上 下
30 / 75

心に誓いました

しおりを挟む
驚くことではないのかもしれないが、ついついミナは驚いてしまう。

要は、それだけルージュの様子が異常なのかもしれなかった。



「では、次は……ハルトムート殿下」

ミナのツッこみが聞こえるはずもないコックスは、淡々と授業を進める。

「ここでは俺は一生徒だ。他の生徒と同じように呼べ」

「……では失礼して――――ハルトムートくん。やってみなさい」

コックスは苦笑しながらそう言った。
その笑みには、ハルトムートに対する畏怖も蔑みも見えない。
そのことに、ミナはホッとした。


一歩前に出たハルトムートは、オーブをジッと見つめる。

ミナも他の生徒たちも注目する中で、丸いオーブの底から黒い闇がせり上がってきた。
他の色とは違い、輝くことのない闇は、オーブの半分ほどを染めたところでピタリと止まる。


周囲はシ~ンと静まりかえった。


そんな中、パチパチとコックスが手を叩く。

「さすがだね。オーブの半分を染めるとは大した魔力だ。……次はもう少し頑張ってみようね」

コックスは、他の生徒へのものと変わらぬ笑顔でそう言った。



ミナは――――ツッこむどころじゃない。
彼女の目は、ひたすらハルトムートのオーブに向けられていた。
フラフラと惹かれるように歩み寄り、見つめ続ける。


「なんだ、お前?」

「……キレイ」

ミナは陶然としてそう言った。

だって仕方ない――――ハルトムートのオーブの半分を占める闇は、夜空だったのだから。


(真黒じゃない。時々キラリと光がチラついて――――まるで宇宙空間みたいや!)


小さなオーブの半分に広がる深い闇に目を奪われる。


(闇の魔法は黒なんかじゃない。全てを内包した無限なんやな)


ふいにミナは理解した。




「――――キ、キレイって!? バカじゃないのかっ! お前!!」

ハルトムートが、思いっきり動揺して叫ぶ。

「失礼ですね。人に対して『バカ』なんて、言うもんではないですよ」

ミナは、ムッとしてそう返した。

(バカは、関西じゃ禁句なんやで。……まあ、あたしは東京育ちやから、気にせぇへんけどな)

気にしないどころか、かなり頻繁に使っているミナだ。
先日もハルトムートに対し連発したような気がするが――――まあ、細かいことは気にしないことにする。

「俺の闇属性をキレイなんて言う奴が、バカじゃないはずがあるか!!」

「キレイなものはキレイなんだから仕方ないでしょう! 夜空に感嘆するのは、特別変わったことじゃないわ」

きっぱりと言い切るミナに、ハルトムートは押し黙った。




「……夜空?」
「あ、ああ。確かに」
「いや、闇属性だぞ!」
「……でも、そう言われれば星が見えるような?」

周囲の生徒たちも、ざわざわと騒ぎはじめる。
そんな中、コックスがパンパンと手を打ち鳴らした。

「静かに。まだ授業は終わっていないんだよ」

確かにオーブに魔力をこめていない生徒がまだ一人いる。

そう、他でもないミナだ。

ハルトムートのオーブから、ようやく目を離したミナは、一歩前に進んだ。
目指すは百%! オーブを魔力で満タンにすることだ。

(絶対「次はもう少し頑張ってみようね」なんて、言わせないんやから!)

キッとコックスを睨めば、柔和な雰囲気な教師は、おやおやと苦笑した。


「やる気満々だね。ではエストマンさん、どうぞ」

「ミナでいいです。――――行きます!」

ミナは、オーブに集中した。

次の瞬間、オーブがカッ! と輝き出す!

眩しい光が周囲を満たした。

その輝きに誰もが目を瞑る。

瞼の裏まで白く染めた光がおさまって――――ようやく目を開けた全員が――――驚いた。


「すごい!」
「オーブが、あんなにキラキラ輝いて」
「満タンなのか!?」
「………………いや、ほんの少しだけど上の方が暗く見えるような?」


周囲の話し声を聞きながら――――ミナはがっくりと、その場にひざをつく。

(くっ……敗北や。満タンにできんかった)

キラキラと輝いているため、パッと見には満タンに見えるオーブは……よくよく見れば上が光らぬままだった。

「これはすごいね! 新入生が最初の授業でここまでオーブを輝かせられるなんて――――とても信じられないよ。いやいや見事だ。さすが稀有なる光属性の魔法使いといったところかな? きっと君なら直ぐにオーブを満タンにできるだろう。――――次はもう少し頑張ってみようね」

しかし、結局コックスは、そう言った。

ミナは拳をプルプルふるわせて屈辱に耐える。


(く、悔しい! 絶対いけると思ったんに!) 


現実はそうそううまくいかないようだ。

そんなミナをハルトムートは、悔しそうに睨みつけてくる。

「見ていろ、直ぐに追い越してやる!」

ルーノは驚きを通り越し呆れ顔だ。

「ミナは言動だけじゃない。魔力も常識外れなんだな」

他人に関心なさそうなルージュも目を見開いてミナを見ている。



そんな中、ミナは――――


(次こそ、次こそオーブを満タンにして見せる!)


心の中で、メラメラと闘志の炎を燃やしていた。



(フム。わからんな。そんなちっぽけなオーブ。満タンだろうと半分だろうと大して変わりはあるまいに)

レヴィアが、さっぱり理解できないとため息交じりの思考を伝えてくる。

(ナァ~)

ナハトは、どうやら慰めてくれているようだ。


(……今日から訓練倍にする! やる! やったるでぇ~!!)


心に誓うミナだった。
しおりを挟む

処理中です...