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竜殺し編・焔喰らう竜
3.小さな願い
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俺と命里、それと美波ちゃんは近くの公園のベンチに座った。すると、命里は徐に美波ちゃんの方を見て、言葉を発した。
「美波ちゃんはどうして一人でいたの? お母さんやお父さんは?」
命里は強く疑問に思ったのか、美波ちゃんにそう質問した。
確かに、幼い女の子が一人でぶらついているのは危険だろう、仮にそれを放任している親ならもっとちゃんとしてほしいものだと思うのも、正義感の強い彼女なら思うのかもしれない。
しかし、美波ちゃんから出た答えは予想外のものだった。そして、それは命里にとっては一番最悪な回答だ。
「お父さんとお母さんは、もういない――五年前に死んじゃった……」
「っ――」
その言葉を聞いて命里は思わず押し黙る。
五年前――つまり、星災で両親を失ったのだろう。俺や命里と同じように……
命里は酷く悲しそうな表情で俯いて動かない。美波ちゃんに対して申し訳ないという気持ちそうしているのか、あるいは過去の光景を思い出してしまったのか……どちらにせよ、いい気分ではないだろう。
俯いたまま黙り込んだ命里に変わって、俺が話をする。
「じゃあ、美波ちゃんは今、誰といるの?」
「おばあちゃんとおじいちゃん……」
「そっか……二人は優しい?」
「うん、とってもやさしいよ! この風船はおばあちゃんからもらったの」
嬉しそうにそういう美波ちゃんに対して微笑を浮かべる。
「じゃあ、美波ちゃんはお婆ちゃんに貰った風船で遊んでたら、風船が飛んで行っちゃったってこと?」
「うん」
なるほど、危惧していた親の無責任ということではないようだ。
「叢真お兄ちゃんと命里お姉ちゃんには、お母さんとお父さんいるの?」
ピンポイントで痛い所を突いてくる美波ちゃん、命里は俯いた顔を上げ、少し驚いたような表情をしていた。かくゆう俺もそれなりに驚いて、言葉が出てこない。
言葉に迷って少し無言になる中、さっきまで黙っていた命里が声を上げた。
「私のお母さんとお父さんはね……美波ちゃんと同じで、五年前に死んじゃったの」
「…………」
命里の言葉に俺は少し驚く、しかし、すぐに平静に戻り回答を述べる。
「俺も同じだよ。五年前、星災が起きたあの日に、二人とも建物の崩壊に巻き込まれて死んでしまった」
俺も命里も素直に事実を述べた。
「二人は悲しくなかったの?」
その言葉に命里が強く反応した。美波ちゃんには単純な疑問だった筈だ、それ以上の意味はない。しかし、命里はその言葉に神経を逆なでされる思いだったのだろう。
彼女が美波ちゃんに向けたのは、確かに〝怒り〟だったと思う。でも、残った理性でその怒りを収めた。
「悲しかったよ……大好きだったお父さんとお母さんが一緒に死んじゃって……あの頃は、本当に何もかもどうでもよくなった」
「――――」
彼女の言葉の重さを理解できる俺は言葉を止める。
星災が起きた日――俺の両親と命里の両親、俺たちはみんなで山に出かけていた。
俺たちの家族は両親が高校の同級生であったこともあり、家族ぐるみで仲が良く、月に一回、一緒に出かける習慣があった。
あの日は兄さんが用事で来れなかったが、俺と命里を含めた六人で山にキャンプに行った。山では川で遊んだり、バーベキューしたり、星を眺めたりした。
「あの星、キレイだな」
「そうだね」
「あれを掴めたら……あの星が手に入ったらいいなー」
「うん、きっととってもキレイでいいものだよ」
そんなくだらない話をしていた記憶もある。本当に楽しい日だった。
夜遅く、テントで眠っていた俺は命里の驚く声と共に起きた。
テントを出てすぐに、俺も同じように驚いた。夜空を見上げると、大きな星がこちらに向って飛んできていたのだ。
少しして落下する星。俺たちの周囲に不思議な光が降り注いだ後、衝撃音で両親も目が覚め、異常を確かめようとテントから出てきた。そしてその直後、スマホからアラームが鳴り響いた。
事の重大さに気づいた両親はすぐさま俺たちを車に乗せ、避難所のある場所へ向かった。
「大丈夫だよね、私達、死なないよね?」
「ああ、きっと大丈夫」
心配そういう命里を励ました。
「お父さんとお母さん、叢真君のお父さんとお母さん。みんな無事に家に帰れますように――」
「命里……」
激しく揺れる車の中、命里は強くそう願った。
避難所に近づくにつれ、車の進みが悪くなり俺たちの両親は走って避難所に向う決断をし、俺と命里はその後ろを必死について行った。
そして――避難所の前で、建物が崩れて目の前で両親は押し潰れて死んだ。
彼女の祈り、願いも虚しく、目の前で何もかもがグシャグシャに潰されてしまった。
その後、放心状態の命里をおぶって何とか避難所に到着し、星災の日を乗り越えた。
星災のすぐ後で春姉と一緒に暮らすことが決まって、俺と兄さん、春姉と三人で暮らし始めた。一方で命里は、親戚の家に預けられ、現在までその家で暮らしている。
どこまでも最悪な出来事、俺には兄さんや春姉がいてくれたが、命里には心の拠り所になるものがなかった――
星災で彼女が負った傷は計り知れない。どうして立ち直れたのか不思議なほど、心はすり減っていた筈だ。
「命里お姉ちゃんは、どうして耐えられたの?」
再び、幼さ故の無神経な質問。だが、今回、命里から怒りのようなものは感じなかった。
「命里お姉ちゃん。私ね、お父さんとお母さんが死んじゃった時のこと、覚えてないの……」
その言葉を聞いて俺は仕方ないと思った。美波ちゃんはまだ小学生低学年、つまり五年前だと保育園や幼稚園の時だ、細かに覚えている筈がなし、精神的な負荷で無意識に忘れているのかもしれない。
美波ちゃんが必要以上に星災関連、俺と命里の両親についての話をするのは、自身の忘れてしまったものを思い出そうとしているのかもしれない。
そんなことを考えながら美波ちゃんを見ていると、ふと命里が彼女の質問の回答を述べた。
「美波ちゃん、私はね。耐えられてなんかないの……ただ、止まっていられなかっただけなの」
「止まっていられなかった?」
首を傾げて?を浮かべた。正直、俺もよくわからない。
「ある人が……ある人がね。伏せている私にずっと声を掛け続けてくれたの、ただ優しく、ずっと励まし続けてくれた。そんな人を見ていたら、私、止まっていることなんてできなかった。私が止まっているだけで、その人が苦しんでいるから……」
思い出すように目を瞑る命里を見て、美波ちゃんが驚愕のセリフを口にした。
「命里お姉ちゃんは――その人のことが好きなんだね」
その瞬間、命里が凄まじい勢いで顔を赤く染め上げる。
「そ、そそそそそ、そんなこ、ここ、あるるる、わわわ――」
「命里、テンパり過ぎだ。少し落ち着くんだ」
「――――」
俺がそういい、命里の目線がこちらに向いた瞬間、頭がオーバーヒートしたようにプシューと音を立てて、力なく崩れた。
「命里! 大丈夫か!」
「あわ、ああぁあ……」
呂律が回っていないどころか、喋ることすらできない状況。とても危険な状態だ。
「命里お姉ちゃん、大丈夫?」
こうなった原因である美波ちゃんは、心配そうに俺が膝枕している命里を見る。しかし、命里は目を回したまま、唸って動かなくなった。
「お姉ちゃん、大丈夫かな?」
「ん~……まあ、大丈夫だとは思う」
「そっか。お大事にね、命里お姉ちゃん」
満面の笑顔でそういう美波ちゃん。すると、公園の入り口方向からある声が聞こえた。
「美波~」
「あっ、おじいちゃん!」
自身を呼ぶ声に気づき、その声の元へ走って行き声の主に抱き着いた。美波ちゃんとお爺さんは二人でなにやら喋った後、お爺さんがこちらに頭を下げてきた。美波ちゃんも同じように頭を下げた。
俺はそんな二人に軽く手を振る。
「じゃあね! 叢真お兄ちゃん! 命里お姉ちゃん!」
大きく手を振ってそういい、二人は公園から去って行った。俺はそんな二人の微笑ましい姿を見て、微笑をこぼした。
「行っちゃったね」
「ああ」
いつの間にか復帰していた命里が俺の隣でそう言った。
「こんな風に、平和な時間がずっと続けばいいね。美波ちゃん、これからも三人で仲良く過ごしてほしい……」
「ああ、そうだな」
命里は強く願うようにそう言った。俺も小さく同意して、二人の去っていた道の先を眺めた。
「美波ちゃんはどうして一人でいたの? お母さんやお父さんは?」
命里は強く疑問に思ったのか、美波ちゃんにそう質問した。
確かに、幼い女の子が一人でぶらついているのは危険だろう、仮にそれを放任している親ならもっとちゃんとしてほしいものだと思うのも、正義感の強い彼女なら思うのかもしれない。
しかし、美波ちゃんから出た答えは予想外のものだった。そして、それは命里にとっては一番最悪な回答だ。
「お父さんとお母さんは、もういない――五年前に死んじゃった……」
「っ――」
その言葉を聞いて命里は思わず押し黙る。
五年前――つまり、星災で両親を失ったのだろう。俺や命里と同じように……
命里は酷く悲しそうな表情で俯いて動かない。美波ちゃんに対して申し訳ないという気持ちそうしているのか、あるいは過去の光景を思い出してしまったのか……どちらにせよ、いい気分ではないだろう。
俯いたまま黙り込んだ命里に変わって、俺が話をする。
「じゃあ、美波ちゃんは今、誰といるの?」
「おばあちゃんとおじいちゃん……」
「そっか……二人は優しい?」
「うん、とってもやさしいよ! この風船はおばあちゃんからもらったの」
嬉しそうにそういう美波ちゃんに対して微笑を浮かべる。
「じゃあ、美波ちゃんはお婆ちゃんに貰った風船で遊んでたら、風船が飛んで行っちゃったってこと?」
「うん」
なるほど、危惧していた親の無責任ということではないようだ。
「叢真お兄ちゃんと命里お姉ちゃんには、お母さんとお父さんいるの?」
ピンポイントで痛い所を突いてくる美波ちゃん、命里は俯いた顔を上げ、少し驚いたような表情をしていた。かくゆう俺もそれなりに驚いて、言葉が出てこない。
言葉に迷って少し無言になる中、さっきまで黙っていた命里が声を上げた。
「私のお母さんとお父さんはね……美波ちゃんと同じで、五年前に死んじゃったの」
「…………」
命里の言葉に俺は少し驚く、しかし、すぐに平静に戻り回答を述べる。
「俺も同じだよ。五年前、星災が起きたあの日に、二人とも建物の崩壊に巻き込まれて死んでしまった」
俺も命里も素直に事実を述べた。
「二人は悲しくなかったの?」
その言葉に命里が強く反応した。美波ちゃんには単純な疑問だった筈だ、それ以上の意味はない。しかし、命里はその言葉に神経を逆なでされる思いだったのだろう。
彼女が美波ちゃんに向けたのは、確かに〝怒り〟だったと思う。でも、残った理性でその怒りを収めた。
「悲しかったよ……大好きだったお父さんとお母さんが一緒に死んじゃって……あの頃は、本当に何もかもどうでもよくなった」
「――――」
彼女の言葉の重さを理解できる俺は言葉を止める。
星災が起きた日――俺の両親と命里の両親、俺たちはみんなで山に出かけていた。
俺たちの家族は両親が高校の同級生であったこともあり、家族ぐるみで仲が良く、月に一回、一緒に出かける習慣があった。
あの日は兄さんが用事で来れなかったが、俺と命里を含めた六人で山にキャンプに行った。山では川で遊んだり、バーベキューしたり、星を眺めたりした。
「あの星、キレイだな」
「そうだね」
「あれを掴めたら……あの星が手に入ったらいいなー」
「うん、きっととってもキレイでいいものだよ」
そんなくだらない話をしていた記憶もある。本当に楽しい日だった。
夜遅く、テントで眠っていた俺は命里の驚く声と共に起きた。
テントを出てすぐに、俺も同じように驚いた。夜空を見上げると、大きな星がこちらに向って飛んできていたのだ。
少しして落下する星。俺たちの周囲に不思議な光が降り注いだ後、衝撃音で両親も目が覚め、異常を確かめようとテントから出てきた。そしてその直後、スマホからアラームが鳴り響いた。
事の重大さに気づいた両親はすぐさま俺たちを車に乗せ、避難所のある場所へ向かった。
「大丈夫だよね、私達、死なないよね?」
「ああ、きっと大丈夫」
心配そういう命里を励ました。
「お父さんとお母さん、叢真君のお父さんとお母さん。みんな無事に家に帰れますように――」
「命里……」
激しく揺れる車の中、命里は強くそう願った。
避難所に近づくにつれ、車の進みが悪くなり俺たちの両親は走って避難所に向う決断をし、俺と命里はその後ろを必死について行った。
そして――避難所の前で、建物が崩れて目の前で両親は押し潰れて死んだ。
彼女の祈り、願いも虚しく、目の前で何もかもがグシャグシャに潰されてしまった。
その後、放心状態の命里をおぶって何とか避難所に到着し、星災の日を乗り越えた。
星災のすぐ後で春姉と一緒に暮らすことが決まって、俺と兄さん、春姉と三人で暮らし始めた。一方で命里は、親戚の家に預けられ、現在までその家で暮らしている。
どこまでも最悪な出来事、俺には兄さんや春姉がいてくれたが、命里には心の拠り所になるものがなかった――
星災で彼女が負った傷は計り知れない。どうして立ち直れたのか不思議なほど、心はすり減っていた筈だ。
「命里お姉ちゃんは、どうして耐えられたの?」
再び、幼さ故の無神経な質問。だが、今回、命里から怒りのようなものは感じなかった。
「命里お姉ちゃん。私ね、お父さんとお母さんが死んじゃった時のこと、覚えてないの……」
その言葉を聞いて俺は仕方ないと思った。美波ちゃんはまだ小学生低学年、つまり五年前だと保育園や幼稚園の時だ、細かに覚えている筈がなし、精神的な負荷で無意識に忘れているのかもしれない。
美波ちゃんが必要以上に星災関連、俺と命里の両親についての話をするのは、自身の忘れてしまったものを思い出そうとしているのかもしれない。
そんなことを考えながら美波ちゃんを見ていると、ふと命里が彼女の質問の回答を述べた。
「美波ちゃん、私はね。耐えられてなんかないの……ただ、止まっていられなかっただけなの」
「止まっていられなかった?」
首を傾げて?を浮かべた。正直、俺もよくわからない。
「ある人が……ある人がね。伏せている私にずっと声を掛け続けてくれたの、ただ優しく、ずっと励まし続けてくれた。そんな人を見ていたら、私、止まっていることなんてできなかった。私が止まっているだけで、その人が苦しんでいるから……」
思い出すように目を瞑る命里を見て、美波ちゃんが驚愕のセリフを口にした。
「命里お姉ちゃんは――その人のことが好きなんだね」
その瞬間、命里が凄まじい勢いで顔を赤く染め上げる。
「そ、そそそそそ、そんなこ、ここ、あるるる、わわわ――」
「命里、テンパり過ぎだ。少し落ち着くんだ」
「――――」
俺がそういい、命里の目線がこちらに向いた瞬間、頭がオーバーヒートしたようにプシューと音を立てて、力なく崩れた。
「命里! 大丈夫か!」
「あわ、ああぁあ……」
呂律が回っていないどころか、喋ることすらできない状況。とても危険な状態だ。
「命里お姉ちゃん、大丈夫?」
こうなった原因である美波ちゃんは、心配そうに俺が膝枕している命里を見る。しかし、命里は目を回したまま、唸って動かなくなった。
「お姉ちゃん、大丈夫かな?」
「ん~……まあ、大丈夫だとは思う」
「そっか。お大事にね、命里お姉ちゃん」
満面の笑顔でそういう美波ちゃん。すると、公園の入り口方向からある声が聞こえた。
「美波~」
「あっ、おじいちゃん!」
自身を呼ぶ声に気づき、その声の元へ走って行き声の主に抱き着いた。美波ちゃんとお爺さんは二人でなにやら喋った後、お爺さんがこちらに頭を下げてきた。美波ちゃんも同じように頭を下げた。
俺はそんな二人に軽く手を振る。
「じゃあね! 叢真お兄ちゃん! 命里お姉ちゃん!」
大きく手を振ってそういい、二人は公園から去って行った。俺はそんな二人の微笑ましい姿を見て、微笑をこぼした。
「行っちゃったね」
「ああ」
いつの間にか復帰していた命里が俺の隣でそう言った。
「こんな風に、平和な時間がずっと続けばいいね。美波ちゃん、これからも三人で仲良く過ごしてほしい……」
「ああ、そうだな」
命里は強く願うようにそう言った。俺も小さく同意して、二人の去っていた道の先を眺めた。
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