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脚本作成 1
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お盆休みは田舎のおばあちゃんちに行くので、脚本を書くのに使える時間は、実質二週間。
わたしは、家にあった文庫の「星の王子さま」を何回も何回も読んだ。
読めば読むほど分からない。
分かる必要はなくて、セリフの部分だけ抜き出して脚本のスタイルにすればいいんだろうけど、尾路先生の言う「オリジナル」っていう言葉がひっかかっていた。
原作そのままやればいい。
そう思って引き受けたけど、いざ、わたしがこの世界を作っていいんだと思ったら、「乃璃香らしさ」が欲しくなった。
きっと、原作をそのまま抜き出すだけだったら、斉藤先生の方が上手い。
なんでもできる、みのりの方がセンスいいかもしれない。
頭のどこかで「さすが渡辺さん」とタダシ君が言ってくれることを、すごく求めてる。みのりには思いつきそうにもない、わたしだから書けるってものを見せつけたい。
そもそも、「星の王子さま」って何を伝えたい話なんだろう。
物語で「ぼく」という一人称で語ってるパイロットは、作者自身なのかな。
バラは好きな人なんだろうなってのは分かるけど、恋人として? 人間と花だけど。
キツネは一番すごいこと言ってるから、重要な存在っぽいけど、けど、ああ。謎。
他の人たち、王子さまが出会った大人たちは、なにか意味があるのかな。
この登場人物たちが出てくる意味みたいなのが分からないと困る。どのセリフを使ってどれを省略するかとか基準がなくて、全部そのままやるしかなくなっちゃう。
「ああああああ」
名探偵が推理するにも、秘密の暗号だらけで分からない。
「乃璃香、どうかしたのか?」
自分が思ったより大声をだしていたようで、お父さんが心配そうに聞いてきた。
夜は比較的涼しいからエアコンを付けずに部屋のドアを開けていたので、リビングにまで聞こえたようだ
「王子さまが難しすぎて」
「王子さま?」
わたしは星の王子さまの表紙をお父さんに見せた。
「そりゃ、大切なことは目に見えないからね」
有名なセリフで返す。うまいこと言っただろう感が、お父さんだなって思う。
「お父さんも、子供の頃読んだ? これお父さんの本棚で見つけたんだけど」
お父さんは、嬉しそうに笑ってわたしの手から本を取った。
「ああ。読んだよ。でもこれは大人になってから買ったやつだな」
「じゃあ大人になってからも読んだんだね。ねえ、子供の頃の方が、王子さまの気持ちわかった?」
「うーん。どうだろう」
「何回も何回も読んでると、だんだんわけが分からなくなってきた」
「内藤濯は難しいからな」
「ああ、訳した人?」
内藤濯 ないとう あろう
訳者のあとがきに仮名がふってあった。これで「あろう」って読むんだって思った。
「知ってるか? 日本だけ『星の王子さま』なんだってさ」
「どういう意味?」
「原題はフランス語で『ル・プティ・プランス』そのまま訳すと『小さな王子』らしいよ。けど日本版のタイトルは『星の王子さま』」
確かに、英語の補習も「The Little Prince」(ザ リトル プリンス)だった。
「へえ。日本だけ特別感あるじゃん」
「ああ。本文も原文のフランス語直訳だと、そこまで意味をこめた表現じゃないのにってところがあるみたいだよ。ちなみにお父さんが大人になってから、この内藤さんの翻訳出版権が切れて、いろんな人が訳した本が出たんだ。新訳ブームなんて言われていろいろ出てさ」
「確かに表紙のデザインが違うのが本屋で何冊かあった。訳者が違うんだ」
「でも、内藤濯訳がやっぱり一番人気ある。お父さんにもこれが一番かな。独特なんだよね。だから、また買ってしまった。実家に子供の頃読んだのがきっとあるんだけど」
「つまり、翻訳の時点で人それぞれなんだから、どう読むかは自由ってこと?」
お父さんの本うんちくからの思い出話は長いので、遮るように本を取り返した。
「そうだね。こういう哲学的な本は、それぞれが持っている自分の言葉で物語の世界を理解すればいいんじゃないのかな」
カッコイイ台詞言っただろう、みたいな笑顔でお父さんは部屋を出て行った。これ以上語って娘に嫌がられないようにしようと思ったのか、隣の弟の部屋に行ったみたいだ。
自分の言葉で理解すればいいって……
国語の問題に出たら、絶対に正解がないじゃん。
いや、何を書いても正解ってこと?
もう生きてない作者の気持ちは誰にも分からない。
日本語にした時、訳をした人の気持ちがいっぱい入ってる。
その訳者も、もう生きてない。
本当の気持ちは誰も分からない。
作者が言いたかったことは「これです!」って言い切る必要はない。
自由に解釈していい。
自由に書けばいいだ。
なんとなく、見えてきた気がする。
よし、この勢いで書き上げてみう。
わたしは時計を見た。8時半だ 親との約束でタブレットを使っていいのは夜の9時まで。この本以外に何か参考になるものがないか調べたくなったので、わたしはリビングにいって、星の王子さまについて検索した。
いろんな訳者の本が出てたり、フランス語の原文があったり、ものすごい量の星の王子様情報があった。これを全部気にしてたら何もできない。
難しそうなのはスルーしていくと、気になる画像があふれた夢の世界が目に飛び込んできた。
「星の王子さまミュージアムだって!! 何、これ、しかも閉館してる」
「ああ、箱根でしょ」
お母さんが当然のように言った。
「知ってるの? 行ったことある?」
「昔、会社の旅行会で箱根に行った時に寄ったかな」
「いいな」
「なかなか良かったよ。まあ、あんたが生まれる前の話だけどね」
へえ。ってことは、お父さんもお母さんも昔から星の王子さまが好きだったってことか。もしかして、王子さまが取り持つ縁だったり?
ああ、わたしとタダシ君も。
わたしは、星の王子さまミュージアムの画像を見た。
2023年3月閉館。もう行きたくても行けない、日本にあるフランスの町並みって時点で、半分現実世界じゃないみたい。
妄想世界がどんどんふくらんでいく。
妄想の世界なら、タダシ君と一緒。
それが、星の王子さまの世界ってだけで、ウキウキしてくる。
みのりがいない共通の課題。
星の王子さま
ああ、
ファンファンファンファン……
ネット画像でたどる星の王子さまミュージアム
乃璃香の手をにぎり走るタダシ
タダシ「ほら、見て見て入り口からすごい」
乃璃香「わああ、小惑星B612番」
中に入り、園内を見渡す二人。
タダシ「すげえ、日本じゃないみたい」
乃璃香「フランスの町並みが再現されてるんだってね」
タダシ「あ、あそこにキツネの像があるよ。ヒツジも」
乃璃香「ほんとだ、可愛い!!」
タダシ「乃璃香」
乃璃香「何?」
タダシ「あっちに教会もあるよ」
乃璃香「教会?」
タダシ「実際に結婚式もできるらしいよ。オレたちも行ってみよう」
二人、手を繋ぎながら教会へ向かう。
教会の鐘が鳴る。
ピピピピピピピピ
9時を知らせるアラームが鳴った。
完全に脱線してしまった。
わたしは、家にあった文庫の「星の王子さま」を何回も何回も読んだ。
読めば読むほど分からない。
分かる必要はなくて、セリフの部分だけ抜き出して脚本のスタイルにすればいいんだろうけど、尾路先生の言う「オリジナル」っていう言葉がひっかかっていた。
原作そのままやればいい。
そう思って引き受けたけど、いざ、わたしがこの世界を作っていいんだと思ったら、「乃璃香らしさ」が欲しくなった。
きっと、原作をそのまま抜き出すだけだったら、斉藤先生の方が上手い。
なんでもできる、みのりの方がセンスいいかもしれない。
頭のどこかで「さすが渡辺さん」とタダシ君が言ってくれることを、すごく求めてる。みのりには思いつきそうにもない、わたしだから書けるってものを見せつけたい。
そもそも、「星の王子さま」って何を伝えたい話なんだろう。
物語で「ぼく」という一人称で語ってるパイロットは、作者自身なのかな。
バラは好きな人なんだろうなってのは分かるけど、恋人として? 人間と花だけど。
キツネは一番すごいこと言ってるから、重要な存在っぽいけど、けど、ああ。謎。
他の人たち、王子さまが出会った大人たちは、なにか意味があるのかな。
この登場人物たちが出てくる意味みたいなのが分からないと困る。どのセリフを使ってどれを省略するかとか基準がなくて、全部そのままやるしかなくなっちゃう。
「ああああああ」
名探偵が推理するにも、秘密の暗号だらけで分からない。
「乃璃香、どうかしたのか?」
自分が思ったより大声をだしていたようで、お父さんが心配そうに聞いてきた。
夜は比較的涼しいからエアコンを付けずに部屋のドアを開けていたので、リビングにまで聞こえたようだ
「王子さまが難しすぎて」
「王子さま?」
わたしは星の王子さまの表紙をお父さんに見せた。
「そりゃ、大切なことは目に見えないからね」
有名なセリフで返す。うまいこと言っただろう感が、お父さんだなって思う。
「お父さんも、子供の頃読んだ? これお父さんの本棚で見つけたんだけど」
お父さんは、嬉しそうに笑ってわたしの手から本を取った。
「ああ。読んだよ。でもこれは大人になってから買ったやつだな」
「じゃあ大人になってからも読んだんだね。ねえ、子供の頃の方が、王子さまの気持ちわかった?」
「うーん。どうだろう」
「何回も何回も読んでると、だんだんわけが分からなくなってきた」
「内藤濯は難しいからな」
「ああ、訳した人?」
内藤濯 ないとう あろう
訳者のあとがきに仮名がふってあった。これで「あろう」って読むんだって思った。
「知ってるか? 日本だけ『星の王子さま』なんだってさ」
「どういう意味?」
「原題はフランス語で『ル・プティ・プランス』そのまま訳すと『小さな王子』らしいよ。けど日本版のタイトルは『星の王子さま』」
確かに、英語の補習も「The Little Prince」(ザ リトル プリンス)だった。
「へえ。日本だけ特別感あるじゃん」
「ああ。本文も原文のフランス語直訳だと、そこまで意味をこめた表現じゃないのにってところがあるみたいだよ。ちなみにお父さんが大人になってから、この内藤さんの翻訳出版権が切れて、いろんな人が訳した本が出たんだ。新訳ブームなんて言われていろいろ出てさ」
「確かに表紙のデザインが違うのが本屋で何冊かあった。訳者が違うんだ」
「でも、内藤濯訳がやっぱり一番人気ある。お父さんにもこれが一番かな。独特なんだよね。だから、また買ってしまった。実家に子供の頃読んだのがきっとあるんだけど」
「つまり、翻訳の時点で人それぞれなんだから、どう読むかは自由ってこと?」
お父さんの本うんちくからの思い出話は長いので、遮るように本を取り返した。
「そうだね。こういう哲学的な本は、それぞれが持っている自分の言葉で物語の世界を理解すればいいんじゃないのかな」
カッコイイ台詞言っただろう、みたいな笑顔でお父さんは部屋を出て行った。これ以上語って娘に嫌がられないようにしようと思ったのか、隣の弟の部屋に行ったみたいだ。
自分の言葉で理解すればいいって……
国語の問題に出たら、絶対に正解がないじゃん。
いや、何を書いても正解ってこと?
もう生きてない作者の気持ちは誰にも分からない。
日本語にした時、訳をした人の気持ちがいっぱい入ってる。
その訳者も、もう生きてない。
本当の気持ちは誰も分からない。
作者が言いたかったことは「これです!」って言い切る必要はない。
自由に解釈していい。
自由に書けばいいだ。
なんとなく、見えてきた気がする。
よし、この勢いで書き上げてみう。
わたしは時計を見た。8時半だ 親との約束でタブレットを使っていいのは夜の9時まで。この本以外に何か参考になるものがないか調べたくなったので、わたしはリビングにいって、星の王子さまについて検索した。
いろんな訳者の本が出てたり、フランス語の原文があったり、ものすごい量の星の王子様情報があった。これを全部気にしてたら何もできない。
難しそうなのはスルーしていくと、気になる画像があふれた夢の世界が目に飛び込んできた。
「星の王子さまミュージアムだって!! 何、これ、しかも閉館してる」
「ああ、箱根でしょ」
お母さんが当然のように言った。
「知ってるの? 行ったことある?」
「昔、会社の旅行会で箱根に行った時に寄ったかな」
「いいな」
「なかなか良かったよ。まあ、あんたが生まれる前の話だけどね」
へえ。ってことは、お父さんもお母さんも昔から星の王子さまが好きだったってことか。もしかして、王子さまが取り持つ縁だったり?
ああ、わたしとタダシ君も。
わたしは、星の王子さまミュージアムの画像を見た。
2023年3月閉館。もう行きたくても行けない、日本にあるフランスの町並みって時点で、半分現実世界じゃないみたい。
妄想世界がどんどんふくらんでいく。
妄想の世界なら、タダシ君と一緒。
それが、星の王子さまの世界ってだけで、ウキウキしてくる。
みのりがいない共通の課題。
星の王子さま
ああ、
ファンファンファンファン……
ネット画像でたどる星の王子さまミュージアム
乃璃香の手をにぎり走るタダシ
タダシ「ほら、見て見て入り口からすごい」
乃璃香「わああ、小惑星B612番」
中に入り、園内を見渡す二人。
タダシ「すげえ、日本じゃないみたい」
乃璃香「フランスの町並みが再現されてるんだってね」
タダシ「あ、あそこにキツネの像があるよ。ヒツジも」
乃璃香「ほんとだ、可愛い!!」
タダシ「乃璃香」
乃璃香「何?」
タダシ「あっちに教会もあるよ」
乃璃香「教会?」
タダシ「実際に結婚式もできるらしいよ。オレたちも行ってみよう」
二人、手を繋ぎながら教会へ向かう。
教会の鐘が鳴る。
ピピピピピピピピ
9時を知らせるアラームが鳴った。
完全に脱線してしまった。
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