108 / 129
第五章 社畜と本当に大切なもの
21.社畜とジャン◯
しおりを挟む理瀬が夜中に出歩く癖がある、という知らせを受けた前田さんは、すぐに理瀬の行動を調べてくれた。俺は電話で報告を受けた。
『宮本さんの言う通り、理瀬ちゃん、毎週月曜の夜十時ごろに家から出て、ぶらぶらしよるみたいです』
「毎週月曜? 曜日が決まっているのは何故でしょうか」
『コンビニでジャン○買って、公園で読んで、帰り際にコンビニのゴミ箱に捨てて帰りよるみたいですわ』
ただの反抗期のJKみたいな理瀬の行動を聞いて、俺はほっとした。そういえば、理瀬はバイトを始めたり、高校で色々な友達を作ってから、○ャンプみたいな普通の漫画にも興味を示していた。和枝さんが亡くなり古川に引き取られたことで、少しうまくいっていた理瀬の生活がまた失われたのではないかと、俺は危惧していた。しかし、古川や伏見の知り得ないところで、理瀬は自分を維持している。
「外を出歩いていることは、古川に気づかれてないんですか」
『理瀬ちゃんを尾行しよる人はおらんみたいですわ。あの子、二階にある自分の部屋の窓からうまいこと脱出しよるみたいで、携帯も部屋に置きっぱなしですし、古川は気づいてないでしょうな』
「二階からの脱出は普通に危険なので、ジャンプを読みたいだけならそれはやめてほしいですね」
『多分、それだけではないですよ。理瀬ちゃん、えらいきょろきょろしながら歩いとるみたいです』
「尾行を警戒してるんでしょう」
『というよりは、歩きながら誰かを探しよるみたいです。宮本さん、古川にバレてないうちは、夜中に理瀬ちゃんとなんぼ接触してもいけると思います。公園の場所教えますんで、行ってみてください』
「わかりました。ありがとうございます」
** *
というわけで、とある月曜日。
俺は、前田さんに教えてもらった公園で、一人理瀬を待った。
二十二時過ぎに理瀬は現れた。寝間着のスウェットのまま、コンビニで買ったジ○ンプを片手に、公園へ現れた。俺は、先回りして理瀬がいつも座っているというベンチの近くにいた。かなり大きな公園で、そのベンチは築山の影にあって、表通りからは見えなかった。
「よう」
「っ!」
俺が声をかけると、理瀬は驚いて漫画雑誌を落とした。一瞬逃げようとしたが、相手が俺だとわかって、すぐに止まった。
「こんな時間に一人で出歩いて漫画読んでるなんて、ずいぶん不良になったな」
「別に、漫画が読みたい訳じゃないですよ。宮本さんこそ、見つけてくれるのが随分遅かったですよ」
理瀬が言うには、ジャンプを読んでいるというのは、深夜の散歩を正当化するためのアリバイづくりで、本当は定期的に外出することで俺に見つけて欲しかったのだという。
随分遠回りだったが、俺は理瀬と接触する方法を、やっと手に入れた。
二人でベンチに座り、話をした。この前会った時のような『典型的な反抗期のJK』という雰囲気はなく、いつもの理瀬だった。久しぶりのためか、お互いになんとなく恥ずかしくて、もじもじしている感じはあったが。理瀬はともかく、おっさんの俺がもじもじしても可愛くないので、俺は話したい事をさっさと話すことにした。
「古川の家での生活はどうだ?」
「退屈なので、ほとんど勉強ばかりしてますよ」
「東帝大へ行くための勉強か?」
「それもあります。でも、それとは別にアメリカの大学へ行くための勉強も本気で始めました。伏見さんに見られているときは東帝大、見られてない時はアメリカの大学の勉強をしていますよ」
「やっぱ、諦めてなかったのか」
「はい。お母さんも、宮本さんも認めてくれていた、私の希望する進路なので」
ふう、と俺はため息をついた。
理瀬は、変わっていなかった。
「ただ……古川さんがアメリカの大学への進学を全く認めてくれないので、仕方なく東帝大へ行く勉強もしています。十八歳までは古川さんの保護者としての力が強いから、最悪、東帝大に入学して、一年か二年仮面浪人してからアメリカに渡る、という作戦ですよ」
「なるほど。成人したら古川は関係なくなるもんな。でも、それまで待つつもりなのか」
「……どうしようもなかった時の話ですよ。本当は、今すぐにでもあの家から脱出して、一人暮らしに戻りたいんですよ」
「古川のことは、やっぱり気に入らないのか」
「私、お母さんに言われてたんですよ。もしお母さんが亡くなっても、古川さんとだけは絶対に一緒に住むなって。住むと危険な目に合うって。でも、その理由は、大きくなったら教えるとだけ言われて、今まで知りませんでした……宮本さんがこの前渡してくれたデータを見て、その理由がわかりましたよ」
「お前、古川に何かされてないだろうな?」
「今のところはないですよ。古川さんは私に嫌われてると思っているから、半径一メートル以内には入ってきませんよ」
「それならよかった」
「ただ――」
理瀬はおもむろに、ポケットから一枚の写真を取り出した。
一本のボールペンが、洗面台の歯ブラシを立てる場所に置かれている。
「何だ、これ?」
「こんなところにボールペンがあるの、おかしいと思って、調べたんですよ」
理瀬はもう一枚、紙を取り出した。
怪しいホームページがプリントされたもので、そこにはボールペン型の盗撮器具が載っていた。色も形も、理瀬が撮影したボールペンと同じだった。
「これは……」
「まだ、同じ場所に置いたままですよ。私がデータを抜き出した、とばれたら、相手に警戒されてしまうので」
恐ろしい奴だ、と俺は思った。
理瀬は理瀬なりに、古川を追い詰める方法を考えていたのだ。
「弱みは握りましたけど、私一人ではどうしても、その、怖くて」
「いや、いい。これだけわかれば十分だ。これであいつを陥れるか。大丈夫、和枝さんの会社の知り合いの前田さんという人が俺の味方だから、古川を陥れることくらい簡単にできる」
「前田さん、って誰ですか」
「ん? 和枝さんのお葬式に来ていた人のことだよ」
「……わかりません。お母さんの知り合いには何人か会いましたけど、そんな人は見覚えがないですよ」
理瀬も、和枝さんの知り合い全員のことを知っている訳ではないだろうから、前田さんの事を知らなくてもおかしくはない。もしかしたら前田さんが警戒して、仮名を使っているのだろうか。
「後は俺がなんとかする。お前は、しばらくは毎週、ここに来てくれ。その時に作戦を話す」
「わかりました。そうしますよ……あの」
隣で座っている理瀬が、急に俺の手の甲を握り、肩を寄せてきた。顔をぐっと近づけ、目を閉じている。
キスをせがんでいるのだ。
「……そういうのは、作戦が上手くいくまでなしだ」
俺は、思わずキスしそうになった自分を必死で抑え、理瀬の体を離した。
「……ずっと我慢してたんですよ」
答えられなかった。俺は、最終的に理瀬と距離を置くつもりだ。エレンと約束したのだ。しかし、まだ俺のことを好きな理瀬を目前にすると、そのことを話す勇気がなかった。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?
久野真一
青春
2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。
同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。
社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、
実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。
それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。
「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。
僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。
亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。
あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。
そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。
そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。
夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。
とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。
これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。
そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる