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虚ろな探偵を満たすもの

怪人の見分け方

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「えっと、今ちょうど手錠切らしてるんだよね。ヒルヒル持ってる?」
「すみません、持ってません」
 手錠切らすって何だ、名刺とかティッシュじゃないのに。
「そっか、じゃあ取り合えず・・・よっと」
 そのまま自然な流れでうつ伏せに伸びている怪人の背中に座った。
「・・・・」
「ここなら、いざとなったら首に手が届く」
 そういう問題なのかな・・・やってる本人がいいなら、きっとそうなんだろう。
 白い怪人の上で胡坐をかく探偵っていう絵面はひどいけど。
 微妙にこっちが悪者っぽい雰囲気になるから。

「ま、だったら応援呼ぶか・・・一応武装させてから・・・」
 そう言って黄色矢さんは通信機を起動、本部に連絡して人を回すように要請した。

「ふぅ。お待たせ。もうすぐ来るって。それまでこいつ見張ってないとね」
「はい・・・あの。黄色矢さんは何故ここに?」
「え? あ、何となく?」
 真面目に答える気ないな、これは。
「まぁ、探偵してると色々と情報が入ってくるもんだからさ」
 そんな説明になってるのかどうか微妙な返答をした後。
「そういうヒルヒルこそ、どうしてこんなとこにいんの?」
 何気ない様子でそう訊いてきた。

「・・・ええ、まあわたしも・・・・散歩というか」
 苦しい。
 いくらなんでも苦し過ぎる言い訳が出てきた。だってあのテンションからいきなり放り出されたようなもんで、頭脳明晰冷静沈着な返答なんて出来ないよ。
「こんな昼間でさえ滅多に人が来ない場所にこんなに遅くに?」
「ここは公園でしょ。さすがに日中は人もいるんじゃ・・・」
「何となく陰のオーラが漂ってるから敬遠されてるんだよ。勢戸街心霊スポットランキング3位は伊達じゃないね」
「何なんですか、その降って湧いたランキングは」
「野次馬すらよりつかない、行くだけで不運に見舞われるガチにヤバいスポットを等級付けしたものだよ」
「詳しい解説ありがとうございます」
 そんなヤバい場所が他にもあるのか、この街の魔境っぷりもなかなかだよぉ。
 不運・・・確かにこんな怪人に絡まれたのは私にとってついてなかったとしか言えないけどさ。多分だけど、タンテイクライ。ここがピンポイントにそんな危険地帯だとは知らずに指定してきたんだろうな。根拠はないけどそんな予感がするよ。
 こいつに呼び出されて、ほいほい自分から会いに来たわたしも大概だけど。
「しっかし、意識を奪ったのにこいつの変身が解けないのは何でだろ?」
「えっと、怪人、わたしたちが迦楼羅街で何度か戦った奴らは、気を失っても人に戻らないように安全装置っていうか、その類が備わってるみたいなんです」
「へぇ。さすがに良く調べてるね」
 気絶させた怪人の変身が何をやっても解けずに四苦八苦してる間に仲間にそれを奪還されたことからわかったことだからあんまり自慢出来ないけど。
「でもさ。だったらひとつ質問していい?」
「何です、黄色矢さん」
 さっきからやけにグイグイ来る。いやそれは元から? でもこんな状況なのに・・・

「一度も姿を見たことがないなら、何でこいつらが人間だってわかったの?」

 ・・・・何を言ってるんだろうこの人。
「そんなの」
 すぐわかる。
 そう言おうとしてわたしは言葉を詰まらせた。
 人からかけ離れた異形は化外の類と区別がつかない、なのに「怪人」を常に人間だと認識していた。
「えっと、言葉を話す、会話が通じるとか」
「舌で人を惑わす精霊や悪霊なんて、それこそ山のようにいるよ」
 確かに。言葉を話す悪霊もいくつも見てきた。
「なのに、こいつを見てヒルヒルは一度も疑問に思うこともなく、人間だと考えた」
 と、白い頭をポンポン叩く・・・やりたい放題。
「もう一度訊くよ、蛇宮ヒルメ。何でこの怪人を人間だと思うんだい?」

 ・・・わからない。
 そもそも、怪人の正体が人間だと言い出したのは誰だっけ?


 ・・・痛い。
 何かが頭に当たってる。しかも上に乗られてるの、これって。
「そこの所、しっかり考えなよ。ヒルヒル」
 この不愉快な声・・・
「そうすればきみは、きっとフルフルみたいな強い探偵になれる。先輩のアドバイスだよ」
 何好き勝手なこと言ってんの、陽キャのくせに。
 頼れる年上枠には、既に私が入ってる。正直自分でも時々そのこと忘れちゃうけど、あんたはヒルメに会ってまだ一日しか経ってない。
 そんな奴に訳知り顔で言われると・・・うん、滅茶苦茶イラっとする。
「黄色矢さん・・」
 ヒルメ、あなたも良いこと聞いた、みたいな表情をするんじゃない。
 好感度アップとかそういう空気をうかつに出すと危険だよ。
 気絶している間に何を聞いたかは知らないけど、この女からは私と同じにおいを感じる。
 つまり、絶対性格悪いってこと。
 くそ、コミュニケーションスキル上位はこれだから。
 中身がどうであれ、それっぽいこと垂れ流すだけで一瞬で人の心を奪うんだから。私にもそれを少し分けろ・・・いや、やっぱいいいや。柄じゃないし。

 さて、現実逃避終了。

 雑念に紛らわせていたけど、今も頭はガンガンしてる。昼間といい、「たかだか人間より二回り程度強い力」で殴られた程度で、この装甲が傷つくはずはない。
 なのに2度もこうしてこの黄色矢のせいで苦渋をなめてる。
 つまりそこに仕掛けがあるってこと。
 それまだわからないけど、今重要なのはここをどう切り抜けるか。

 身体の駆動・・・いける、多分。
 脳はクリア・・・・お陰で自分が窮地に陥ってると思い知らされてるのは面白くないけどね。

「そろそろ応援の人が来るかな~」

 このタイミングでそんなこと言わないでよ、焦るから。
 でも時間がないのは残念ながら事実。
 今不意打ちを仕掛けた所で突破出来るか。
 相性最悪、蛇宮ヒルメと正体不明の理不尽な力の保有者、黄色矢リカ。この探偵ふたりからタンテイクライは逃げられるのか。
 自信は・・・・ない。
 でもやるしかない。
 嫌だな。負けず嫌いのヒルメの刃も、こいつの問答無用に畳んでくる謎の攻撃も怖い、二度と受けたくない。
 けど、覚悟を決めて、全力でここを凌いで見せる。
 悪いのはヒルメの方。
 優しいヒフミさんのことを忘れたような会話するから。

 彼女は今も私のこと、脳みそ弄られた人って信じてるけど。
 それから昨日、職務放棄したばかりだけど。

 ・・・結構致命的なやらかしやっちゃってない?

 一瞬頭に浮かんだネガティブな思考を無理やり振り払い、一気に腕と脚を動かそうとしたその時。

「はい、あなたはもう少しだけ大人しくしといてね」

 黄色矢が容赦なく頭部に拳を叩き込んできた。

「・・・・・・・・っつがはっつ!」
 潰れたカエルの声が口から出た。
 そんなの聞いたことないけど、きっと今の私のように無様だろうと思う。

「途中で意識戻ったのはすぐに気づいたよ? もう少し気絶しておいてくれると思ったけど」
 あ~頭痛い、それ以上にこいつの声がむかつく・・・でも痛い・・・
「ちょうどいいや。今のうちにきみにも訊いておくべきだよね、うん」
 そして、グイっと頭を地面に押し付けられる。
 っつ。これじゃうまく喋れない。言ってることとやってることバラバラじゃないか。
 そういえば、あのあからさまなキャラ作りの演技してないな、こいつ。
 私の敗北は決定的だから、もうそんな必要はないってこと?

 必要ない。
 勝つ為に・・・・黄色矢リカには何が必要だった?
 あの演技。
 タンテイクライ、それにカオトバシ、怪人の目を意識して、その心を乱す為の演技。

 まさかこいつ・・・・・・・

「ねえ、昼間私が撃ったのと、あのでかい鉄の奴。今この街に入り込んでる怪人は他にいない?」

「・・・いる」

「へ?」

「他に仲間がいるって言ったんだ、聞こえなかったか探偵」
「いや、何でこんなあっさり? きみもっとこう、しぶといというか、自分の損になることは半殺しにされてもしないタイプと思ってたから」
 だから、知った風なことを囀るな。
「私は一応言ったから、これで怨みっこなしってことで」
「? 何言ってんの?」

「お待ちかねの奇襲だってこと」

 そして耳蜻蛉の体当たりが私の上の黄色矢を吹き飛ばした。

「っ! タンテイクライ!」」
 黄色矢の援護と私の拘束、どちらを優先すべきか。
 ヒルメは一瞬迷う。
 それだけあれば、彼女にとっては十分だ。

「お待たせしました」

 そして、容赦の一切ない爆撃が降り注ぐ。
「大規模破壊の時間です」

 そんな物騒なセリフを優雅に口ずさみ、怪人「ハガネハナビ」
 鉄の爆撃怪人が戦場に降り立った。
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