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第4話 憎む
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二人で黙々と食べ進める。如月がいなくなったせいか、やけに静かだ。またこの状況か、とふと気付いた。今回は部屋じゃなく、周りにも人がいるのが救いだろうか。昨日の秋谷との時のような心の焦りは出てこない。
尾坂を見ると、時々こちらの様子をちらちらと窺っているようだった。何か言おうと口を一瞬動かすが、言葉にはならない。それが数回繰り返される。何やってんだろう、こいつ。
気にしないふりをしてメロンパンを腹に片づけていると、ようやく尾坂が声を発した。
「……さっきの話だけど」
「ん? 何?」
メロンパンから口を離して顔を上げる。尾坂は頬を朱に染めながら、もじもじと言葉を紡ごうとしている。
「アレだ、兄とか妹とかの話。如月が騒いでただろ」
「ああ。それがどうかした?」
「その、お前も……オレのこと、妹にしたいと思うか?」
理解するのに数秒、その言葉を聞いて感情に反映するまでにさらに数秒。今の僕の表情がどうなっているのかを激しく知りたい。鏡が近場にあったなら、すぐさま覗き込んでいただろう。そのくらい、僕の心の中は複雑な感情で埋め尽くされていた。
何という、余りにも変化球すぎる質問。いや、これが如月によって発現されたのならば、まったく問題はない。単なる冗談として処理されるからである。しかし、今は違う。質問主は、一見小学生だけど口が悪くて毒しか吐かないというイメージが強烈な、あの尾坂なのだ。一体彼女の中で何があったのか。やっぱり、先ほど如月に何かされてしまったのか?
頭の中がごちゃごちゃになりながらも、なんとか僕は口を開くことが出来た。
「えーっと、……何で、そんなこと訊くわけ?」
彼女はやはり顔を下に向けて答え難そうに口を動かす。何回目かに、その声が聞こえてきた。
「……うちの兄貴達さ、全員オレみたいに口が悪くて、その上性格も捻くれてんだよ。何かある度にオレに文句言うし、すぐオレに喧嘩売ってくるし、オレのことパシリみたいに扱いやがるし。何か、兄貴達と過ごしてると、オレって本当に女なのかなって思うことが時々あんだよ。オレは、本当は妹じゃなくて弟なんじゃないのかって」
初めて聞くような、尾坂の深刻な口調。口が悪くて捻くれてるっていう自覚はあるんだな、なんて考えながら聞いていた僕も、すぐに気を引き締められた。
「さっき如月の奴が、オレが妹だったらいいなって言ってたよな。アレってさ、実は中学の時も同じこと言われたことあんだよ。如月とはまた違う感じにちゃらけた女子の軍団。まだ一言二言しか話してないのに、『可愛い』だの『変わってるね』だの並べてきて、オレの周りで数人がぺちゃくちゃしゃべりやがんの。うるせえったらありゃしねえ。オレも最初の方は社交辞令みたいな感じでその場にいたんだけどさ、そいつら終いにはオレ無視して勝手に話しまくるもんだから、流石に途中で逃げ出したよ。で、やっぱオレって女らしくねえのかなって思った」
そこで、彼女は勢いよく顔を上げて、僕の目をじっと捉えた。濡れた瞳の奥に、目を細める僕の顔が写りこんでいる。
「お前は、どう思う? やっぱりオレって女らしくないのか? 妹らしくないのか? 他の女子どもみたいな、適当な意見じゃ駄目なんだ。男から見た、率直な意見が欲しい」
真っ直ぐに、尾坂は言った。どう見てもふざけてなどいない、茶化してなどいない、真剣な眼差し。僕は少したじろぎながらも、まずは深呼吸して、彼女の言ったことを整理してみる。
尾坂の四人の兄たちの話。中学の時の女子たちの話。そこから、自分は妹らしいのか、女らしいのか、という質問。話が飛んでるようで飛んでないような、繋がってるようで繋がってないような気がする、というのが一番に抱いた感想だった。
こいつがどんな答えを求めているのかわからないし、弟や妹のいない僕が兄の気持ちなんて知るはずもない。どうすれば妹らしいのかなんて答えがあるのかも不明だし、ましてや女らしさなんて言わずもがなだ。
それでも、尾坂は僕を見つめている。何かを待っている。
「……とりあえず、僕が思ったことを素直に言っちゃっていいんだな?」
僕が尋ねると、彼女は目を輝かせて頷く。少しプレッシャーを受けながらも、僕は言葉を発した。
「女らしくないし、妹らしくない」
「んだとてめえ! やんのかこらぁ!」
「こら椅子を持ち上げるな! 素直に言えって言ったのはそっちじゃないか」
頭上に椅子を構える尾坂を両手で制し、なんとか大人しくさせる。さっきまで輝いていた目も、すっかり不機嫌になってしまった。僕は溜息を吐いて、彼女に指を指す。
「そういうところだよ。すぐに怒るし、人の話を聞こうとしない。女らしさ以前に、そもそも尾坂は全てが子どもらしいんだ。女らしくなりたいなら、まずは精神年齢から上げていかないと……って、ちゃんと聞いてるか?」
尾坂は俯いてぶるぶると肩を震わせている。怒っているのは明らかだ。そういうところもだな、と付け加えようとしたところで、尾坂がゆっくりと顔を上げた。
大粒の涙を浮かべた彼女は、椅子を蹴散らして立ち上がった。
「うっせえなあ! オレがどう足掻こうが、結局みんな見た目で判断するだけだろうが! 身長が低いからとか童顔だからとか声が幼いからとか、じゃあオレはどうすればいいんだよ! オレは望んでこんな体になったわけじゃねえし、望んでも変えることなんて出来やしねえじゃねえか。だからオレはこうやって、兄貴たちみたいに言葉遣い粗くして、舐められないようにしてんだろうが! それが逆に子どもっぽいって言うのなら、女らしくねえってのなら、一体オレはどうすればいいんだよ!」
僕に向かって荒げられたその声に、辺りにいた全員が不審そうな顔でこちらを向く。でも今の僕は、そんなこと気にしてなどいられなかった。目の前の少女の悲痛な叫びが、心の中で何度も反響し、ゆっくりと溶けてゆく。
「もし、神様なんて奴が本当にいるとしたら、オレをこんな風にしたそいつをオレは憎む。絶対な」
こいつの気持ちなんて、僕がわかるわけもない。
尾坂が何に悩んでいるかなんて、僕の知ったことではない。
女らしくありたい。妹らしくありたい。
子どもっぽく見られたくない。舐められたくない。
どれも、僕には無縁なものだ。
だから僕は、何も考えずにそのまま思ったことを言った。彼女の方から率直に言えと言ってきたんだ。その点では、僕は悪くない。
――じゃあ、この罪悪感の正体は何だ?
「……尾坂は、どうなりたいんだよ」
はっきりと、僕は語りかけた。興奮している様子だった尾坂も、次第に落ち着きを取り戻し、テーブルに背中をもたれかけて両手で顔を覆った。
「わかんねえんだよ。自分がどうなりたいのかが、わからない。何に悩んでるのかが、わかんないんだ」
そして彼女は、自嘲気味に笑う。それが、僕が聞いた彼女の初めての笑い声。
とても――可哀想だ。
「どうもならなくて、いいんじゃないか?」
気付けば、僕の口は動いていた。まただ、またこの感覚。誰かに操られているような違和感。頭ではしっかりと理解しているのに、口は閉じることを知らない。
悲しげな尾坂の目を、僕は捉える。
「個性ってやつだよ。尾坂美奈は尾坂美奈だ。誰とも違う、一つの人格がそこにはある。背が低くてちっちゃくて一見幼く見えて声も見た目相応幼くてとても高校生には見えないし、そのくせ口は悪くて性格も捻くれてる生意気な少女、それが尾坂だろ? 別にそのままでいいんだよ。周りの目なんて気にするな。女らしくなくたって、子どもっぽかったって、それが何だって言うんだ。誰も文句は言いやしないさ。というか、尾坂が女らしくて大人っぽい性格だったら、それこそ違和感大有りだと思うぞ」
なんて矛盾だらけで俗な意見なのだろう。ただ綺麗事を並べただけの、薄っぺらい説教。自分で言ってて激しく嫌悪感が湧いてくる。
「あと、これは僕の想像だけど、お兄さんたちは尾坂のこと心配してたんじゃないか? やっぱり、身体が幼く見えるだけに、せめて内心だけでも強くしてやろうって考えたんじゃないかな。まあちょっとやり過ぎちゃってるみたいだけど」
言い終えた後で、ようやく体の自由が戻ってきた。違う、別に何か他の力が働いていたわけではないし、身体の動きも考えていたことも何の変わりもない。しかし、なぜかはっきりと、それがわかった。
尾坂は呆然とした顔で僕を見つめている。まだ瞳は濡れていた。怒っているのか、悲しんでいるのか、よくわからない表情。
――ああ、昨日の繰り返しだ。
僕の中の何が、こんなにも僕の口を動かしているのか。
「……黙って聞いてりゃあ、ちっちゃいだの捻くれてるだの生意気だの、言いたい放題言ってくれんじゃねえか」
明らかに怒気の籠った彼女の声。そう、それが普通の反応。何もわからない奴が、説教などする資格もない奴が、勝手なことをべらべらと喋りまくって、分かったような口を聞いてきたんだ。怒るのは、当然だと思う。
ところが。
「くっくっく……あーはっはっは!」
俯いて罵倒を覚悟していた僕の耳に届いたのは、大きな笑い声だった。驚いて面を上げると、尾坂が可笑しそうに腹を抱えて大笑いしている。
僕は口を開けたまま、しばらく動けなかった。状況がまったく理解できない。そんな僕の顔を見て、尾坂が涙を拭きながら言う。
「いやあ、お前って本当わけわからねえよな。何の特徴もない鈍感野郎だと思ってたら、いきなり変な説教しだすし、何なんだよ、一体」
こいつ、僕のことそんな風に思ってたのか。まあ『何の特徴もない』はまだいいとして、『鈍感』ってのは何でなんだよ。僕は尾坂の前でそんなに鈍いところを見せただろうか?
疑問符を浮かべる僕の顔を、一通り笑い終えた尾坂が笑顔で覗き込んだ。
「ま、どっかで聞いたことあるようなしょうもない話だったけど、大分楽にはなったよ。多分オレは、誰かからそれを直接言ってほしかったんだと思う。周りに振りまわされて、何が何でも周りと合わせなくちゃって、焦ってたんだろうな。あー、何かオレって、すっげえどうでもいいことで悩んでた気がしてきた」
その声は、とても楽しそうで。
ふと、思った。
「尾坂ってさ、そういう楽しそうな笑顔の時の方が可愛いよな。ずっとそうしとけば、少なくとも今よりは女らしく見えるんじゃないか?」
瞬間、尾坂の顔から笑顔が消え、目を丸くさせた。数秒考えるように視線を巡らせていた彼女は、突然顔を真っ赤にして、憤慨の表情で僕に指を突きつけてきた。
「お、お前なあ! そういうこと言うか、普通? そういうとこも含めて鈍感って言ってんだよ、バーカ!」
昨日の秋谷といい、何で女子って急に怒りだすんだろう。鈍感などと言われても、その理由を言ってくれないとわかるわけがないじゃないか。それに、今のは僕の中では褒め言葉のつもりだったんだけど。
不貞腐れたように残りのパンを食べ始めた尾坂を見ながら、僕は不思議な気持ちを抱いていた。
結局、こいつも少しは救われたのだろうか。
――別に僕には関係のないことだけど。
無理やり付け足されたようなその思いは、しかし、僕の中で響かずに、どこかへ消え去ってしまった。
尾坂を見ると、時々こちらの様子をちらちらと窺っているようだった。何か言おうと口を一瞬動かすが、言葉にはならない。それが数回繰り返される。何やってんだろう、こいつ。
気にしないふりをしてメロンパンを腹に片づけていると、ようやく尾坂が声を発した。
「……さっきの話だけど」
「ん? 何?」
メロンパンから口を離して顔を上げる。尾坂は頬を朱に染めながら、もじもじと言葉を紡ごうとしている。
「アレだ、兄とか妹とかの話。如月が騒いでただろ」
「ああ。それがどうかした?」
「その、お前も……オレのこと、妹にしたいと思うか?」
理解するのに数秒、その言葉を聞いて感情に反映するまでにさらに数秒。今の僕の表情がどうなっているのかを激しく知りたい。鏡が近場にあったなら、すぐさま覗き込んでいただろう。そのくらい、僕の心の中は複雑な感情で埋め尽くされていた。
何という、余りにも変化球すぎる質問。いや、これが如月によって発現されたのならば、まったく問題はない。単なる冗談として処理されるからである。しかし、今は違う。質問主は、一見小学生だけど口が悪くて毒しか吐かないというイメージが強烈な、あの尾坂なのだ。一体彼女の中で何があったのか。やっぱり、先ほど如月に何かされてしまったのか?
頭の中がごちゃごちゃになりながらも、なんとか僕は口を開くことが出来た。
「えーっと、……何で、そんなこと訊くわけ?」
彼女はやはり顔を下に向けて答え難そうに口を動かす。何回目かに、その声が聞こえてきた。
「……うちの兄貴達さ、全員オレみたいに口が悪くて、その上性格も捻くれてんだよ。何かある度にオレに文句言うし、すぐオレに喧嘩売ってくるし、オレのことパシリみたいに扱いやがるし。何か、兄貴達と過ごしてると、オレって本当に女なのかなって思うことが時々あんだよ。オレは、本当は妹じゃなくて弟なんじゃないのかって」
初めて聞くような、尾坂の深刻な口調。口が悪くて捻くれてるっていう自覚はあるんだな、なんて考えながら聞いていた僕も、すぐに気を引き締められた。
「さっき如月の奴が、オレが妹だったらいいなって言ってたよな。アレってさ、実は中学の時も同じこと言われたことあんだよ。如月とはまた違う感じにちゃらけた女子の軍団。まだ一言二言しか話してないのに、『可愛い』だの『変わってるね』だの並べてきて、オレの周りで数人がぺちゃくちゃしゃべりやがんの。うるせえったらありゃしねえ。オレも最初の方は社交辞令みたいな感じでその場にいたんだけどさ、そいつら終いにはオレ無視して勝手に話しまくるもんだから、流石に途中で逃げ出したよ。で、やっぱオレって女らしくねえのかなって思った」
そこで、彼女は勢いよく顔を上げて、僕の目をじっと捉えた。濡れた瞳の奥に、目を細める僕の顔が写りこんでいる。
「お前は、どう思う? やっぱりオレって女らしくないのか? 妹らしくないのか? 他の女子どもみたいな、適当な意見じゃ駄目なんだ。男から見た、率直な意見が欲しい」
真っ直ぐに、尾坂は言った。どう見てもふざけてなどいない、茶化してなどいない、真剣な眼差し。僕は少したじろぎながらも、まずは深呼吸して、彼女の言ったことを整理してみる。
尾坂の四人の兄たちの話。中学の時の女子たちの話。そこから、自分は妹らしいのか、女らしいのか、という質問。話が飛んでるようで飛んでないような、繋がってるようで繋がってないような気がする、というのが一番に抱いた感想だった。
こいつがどんな答えを求めているのかわからないし、弟や妹のいない僕が兄の気持ちなんて知るはずもない。どうすれば妹らしいのかなんて答えがあるのかも不明だし、ましてや女らしさなんて言わずもがなだ。
それでも、尾坂は僕を見つめている。何かを待っている。
「……とりあえず、僕が思ったことを素直に言っちゃっていいんだな?」
僕が尋ねると、彼女は目を輝かせて頷く。少しプレッシャーを受けながらも、僕は言葉を発した。
「女らしくないし、妹らしくない」
「んだとてめえ! やんのかこらぁ!」
「こら椅子を持ち上げるな! 素直に言えって言ったのはそっちじゃないか」
頭上に椅子を構える尾坂を両手で制し、なんとか大人しくさせる。さっきまで輝いていた目も、すっかり不機嫌になってしまった。僕は溜息を吐いて、彼女に指を指す。
「そういうところだよ。すぐに怒るし、人の話を聞こうとしない。女らしさ以前に、そもそも尾坂は全てが子どもらしいんだ。女らしくなりたいなら、まずは精神年齢から上げていかないと……って、ちゃんと聞いてるか?」
尾坂は俯いてぶるぶると肩を震わせている。怒っているのは明らかだ。そういうところもだな、と付け加えようとしたところで、尾坂がゆっくりと顔を上げた。
大粒の涙を浮かべた彼女は、椅子を蹴散らして立ち上がった。
「うっせえなあ! オレがどう足掻こうが、結局みんな見た目で判断するだけだろうが! 身長が低いからとか童顔だからとか声が幼いからとか、じゃあオレはどうすればいいんだよ! オレは望んでこんな体になったわけじゃねえし、望んでも変えることなんて出来やしねえじゃねえか。だからオレはこうやって、兄貴たちみたいに言葉遣い粗くして、舐められないようにしてんだろうが! それが逆に子どもっぽいって言うのなら、女らしくねえってのなら、一体オレはどうすればいいんだよ!」
僕に向かって荒げられたその声に、辺りにいた全員が不審そうな顔でこちらを向く。でも今の僕は、そんなこと気にしてなどいられなかった。目の前の少女の悲痛な叫びが、心の中で何度も反響し、ゆっくりと溶けてゆく。
「もし、神様なんて奴が本当にいるとしたら、オレをこんな風にしたそいつをオレは憎む。絶対な」
こいつの気持ちなんて、僕がわかるわけもない。
尾坂が何に悩んでいるかなんて、僕の知ったことではない。
女らしくありたい。妹らしくありたい。
子どもっぽく見られたくない。舐められたくない。
どれも、僕には無縁なものだ。
だから僕は、何も考えずにそのまま思ったことを言った。彼女の方から率直に言えと言ってきたんだ。その点では、僕は悪くない。
――じゃあ、この罪悪感の正体は何だ?
「……尾坂は、どうなりたいんだよ」
はっきりと、僕は語りかけた。興奮している様子だった尾坂も、次第に落ち着きを取り戻し、テーブルに背中をもたれかけて両手で顔を覆った。
「わかんねえんだよ。自分がどうなりたいのかが、わからない。何に悩んでるのかが、わかんないんだ」
そして彼女は、自嘲気味に笑う。それが、僕が聞いた彼女の初めての笑い声。
とても――可哀想だ。
「どうもならなくて、いいんじゃないか?」
気付けば、僕の口は動いていた。まただ、またこの感覚。誰かに操られているような違和感。頭ではしっかりと理解しているのに、口は閉じることを知らない。
悲しげな尾坂の目を、僕は捉える。
「個性ってやつだよ。尾坂美奈は尾坂美奈だ。誰とも違う、一つの人格がそこにはある。背が低くてちっちゃくて一見幼く見えて声も見た目相応幼くてとても高校生には見えないし、そのくせ口は悪くて性格も捻くれてる生意気な少女、それが尾坂だろ? 別にそのままでいいんだよ。周りの目なんて気にするな。女らしくなくたって、子どもっぽかったって、それが何だって言うんだ。誰も文句は言いやしないさ。というか、尾坂が女らしくて大人っぽい性格だったら、それこそ違和感大有りだと思うぞ」
なんて矛盾だらけで俗な意見なのだろう。ただ綺麗事を並べただけの、薄っぺらい説教。自分で言ってて激しく嫌悪感が湧いてくる。
「あと、これは僕の想像だけど、お兄さんたちは尾坂のこと心配してたんじゃないか? やっぱり、身体が幼く見えるだけに、せめて内心だけでも強くしてやろうって考えたんじゃないかな。まあちょっとやり過ぎちゃってるみたいだけど」
言い終えた後で、ようやく体の自由が戻ってきた。違う、別に何か他の力が働いていたわけではないし、身体の動きも考えていたことも何の変わりもない。しかし、なぜかはっきりと、それがわかった。
尾坂は呆然とした顔で僕を見つめている。まだ瞳は濡れていた。怒っているのか、悲しんでいるのか、よくわからない表情。
――ああ、昨日の繰り返しだ。
僕の中の何が、こんなにも僕の口を動かしているのか。
「……黙って聞いてりゃあ、ちっちゃいだの捻くれてるだの生意気だの、言いたい放題言ってくれんじゃねえか」
明らかに怒気の籠った彼女の声。そう、それが普通の反応。何もわからない奴が、説教などする資格もない奴が、勝手なことをべらべらと喋りまくって、分かったような口を聞いてきたんだ。怒るのは、当然だと思う。
ところが。
「くっくっく……あーはっはっは!」
俯いて罵倒を覚悟していた僕の耳に届いたのは、大きな笑い声だった。驚いて面を上げると、尾坂が可笑しそうに腹を抱えて大笑いしている。
僕は口を開けたまま、しばらく動けなかった。状況がまったく理解できない。そんな僕の顔を見て、尾坂が涙を拭きながら言う。
「いやあ、お前って本当わけわからねえよな。何の特徴もない鈍感野郎だと思ってたら、いきなり変な説教しだすし、何なんだよ、一体」
こいつ、僕のことそんな風に思ってたのか。まあ『何の特徴もない』はまだいいとして、『鈍感』ってのは何でなんだよ。僕は尾坂の前でそんなに鈍いところを見せただろうか?
疑問符を浮かべる僕の顔を、一通り笑い終えた尾坂が笑顔で覗き込んだ。
「ま、どっかで聞いたことあるようなしょうもない話だったけど、大分楽にはなったよ。多分オレは、誰かからそれを直接言ってほしかったんだと思う。周りに振りまわされて、何が何でも周りと合わせなくちゃって、焦ってたんだろうな。あー、何かオレって、すっげえどうでもいいことで悩んでた気がしてきた」
その声は、とても楽しそうで。
ふと、思った。
「尾坂ってさ、そういう楽しそうな笑顔の時の方が可愛いよな。ずっとそうしとけば、少なくとも今よりは女らしく見えるんじゃないか?」
瞬間、尾坂の顔から笑顔が消え、目を丸くさせた。数秒考えるように視線を巡らせていた彼女は、突然顔を真っ赤にして、憤慨の表情で僕に指を突きつけてきた。
「お、お前なあ! そういうこと言うか、普通? そういうとこも含めて鈍感って言ってんだよ、バーカ!」
昨日の秋谷といい、何で女子って急に怒りだすんだろう。鈍感などと言われても、その理由を言ってくれないとわかるわけがないじゃないか。それに、今のは僕の中では褒め言葉のつもりだったんだけど。
不貞腐れたように残りのパンを食べ始めた尾坂を見ながら、僕は不思議な気持ちを抱いていた。
結局、こいつも少しは救われたのだろうか。
――別に僕には関係のないことだけど。
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