生残の秀吉

Dr. CUTE

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仇討

四十七.負傷の英雄

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いくさが始まってから半刻も経っていない。きょを突かれた中川隊なかがわたい高山隊たかやまたいは当初は劣勢れっせいいられるが、後方から堀秀政ほりひでまさの軍勢が『加勢かせい』の形で駆けつけてから、徐々に体勢を戻しつつある。一方で天王山てんのうざんふもと播磨勢はりまぜい明智勢あけちぜい目論見もくろみ見破みやぶったものの、山を背後に受け身となる形となってしまい、松田まつだ並河隊なみかわたいの猛攻を受け続ける羽目はめになる。官兵衛かんべえの正面二町にちょうほど離れたところにいる馬上の松田政近まつだまさちかが自軍を鼓舞こぶする。

播磨はりまやからは思ったより足腰が弱っとるぞぉっ・・・。恐れることはないっ、敵どもをたおせぇっ・・・。」

松田まつだ並河勢なみかわぜいが勢いづく一方で、官兵衛かんべえくちびるめる。

(くそぉっ、やはり弱っとるわしらを狙ってたんかっ・・・。)

雨風がひどいので弓矢は効果がない。兵のほとんどは泥まみれでやりか刀を振り回す。しかし播磨はりまの兵たちにとっては、この『ぬかるみ』こそ足腰に一層の疲労を与える。官兵衛かんべえは何とかこたえようと必死に軍配ぐんばいを振り回す。

「敵を山に入れるなぁっ、踏ん張れぇぇっ・・・。」

官兵衛かんべえ政近まさちかの間の空間に、倒れた兵と折れたやりが目立ってくる。味方の統率とうそつが取れておらず、官兵衛かんべえからは小一郎こいちろうをはじめ一人も足軽大将あしがるたいしょうを確かめられない。

(ぬぅぅっ、一旦退くかぁっ・・・。)

そう官兵衛かんべえが思った次の瞬間、先ほどとは異なる乾いた砲音ほうおんが鳴り響き、政近まさちか付近の兵たちがばたと倒れていく。そして官兵衛かんべえの右手から『おおぉぉ・・・』という雄叫おたけびが聞こえ始める。

(何じゃっ、何が起こっとるんじゃ・・・。)

官兵衛かんべえ御輿みこしの上から右手を覗き込むが、山陰で何が起こっているのか理解できずに呆気あっけとなる。しばらくすると官兵衛かんべえの前に見覚えのある胴丸どうまるを着けた武将がすっと入り込み、一際ひときわ大きな気合で次々と敵兵を倒していく。

「ありぃっ、もしかして小六ころくかぁ。お主こんなところで何をしとるんじゃぁ。」

蜂須賀小六正勝はちすかころくまさかつは特製の太いやりで二人の敵兵をたたたおす。

「『何をしとる』とは・・・。わしはわしの仕事をしとるだけじゃ。」

官兵衛かんべえ小六ころくの後ろから甲高かんだかい声でめる。

「お主の仕事は秀勝殿ひでかつどのをおまもりすることじゃろうがぁ・・・。」

小六ころくはまた三人の敵兵をたたたおす。

「じゃからこうして秀勝殿ひでかつどのをおまもりしとるんじゃろうがぁっ。」

官兵衛かんべえ小六ころくの云ってる意味を理解できない。しかし、まさかと思い再び右手を見ると、官兵衛かんべえは『永楽銭えいらくせん』の旗指物はたさしものを眼にする。続いて馬のひづめ水溜みずたまりをはじく音が聞こえ出す。さらに今度は聞き覚えのある若い怒声が付近に響き渡る。

羽柴秀勝はしばぁひでかつっ、推参すいさんっ。逆賊ぎゃくぞく明智あけちに従うものなぞ、討ち果たせぇぇぇっ・・・。」

官兵衛かんべえ秀勝ひでかつの登場にも驚くが、それ以上に播磨勢はりまぜいの士気が異常に高まることに驚く。

「おおおおおぉっ。秀勝様ひでかつさまじゃぁ・・・、遅れるなぁっ、続けぇっ・・・。」

先ほどまでの形成不利けいせいふりが一気に逆転する。秀勝ひでかつ勇敢ゆうかんにも馬上からやりたたきつけ、小六ころくをはじめ数名の護衛が秀勝ひでかつの進路を作り出す。秀勝ひでかつ官兵衛かんべえ御輿みこしを見つけると、目前までやってきて馬上から声を掛ける。

官兵衛殿かんべえどのっ、もう一踏ひとふりじゃ。中川殿なかがわどのの隊が押し返しておるっ。わたしも加勢かせい致すぞぉっ。」

官兵衛かんべえ呆気あっけとなる。

(何という御人ごじんじゃぁ、無茶にもほどがある・・・。じゃが、姫路ひめじの演説がここへきて効いとるっ・・・。皆の覇気はきががらと上がったぞぃ。」

しかし秀勝ひでかつが馬の鼻先を政近まさちかの方へ向けようとした瞬間、小六ころくたちをけた敵兵が秀勝ひでかつの右太ももにやりを突き刺した。小六ころくが慌ててその兵を振り払うが、秀勝ひでかつは馬上からころちてしまう。

秀勝殿ひでかつどのぉぉっ・・・」

官兵衛かんべえは思わず御輿みこしから飛び出し、自分もころちる。途端に官兵衛かんべえ図体ずうたいのでかい間者かんじゃが後方から現れ、官兵衛かんべえすくげようとするが、官兵衛かんべえこばむ。

「わしじゃねぇっ・・・、秀勝殿ひでかつどのをお救い致せぇっ・・・。」

間者かんじゃは少し戸惑とまどうが、言う通り秀勝ひでかつの元へ走り寄る。官兵衛かんべえはぬかるみをいながら叫ぶ。

「わしの御輿みこしたてにせよぉっ・・・。急げぇっ・・・。」

御輿みこしかついでいた小兵こひょうたちも一旦戸惑とまどうが、急いで秀勝ひでかつの前まで御輿みこしを運び出し、横転おうてんさせる。官兵衛かんべえ何故なぜ軍配ぐんばいを持ったままいつくばり、秀勝ひでかつの元まで辿たどく。

秀勝殿ひでかつどのぉっ、御無事ごぶじかぁ・・・。」

秀勝ひでかつは笑みをこぼしながら、

「なっ、何のぉっ、これしきぃっ・・・。」

と云うと、官兵衛かんべえ間者かんじゃ手際てぎわよく止血の布で秀勝ひでかつ右腿みぎももしばる。

「まったくぅっ、無謀むぼうですぞぉ。」

秀勝ひでかつは笑いながら応える。

「まぁ、そう云うな。わたしも皆と戦いたかったんじゃあ。」

間者かんじゃに肩を借りながら、秀勝ひでかつはゆっくりと立ち上がり、横倒よこだおしの御輿みこししに叫び上げる。

中川殿なかがわどのの軍勢が押し返しておるぅっ。われらも彼奴きゃつらを押し出し、そのまま敵をはさちに致すぞぉっ・・・。」

再び一帯が『おおおぉっ』という雄叫おたけびに包まれる。達成感が少しいたのか、秀勝ひでかつのわずかな笑顔がさわやかである。

(ふふふっ・・・。間違いなくこの御人ごじん織田家おだけぐ方じゃ。わしらは主人にめぐまれとるわぃ。)

秀勝ひでかつを見上げながら、泣けないはずの官兵衛かんべえの眼から涙滴るいてき一つがこぼれ落ちる。
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