生残の秀吉

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退陣

十二.哀願の大将 其の二

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続いて秀吉ひでよし家次いえつぐに話しかけようとすると、家次いえつぐが制した。

「皆まで云わんでもえぇ。わしには高松たかまつの城に入れと申し付けたいのじゃな。」

その言葉を訊いて、忠家ただいえははっとする。

(”城に入る”・・・、そういえば播磨はりま三木城みきじょうが落ちた際、城代じょうだいとして城に入ったのが確か”杉原すぎはら”と申す者だったな。訊くところによると、あれほど荒れた三木みきの城下を些細ささいな騒ぎ一つ起こさず治めたとか・・・。)

秀吉ひでよし哀願あいがんする。

「さすがは伯父上おじうえ。それにこん務めは伯父上おじうえにしか頼めんのじゃ。」

三木みきの実績があるとはいえ、ここはいくさの最前線ぞ。果たして・・・。)

忠家ただいえ秀吉ひでよしの人選を疑う一方で、家次いえつぐは構わず話を進める。

「そいで、このうみはどうする。」

清水しみずが腹を切ったら、船で城に入ってくんろ。辺りを一望できるところで、かわずはなつつみを切るよう伊右衛門いえもんに命じてくれや。官兵衛かんべえによると、あの辺りがここいらで一番低い地らしいから、水はそこから南に流れ出てくじゃろぅ。」

秀吉ひでよしの説明に家次いえつぐは納得する。

「そうなったら、城の周りは泥沼と化すのぉ。一月ひとつきくらいは毛利もうりは攻められんということか。」

「そういうことじゃ。肝心かんじんなんはそこからじゃ。伯父上おじうえにはここいらの田畑たはたの回復に力尽くしてもらいてぇ。できりゃあ今年、ちぃとでも作物がれればと思うちょる。」

家次いえつぐあきれた声で応える。

「こんだけんことして、無茶むちゃを云うなぁ。まぁ、えぇ。じゃが、銭がいるぞぉ。家や橋を建て直すんに職人を呼ばないかん。苗、種、木材の都合もつけなあかん。旅籠はたごなんかも用意せんとな。しばらく税を取るわけにもいかんから、姫路ひめじに戻ったら、銭を送ってくれんか。」

秀吉ひでよし家次いえつぐの両手を取る。

「約束するぅっ・・・、恩に着るぅっ・・・。」

家次いえつぐに圧倒されかけた忠家ただいえだが、一つの疑問を呈す。

「さりとて、高松たかまつの城下にはわしらに従おうとせん輩も多かろう。筑前殿ちくぜんどのが去るとなると、百姓ひゃくしょうどもを云い聞かせるのは難しいのではござらぬか。」

忠家ただいえはこの城に入るのは武勇の者が適していると考える。”取ったばかりの城”とは”取られやすい城”でもあるからだ。そんな忠家ただいえの問いに家次いえつぐが笑顔で応える。

「この城の周りを見りゃぁ誰でも分かることじゃが、今最もせにゃならんことはこの地に本来の土を戻すことであって、わしが皆々に好かれることじゃねぇ。幸か不幸か、わしはいくさ智略ちりゃくしょうに合わん。わしにできるんは百姓ひゃくしょうらの愚痴ぐちを聞いてやることくらいじゃ。城下のもんはすぐさまわしがひ弱いのに気づくじゃろうが、それでえぇんじゃ。できるだけ百姓ひゃくしょうらの暮らしを元に戻して、次の城主様に後をたくせられるようにするまでがわしの務めじゃ。おいそれとはいかんじゃろうがこの地の方々もいずれ分かってくださるじゃろうと、わしは勝手に思うておるがのぉ。」

家次いえつぐは笑うが、忠家ただいえ秀吉ひでよしがなぜこの凡庸ぼんような男を城代じょうだいに選んだのかを理解する。そして先ほどまで小馬鹿こばかにしていた家次いえつぐに敬意を持ち始める。

兄者あにじゃ筑前殿ちくぜんどのらはわしらとは全く違う目線を持っておられるのぉ。わしが城を落としたときなんぞ、自分の武勲ぶくんのことばかりで、百姓ひゃくしょうのことなど考えもせなんだわ。じゃが筑前殿ちくぜんどのの云う通りにすれば、この地に商いが蔓延はびこるようになり、うまくやれば作物も採れる。それに乗じて筑前殿ちくぜんどのの評判が上がろうから、いっそう毛利もうりは攻めにくくなるんじゃなかろうか。効果的面の”城守しろもり”じゃ。そしてそれにはこの家次殿いえつぐどのこそ確かに適任じゃ。恐れ入ったわい。)

改めて忠家ただいえが云う。

筑前殿ちくぜんどの杉原殿すぎはらどの百姓ひゃくしょうに寄り添うことで城固めとするとは、わしは感服いたしましたぞ・・・。とはいえ、杉原殿すぎはらどのに何かあってはいけませんから、わしの配下で屈強くっきょうな者を何人かつかせてまもらさせましょうぞ。それにこの地を毛利もうりが荒らすようなことがあれば、わしみずから駆けつけ、敵を追い払って見せますわい。」

秀吉ひでよしは今度は家忠いえただの両手を取る。

七郎殿しちろうどのぉっ、ありがとぉな、ありがとぉな。じゃが備前びぜん美作みまさかのことも忘れんどいてくんろ。」

三人にみが浮かぶ。

(不思議じゃのぉ、至極しごく清々すがすがしい気分じゃ。兄者あにじゃ、天からよう見といてくれよなぁ。)

忠家ただいえは心の中で兄をおがみ、そして気合きあいを入れる。

筑前殿ちくぜんどの、この地はわれらにお任せくだされ。そして見事日向守ひゅうがのかみを討ちとってくだされぇっ。」
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