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1巻
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しおりを挟む(えぇっ!? この世界って、魔王だけじゃなく勇者までいるの? ……魔王がいるのなら、勇者がいてもおかしくないのかもしれないけれど)
まるでファンタジーゲームみたいな世界だ。
特に背中に大きな剣を背負った男性は、スラリとした長身にライトアーマーをつけていて、いかにもゲームの中の勇者という外見をしていた。白い髪の女性は衣装も白でなんとなく聖女っぽいし、赤髪の女性は弓を背負っているから弓使いだろう。灰色の髪の大柄な男性は、どう見ても立派な騎士だ。
(そういえばオルレアさんだって魔法使いなんだもの。魔法使いって職業があるのなら、勇者って職業があっても不思議じゃないわよね?)
真由はオルレアに視線を向ける。
彼は不機嫌そうに眉をひそめ、勇者一行から距離を取るように一歩後ろに下がった。いつの間にか精霊たちも姿を消していて、この場にいるのは人間だけになっている。
そこで、『勇者さま一行か』というワラビの質問に、金髪の青年が大きく頷いた。
「ああ、そうだ。俺は勇者アベル。この聖剣に選ばれて、魔王を倒すために仲間と旅をしている」
自ら勇者と名乗った青年は、誇らしそうに背中の剣に手をかけて話を続ける。
「この村にはついさっき着いたばかりだ。小さな村だから素通りするつもりだったんだが、大きな揺れと轟音に気づいて、来てみたんだ。そうしたら見慣れぬ黒髪と黒目の娘がいて、しかも異世界から来たと話しているじゃないか。もしもその娘が本当に異世界から来たのだというのなら、俺たちの仲間になってもらおう。異世界から来た者は、何かしら優れた力を持っているというからな」
アベルの態度は、ものすごく尊大だった。
真由の意志など無視して『自分たちの仲間になるのが当然』という顔をしている。
彼女は思わず顔をしかめた。自信たっぷりに自分の価値観を押しつけてくる人間が、苦手なのだ。
(ムリムリ。いくらイケメンでも、この人と一緒になんて行けないわ。それに――)
「あの、お仲間に誘っていただけるのは嬉しいのですが、私にはそんな優れた力はありません」
自慢ではないが、真由はごくごく普通のOLだ。温泉通という以外は取り立てて趣味も特技もない、平凡な人間である。優れた力などあるはずもなく、期待されても困るばかりだった。
「そんなこと、まだわからないだろう。自分で自分の限界を決めつけてどうする? 大丈夫だ。君が自らの力を見つけるまでは俺がサポートしよう。安心して仲間になればいい」
勇者は真由の言葉を謙遜と受け取ったのか、励ましてきた。自分の言葉に絶対の自信を持っていそうな彼の態度に、真由は頬を引きつらせる。
「いえ、だから――」
なんとか穏便に断りたいが、どう言えばいいのかわからない。
迷っていると、誰かが怒りの声を上げた。
「あなた! いったい何を言っているの!? アベルがここまで言って誘っているのに断るなんて、何様のつもり?」
怒鳴ったのは赤い髪の女性で、美人なのにものすごく怖い顔をしている。彼女は緑の目をつり上げ、真由を睨みつけてきた。
「あなたが今までいた世界がどうかは知らないけれど、この世界には魔王がいて、それを放っておけばやがて世界に災いが溢れるの。アベルはその災いを防ぐべく、魔王に立ち向かっているのよ。この世界に生きるすべての者は、アベルに日々感謝し、協力する義務があるわ。……あなただって、この世界に来たのなら例外じゃない。拒否するなんてもってのほかよ!」
そんな風に言われても困ってしまう。真由はこの世界の事情なんてまるでわからないのだから。
「そう言われても、私には協力できるような力がないんです」
「まだ逃げるつもりなの!!」
アベルだけでなくこの赤い髪の女性も、真由の話を聞く気がないようだ。
途方に暮れていると、騎士が話に入ってくる。
「落ち着け、サラ。こちらの女性はまだ異世界から来たばかりで、この世界のことは何もわからないのだぞ。怯えさせてどうするのだ」
どうやら赤い髪の女性はサラという名前らしい。
騎士の声は落ち着いている。この中では、彼が比較的話が通じそうに見えた。
(勇者は問題外だし……白い髪の女性はさっきからうつむいたまま、一言も話さないもの)
騎士に注意されたサラは、顔をしかめてツンと横を向く。
騎士はやれやれといった風に肩をすくめた。
「すまない。サラも悪気はないのだ。ただ、アベルが絡むと冷静ではいられなくなるようでな」
「カロン!!」
サラは騎士を怒鳴りつける。彼女の顔は赤くなっていて、たぶんアベルが好きなのだろうと、真由は察した。
(だからって、私に怒鳴るのはやめてほしいけど)
騎士は苦笑して言葉を続けた。
「俺の名は、カロン・リュディック。見た通りの騎士だ。国王陛下の命令で、勇者アベルによる魔王討伐の旅に同行し、彼を補佐する任務に就いている。……あなたは?」
こんな風に丁寧に聞かれれば、答えないわけにもいかない。
「宮原真由です。宮原が苗字で真由が名前です。職業は普通の会社員をしていました」
どこまで通じるのかわからないが、とりあえず名前と職業を伝える。
すると、カロンはフムと考え込んだ。
「カイシャインというのは、聞いたことがない職業だな」
「会社という仕事場に勤める人のことです。主に事務……書類の作成や整理をしていました」
「ふむ、文官に近いのか? あまり戦いに向いている職業ではなさそうだが……剣は使えるか?」
「まさかっ!!」
真由はブンブンと首を横に振った。
「私のいたところでは、剣なんて持って歩いたら、即座に警察に捕まってしまいます!」
「……ケイサツ? 捕まるということは警備隊のようなものか? よくわからない世界だな」
カロンは不思議そうに呟く。
サラはバカにしたようにフンと鼻を鳴らした。
「剣も持ち歩かずに、どうやって身を守るっていうのよ? こんな田舎ならいざ知らず、ちょっと大きな町なら、住民は誰でも護身用の剣くらい持つし、使えるものよ。あなたがいた世界は、よっぽど田舎だったようね」
「え? ……確か、東京都の人口は千三百万人以上だと思いますけれど」
東京が田舎だとは、絶対言えないだろう。
「千三百万――?」
カロンはあんぐりと口を開けた。サラも目を見開いて固まっている。ほかの者も驚いたようで、呆気にとられた顔をした。
「……ま、まあ、その千三百万人が本当かどうかはさておいて、あなたがなんの力もないと言うのは、どうやら本当らしいな。剣を持ち歩いたこともないのでは、とてもじゃないが戦力にはならないだろう。――どうするアベル? それでも彼女を旅の仲間にするのか?」
カロンに問いかけられたアベルは、真面目な顔で頷く。
「もちろんだ。異世界人についてはいろいろ噂があるからな。異世界人はこちらの世界に召喚される際に強い力を授かると聞く。元々の彼女に力がなくても、きっと強い力を授かっているから、問題ない」
やはり自信たっぷりなアベル。
しかし真由にとっては、問題大ありだった。
「私は召喚されたわけじゃありませんから! 強い力を授かった覚えなんてありません」
「君が覚えていないだけだろう? 大丈夫だ」
その『大丈夫』の根拠は、いったいどこにあるのだろう。
(やっぱりこの人、話が通じないわ!)
彼では話にならないと思った真由は、カロンに視線を投げた。補佐役の騎士ならば勇者を止められるはず。
しかし真由の期待に反し、カロンはゆっくりと首を横に振った。
「真由といったか……。あなたには申し訳ないが、アベルがあなたを連れて行くと言う限り、それは決定事項だ。この世界には今、魔王が出現している。そのため、最優先事項は魔王討伐なんだ。魔王を倒す勇者には国を越えて便宜が図られている。勇者の意向はすべて叶えられなければならず、逆らえばあらゆる国を敵に回すことになる」
カロンの説明はなめらかだ。ここまでスラスラ話せるということは、今まで何度も同じ説明をしてきたのかもしれない。
(きっと、勇者がワガママを言うたびに、カロンさんが相手を説得してきたんでしょうね)
四人の中では一番年長のカロンは、どことなく疲れて見えて、真由は同情してしまう。
とはいえ、アベルの仲間になれという誘いを受け入れられるかどうかは、また別問題だ。
なおも断ろうとする真由の先手を打つように、カロンが再び口を開く。
「このあとの発言は気をつけるといい。万が一、あなたが勇者の誘いを断れば、その責めはあなただけではなく、あなたと関係がありそうな者……そちらのご婦人と男性にも及ぶだろう」
それはあからさまな脅しだった。
真由が誘いを断れば、ワラビやオルレアにまで被害が及ぶというのだから。
話を聞いて、ワラビの顔は真っ青になった。オルレアも眉間のしわを深くする。
真由は――少し考えた。はっきり言って、ワラビやオルレアとは会ったばかりで、他人と呼んでいいような関係だ。しかも、真由がこの世界にトリップした原因となった人たちかもしれない。
ここで真由が勇者の誘いを蹴ったことで結果二人が罰せられたとしても、負い目を感じる必要などないだろう。
二人ともそれがわかっているからか、真由に助けを求めるような素振りを見せなかった。
――真由は、やがて小さなため息をつく。
(ムリムリ、絶対ダメだわ。ここでワラビさんとオルレアさんを犠牲にしたら、後悔するもの)
自分のせいで誰かが傷ついても平気でいられるような図太い神経を、真由は持っていない。
ならば、アベルの誘いを受けて勇者一行に入る以外ないだろう。
非常にしぶしぶだが、真由は心を決める。
「わかりました。お誘いを受けることにします。――でも、本当に私はなんの力もありませんから! それだけは覚えておいてくださいね」
そう言って念を押す。するとアベルは、満面の笑みを浮かべた。
「ああ、わかった。俺が必ず君の力を引き出してみせよう。安心して仲間になるといい」
(絶対わかっていないでしょう!)
そう思うが、もはや引き返すことはできない。
「……真由」
「本当にそれでいいのか?」
青い顔をしたワラビと顔をしかめたオルレアが、心配そうに確認してきた。
いいも悪いも、彼らを見捨てるという選択肢を選べないのだから仕方ない。
「はい」
真由が苦笑しながら頷けば、二人はなんとも言えない表情をした。
すると、そこにアベルが割り込んできて、今度はオルレアに向かって話しかけた。
「あなたは魔法使いのようだが、彼女を異世界から召喚したのはあなたなのか? だとすれば、かなり力の強い魔法使いだな。どうだろう? あなたも俺たちと一緒に魔王を倒す旅に出ないか?」
ほんの一瞬、顔をしかめたオルレアは、すぐに真摯な表情を浮かべてアベルと向かい合う。
「お誘いいただきありがとうございます。ただ、私は彼女を召喚したわけではありません。彼女がどうしてこの世界に来たのかは、まるっきり謎なのです。――それに、私は確かに魔法使いですが、私が使えるのは一次精霊魔法。残念ですが、私では魔王との戦いでお役に立てないでしょう」
いかにも残念だと言いたげに、オルレアは話す。
アベルは驚いて目を丸くし――
「そうか。今どきそんな魔法使いもいるんだな。それでは俺たちと一緒に来るのはつらいだろう。諦めることにするよ」
あっさり引き下がった。
(えぇ!? なんで!?)
真由はわけがわからない。どうしてオルレアは断れるのに、真由は断れないのだろう。
不満そうな真由の表情に気づいたワラビが、こっそり囁いてきた。
「この世界の魔法は、精霊の力を借りて使うものだって話は、さっきオルレアがしただろう。ただその魔法にも二種類あってね。直接精霊に語りかけて力を貸してもらう一次精霊魔法と、精霊に力を込めてもらった精霊石を使う二次精霊魔法さ。一次は特別に精霊と相性のいい魔法使いにしか使えない特殊な魔法で、二次は手順さえ踏めば使えるもの。とはいえ、二次でも高等な魔法になれば手順が複雑で、簡単に誰でも使えるわけではないんだけれどね。――で、オルレアは一次精霊魔法の魔法使いなのさ。一次は、二次より力が強いんだけど、精霊が力を貸したくないと思う魔法は使えないっていう欠点があるんだよ」
先ほど現れた土の精霊と水の精霊のように、精霊にも人格や意志がある。当然本人が嫌だと思うものには力を貸さないのだという。
「精霊が一番嫌うのは攻撃魔法なのさ。どんなに力の強い精霊でも、自分から戦いを挑むことはないんだよ。もちろん精霊自身や、精霊が力を貸している魔法使いが攻撃されたりすれば、反撃する。けれど、基本的に精霊たちは戦いたがらないのさ。たとえそれが、世界を滅ぼすと言われる魔王相手であってもね」
どうやら精霊は、とても平和主義らしかった。
勇者一行の目的は魔王の討伐。戦えない魔法使いなんてお呼びじゃないのだろう。
「私だって戦いたくありません」
「ああ、そうだろうね。だが戦いたくなくても、戦おうと思えば戦えるだろう? でも一次精霊魔法使いは、どんなに戦いたいと思っても、精霊が協力しない限りは魔法が使えないんだよ」
問題は、望むか否かではなく、できるかできないかだという。
「それだって、なんの力もない私にはできません!」
「あたしもそう思うよ。でも、勇者さまはできると思い込んでいらっしゃるからね」
真由は絶望的な表情で肩を落とした。
その肩をワラビがポンと叩いてくれる。
ともあれ勇者の決めたことは絶対で、一度同意したからにはもう断ることなどできない。
こうして異世界トリップした真由は、不本意ながら魔王を倒す勇者一行の仲間となったのだった。
第二章 勇者一行に馴染んだと思ったら追い出されました
旅立ちに必要なのは装備である。その身一つで異世界トリップして、装備どころか着るものすら持っていない真由は、ワラビから服と靴、あと旅道具一式を提供してもらうことになった。
宿で一式を出してくれたワラビが「無償でかまわない」と言い出したので、真由は慌てる。
「無償だなんて悪いです。今は何も持っていませんが、いずれ必ず代金をお支払いしますね」
しきりに恐縮する真由に、なぜかアベルが「気にするな」と声をかけてきた。
「俺たち勇者一行は、いつでも誰からでも望むものを徴発できる権利を持っている。もちろんすべて無償だぞ」
それが当然という風に、アベルは話す。
「その代わりに私たちは魔王退治という重い任務を引き受けているんですもの。提供できないなんて言う人がいたら、厳罰ものだわ」
サラも得意そうに勇者の言葉を肯定した。
(そんなわけないでしょう! その『誰でも』の中には貧しい人だっているかもしれないのに)
例えば徴発する相手が王侯貴族や金持ちの商人だけならば、そういった権利を振りかざすのも悪くないと思う。むしろ余裕のある人たちには、積極的に協力してもらいたい。
しかし世の中には、自分や家族が生きていくだけで精一杯という人だっているのだ。そんな人たちにまで協力を強制するのは、絶対間違っている。
ムッとした真由は、アベルとサラに言い返そうとした。
しかし、その気配を察知したワラビに止められてしまう。
「気にしなくていいんだよ、真由。勇者さまのおっしゃる通りだ。あたしらみたいに力のない者は、勇者さまに守っていただくしかないからね。できることは喜んでさせてもらうさ。それにうちは宿屋だもの。旅人用の旅装は揃っているんだよ。遠慮せずに持ってお行き」
『勇者に逆らってはダメだ』と、ワラビはしきりに目配せしてくる。
「ほら、この女将だってそう言っているでしょう。まあ、こんな小さな村の小さな宿屋で売っている旅装なんて、たいしたものじゃないでしょうけれど、あんたには丁度いいんじゃない」
サラはバカにしたようにフフンと笑った。彼女は先ほどから、むやみやたらに突っかかってくる。もしかして、好きな人が真由を熱心に誘ったことが気に入らないのかもしれない。
真由にとっては、いい迷惑だ。
しかしワラビ自身に止められてしまえば、サラたちに反論するわけにもいかなかった。
いつか必ずお代を返そうと心に決めて、今はありがたく受け取ることにする。
空いている部屋を借り、真由はもらったばかりの旅装に着替えた。長袖のシャツを着て、ピッタリした黒のパンツを穿く。靴は足首までのローヒールのブーツで、厚手の布でできたバックパックを背負った。フード付きのマントを羽織れば、旅の仕度は完了だ。
その姿を見て、ワラビはホッとしたように笑う。
「よく似合うよ。女物の旅装はあんまり種類がないから心配していたんだけど、サイズが合ってよかった」
「本当にありがとうございます」
「礼なんていいって言っただろう。それより、とにかく気をつけて行くんだよ」
ワラビが心から心配してくれているとわかり、真由はなんだか泣きそうになる。
そこに、オルレアがノックをして部屋に入ってきた。
「――これを」
彼は自身の髪を結んでいた髪留めを外し、真由に差し出す。
「髪が邪魔だろう。これで縛るといい」
黒の地金に小さめの石が二つついた、シンプルだけど美しい髪留めだ。石は水色と淡いピンクで、どちらも透きとおっている。
思いがけない贈り物に、真由はびっくりした。目を見開いてオルレアを見ると、彼は気まずそうに視線を逸らす。
「その石には守護の魔法がかけられている。――君がこの世界に来たのは、絶対に俺の魔法のせいではないと信じているが、それでもこのまま旅立たせるのは寝覚めが悪いからな。他人の使っていた髪留めを使うのが嫌なら、無理に使う必要はないぞ。荷物に入れておけば、お守り代わりくらいにはなるはずだ」
ぶっきらぼうに話す彼の目元は、ほんのり赤くなっている。オルレアなりに責任を感じ、真由を心配してくれているようだ。
「ありがとうございます。さっそく使わせてもらいますね」
真由は自分でも不思議なくらい抵抗なく、オルレアの髪留めを使った。髪を高い位置で一つにまとめれば、襟足がスッキリして自然に背筋が伸びる。
「ああ、いいね。オルレア、あんたもやるじゃないか!」
楽しそうに笑ったワラビが、バン! とオルレアの背中を叩いた。
オルレアはゲホッとむせ、恨めしそうにワラビを睨む。
真由はクスクスと笑い出した。
(ああ……。このままここに残って、ワラビさんの宿で働きたかったなぁ)
そんな思いが湧き上がるが、もうどうにもできない。
心残りが顔に出たのだろう、ワラビが困ったような顔をした。
「そんな顔しなさんな。魔王討伐の旅はたいへんだろうけど、今回みたいに行く先々で便宜を図ってもらえるんだよ。いいこともあるだろうさ」
「……便宜なんて図ってもらっても、全然嬉しくありません。私は自分でできることをやって、その分の正当な報酬をもらいたいんです」
なんの力もないのに勇者一行について行って便宜を図ってもらっても、心苦しいばかりだ。
「……すまないね」
ワラビが謝る必要はないのに、気のいい宿屋の女将はそう言ってそっと真由を抱きしめた。
オルレアが、唇を噛んでうつむく。
真由はうつうつとした気持ちで、二人に別れを告げたのだった。
そうしてはじまった勇者一行との旅だが――出だしは、とても順調だった。
例の『勇者一行は行く先々で最大の便宜が図られる』という恩恵が効いて、食事は上げ膳据え膳。宿泊場所はその地域一番の高級宿か、そうでなければ町長や村長の家で、至れり尽くせりのもてなしを受けられた。
町や村以外の街道を進む時も、野宿になりそうな時は、大きな馬車を従者付きで貸してもらえて、何不自由なく過ごせた。
真由の能力を引き出すためなどと言って変な訓練を課されることもあったが、実害はないので適当に流している。
雲行きが怪しくなったのは、旅に出てから一ヶ月半――人の住む地域を過ぎ、果ての荒野と呼ばれる場所に入ってからだ。
まばらに生える草木以外に緑はなく、茶色い土とゴロゴロとした岩の目立つ、果ての荒野。あらゆる国より広いとも言われるそのまた果てに、魔王城があるそうだ。
それを証明するかのように、荒野を進めば進むほど魔獣が現れた。魔獣とは、この世界に生息する魔法が使える獣のこと。魔王が生まれたことにより活発になり、人間を襲っているらしい。
ちなみにほかにも、魔人や魔族といった魔のものがいるが、その実態はよくわかっていないのだとか。
それはともかく、勇者一行の最終目標は魔王の討伐。さらに、そこへ至る途中に出現する魔のものを倒すことも、重要な任務だという。
現れた魔獣は、ある時はアベルの剣の一振りで倒され、またある時はサラの射った弓に体を貫かれて消滅した。
大柄な騎士のカロンは、魔獣の攻撃を一手に引き受け、仲間たちが攻撃する隙を生み出す。
ちなみに、聖女だという白い髪の女性フローラは……なんと攻撃系の神聖魔法の使い手だった。神聖魔法とは、光の精霊が祝福と同時に力を込めた聖石と呼ばれる特別な精霊石を使う魔法である。フローラは、この聖石で派手な攻撃魔法をバンバン! とぶちかますのだ。
『キャハハハ! 死んじゃえ!!』
いつも無口なフローラが高笑いをしながら、狂暴な魔獣を次々と吹き飛ばす。
その姿に、真由は顎が外れそうなほどパカンと口を開けて驚いた。
「聖女って普通は、回復系の魔法を使うんじゃないの!?」
思わず叫んだ真由に、アベルは首を傾げた。
「回復系? なんだそれは?」
「治癒魔法ですよ! 一瞬にして傷を癒やしたり体力を回復させたりする魔法です」
「そんなこと、できるはずがないだろう?」
なんとこの世界には、回復系の魔法がそもそも存在しなかった。
怪我をすれば消毒して傷薬を塗り、体調が悪ければ症状に合わせて調合された薬を呑む。疲れたら休憩し、それでもダメな時は眠って体力を回復するのだ。
(まるっきり地球と同じじゃない。……でもまあ、それが普通のことなのよね。呪文一つで怪我や病気が治ったり、すごい時には生き返ったりするのは、やっぱりありえないことだもの)
いくら精霊がいて魔法が使える世界だとしても、人智を超えた治癒や蘇生は神の起こす奇跡なのだ。
ちょっとがっかりしてしまった真由に対し、アベルは呆れたような顔をした。
「そんなことが普通の人間にできるはずがない。もっとも、はるか昔に異世界から召喚された聖女の中には、〝神の御業〟を使う者がいたと記録されているが、それがその『治癒魔法』かどうかはわからないな。前回、異世界召喚が行われたのは、百年ほど前だし」
定期的に魔王が現れ、その都度、魔王を討伐する勇者とその一行が選ばれるこの世界。
魔王の力が大きくなりすぎて、この世界の者だけで対処できない場合には、異世界から勇者や聖女を召喚するそうだ。
しかしそれは滅多にないレアケース。普通はこの世界の住人から勇者や聖女を選ぶのだという。
「よほどのことがない限り、勇者は聖剣が選ぶ。聖女は、神聖魔法の使い手の中で最も強い攻撃魔法を使える者が選ばれる。それがこの世界の決まりだ」
つまりフローラは、この世界で一番の攻撃系神聖魔法の使い手なのだった。
フローラは普段とても大人しく、一言二言の単語しか話さない。それは誰に対しても同じで、終始寡黙でうつむきがちなのだ。
そのため、彼女は儚く繊細で、虫一匹殺せないような性格なのだろうと、真由は勝手に思っていた。
(それなのに、まさかこんなにスゴイ攻撃魔法の使い手だったなんて、思いもしなかったわ。世の中、見かけだけではわからないものね)
思い込みで他人を判断してはいけないと思い知った真由だ。
何はさておき、勇者一行の実力は紛うことなき本物。
一方の真由は、やはりなんの力も持っていなかった。
どんなに教えてもらっても、ただのOLだった真由に重い剣が振るえるはずもない。もちろん弓は引けないし、ましてや魔法なんて使えるはずもなかった。
(この世界の人間は、精霊石を使って正しい呪文を唱えれば、誰でも二次精霊魔法を使えるって言われてもね……。私にはそれすらできなかったし)
真由が言葉に不自由しないのは、オルレアのかけてくれた翻訳魔法のおかげだ。
つまり、そもそも真由には異世界の言葉を話しているという自覚がなく、『正しい呪文』とやらを発声できていない可能性がある。そのあたりに、魔法が使えない原因があるのかもしれなかった。
応援ありがとうございます!
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