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番外編
抱っこ
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茉莉は、口をぎゅっと結んで、目の前のそれを睨み付けた。
困惑した表情のフレイが、スプーンに乗せて、茉莉の口元に差し出したそれは、茉莉のいた世界でいうシブーストである。
とろとろのクリームの中に甘く煮たフルーツが挟まり、サクサクのタルトに乗っている。上面の焦がした砂糖が絶妙なほろ苦さを与え、美味しい事この上ない。
最初にこれを食べた茉莉は、あまりの美味しさに、まるで餌をねだる雛のように口を大きく丸く開け、フレイに食べさせてもらったものだ。
そんな茉莉のいつも以上に愛らしい様子に、フレイはノックダウンされたようで、その後、このシブーストはかなりの頻度で食後のデザートに付いているのだが……
「茉莉?」
茉莉は、絶対口を開くものかと言うように、唇を噛みしめる。
(だって……だって……!)
茉莉は、ついに声に出した。
「……絶対、太った」
「えっ?」
フレイは目を瞬く。
「だって、胸がきついのだもの。考えてみれば、1日2食とはいえ、朝晩いっぱい食べてるし、昼の軽食だって、欠かさないし……それに、運動全然していない!」
茉莉は泣き出しそうだった。
目は潤み、その眼を上目づかいにして、自分に朝食をたっぷり食べさせる元凶のフレイを睨みつける。
フレイは、その茉莉のあまりの可愛らしさに、眩暈がするようだった。
(……どうしよう? 抱き締めたい)
「そんな風には見えませんよ」
とりあえず、フレイは否定する。
実際茉莉は、太ってなどいなかった。
女王の抜群のプロポーションは、少しも崩れてなどいない。
それどころか、リオンに抱かれるようになってからの茉莉は、ふとした拍子に、息を飲むような妖しい艶を出すようになり、その姿態の魅力を増していた。
胸が大きくなったとしたら、それは太ったのではなく、間違いなくリオンの所為だ。
燃えるような嫉妬を抑えつつ、フレイは茉莉を宥める。
「むしろ茉莉は痩せたと思いますよ。激務の連続ですからね。それに関しては、本当に申し訳なく思っているのです。ですから、どうか、もう少し食べてください」
優しく笑って、フレイは、シブーストの乗ったスプーンを差し出す。
確かに茉莉は、ここ1ヶ月、休む暇もなく働いていた。
反乱後の後処理、悪政の改革等々、無理をさせたくないと誰もが思っているものの、女王でなければできない事は多く、また茉莉も積極的に行っている。
事務処理が多く体を動かしていないとはいえ、エネルギー消費は多いはずだ。
しかし、茉莉は、そんなフレイの言葉では納得しない。
茉莉にとって運動とは、ジョギングやせめてストレッチ等汗をかくものなのだ。
それが、この世界に来て以降、茉莉が汗をかくことなど、リオンとの……その、夜の運動以外ない。
かと言って、今でもいっぱいいっぱいの、リオンとの行為を増やすなど、恥ずかしすぎてできないのだが。
茉莉は再び口を閉じ、いやいやをするように、首を横に振った。
フレイは、内心溜息をつく。
(……私を殺す気なのですか?)
真剣に聞いてみたいと思う。
しかし、このままでは、茉莉は何としても食べてくれそうになかった。
どうしたものかと思案して、フレイはシブーストを一旦皿の上に置くと、おもむろに立ち上がる。
茉莉の背中と膝の裏に手を回し、そのまま腕に抱き上げた!
いわゆるお姫様抱っこである。
「っ! フ、フレイ!!」
かぁ~っ!と真っ赤になった茉莉に、
「ほら、少しも重くないですよ」
抱き上げて近づいた顔を覗き込みながら、フレイは美しく笑って言った。
「フレイ!」
茉莉は、慌てふためいている。
「それどころか、もう少し太っても良いくらいです。首筋なんか、こんなに細い」
そう言うと、今度は茉莉の首に顔を埋めた。
茉莉の心臓は、バクバク鳴っている。
驚いた。
一見ほっそりと見えるフレイに、こんな、茉莉を軽々と抱き上げるような力があるとは、思わなかった。
「まるで、羽のようですね」
本当に軽そうに、茉莉の体を揺すり、怖がった茉莉が、「きゃ!」と言ってフレイにしがみつくと、その綺麗な顔を嬉しそうに微笑ませるフレイ。
「……本当に、重くない?」
「信じられないようなら、このまま城内を一周しましょうか?」
流石にそれは止めて欲しい。
茉莉は、ようやく納得した。
なんとか、フレイを説得して、シブーストを食べる約束と引き換えに、椅子に座らせてもらう。
「そんなに心配のようでしたら、太ったかどうか、これから毎日抱き上げて確かめましょうか?」
シブーストを食べさせてくれながら、フレイはそんなことを言う。
(……そう言えば、体重を毎日計るだけのダイエットってあったような?)
思い出した茉莉は、ダイエットの誘惑に負けて、フレイに「お願いします」と言ってしまった。
フレイが茉莉のお願いを、快く引き受けてくれたことは、言うまでもなかった。
◇
その夜、茉莉は、自身の仕事を終え、王の寝室へやってきたリオンに、抱っこを強請った。
驚いて固まるリオンに、
「太ったかどうか、確認したいの。リオンは、前に私を抱き上げた事があるでしょう?」
そう言った。
そうなのだ。
朝、フレイに太っていないと言われたが、その後考えてみたら、フレイは以前の自分を抱き上げた事がないことに、茉莉は気づいた。
前と比べて太ったかどうかわかるのは、リオン以外いない。
恥ずかしそうに、しかし、一歩も引かない覚悟でリオンを見る茉莉。
リオンは、一瞬の硬直から己を取り戻すと、大喜びで茉莉を抱き上げた。
そのまま、くるくるとその場を回る。
「っ! きゃぁっ! リオン!」
茉莉はリオンにしがみ付く。
「少しも重くなっていませんよ」
笑いながら、リオンは茉莉に告げた。
こんな時の女性に決して言ってはいけない言葉は熟知している。
「本当?」
「ええ。どうしてそんな心配をしたのです?」
茉莉は、フレイに説明したように、胸が大きくなったように思える事と、最近運動不足だからと答えた。
リオンは、それはそれは、嬉しそうに笑った。
「わかりました。運動不足解消に努力します」
そう言うと、茉莉を抱き上げたまま、特大サイズベッドに運ぶ。
茉莉は、たちまち赤くなり、リオンの胸に恥ずかしそうに顔を埋めた。
上機嫌でリオンは、
「これから毎夜、抱き上げて体重を確かめてから運動しましょうね」
そう提案してくる。
(そう言えば、体重って朝晩計ると良いのよね)
そう思った茉莉は、リオンにハイと頷いた。
茉莉の『計るだけダイエット』が、成功するかどうかは、わからない。
困惑した表情のフレイが、スプーンに乗せて、茉莉の口元に差し出したそれは、茉莉のいた世界でいうシブーストである。
とろとろのクリームの中に甘く煮たフルーツが挟まり、サクサクのタルトに乗っている。上面の焦がした砂糖が絶妙なほろ苦さを与え、美味しい事この上ない。
最初にこれを食べた茉莉は、あまりの美味しさに、まるで餌をねだる雛のように口を大きく丸く開け、フレイに食べさせてもらったものだ。
そんな茉莉のいつも以上に愛らしい様子に、フレイはノックダウンされたようで、その後、このシブーストはかなりの頻度で食後のデザートに付いているのだが……
「茉莉?」
茉莉は、絶対口を開くものかと言うように、唇を噛みしめる。
(だって……だって……!)
茉莉は、ついに声に出した。
「……絶対、太った」
「えっ?」
フレイは目を瞬く。
「だって、胸がきついのだもの。考えてみれば、1日2食とはいえ、朝晩いっぱい食べてるし、昼の軽食だって、欠かさないし……それに、運動全然していない!」
茉莉は泣き出しそうだった。
目は潤み、その眼を上目づかいにして、自分に朝食をたっぷり食べさせる元凶のフレイを睨みつける。
フレイは、その茉莉のあまりの可愛らしさに、眩暈がするようだった。
(……どうしよう? 抱き締めたい)
「そんな風には見えませんよ」
とりあえず、フレイは否定する。
実際茉莉は、太ってなどいなかった。
女王の抜群のプロポーションは、少しも崩れてなどいない。
それどころか、リオンに抱かれるようになってからの茉莉は、ふとした拍子に、息を飲むような妖しい艶を出すようになり、その姿態の魅力を増していた。
胸が大きくなったとしたら、それは太ったのではなく、間違いなくリオンの所為だ。
燃えるような嫉妬を抑えつつ、フレイは茉莉を宥める。
「むしろ茉莉は痩せたと思いますよ。激務の連続ですからね。それに関しては、本当に申し訳なく思っているのです。ですから、どうか、もう少し食べてください」
優しく笑って、フレイは、シブーストの乗ったスプーンを差し出す。
確かに茉莉は、ここ1ヶ月、休む暇もなく働いていた。
反乱後の後処理、悪政の改革等々、無理をさせたくないと誰もが思っているものの、女王でなければできない事は多く、また茉莉も積極的に行っている。
事務処理が多く体を動かしていないとはいえ、エネルギー消費は多いはずだ。
しかし、茉莉は、そんなフレイの言葉では納得しない。
茉莉にとって運動とは、ジョギングやせめてストレッチ等汗をかくものなのだ。
それが、この世界に来て以降、茉莉が汗をかくことなど、リオンとの……その、夜の運動以外ない。
かと言って、今でもいっぱいいっぱいの、リオンとの行為を増やすなど、恥ずかしすぎてできないのだが。
茉莉は再び口を閉じ、いやいやをするように、首を横に振った。
フレイは、内心溜息をつく。
(……私を殺す気なのですか?)
真剣に聞いてみたいと思う。
しかし、このままでは、茉莉は何としても食べてくれそうになかった。
どうしたものかと思案して、フレイはシブーストを一旦皿の上に置くと、おもむろに立ち上がる。
茉莉の背中と膝の裏に手を回し、そのまま腕に抱き上げた!
いわゆるお姫様抱っこである。
「っ! フ、フレイ!!」
かぁ~っ!と真っ赤になった茉莉に、
「ほら、少しも重くないですよ」
抱き上げて近づいた顔を覗き込みながら、フレイは美しく笑って言った。
「フレイ!」
茉莉は、慌てふためいている。
「それどころか、もう少し太っても良いくらいです。首筋なんか、こんなに細い」
そう言うと、今度は茉莉の首に顔を埋めた。
茉莉の心臓は、バクバク鳴っている。
驚いた。
一見ほっそりと見えるフレイに、こんな、茉莉を軽々と抱き上げるような力があるとは、思わなかった。
「まるで、羽のようですね」
本当に軽そうに、茉莉の体を揺すり、怖がった茉莉が、「きゃ!」と言ってフレイにしがみつくと、その綺麗な顔を嬉しそうに微笑ませるフレイ。
「……本当に、重くない?」
「信じられないようなら、このまま城内を一周しましょうか?」
流石にそれは止めて欲しい。
茉莉は、ようやく納得した。
なんとか、フレイを説得して、シブーストを食べる約束と引き換えに、椅子に座らせてもらう。
「そんなに心配のようでしたら、太ったかどうか、これから毎日抱き上げて確かめましょうか?」
シブーストを食べさせてくれながら、フレイはそんなことを言う。
(……そう言えば、体重を毎日計るだけのダイエットってあったような?)
思い出した茉莉は、ダイエットの誘惑に負けて、フレイに「お願いします」と言ってしまった。
フレイが茉莉のお願いを、快く引き受けてくれたことは、言うまでもなかった。
◇
その夜、茉莉は、自身の仕事を終え、王の寝室へやってきたリオンに、抱っこを強請った。
驚いて固まるリオンに、
「太ったかどうか、確認したいの。リオンは、前に私を抱き上げた事があるでしょう?」
そう言った。
そうなのだ。
朝、フレイに太っていないと言われたが、その後考えてみたら、フレイは以前の自分を抱き上げた事がないことに、茉莉は気づいた。
前と比べて太ったかどうかわかるのは、リオン以外いない。
恥ずかしそうに、しかし、一歩も引かない覚悟でリオンを見る茉莉。
リオンは、一瞬の硬直から己を取り戻すと、大喜びで茉莉を抱き上げた。
そのまま、くるくるとその場を回る。
「っ! きゃぁっ! リオン!」
茉莉はリオンにしがみ付く。
「少しも重くなっていませんよ」
笑いながら、リオンは茉莉に告げた。
こんな時の女性に決して言ってはいけない言葉は熟知している。
「本当?」
「ええ。どうしてそんな心配をしたのです?」
茉莉は、フレイに説明したように、胸が大きくなったように思える事と、最近運動不足だからと答えた。
リオンは、それはそれは、嬉しそうに笑った。
「わかりました。運動不足解消に努力します」
そう言うと、茉莉を抱き上げたまま、特大サイズベッドに運ぶ。
茉莉は、たちまち赤くなり、リオンの胸に恥ずかしそうに顔を埋めた。
上機嫌でリオンは、
「これから毎夜、抱き上げて体重を確かめてから運動しましょうね」
そう提案してくる。
(そう言えば、体重って朝晩計ると良いのよね)
そう思った茉莉は、リオンにハイと頷いた。
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