」

 誰に言うでもなく、一人でに語り出す。
 ネビルスはそっとこちらの声に耳を傾ける。

 「お前みたいに、自分をだって思ってる勘違い野郎をさ――〝その根底から否定してやりたくなる〟タチなんだよね。だから――」

 捻じ曲がった笑みが浮かべられ、それを見たネビルスの額に冷や汗が流れる。



 「テメェの全部――上から全て、



 突き立てた左手の親指を下に向け、えぇ゙、と舌を出す。
 挑発するような俺の行為に苦笑するネビルス。
 「本当に捻くれた人ですね」
 「結構結構……――よく言われる」
 そう言って再度、疾駆する。
 放たれる不可視の斬撃と触手を躱し、接近。速度を繰り上げながら、段々と加速していく。

 地面――

 真下から触手が突き刺すようにせり上がる。
 虚を狙った一撃、予測不能な攻撃。常人ならば反応できずに殺されていただろう。しかし――
 ――回避してみせる。
 目の前で鋭い触手が空を刺した。
 クルッと回転しつつ、せり上がった触手を回って前に駆け出す。

 右、背後――

 こちらが地面からの触手攻撃を躱すと共に、右の壁を貫いて触手が飛来する。そして同時に、俺の視界である背後からも、二本の触手が飛んで来る。
 どれも当たれば即死の致死性マックスの攻撃だ。
 ま――当たればね。
 ズザザ、地面を擦って減速。駆ける俺に合わせて飛来する右側の触手は、眼前を無意味に通過する。
 二発、不可視の斬撃放たれる。
 前から二発の斬撃、後ろから二本の触手。やはり、どちらも当たれば――即死。
 二度目――、ね。
 ガクンと立幅スタンスを広げ、自由落下するように体を落しつつ、前進。左右移動を織り交ぜ、地面スレスレを駆け抜ける。飛来する四つの致死性の攻撃を躱して見せる。
 「これも……普通に躱して来ますか」
 「――――」
 先程から冷や汗の止まらないネビルスを、ツメタイ視線が射抜く。
 時間経過と共に、ネビルス優勢だった戦況は大きく傾く。物量で攻めていた彼の攻撃は、時間経過と共に掠りもしなくなる。不可視の斬撃もその触手も、一発たりとも当たらない。
 仕事を終え、その光景を観戦していたファグナとルーダは、少し驚いたような表情でこちらを眺めている。
 流石に同じ轍を踏むつもりのないネビルスの懐のガードは堅いが、それでもジリジリと距離は詰められ、〝時間問題〟、という感じだ。
 触手と不可視の斬撃を俺に向け、乱雑にバラ撒いて来る。
 範囲で潰せば、一発は当たるだろっていいたいのか?
 ピンポイント狙いを止め、範囲攻撃にシフトすることで、物量で回避できなくする魂胆。あまりにも浅はか、その程度ならどうとでもなる。
 人体駆動の限界を捻り出し、攻撃が放たれる前に回避行動を取る。
 ファグナとルーダによって殺された人間の体が破砕する。ネビルスの攻撃は地面は抉り、外壁を砕き、まるで竜巻でも晒されたのかと思うほど、周囲に被害を及ぼす。
 しかし――乱雑にバラ撒かれる致死性の攻撃、その全てを容易に躱し切って見せる。
 ネビルスが攻撃の手を止める。
 荒れ果てた大地の上、俺は堂々と立っていた。
 「うん――
 感情の死んだ声でそう言った。
 「お前の攻撃は単調だ。確かに速度も威力も目を見張るものがあるが、予測できる攻撃なら――。回数をこなせば、これくらい難なくできるさ」
 「クフ、クフフフ……それができる人間が、一体どれほどいるんでしょうね?」
 「どうだろうな。とりあえず――。俺の知ってる奴ではいるな」
 「怪物の友人は怪物、ですか」
 「別に友人ってわけじゃないのが、大半を占めてるんだが……まあいい」
 剣を持ちながら、人差し指で頬を掻いた。
 「本題に戻すが……これで終わりなら、お前は〝死〟は決定だ。これ以上はどう転がろうと、俺はお前を殺せるだろうよ……で、だ――もうそろそろ、本気出したらどうだ?」
 挑発するような目線を向ける。
 「クフ、クフフフフフフ……」
 「…………」
 壊れた笑いを零すネビルスに光を失った瞳でジッと視る。
 「アマナイさん……いえ、。あなたは酷く破綻していますね。冷徹で冷酷、目的のために一切合財を台無しにできる人間でありながら――私欲を優先し、自ら目的から遠ざかる行為を行おうとする」
 「目的を果たせるなら、どんな手段であろうと関係ない」
 「その思考に至る時点で、あなたはのですよ」
 「――――」
 少し驚いた表情で固まる。
 「他を道具と認識していながら、同時に〝人〟として見ている。一個人として認識していながら、個人を道具とする。認識がチグハグで、人情が狂っている……善人でも悪人でもなく、只人。善性、悪性ともに、あなたにとって余分に過ぎない」
 理解できないモノを見る目で俺を見てくる。
 「クフ……、フフフフフフフ」
 「…………」
 「善悪を介さない独自の精神構造。一方がとれば、〝純粋悪〟とも言え、もう一方では、〝純粋善〟とも言える。矛盾も、破綻もいいところです。され――これを人間と言っていんでしょうか?」
 首を傾げ、問い掛けるようにそう言った。
 一方、俺はめんどくさそうな表情をしている。ポキっと指の骨を鳴らし、前に一歩出た。
 「はぁ……――ほんっと、お前らは御託が多い。俺がどんな存在であろうと、どんなに壊れていようと――関係あるか?」
 シドにしてもだ。どうして敵であるお前らに、クドクド、クドクドと説教みたいにどうでもいい話を聞かされなきゃなんないんだ?
 「お前は……お前らは、俺の敵でしかない。そんな奴らの御託、興味なんかねぇんだよ」
 俺は俺の目的のためだけに、己を成す。
 テメェらの下らん、似非哲学者の話なんてどうでもいい。

 「くだんねぇ戯言叫びてぇなら――その首落として地獄でやってろ」

 鋭く剣を突きつけ、睨めつけながらそう言った。
 ネビルスは俺の話を聞き、言葉を止めてニタニタと笑みを零した。
 「こっわ」
 後ろの方からそんな声が聞こえた。この殺伐とした雰囲気の中、よくもまあ、そんな間の抜けた声で言えたよ、と少し関心しそうになった。
 「フフ。そうですね、少々戯言が過ぎました」
 そう言って少し俺と距離を取るネビルスの指先に、淡い紫色の光が灯っていた。
 書字印、か……。
 推測を立て、警戒心を高める。
 「ここからは全力でいきましょう」
 指先に魔力が籠っていき、なにやら文字を空に描き始める。俺は臨戦態勢を取りつつ、いつでも回避行動がとれるように体勢を整える。
 魔術印の構築に三秒――
 ネビルスの印が完成する時間を計測する。
 「黒風暴――」
 なっ――、デカ!?
 展開された魔法陣のサイズに驚愕する。
 そこそこ広い路地裏の道幅、その半分以上を埋める魔法陣。異世界人組でも見たことのないサイズに、戸惑いを隠せない。
 ヤバッ――!
 黒風爆なる魔道が発動するより速く、動き出す。
 ドガガガガガ―――ッ!!!
 地面を砕き、空気を破砕させる黒い突風が真っ直ぐ飛んで来る。その速度は異常、あのサイズで不可視の斬撃以上の速度を誇っている。動き出しが遅ければ、死んでいた。
 俺は辛うじて回避行動に間に合い、胸を撫で下ろす。
 「アマナイさん。ボクらはお邪魔そうなので、離れておきますね。死ななければ、またよろしくお願いします」
 「頑張ってね~、アマナイ君。遠くで見てるから、生きてたらまた」
 「お前らマジで薄情じゃん」
 あはは、と笑って逃げていくルーダと笑みを浮かべるファグナ。一様僕は彼らの〝ボス〟ということのはずだが、本当に薄情な奴らだ。
 ま、期待はしてなかったけど……。
 現在の彼らに協力を仰ぐつもりはなかったので、気持ちを切り替えてネビルスに視線を向けた。
 「さて。そっちも本気を出してきたみたいだし、こっちも多少はね」
 「出し惜しみのまま死んでしまうのは勿体ないですよ?」
 「わかってる。フッ――」
 笑みを零す。
 トントントン、と軽くジャンプする。
 あの一撃、おそらくネビルスならまだ数十回は撃てる筈だ。あれを連続で出されたら、俺は確実に死ぬ。現在の対策手段じゃ、一発も防げず肉の塊逝き。
 それは困る困る。
 多少無理をすることになるが、アレを使おう。
 俺は一枚、手札を切ることを決める。
 「さてさて、普段はやらないんだが……今日は特別だ。ここからは魔法使いの助手兼魔術使いである俺の、大立ち回りを見せてやる」
 コキコキと腕の骨を鳴らし、構える。
 「さ――といこうか?」
 全身の回路を発光させ、俺はそう言った。
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