オッさん探索者の迷宮制覇

蒼彩

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白兎の巣穴

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 外界より切り離されし広大な草原と聳え立つ穴だらけの丘。
 ただでさえ殺気立つギルドの面々が集まる迷宮の入り口では、怯えた様に正座する三人の新鋭ルーキー達の姿があった。

~数十分前~

「ほいならちゃちゃっと行って来るにゃ。早く帰ってキンキンのエールを飲みたいにゃ」

 ヤナは特に気負った様子もなく普段通りの軽口をたたいた。

「あぁ頼んだぞ」

 セシリアもまた信頼からか心配そうな気配は微塵もない。

「皆も気を引き締めろ」

 そう言って締めた直後、後方からけたたましい叫び声が響く。

「ルナ! ルナーっ! どどどどうしよう今行くわ!」

「ばっきゃろう! トシゾウもやべぇっ! それにお前が行って何が...で...きる......?」

 徐々に語尾に力を失くしたリガルの視線の先には驚愕で固まる黒級の面々がいた。
 そんな中いち早く行動に移した者がいる。

「トシゾウ君! しっかりしろ! 何があった!?」

 唯一即座に状況を把握したレームは迷わず上級回復薬をトシゾウの全身に振りかけ怒声をあげた。レームの声に驚いたミネアは泣き出し、リガルはしどろもどろに狼狽え始める。
 レームはトシゾウの焼け爛れた顔面や露わになった傷だらけの上半身が瞬く間に回復する様を見て(もう大丈夫だ)とホッと一息付いた。
 

「リガル!」

 レームはリガルの両肩を強く叩き名を呼ぶと、少しづつリガルの焦点が合う。

「落ち着いてくれ。大体の察しはつく。ルナが無茶させてしまったようだね。今は一刻を争うんだ、説明をお願いできるかな?」

 穏やかな声で諭すように話すレームに、喉を詰まらせながらもリガルが一部始終を説明し始める。

 説明の後にトシゾウも意識が戻り異様な重い空気に何事かと思ったが、仲間達の顔を見て全てを察し諦めの表情に変わるのであった。


「私がその子を助けに行く。任せて」

 リリアナが自身の召喚獣に跨り「血の匂いを追って」と迷宮から出て行く。

「ちっ、奴らはもう迷宮の外かいな。姉御! 俺らも行くで!」

 牙を見せ悔しがるリガルドにセシリアは待ったをかけた。

「先ずはヤナの報告を聞いてからだ。この子達が襲われたという事は今も【千里眼】でこちらを覗かれている筈だ。が、その前に」

 ドスの効いた低い声で「座れ」とセシリアに命じられたトライデントの三人は、完全に人生の終わりのような表情を浮かべて綺麗に横並びの正座をせざる得なかった。

「この馬鹿者共が!」

 鬼の形相で睨みつけるセシリアに、今回ばかりはレームもフォローを入れない。
 項垂れる三人はただただ俯き謝罪の言葉を述べる。

「今回の命令違反は帰ったらそれ相応に処罰する。当然ルナもだ! 覚悟しておけ!」

 セシリアの怒声は止み「少し頭を冷やしてくる」とセシリアは迷宮内を歩いて行ってしまった。

「あーあぁ、姉御を怒らせやがって、つまんねぇ真似してんじゃねーよ糞ガキ共」

 リガルドが興味なさそうに背を向け、レームだけが三人に近寄る。

「帰ったら俺も一緒に謝ってあげるからさ、まあでも最悪の結果もあり得たのだから反省はしっかりしてくれよ?」

 三人はしきりに頷いた。

---------- 

 『風』と形容してもなんら可笑しくはない速度でヤナは草原を駆け抜ける。
 ヤナの時間はある日を境に止まってしまった。
 街が女神の祝福アストライア・ギフトで沸き立ち、領内が幸せに包まれ人々は生の実感を喜びと共に享受していた頃。
 そんな神々の贈り物の最終日に発見されたボロボロの少女の遺体は探索者パーティー【フリューゲル】の一員であり、ヤナの実の妹だった。
 貧しい獣人ビスティアの村で生まれた二人はこれまで二人きりで支え合って生きて来た。
 幼き二人の転機はどちらも探索者に向いたスキルを授かったことだろうか?
 特に妹のスキルは稀少性にも優れた英雄にすら成れるスキルだったのだが、そんな姉よりも強くなった妹は呆気なく上位とは言え白級の迷宮で死んでしまった。

 ゴリっと鈍い音がしてヤナの口から血が垂れ始める。

「私は馬鹿か……!」

 膨れ上がる殺意を抑えられずに気が狂いそうだ。
 丘の中腹を探っていると、明らかに近辺に白兎がいない幾つかの不自然な巣穴を見つける。
 探る中でそれは一瞬匂った煙草の余香、ヤナは瞬時に身を翻して姿勢を低くし息を殺した。

すぅ

「あそこか」

 慎重に歩を進めると、下劣な笑い声が兎の巣穴から洩れて来た。
 人の足音にヤナは気配を消す。

「グラッドの奴もしくじるなんて情けねぇ。一緒にいけば良かったぜ」

 入口から出て来た土竜の獣人ビスティアが独り言を呟きながら用を足し始める。

「この間みてぇに若い女がいいな」

 ブルっと身体を震わせたブブの視界が斜めにズレた。
 ドサッと音を立てて崩れるブブの身体の上でくるくると弧を描きながら血のついたククリナイフは踊る。
 その時、背後から声がした。

「おぅおぅ、よくもやってくれたぜ。大事な仲間だってのに」

 仲間が死んだのに楽しそうに笑う大男と

「嘘はいけねぇなボス、グラッドもやられたみたいだし所詮あいつらは大陸を離れる前に始末する予定だったんだ。別にあいつらの事はどうでもいいが、女、何故俺の『千里眼』に映らねぇ?」

 ヤナの標的と定めた男だった。

「それを貴様らに言うと思うか?」

「違いねぇ。まあ察しはつくがね」

 煙草の煙をゆっくりと吐き出したダイラバの目の前にヤナの刃が迫る。

ガィン

 ダイラバの首を狙った鋭いヤナの刃は鈍い音を立てながら阻まれる。
 それはただすっと差し出されたジーニアスの太い腕だ、腕越しにヤナの顔面に煙草の煙が吐きだされると、「げほっげほ」と咽せ後方に跳ぶ。

 ヤナのスキル『電光石火』は脚力を大幅に増加させ移動速度を速めるスキルだが、人間の倍ほどある猫人の脚力での速度は一瞬で風の早さに匹敵する。
 ヤナは脚に力を込めると一瞬のうちに今度は標的を変えジーニアスの背後に回り、シュッとククリナイフを走らせた。

『無駄だってのが分かんねぇのか馬鹿が!』

 ジーニアスの脇腹に深く突き刺ささる筈の丸みを帯びたククリナイフの刃は、皮一枚を傷つけただけで弾かれると、ヤナは頬に怒声と共に裏拳を喰らい吹き飛んだ。

「犬やら猫が遊んでほしさに人間様に歯向かうからこうなるんだよ」

 ジーニアスの高笑いが意識が遠のいていくヤナの頭の中に響き渡るのであった。

---------

 ルナとユウナの前に突如迷宮の入口が現れ二人は驚きに足を止める。

「お疲れ様デシ。今回は怪我もなく良かったデシ」

「あっラズリー! なぁに心配してくれたのぉ、うりうり」

 ラズリーのモフモフな頬を手の甲でさすった後、ルナは腰のコミュの振動に気付いた。

〖後で話がある〗セシリアtoルナ

〖ちょっと家に帰ったら聞きたいことがあるんだけど〗レームtoルナ

「あぁぁぁ! やばい! バレたみたいぃ。どどど、どうしよう?」

 取り乱すルナに訳が分からないユウナは取り敢えずルナの腕を取ってラズリーの迷宮に入った。
 一行は金色の草の上に座り、ラズリーはユウナの頭の上で欠伸をする。
 目にも止まらぬ速度でコミュの返事を打つルナにユウナが話し掛けた。

「ルナ、残念なお知らせにゃんだけど、ラズリーの迷宮はちょっと特殊でコミュのメッセは届かへんし送れへんのにゃ」

 ユウナの戸惑いがちな物言いにルナの高速の指は止まり、だばぁと涙を流して振り返る。
その後ルナの事情を聞かされたユウナは「南無ぅ」と合掌し、パタパタ飛び立ったラズリーは、項垂れたルナの頭にぽんとお手をするのであった。


「じゃあ私一回迷宮に潜ってみるよ。私の仲間もいる筈だからね。一緒について来てくれる?」

「僕がこの迷宮から出ると大変な事になるデシ。だから一緒に行けないんデシ」

 ルナに対して申し訳なさそうな、それでいて悲しそうにラズリーは返す。

「ごめんルナ! 私も人を探しててさ。一緒に行けないにゃぁ」

 ユウナも手を合掌させて眉を下げて片目を瞑った。

「が~ん」

 口を大きく開け硬直したルナは、とぼとぼと哀愁漂う背中を見せて入口まで歩き始める。
「じーっ」 何度か振り返るとラズリーとユウナにジト目を向け、ユウナとラズリーはふいっと視線を逸らした。

「ルナ、こっちの出口から巣穴に入れるデシ。僕は一緒に行けないけれどもし迷宮内で本当に困った事があったら僕の名前を呼んで欲しいデシ。この場所は安全地帯デシから必ず助けに行くデシ」

「私も必ずルナに会いに戻るからさ、それまで絶対死ぬんじゃないにゃ」

 ルナはすぅっと息を吸うと、手を大きく振って「またね!」と別れを告げ迷宮の出口へと飛び込む。

「いい子だったな。また会いたいな」

 静寂が訪れた神秘の空間に残されたユウナの呟きとラズリーの沈黙だけが残されたのだった。
 
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