生残の秀吉

Dr. CUTE

文字の大きさ
上 下
8 / 19
退陣

八.小声の策士

しおりを挟む
官兵衛かんべえが陣の脇から庭へ出るところで指笛ゆびぶえを鳴らそうとすると、鳴らす前に例の図体ずうたいのでかい男が官兵衛かんべえの前にふさがった。

(まだ、呼んどりゃせんぞ。)

男はひざまづき、告げる。

「裏で筑前様ちくぜんさまがお待ちです。」

官兵衛かんべえは小声ながら驚く。

筑前殿ちくぜんどのがぁ・・・。わしが坊主ぼうずと会ってたのを知ってたのか。まぁ、よい。案内あないせぇ。」

男は御座所ござしょとされている持宝院じほういんの講堂の脇から裏手に回り込む。官兵衛かんべえはいつでも刀を抜けるよう、かが気味ぎみで辺りを警戒しながら男についていく。講堂の真裏あたりの暗闇に入ると、脇から

官兵衛かんべえっ、官兵衛かんべえっ、こっちじゃ。」

と小声をかけられる。講堂の勝手口かってぐちが開いているのに気づくと、奥の小さな台所に提灯ちょうちんを持った秀吉ひでよしがいる。秀吉ひでよし官兵衛かんべえ手招てまねきしている。官兵衛かんべえが足をりながら土間どまに入ると、秀吉ひでよしは足元に提灯ちょうちんを置き、官兵衛かんべえ板敷いたじきに座らせる。

「心配かけたな、官兵衛かんべえ。わしはもう大丈夫じゃ。」

声は小さいが、秀吉ひでよし覇気はきは戻っている。兄弟の間でどんな会話があったのかはうかがれないが、秀吉ひでよしれたまぶたの下から鋭い眼光がんこうのぞかれたことに官兵衛かんべえ安堵あんどする。

「よせっ。わしは何もしとらん。それより、安国寺あんこくじ坊主ぼうずが来ておって、和議をいておる。」

「そんようじゃな。そいで、何と云うてきた。」

清水しみずの腹を切らせるから、差し出すりょう三国さんごくにしろと・・・。清水しみずの首が備後びんご出雲いずもに匹敵することを知らしめば、皆を納得させられると云うとる。」

秀吉ひでよしみが早い。

宗治むねはるは、右馬頭殿うまのかみどのは承知しちょるんか。」

毛利もうりの殿はまだ知らんと云うとる。清水しみずは今は承知しとるようじゃが、いつ心変わりするやもせんから、坊主ぼうずめははよう和議を結んで決意を固めさせたいらしい。」

「そんでこんな夜中に来たんか。なるほどっ。」

秀吉ひでよしは納得するさまを見せるが、早く肝心かんじんなところを云えという催促さいそくまなこ官兵衛かんべえを見た。

「わしの方から清水しみずの切腹をかしたら、飛びつきおった。おそらく城中に和議を望まん連中がまだ多いんじゃろう。」

官兵衛かんべえが発するのに対し、秀吉ひでよしの反応はますます早い。

「そうか、それほどかすんに必死っちゅうことは、まだ大殿おおとののことは知らんっちゅうこっちゃな。」

官兵衛かんべえ感服かんぷくする。

「さすが、筑前殿ちくぜんどのおそる。わしも同感じゃ。もはやそれだけ分かればあの坊主ぼうず用済ようずみなんじゃが、いかがする・・・。追い返すか。」

秀吉ひでよしは考え込む。しばらくして何かを思い付いたようで、少しみを浮かべて官兵衛かんべえに命じる。

「いやっ、官兵衛かんべえ、和議を結べ。今宵こよいのうちに約定やくじょうを仕上げるんじゃあ。」

「それは構わんが、約定やくじょうの中身はどうする。」

坊主ぼうずの云うがままにしろ。中身はどうでもよい。とにかく坊主ぼうずを気分よくさせぃ。」

官兵衛かんべえは迷う。

「あの坊主ぼうずは銭よりもはかりごとを好むような男じゃ。かえって疑いをかけてくるんじゃねぇか。」

秀吉ひでよしが解説する。

「それでえぇ。それを利用しちゃる。」

秀吉ひでよしの頭の中で緻密ちみつな策が築かれていく。これ以上問いかけても自分が混乱するだけだとさとった官兵衛かんべえは最後の確認だけする。

筑前殿ちくぜんどの、何を考えとる。」

「二つじゃ。一つは毛利もうりみやこの知らせを受けたときの対策じゃ。も一つはさらにその後のこと。官兵衛かんべえっ、約定やくじょうまとめたら、坊主ぼうずを返さず、わしを呼べ。よいな。」

官兵衛かんべえはこれ以上考えず、秀吉ひでよしの言う通りにすることにした。いや、むしろ秀吉ひでよしがどんな”奇策きさく”を仕掛しかけるか、楽しみに待つ気になっていた。

「承知した。では、行って参る。」

官兵衛かんべえが立ち上がって土間どまから出ようとすると、秀吉ひでよしが呼び止める。

「あぁ、それと官兵衛かんべえ。言い忘れたが、姫路ひめじまで退いたら、十兵衛じゅうべえを討つんに備えるからな。それにゃあ一刻もはよ支度したくせにゃならん。お主が坊主ぼうずと掛けあっちょる間に、わしが始めちょるから、お主の間者かんじゃさぁ貸してくれぇ。」

なぜか頼もしさを感じる秀吉ひでよしの申し出に、官兵衛かんべえ苦笑くしょうし、ゆっくりと指を二回鳴らす。すると先ほどの大男を含めて三人の男が官兵衛かんべえの足元に現れる。

「こやつらを使ってくれ。」

と云い残し、官兵衛かんべえは一人で御座所ござしょへ戻っていく。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ワープ先でお忍び王子と母さん探しの旅に出る?!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:5

もふつよ魔獣さんのお食事処 〜食材探しはおもしろ楽しい?ダンジョンで〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:5,099pt お気に入り:261

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,420pt お気に入り:1,756

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

BL / 連載中 24h.ポイント:44,105pt お気に入り:2,635

騎士学院のイノベーション

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:377pt お気に入り:60

充実した人生の送り方 ~妹よ、俺は今異世界に居ます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,683pt お気に入り:63

不死王はスローライフを希望します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35,927pt お気に入り:17,428

世界神様、サービスしすぎじゃないですか?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:13,130pt お気に入り:2,191

処理中です...