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探偵と怪人の日常

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「・・・だから、なんで無茶したんですか、ヒフミ」
「・・・仕方ないでしょ。『井草』の直属に接触できる機会なんてここを逃したら何時になるか」

 あれから。
 3人の探偵が目の前に敵に集中しているタイミング、その間隙を縫って怪人「ハガネハナビ」が連続で爆撃を開始した。事前に打ち合わせていたこちらと違い、向こうの眼の外から大雑把とはいえ大体の場所に爆撃を仕掛けるほどの能力はさすがに探偵も予測できなかったらしい。
 普通ならそのままやるチャンスだったけど・・・なんで即座に防御できるんだ、アイツら。
 それでも向こうも動揺していたのは確かなようで、その混乱に乗じ満身創痍のアオマントを担いで、探偵から無事逃げ出した。
 そうしてなんとか拠点にしている「集合認識飽和学研究所《しゅうごうにんしきほうわがくけんきゅうじょ》」に帰り着いた。ちなみにもちろんダミー組織。いろいろな器具を搬入しても不審に思われないよう、とりあえずなんか意味のわからないことをしているそれっぽい研究機関。でっちあげるのには苦労したな・・・
「でもことあるごとに博打打つ性格どうにかしてください、ほんと」
 そのせいで今日10回くらい死んだ。探偵3人。キャリーオーバーだろ。
「それくらいしないと、他に策も思いつかないし」
「とりあえずごり押し力押しを策と言い張る癖からどうにかしようよ!?」
 本当、なんでこの人組織の頭やってんだ。まぁ無駄に悪運と変なカリスマ・・・いや変人誘因能力はあるから・・・
「元主。今ヒフミ様と私に対して失礼なことを考えていませんでしたか」
 怪人形態を解いた今回の功労者「ハガネハナビ」が横から割って入って来た。
 メイドが。
 ・・・メイドが。
 いつも思う。誰の趣味だこれ。
「私の趣味に決まっているでしょう」
「ええと、船織さん。元雇い主の家の人間として聞きたいんですけど。丙見の家にあなたがいたのって」
「私の眼鏡に適ったメイド服が理由の九割九分九厘です」
「断言した! 躊躇なくアホなこと言った!」

 船織《ふなおり》ヤマメ。「ハガネハナビ」爆撃機。メイドマニア。

「ヤマメさん。ありがとう。さっきはタイミングバッチリでした」
「いえ、ヒフミ様もったいないお言葉です。あなた様のお役に立つのが私の喜びですので」
 改めて、あの家を出たのが僕ひとりだったなら迷わずさっさとこの人に邪魔されて、いや確実に「処理」されていたな。しかし芦屋ヒフミ、あの頃から引くほど彼女に対して甘々だったから、最初に組織に加わったわけで・・・変人誘因能力。有益かもな。

「で、そろそろ話は戻りますが」
 閑話休題。しっかり確認することはしておかないと。
「聖屋アメ、怪人『アオマント』は左脚欠損、同時に内蔵等が損傷甚だしく、当面は絶対安静。そして僕、怪人『カオトバシ』ですが」
「大丈夫だろ、ケラなら」
「心配する必要がありますか、元主」
 ええ~いくら僕でも雑に扱われると泣くぞ? まあいいや。所詮右手が消失した程度。
 右手を振って。
「見ての通り。無事再生完了しました。毎度のことながら鍵織さんには感謝、ですね」
 鍵織かぎおりツナゲ。再生の権能を操る怪人。組織の生命線。性格はアレだけど。
 ちなみに今はぶっ続けで働き詰めをした後、白衣のまま部屋で完全に爆睡中。本人は「切ったり刻んだり楽し~!」と放っておくと余計な改造までしかねないので目が離せないけど、実際治癒能力は貴重なので何とか手綱を握る必要あり・・・うん、やっぱろくでもないな。

「・・・そう。ならよかった」
 ・・・危なかった。聖屋にもしものことがあったら罪悪感でこっちが潰れる。それくらいメンタル弱弱だけど、まあ表面上は冷酷キャラ保たないとね・・・そこ。ケラ、訳知り顔止めなさい。
「じゃあ、本題に移るけど」
 本題。戦闘力なら上位クラスの探偵3人を相手取る無茶をしてまで掠め取った成果。
「情報は正しかった。降臨祭に、井草矢森と『切断』ふたりの名探偵が訪れることになってる」

 名探偵。来訪者。
 外より訪れ神となった存在。今の世界の探偵に与えられる恩寵の源。その探偵の神がふたり降りてくるなら、すべきことはひとつ。

「その時、私たち『拾人形怪人団』が2柱の名探偵を滅する」
 首吊りの群れ殺しと、名もなき切断の女神を、神の座から堕とす。



「って言っても、私の場合こっちの仕事もあるんだよね・・・」
 ボヤキながら「会議室」に向かう。不用意なことをうっかり口にして聞かれたら面倒な事態になるからこういうのはよくないけど。でも愚痴ぐらいこぼさせて欲しい。
 だって私、芦間ヒフミは上位怪人「タンテイクライ」として「拾人形怪人団」を率いる首魁と、ここでの立場、二束のわらじを履いて地雷原で踊り狂うようなギリギリの日々なんだから・・・
「3人とも無事!?」
 いつも通り、諸々の細部をどう言い繕うか思案しながら、「慌てた様子で」部屋に入る。
「姉さん、よかった無事だったんだね。青いのが現れてすぐ通信が切れたから心配したよ」
 そう声を掛けてきたのは弟のムナ。
「例の電波障害だろ。戻るのに時間がかかって・・・ムナの指示で一時撤退して、爆撃からは逃げられたけど、今まで状況がわからずヤキモキしてたんだ」
「ヒフミさんヒフミさん。わたしも不安でしたよぉ。ええ、でも安心してくださいよぉ。こちらに損害はありませんからぁ。中継用の眼がうざいうざい虫に潰されてた程度なんでぇ」
 微妙にテンションの高いいつもの口調の蛇宮ヒルメ。
「ならいいや。元々地霊の群れを狩るはずだったのが、いきなり複数の怪人に遭遇してその程度で済んだのは僥倖。機械なら替えが効くし」
 どこから足がつくかわからないから、わかる範囲で観測器を壊しておく。ちゃんとそれを守ってたんだ、ケラ。言われたことは守るんけど、イマイチ頼りないのは何でだろう、いや私も人のこと言えないけど。
「まあ、地霊も残った機材もどっちみちあの空爆で諸共吹き飛ばされましたがねぇ・・・で、すみません。ヒフミさぁん」
「? あ、うん。どうしたのヒルメ」
 いけないいけない、アジトから超高速で戻ってきた疲れで思考が明後日に迷走してた。注意一秒ケガ一生。悪だくみの原則ですよ、と。
「テキトーに青い雑魚と、途中から来た黒っぽいの、3人で相手してて。そしたら例の親玉が現れたんですよぉ」

 親玉「タンテイクライ」

「・・・それで」
「アイツの魔法には手こずらされてね・・・もうちょっとで確保できたんだけど」
 あの爆撃でね・・・そう状況を説明する団長のムナ。爆撃…ほんとギリギリだったな。
「それを防いでる間に、3体とも逃げられた、面目ないよ」
「でも3人とも無事でよかった。それで」
 あくまで「探偵芦間ヒフミ」らしく言葉を続ける。
「護衛の方は問題なく終わったの? 一応他の人にも聞いたけど、あなたの口から教えてもらった方がいいと思って」

「ああ、探偵付き、木下ムイ大臣は先ほど無事に都へ帰還したよ」

「それはよかった。ああそうだ、事前に話しておいたけど」
「はいぃ、あのおじさんもめんどくさがってましたけど、ヒフミさんの言いつけ通り、ハイソなシティにご帰還する前に、心身の状態をしっかりとチェックさせてもらいましたしたぁ」
 まあ問題なかったんだけどね、とムナ。
 問題はない。少なくともここ「19探偵事務所」の設備で「百眼」を検出できないのは前もって確認済み。中央はどうかはわからないが、一度調べた事実は残る。当面の隠蔽としてはは十分だろう。
「いや、今回はすまなかったね、急にお偉いさんの警備なんてさ、本当なら降臨祭の警備とかに集中したいだろうけど」
「・・・本当に、何で大臣自身が視察なんてことになったんだろうな」
 今まで一言もしゃべらなかった時木野が、初めて口を開いた。急に喋るのやめて、驚く・・・
「さぁ? 高度な政治的判断とかいろいろ事情があるんじゃないかな?」
 例えば失われた聖国の秘術、機密レベル3のそれが、ここ迦楼羅街かるらがい、旧世界では聖国首都だった地にあるという情報が「たまたま」上昇志向の強い人間の耳に入って、それを自分の目で確かめたいと思った、とか、「たまたま」そこに若くして近年破竹の勢いで活躍してる団長のいる、護衛役に打ってつけで、その実力を中央が見たがっていた探偵団があったとかそういう「偶然」とか。
「まあでも、不幸中の幸いというか、19探偵団の今回の活躍が中央に知られれば、私たちにとってプラスになるはずだから」
 うん、「私たち」にとって、本当にこの護衛任務は役に立つ結果だった。
 今頃、脳に百眼を植え付けられた傀儡は中央に着いたかな。
「よかった。これもヒフミ姉さんのおかげだよ」
 ・・・今さら罪悪感を感じる・・・資格はないよね。

「ふ~さすがに気疲れした~」
 早く帰って休みたい・・・ここ最近、護衛の方で手いっぱいで本来の降臨祭の警護に閲兵式だっけ? 手続きが滞っていたからな~明日からやらなきゃいけない量を考えたら怖くなる・・・自分で仕組んだ謀で過労死なんて洒落にならない。適当にケラに代わってもらうか…またごちゃごちゃ言われる・・・
 そんなことを考えながら、自分の部屋に帰ろうとしていると、
「ちょっといいか」
 時木野アキラが声を掛けて来た。

「どうしたの、時木野くん」
「さっきは他の奴がいたから聞けなかった・・・ああ、別に大したことじゃねーし無理に答えなくていいけど」
 ・・・嫌な予感がするけど。
「何かな?」

「何であんた嘘ついたんだ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「最初の眼云々の話の後に『複数の怪人』って言っただろ。あの時は『青い怪人』一体が襲ってきたことしか知らなかったはずなのに」
「なんだ。それなら戻る途中で他の人から」
「・・・ただでさえ通信が機能せず、おまけにあんなふざけた爆撃の直後だってのに、一目散に駆けつける途中で聞いたのか」
 ヤバい。この流れはヤバいかも。余計な一言で探偵に疑われるなんてベタな展開・・・

「さすがの情報収集能力だな」

 ・・・どっちだ。泳がせておくつもりなのか、それともマジでそう思っているのか・・・
 前者ならまずい。あれこれごまかした所で疑われた時点で影響が大きすぎる。
 後者なら、時木野アキラ・・・ちょっとチョロ過ぎる。
「まあいいや。悪かったな。ヒフミさんも忙しいだろうに」
「別にいいよ」
 とりあえず助かったの・・・?
「ただでさえ団長とアンタは、今度の降臨祭も探偵以外にもいろいろやらなきゃいけないことがあるんだろ、特にヒフミさんは」

 あ。 
 ダメだ。

「貴種の令嬢なんだろ」

「・・・・・・・・・・うるさい」

 ・・・しまった。つい動揺してしまった。
「? 今なんて・・・」
「ううん。何でもない。時木野アキラくん、キミも今日は大変だっただろ。だったら早く休まないと。じゃあおやすみ」
 ポカンとしたままの相手から逃げるように、じゃなくて正しく逃げ出す。

「・・・・・・失敗した」
 部屋に戻って、今さらさっきのことで自己嫌悪する。メンタル安定させておかないと、いざという時困るのに。
「まだ自分の中に地雷が残ってるなんて」
 あるいはそれを踏み抜くのが探偵、ってことなのかな。だとしたら時木野アキラ。「タンテイクライ」の能力との相性はいいのに、「芦間ヒフミ」との相性は悪いということ?

 蛇宮ヒルメ、怪人「タンテイクライ」の天敵である近距離からの直接攻撃能力の保有者。
 時木野アキラ、探偵にして怪人「芦間ヒフミ」の天敵。

 そして芦間ムナ。

 この3人と仲間のまま、近く名探偵2柱と相対する必要があるっていうんだから。

「ギリギリ、だよね・・・」
 そんな言葉だけが部屋に響いた。
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