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あらぬ誤解を受けました

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決意も新たに張り切った翌日。

相変わらずミナは、馬車で眠気をこらえている。
ハルトムートは――――爆睡中だ。

「学園の授業もあるのだし、少し訓練を減らした方がいいんじゃないかい?」

アウレリウスが心配そうに聞いてくる。

「……そうですね。考えてみます」

ミナは素直にそう答えた。
これには、話を振ったアウレリウスの方が驚く。

「え? どういう心境の変化だい? いや、もちろんその方がいいとは思うけど……ミナが頷くとは思わなかったな」

いったい兄の中で、ミナはどれほど訓練好きに思われているのだろう?
もちろんミナだって、本当は訓練を減らしたくなどなかった。
むしろ昨日は、もっともっと訓練を増やそうと決意したくらいだ。

しかし、ハルトムートのことがある。

(あたしへの対抗心で頑張っているんやろうけど、あんまり急に無理させちゃあかんよね。それに、あたし以上に強くなられても困るんやし――――)

いろいろ考えたミナは、ニッコリ笑う。

「学生の本分は勉強ですもの。……あと、私、またビーズアクセサリーを作ってみたいと思っているんです」

ミナの言葉を聞いたアウレリウスは、眉をひそめた。

「ミナ、それは――――」

「あ、大丈夫です。これから作るのはなんの効果もない、もちろん妖精も宿らない、本当に普通のビーズアクセサリーですから。私、ただ可愛いだけのアクセサリーを作れるようになったんですよ!」

楽しそうに話すミナに、アウレリウスは疑惑の目を向けてきた。

(まあ、今までが今までや。信じてもらえんのも無理ないけどな!)

しかしミナには万全の自信があった。

(あたしのバックには、レヴィアがいるんやで!)

妖精騎士として、女王に次ぐ実力を持つレヴィア。
彼が睨みをきかせれば、普通の妖精は、おいそれと近づけない。

(万が一、付加効果が付いたときも、消してくれるって言ってくれたし、これで思う存分ビーズアクセサリーが作れる!)

「その証拠として、これから最初に作ったアクセサリーは、お兄さまにプレゼントしますね。それで確認してくださいますか?」

可愛らしく首を傾げてお願いすれば、アウレリウスは「うっ」と呻いて口を押さえた。

「可愛すぎる! ……まったくミナには適わないな。わかったよ。楽しみに待っているから」

「はい!」

ようやく見えた大好きなビーズアクセサリー作りの光明に、ミナは喜色満面で微笑んだ。

(訓練も大切やけど、趣味だって充実させな、人生損してしまうってことや! それに――――)

ミナは、アウレリウスの隣で船を漕ぐハルトムートを見つめる。

(なんの効果もないアクセサリーを作る予定やけど……万が一、幸運のお守りみたいなもんができたら、贈ってみるのもいいかもしれんよね)

素直にハルトムートが受け取ってくれるかどうかはわからないが、やりようはいくらでもあるだろう。

(ルーノや……ルージュにも贈りたいな)

彼らにはいったいどんなアクセサリーが似合うだろうか?
みんなで幸せになれるビーズアクセサリーが作りたいと、ミナは願った。





とはいえ、学生の本分は勉強である。

一般教科の授業の最中に、ミナはあくびをかみ殺す。

(本当は居眠りしたいんやけど――――)

「はい、ではこの問題を――――エストマンさん、前へ出て解いてください」

何故かどの授業の教師も、ミナに問題を解かせたがるのだ。

「はい」

教師に指名されれば、イヤだと言うわけにはいかない。

(しかも、十歳の子供に対する問題を、あたし・・・ができんとか言えへんし!)

無駄に女子大生のプライドがあるミナは、結果素直に前に出て、問題を解いていた。

「正解です! さすがエストマンさんですね」

……当然、褒められてもあんまり嬉しくない。


そんなミナの隣で、ハルトムートは堂々と居眠りをしていた。
机に突っ伏して眠っているのに、どの教師も絶対注意しない。

(……不公平や! 王子だからか? それとも闇属性のせい? どっちにしろ羨ましすぎるやろ!!)

ミナは憤懣やるかたない。
イライラをため込んだミナは、次の休み時間に頭をペシン! と叩いて起こしてやった。

「きさま! 何をする!?」

「授業中に居眠りするなんて羨まし――――不謹慎ですわ! 一生懸命授業をしてくださる先生方に失礼でしょう!」

「……仕方ないだろう。お前(の訓練)につきあっていると睡眠不足になるのだから」

「なっ! 私が悪いようなことを言わないでください。(訓練を)ヤりたがるのはハルトムートさまの方でしょう!?」

「お前(の訓練)が激しすぎるのが悪い」

「だったら無理矢理(訓練を)しないでください!」

大声で言い合うミナとハルトムート。



「……お、おい! やめろ!」

何故か真っ赤になったルーノが二人を止めた。
あまりに焦ったようなその姿に、ミナとハルトムートは首を傾げる。
見れば、他のクラスメートも顔を赤くしてこっちを見ていた。

(……いったい、どうしたんや?)

ミナの心の疑問に答えてくれたのはレヴィアだ。

(お前たちは言葉をはぶきすぎだ。……真っ昼間からそんな会話をしているから、あらぬ誤解を受けるのだ)



(――――あらぬ誤解?)

ミナは今の会話を思い返す。

――――お前につきあっていると睡眠不足になる。
――――ヤりたがるのはハルトムートさまの方でしょう!?
――――お前が激しすぎるのが悪い。
――――だったら無理矢理しないでください!




考えて……ボッ! と顔から熱が出た。

(なっ! なっ! なっ! 違うっ!! ――――っていうか、まだ私たち十歳なのにっ!? そんなわけないでしょう!!)

(十歳だからだ。ちょうど人間は体の変化に伴って“そういうこと”への興味が出てくる年齢だろう? それに貴族の子女は、婚約や結婚が早い分、そちら方面へ教育も早いのではないか?)

たしかに、その通りだった。
ミナは、自分がやらかしたことへの羞恥で頭をかきむしりたくなる。

(やらへんけどな!)

ミナの恥じらう様子を見て、ハルトムートも察したのだろう、ブワッと顔を赤くすると、ガタン! と席から立ち上がった。


「きさまらっ! 何を考えている!? 俺とこいつは、そんなんじゃないからなっ! 誰がこんな乱暴女! ――――それは、たしかに、か……可愛くは、ないわけではないが」


最後のセリフは、ゴニョゴニョと口の中に消えていく。
真っ赤になって怒鳴る様は、照れ隠しと受け取られても仕方のない姿だった。

(く~っ! ハルトムートってば、可愛すぎる!!)

ミナは心の中で悶える。



「……ハルトムートさま。完全に逆効果になっていますから」

呆れたように指摘してくるのはルーノだ。

「違う! 断じて違うからな!!」

「ハイハイ。わかっています。ハルトムートさまはともかく、相手がミナではそんなこと、ありっこありませんから」

何気に失礼なルーノだった。
ここは力一杯否定したいのだが、それではミナとハルトムートが妖しい関係だと肯定することになる。

結果、何も言えないミナはハルトムートを睨む。


(ナハト、次の授業でハルトムートさまが眠りそうになったら影からかじってやって!)

(フニャ~!)

(我らの力を、そんなつまらぬことに使うな)

呆れられながらも、命令を撤回しないミナだった。
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