神さま御用達! 『よろず屋』奮闘記

九重

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1巻

1-2

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「し、神力しんりょくで小さくすれば問題ないだろう?」
「その小さな剣で、私が神さまに勝てるとでも?」

 絶対むりに決まっている。
 スサノオノミコトはあせって両手を振り回した。

「いや! その! ……そう、それ以前に橘花は戦う必要なんてないはずだ! なんと言っても、神にとって自分たちの姿が見え声の聞こえる人間は貴重な存在だからな。誰も橘花に手を出すはずがない! それに、橘花は他ならぬ俺の巫女みこだぞ。お前には俺の加護がある。俺に逆らえる神なんていないから、身の安全は心配ない!」

 そして、偉そうにバン! と胸を張る。

「……アマテラスオオミカミさまは?」

 ジトッと、橘花はにらむ。ギクッと、スサノオノミコトはひるんだ。

「あ、姉上は、金を貸すほうだ。借金などするはずがないだろう!」
「ツクヨミノミコトさまは?」

 ツクヨミノミコトは月の神。アマテラスオオミカミの弟神でスサノオノミコトの兄神だ。
 穏やかな気質の人格者ならぬ神格者であり、暴れん坊で問題児のスサノオノミコトが、頭の上がらぬ神さまでもある。

「あ、兄上だって、借金などするものか!」
「まあ、そうですよね。借金なんてするのは、ご姉弟の中ではスサノオさまだけでしょうね」

 橘花はフーと、大きなため息をつく。スサノオノミコトはまた涙目になった。

「…………橘花が俺をいじめる。俺の巫女なのに」

 大きな体の偉丈夫いじょうふが、しかられた犬のように項垂うなだれる。

「き、橘花、そのくらいで。これでも一応スサノオさまは、うちの神社の祭神なのだから」
「……これでも一応」

 見かねた父が割って入ったが、やはり助けようとして突き落としてしまった。わざとかと思うほど見事なとどめの刺し方である。
 橘花は――仕方ないかと思った。
 そんな訳のわからぬ店で働くのは、いささか――いや、かなり不安なのだが、それでも神社の存亡がかかっているのなら、行かないわけにはいかない。

「わかりました。そのよろず屋で働きます」

 結局、そう答えたのだった。


 カタタンカタタンという揺れに合わせて、橘花の体も時折揺れる。
 父とスサノオノミコトから思いも寄らぬ依頼を受けた翌日。橘花は、よろず屋に向かうため電車に乗っていた。
 足下には少し大きめのグレーのキャリーバッグがひとつ。とりあえず暮らすのに必要と思われる衣服と身の回りの品を大急ぎで荷造りして持ってきたものだ。

「大丈夫。なんせ行く先はよろず屋だからな。足りないものは向こうで買えばいい」

 スサノオノミコトはカカカと笑ってそう言ったが、買えばさらに借金が増えることに気がついているのだろうか?
 いや、絶対、考えてない。
 橘花はため息をこらえた。
 折しも電車は短いトンネルに入り、窓にくっきりと橘花の姿を浮かび上がらせる。
 パーカーとジーンズというラフな格好で、黒髪を頭の上でひとつにまとめている姿は、我ながら地味だ。
 どことなく草臥くたびれているようにさえ見えるのは、間違いなくスサノオノミコトのせいだろう。
 とはいえ、橘花は遊びに行くのではなく働きに行くのだ。派手に着飾るのも可愛らしくよそおうのもお門違いのはず。
 それでも、もう少しきちんとした格好をすればよかったかと後悔したところで、視界が開けた。
 トンネルの向こうは、きらめく春の海。
 窓ガラス一面に、深い青が広がっている。なみ飛沫しぶきに陽光が反射して、白く輝いた。
 思わず橘花が息をのんだのは、波間に遊ぶ龍が見えたから。
 どこの神さまなのだろうか?
 龍を化身にする神は、数多い。海神、水神、雨の神。魚からもへびからも龍に転じる。
 長い体をくねらせた龍は、とても気持ちよさそうだ。
 何の神かはわからないが、かなりのんびりした性格の神さまらしい。

うらやましいな)

 素直に、そう思った。
 同じ車両の乗客は誰ひとり龍に気づいている様子はない。橘花のように神が見える体質を持つ者はそんじょそこらにいないのだから、当たり前と言えば当たり前だ。
 こんなに綺麗なのに、なんだかもったいない。
 キラキラキラと、龍のうろこと海が光った。
 事前に地図で見る限り、『よろず屋』のある町は海に面しているのだが、店の所在地は海岸からかなり離れている。
 海はきっと見えないだろう。
 それが、ちょっと残念だ。
 ……もっとも、橘花はそれほど海が好きではなかった。
 こんなふうにボーッと眺めている分にはいいのだが、いざ海に入ろうとすると足がすくむのだ。
 プールでは平気で何メートルも泳げるのに、海はダメ。
 きっと子どもの頃におぼれるか何かしてトラウマになっているに違いない。

(海との距離は、これくらいがちょうどいいわ)

 そう思いながら、橘花は電車に揺られ続けた。


 それからふたつ駅を通り過ぎたところで、ガタンと音を立てて電車が止まり、橘花はひとりプラットフォームに降り立つ。
 地方の小さな町の駅は、建て替えたばかりなのか、とても綺麗だが人がいなかった。
 駅を出ると、十メートルほど直線道路があって、交差点の信号が見える。道路の右側には古びた旅館、左側にはラーメン店が建っていた。
 キャリーバッグを転がして、キョロキョロしながら橘花は歩き出す。
 交差点を右に曲がれば、いささか狭い二車線の直線道路が延びていた。
 典型的な駅前商店街に、やはり人通りはない。
 それもそのはず、今や地方都市の商業の中心は、郊外型の大規模ショッピングセンターだ。田舎の自家用車保有率は、都会よりはるかに高く、一世帯で二台、三台は当たり前。当然人々は、老いも若きも車に乗って駐車場完備のショッピングセンターに行くと聞く。
 反面、公共交通機関の利用は落ちるばかりとか。
 こういった駅前商店街のすたれ具合は半端ない。
 おそらくこれでも頑張っているほうだろう。シャッターの下りている店のほうが少なかった。
 一軒一軒のぞきこみながら、橘花は目的地――よろず屋を探す。
 そして、五十メートルほど歩いた先に、ようやく目当ての店を見つけた。
 まず目に入ったのは、歩道に飛び出した野菜売り場と、濃紺の生地に白地で「酒処」と染められた日よけ暖簾のれん
 正面に立つと、木目の美しい一枚板に『よろず屋』と彫りこまれた木の看板が見える。
 古い木造二階建ての店舗は……想像していたより大きかった。
 普通の田舎のお店みたいだ。
 店舗の中には所狭しと商品が並べられていて、雑多な印象を受ける。
 パッと見、店内には誰もいない。
 これでは、黙って商品を盗まれても、わからないに違いない。
 なんだか不用心に思えるのだが、それはこの店ばかりではなく、この商店街一帯に言えること。
 おおらかと言えばいいのだろうか?
 橘花のほうが心配になる。
 おそるおそる店内に入った。
 人ひとりやっと通れるくらいの通路を進み、店の奥をうかがう。

「こんにちは!」

 息を吸いこみ、声をかけた。
 途端、ガタゴトと音がする。

「――はい?」

 閉められていたガラスの引き戸がカラカラと開けられて、藍染あいぞめの暖簾の下から手がのぞいた。日焼けのしていない白い手で、指がとても長い。
 姿を現したのは、ずいぶん若い男性だ。

(この人が、店主さん?)

 アマテラスオオミカミの加護を持っているという人物で、神さま相手に商売をするくらいだ、もっと威厳のある老人かと想像していた。
 少しクセのある、ゆるふわマッシュな黒髪とスラリと伸びた長い手足。
 身長は、どう見ても百八十は超えていて、背の高い橘花が見上げなければならないくらいに高い。
 整った甘いマスクは芸能人のようで、カジュアルなデニムシャツと細身のジーンズを身につけた姿は、素直にカッコいいと感じた。
 足につっかけたサンダルさえ、彼が履くとおしゃれなものに見えるのだから、イケメンとはいうのは恐ろしい。
 やはり、この古びた店の店主には思えない。
 店主の息子か、アルバイトのお兄さんなのかもしれなかった。

「…………お買い物ですか?」

 ジッと橘花を見つめた青年が、首をかしげてたずねてくる。目を細めているところを見ると、あまり視力がよくないのかもしれない。
 その低めの声に、何故なぜかドキッとした。

(どこかで聞いたような?)

 きっと、ラジオか何かで聞いたのだろう。有名男性パーソナリティだと言われても信じてしまいそうなイケボである。
 声には、いぶかしげな響きが混じっていた。
 それもそのはず、橘花は何も商品を手にしていない。空手でジッと見上げられた青年は、不思議そうに首をかしげ続けている。
 橘花は「いいえ」と首を横に振った。

「ご店主さまはいらっしゃいますか? 私、東京の柏槇神社から来ました」

 橘花がそう言った途端。
 青年のまとう雰囲気がガラリと変わる。露骨に顔をしかめた。

「ああ――」

 不機嫌そうにつぶやいた後、前髪をクシャッと手でかき上げる。
 あまりの態度の急変に、橘花は呆気あっけにとられた。
 目を丸くして見つめていると、なんと「チッ」と舌打ちまでされる。

「ミケ!」

 橘花から視線を外すと、青年は大きな声をあげた。同時に、彼の足下に一匹の猫が現れる。

「……あ」

 橘花はその猫に目をきつけられた。呼ばれた名前通りの三毛みけの猫の尻尾が、二股に分かれていたのだ。

「しばらく店番をしろ。誰も入ってこないようにするんだぞ」

 青年は猫に向かってそう命令した。
 猫は不満そうに、ニャーと鳴く。

『やれやれ、猫使いの荒い人間だわい。しかも、この老猫ろうびょうに人避けを言いつけよる』

 橘花の頭の中にはっきりと“声”が聞こえた。
 普通の人間には聞こえない猫の声である。
 長生きをした猫は、尻尾が二股になり猫又と呼ばれる妖怪になる。その中に、まれに力を持ち人々に祭られ神となる猫がいるのだが、この猫は、その神に違いない。
 アマテラスオオミカミの加護を持つよろず屋にいるのだから、妖怪のたぐいではないはずだ。
 そう思った橘花は、ちょうどこちらを見上げた猫に対しペコリとお辞儀をした。

「はじめてお目にかかります」

 猫はコテンと可愛らしく首を傾げる。

「ニャウン?」
『……ふむ。わしが“見える”娘か。どこぞの神の使いかの?』
「はい。スサノオさまのご用で、ここに参りました」
「ニャ、ニャァ~」
『ほぉ~、あの乱んっ、――お方の』

 今、間違いなく『乱暴者』と言おうとした。
 橘花はチロリと猫を見る。
 三毛猫みけねこ誤魔化ごまかすように前足で顔を洗いだす。耳の上まで越えたので、きっと明日は雨だ。

「ミケ! 余計なことをしゃべっていないで、さっさと仕事をしろ」

 青年が苛立いらだったような声をあげた。

「ニャッ!」
『わかっておるわい。フン、気の短い男だの。わずかばかりの借金で、儂を使つかいおって』

 フンと鼻を鳴らすと、猫神は不満そうに二本の尻尾を揺らす。そのまま店先に向かって歩いていく。

「お前は、こっちだ」

 ジロリと橘花を見た青年は、暖簾のれんをかき上げ店の奥に入った。

(……お前?)

 いきなり『お前』呼びをされた橘花はムッとしたが、ここは入る以外の選択肢がないため、後を追う。
 暖簾の向こうは二間幅の玄関になっていた。
 青年が履いていたサンダルがあるので、ここで靴を脱ぐのだろう。

「お邪魔します」

 スリッパが見当たらず靴下のまま廊下に上がると、右側の部屋の障子戸が開いた。

「こっちだ」

 相変わらずの不機嫌声に呼ばれる。
 入った部屋は、六畳の和室だ。真ん中に座卓があって、座布団が一枚敷いてある。
 床の間にミモザの挿してある一輪挿しが置かれていて、その脇の床柱に青年は背を預けて立っていた。
 腕を組み、しかめっつらをしている。

「座れ」

 そうは言われても、家人が立っているのに座るのは難しい。

「――ご店主さまは?」

 立ったまま尋ねると、眉間みけんに深いしわを寄せられる。

「俺だ」
「は?」
「俺がこの店の店主だ。ついでに言えばひとり暮らしだから、他には誰もいない」

 橘花はポカンと口を開けた。

(この人が?)

 では、本当に目の前のこの青年がアマテラスオオミカミの加護を持っている店主なのだ。ちょっと信じられなくて、呆然とする。
 しかし、呆気あっけにとられてばかりではいられない。
 それより何より気にかかることがある。

「私、店主がこんなに若い男性だなんて、聞いていないんだけど!」

 橘花は叫んだ。
 しかも、ひとり暮らし? たしか、住みこみで働くことになっているはずなのに。
 橘花は大学を卒業したばかりのうら若き乙女だ。若い男性とふたりで暮らすだなんて、あり得ない!

「お父さんったら、何を考えているの?」
(もう、この仕事は絶対に断らなくっちゃ!)

 そう橘花は決意する。

「私は――」
「先に言っておくが、俺はお前を雇うつもりはない」

 ところが、断りの言葉を告げないうちに、青年のほうから断られてしまった。

「へ?」
「柏槇神社といえば、スサノオノミコトのところだろう。あの荒くれ神、勝手に借金を踏み倒して、『代わりに優秀な人材を送る』と一方的に宣言していたんだが――寄越したのがこんな“小娘”とか、人をバカにするにもほどがある」

 青年は、忌々いまいましそうにうなった。
 腕を組んだまま、右手の人差し指で左上腕をトントンと叩いている。
 相当いらついているらしい。
 まあ、気持ちはわからないでもなかった。
 スサノオノミコトのことだ。きっと彼の主張通りのことをして、相手の言葉など何も聞かず、自分の意思を押し通したに決まっている。
 橘花だって、スサノオノミコトのごり押しでここに来ているのだ。彼の気持ちはよくわかる。
 よくわかるのだが、だからといって、露骨に腹立たしそうな視線を向けられ、ムッとしないわけもなかった。
 怒りたいのは、こっちである。

「……小娘って、私のことですか?」
「他に誰がいる?」
「初対面のあなたに、そんな呼ばれ方をされる覚えはありませんけど!」

 橘花が怒鳴ると、青年はハッと笑う。

「実際、役に立ちそうにない小娘なんだから、本当のことだろう? 俺は遊びで仕事をしているわけじゃないんだぞ」
「私は巫女みこよ! 役立たずじゃないわ!」

 橘花は両拳を握り締め、青年をにらみつけた。
 ここまで腹が立つのも久しぶりだ。
 スサノオノミコトを相手にしたときと、どっこいどっこいなのではないか。

(この人、人を怒らせる天才なんじゃない?)

 そう思って睨んでいると、青年はますます小バカにしたような表情を浮かべた。

「巫女? ……ああ、たしかに“猫神”の姿は見えて話もできたようだが……だからって、お前が役立たずじゃないという証明にはならないだろう? だいたい、今の時期にその年齢で、うちで働こうとするなんて、就職もできない親のすねかじりに決まっている。そんな小娘に何ができる?」

 グサッ! と、言葉の矢が橘花の胸に突き刺さった。
 一部事実であるために、反論が難しい。

「わ、私は親のすねかじりじゃないわ! 巫女だもの。立派な家事手伝いよ!」
「そういうのを、すねかじりって言うんだ」
(絶対に違う!)
「うるさいわね! 私のことをよく知りもしない人に、すねかじりだなんて言ってほしくないわ!」
「知らなくたってわかる。お前は無能な小娘だ。とっとと親の神社に帰れ」
「言われなくたって、こんな失礼な店主のやっている店でなんて、私だって働きたくないわよ。すぐに帰ってやるわ!」

 橘花は大声で怒鳴った。本気できびすを返そうとする。
 しかし、すんでのところでとどまった。
 このままおめおめと帰るのは、腹立たしいと思ったのだ。少し考え、言葉を続ける。

「でも、私の申し出を断ったのは、そっちですからね。これで借金を返せなくなっても、文句は言わせないから! そう思いなさい!」
「はぁ~? お前、何を言っているんだ?」

 借金のことに言及すると、青年は信じられないといった顔をした。

「なんでそうなる?」
「なんでも何も、言った通りよ。私の労働の提供を断ったのは、あなたでしょう?」
「それと借金は関係ないはずだ」
「払うというものを、受け取らなかったのはあなただもの。関係なくはないわ!」

 橘花は腰に手を当て、胸を張る。
 ……実は、我ながら無茶苦茶なことを言っているなという自覚はあった。
 しかし、借金をそのままにしては帰れないのだから、多少のむりは押し通さなければならない。
 せめて、半額くらいにまけてもらわなければ。
 ――できれば、三割……ううん、もう一声!
 橘花は心の中で叫んだ。

「寝言は寝て言え! 役立たずの無能な小娘を雇わなかったからといって、どうして俺が借金を棒引きしなきゃならない?」

 青年は、ひどく不満そう。ギロリとにらみつけられるが、ひるんではいられない。

「役立たずの無能な小娘なんかじゃないって言ったでしょう! 仕事をさせもしないのに、そんなことを言われる筋合いはないわよ! ともかく、スサノオさまの借金は私の労働でしか返せないんだから! それを受け取れないなら、諦めてもらうしかないわ!」

 橘花と青年は、バチバチと火花を散らす勢いで睨み合う。
 やがて、青年がもう一度大きく舌打ちした。

「――借金は減らせない。鐚一文びたいちもんまけないぞ。全額耳を揃えて返してもらう!」
「この守銭奴しゅせんど! 私だって、労働以外では払わないわよ!」

 そもそも、お金がないから払えない。
 ふたりはともに一歩も退かなかった。延々と睨み合う。
 ……そして、どのくらい睨み合っていたのだろう。
 さすがに橘花が限界を感じてきた頃に――突如、青年が目をまたたかせた。

「……あ」

 唐突につぶやく。
 ポカンと口を開けた姿も、悔しいけれどイケメンだ。

「…………お前は……誰だ?」

 そう聞かれる。
 そう言えば、お互い名乗っていなかった。
 今になってそれに気がついたのだろうか?

「私の名前は、柏原橘花。柏槇神社の宮司ぐうじの娘よ。――あなたは?」

 自分の名を教えたのだから、相手の名を聞いてもいいはずだ。
 青年はジッと橘花を見ていた。

「俺は――俺の名は、ヤマト……碓井うすい大和やまとだ」

 ヤマトと言った後に口ごもり、フルネームを名乗る。

「……オ……お前は……どこかで、俺と会ったことはないか?」

 急にそんなことを聞いてきた。
 こんなイケメンに会っていて、忘れることなんてないだろう。
 声には聞き覚えがある気がしたが……いや、やっぱり初対面だ。

「会ったことなんてないわよ。……何よ? お金を踏み倒されたくなくて、懐柔かいじゅうしようとしているの?」

『どこかで会ったことがない?』と聞くのは、ナンパの手段のひとつ。
 橘花は不信感丸出しで青年――大和をにらんだ。
 大和は目を見開き……やがて「クソッ」と一言、吐き捨てるようにつぶやく。

「……そうか。わかった」

 一度顔を伏せ……その後上げたときには、冷静になっていた。

「お前が、そこまで言うのならチャンスをやろう。仮雇用して仕事をひとつ請け負ってもらう。その仕事を上手うまく片づけられたなら、正式採用するということでどうだ? その代わり、失敗したなら俺の言うことに従ってもらう」
「望むところよ! 仕事のひとつやふたつ、ちょちょいのちょいっと片づけてやるわ!」

 引っこみのつかなくなった橘花は、胸をドンと叩いて請け負ってしまう。

「よく言ったな。お手並み拝見だ。……ああでも、むりはしなくていいぞ。いつでも俺を頼っていい」

 そんなことを言われても、できないとバカにされているようにしか受け取れない。

「絶対、頼ったりしないから! 私の活躍を見ていなさいよ!」

 橘花は大声で怒鳴り返した。大和が苦笑する。

「ああ、一瞬も目を離さないで、よく見ていよう」

 その笑みが、どこか寂しそうに見えたなんて……目の錯覚だ。
 ともあれ、こうして橘花は、よろず屋に仮雇用されることになったのだった。



   第二章 タカオカミとノヅチ


 タカオカミは、雨をつかさどる水の神だ。火の神ヒノカグツチの血から生まれた、たいへん神格の高い神さまのはずなのだが……橘花の初仕事は、なんとタカオカミからの借金の取り立てだった。
 スサノオノミコトといいタカオカミといい、借金をするかどうかと神格の高さは無関係らしい。

「ここって、あの有名な水龍すいりゅう神社ですよね?」

 雨乞あまごいにご利益があると評判の神社は、平日なのに参拝客がいっぱいだ。
 実家の柏槇神社などとは比べものにならない大きな赤い鳥居を、橘花は見上げる。
 深く一礼してから、くぐった。
 いったいどうして借金なんてしたのだろう? しかもこの人出で、返せていないのが不思議だ。
 手水舎ちょうずやで心身を清め、玉砂利の敷き詰められた境内をできるだけ音を立てないように歩きながら、橘花は隣を歩く大和に視線を移した。
 途端、バチリと目が合う。
 最近は、いつもこうだ。

「……何か? 大和さん?」

 大和が名字で呼ばれるのは嫌だと言うので、橘花は下の名前で呼んでいた。
 橘花の声を耳にした大和の、整った顔がかすかにほころぶ。
 きっと、意味のない条件反射なのだろうが、心臓が跳ねる。

(笑ったように見えるんだもの。イケメンの笑顔は、目の毒だわ)

 なんだか落ち着かない。

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