110 / 129
第五章 社畜と本当に大切なもの
23.社畜と緊急ニュース
しおりを挟む古川に見つかった翌日、朝イチで前田さんに電話をかけたが、やはり繋がらなかった。
どう考えてもまずい状況だが、こんな時に頼れるのは前田さんしかいない。その前田さんと連絡が取れないので、俺は悶々としながら仕事に取り組んだ。
古川の言う罰とは何だろうか。ずっと、それを考えていた。
あいつも有力者だから、俺の弱みを握ろうと思えば何かしら手に入れられるだろう。だが、俺は人の道を踏み外したと言えるほどの大犯罪に手を出したことはない。信号無視くらいはやっているが、ただの一般人の俺の軽犯罪を指摘しても、大きな打撃にはならない。
理瀬とシェアハウスしていたことを犯罪として取り上げる、というのが最も有力な候補だった。しかし、これも難しい。そもそもやましい事はしていないし、物的証拠もない。カギとなるのは理瀬の証言だが、俺を捨てて古川を有利になるようなことは言わないだろう。
昼休み。前田さんに電話をかけたが、やはり出ない。こうなったら俺が陥れられるか、前田さんが古川を陥れるかの二択だ。しかし前田さんの動きはわからない。危ない仕事に手を染めているから、あえて俺と連絡を断っているのだろうか。
仕方がないので、会社の食堂で一番安い二六○円のそばをすすり、食べ終わった食器を返却口へ運ぼうと立ち上がった時、テレビの緊急ニュース速報が鳴った。
ものすごく嫌な予感がして、俺は反射的にテレビへ駆け寄った。
『タレントのYAKUOHJI、大麻取締法違反で逮捕』
テロップを視認したあと、急に目の前が真っ白になった。しばらくして、俺の同僚たちが慌てて俺の周りに集まった。俺はお盆から手を離し、そばの残りのつゆを床と自分の体にぶちまけていた。
なんとか平静を装い、同僚たちを「大丈夫だから」と制止し、食堂のおばちゃん達と一緒にその場を掃除して、こそこそと食堂を出た。
それからトイレの個室に入り、壁に頭をつけ、こみ上がる嗚咽を必死でこらえた。
まさか、照子に手を出すとは。
経緯はわからないが、大麻取締法違反なら百パーセント言い逃れできない反社会的行為だ。このところ、照子が深夜に泥酔したようなテンションで電話をかけてきたのは、大麻に手を染めていたからなのか。
インディーズバンドをやっていた時から、ロックバンド界隈にドラッグの影があることは知っていた。俺と照子は絶対に手を出さないよう誓っていたが、このところ心が離れてしまった照子がどうしていたか。照子は絶対にやっていない、とは言えなかった。
照子の大麻使用がバレたのは、おそらく伏見からだろう。伏見を懐柔しようとして照子と会わせたのが、裏目に出てしまった。
古川から理瀬を取り戻すために、他人を傷つけてはならない、と考えていたのに――しかし、大麻取締法違反は誰の目にも悪だし、俺のせいで照子が捕まったとはいえない――いや、そもそもの原因は、俺が照子をぞんざいに扱ったせいじゃないか――
色々考えたが、四十五分の昼休みではとても完結しないので、俺は席に戻った。
その後は全く仕事が手につかなかった、顧客からのメールを二、三通開いて、読んでいるふりをしながら、何も考えずにぼうっとしていた。
俺と照子が知り合いだということは、篠田以外にはバレていないので「宮本さん、そんなにYAKUOHJIにはまってたんだ」とあらぬ噂が立っていた。俺と照子の特別な関係を詮索されるより、そうやって誤解された方がずっとマシなので、放置しておいた。
館山課長からは「宮本くん、疲れてるんなら早上がりでもいいよ」と言われた。冷静でなくなった俺は、自分が憔悴していることを他人からの言葉で気づく有様だった。
しかし早上がりを言い出す気力すらなく、ひたすらパソコンの画面を見ていた午後三時ごろ、篠田から電話があった。社給の携帯電話だから、あくまで業務上の連絡だと思われた。
「もしもし、宮本ですが」
『あっ、宮本さん、お久しぶりです』
「何だ?」
『いや、別に用はないんですけど』
篠田も、ニュースを見たのだろうか。落ち着いてはいられないはずだ。
『なんか、宮本さんがすごくショック受けてるから電話してよ、ってそっちにいる子から連絡あったんですけど、何かあったんですか?』
「ああ……」
どうやら篠田はニュースに気づいていないらしい。
説明しなければならない。照子が捕まったこと。俺と理瀬が、危機的な状況にあること。その全てを、簡潔に伝える方法が――そんなものはない――
「篠田……」
『はい……』
「てる……」
ダメだ。会社の皆が聞いている。YAKUOHJIのことを照子と呼んだら怪しすぎる。
「篠田あ……」
『はい?』
そう考えると、俺は篠田に一体何を話せばいいのかわからなくなった。それから、自分が今、何をしているのかがわからなくなった。自分が今手に持って、耳にあてているものが何なのかわからなくなった。自分が今立っているのか、座っているのかわからなくなった。自分が今生きているのか、死んでいるのか、あるいは魂というものが存在するのかどうか、そのすべてが一切わからなくなった。
「篠田……篠田あ」
俺は椅子から転げ落ちた。電話の向こうから「宮本さん、大丈夫ですか、宮本さんっ!」と叫ぶ篠田の声が聞こえていたが、だんだん遠くなり、何も聞こえなくなった。すべての苦しみから解放されるように、ふんわりと、心地よい睡眠のような感覚に包まれた。同僚たちが怒声を上げながら俺の周囲に集まっていたが、そんなことはどうでもよかった。
死ぬんだな。そう思った。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?
久野真一
青春
2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。
同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。
社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、
実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。
それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。
「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。
僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。
亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。
あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。
そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。
そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。
夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。
とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。
これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。
そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる