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第三話 大多喜
第1話
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朝、東京を出た由紀恵は、総武快速線の猛烈な朝ラッシュに逆行して、房総半島に向かっていた。
快速電車で千葉駅を過ぎ、内房線をしばらく走った五井駅で、由紀恵は小湊鉄道に乗り換える。
小湊鉄道は、鉄道マニアには有名なローカル線だ。五十年以上前に製造されたディーゼル車が、今もまだ現役で走っている。
テレビドラマで、昭和ごろの再現をしている番組で古い汽車が走るシーンがあったら、大体は小湊鉄道の汽車だ。
由紀恵は観光目的でなく、単なる移動手段として小湊鉄道を利用するので、あまり興味はなかったが、重低音を響かせてホームに居座る古い汽車を見ると、由紀恵はノスタルジー……ではなく、デジャヴュを覚えた。
実家の四国にも、こういうボロい汽車が走っていたのだ。
汽車の写真を撮っている観光客や鉄道マニアを尻目に、由紀恵はさっさと汽車に乗り、発車を待った。
小湊鉄道は千葉県の南部を走る。千葉といっても船橋のような都心に近いエリアとは違って、房総半島は南に行けば行くほど、のどかな田園風景が広がっている。
根っからの都会人ではなく、むしろ田舎者の由紀恵は、汽車がどんどん街から離れ、周囲に田んぼしかないような場所を走っても、あまり気にしなかった。というか、車窓をろくに見ず、スマホでゲームをしていた。途中、養老渓谷という千葉県内では有名な景勝地を通ったのだが、それも興味がなかった。四国に同じようなものがあるからだ。
終点の上総中野駅は、駅以外はほとんど何もない場所だった。ここでいすみ鉄道という別の列車に乗り換えるのだが、四十分も待ち時間があった。
平日ということもあり、由紀恵の他には鉄道マニアすらおらず、一人で待った。
「はあ。普通にレンタカーで来ればよかったか」
千葉って都会だから大丈夫でしょ、と勝手に思っていた由紀恵の誤算である。レンタカーの事前予約が面倒な由紀恵は、極力鉄道などの公共交通機関を使うのだが、千葉はその範囲内だと思っていた。実際には、千葉といっても都心から遠いエリアは完全に田舎で、クルマ社会だった。
春先だったので、暑くも寒くもなかったのが幸いだった。由紀恵は駅のベンチでひたすらゲームをして待ち、次の汽車に乗った。
いすみ鉄道も小湊鉄道と同じく非電化のローカル線だが、車両はかなり新しかった。由紀恵の実家の四国でも新しいディーゼル車は走っていたから、これにもデジャヴュを覚えた。
目的地である大多喜駅で降りて、由紀恵は近くにある民家のような食堂に向かった。
ネットで事前に調べていた、B級グルメである『わらじとんかつ』を昼食に選んだ。わらじのように平たく引き伸ばされたとんかつだ。確かに、平たく硬いので独特の味わいはあったが、何のことはない、普通のとんかつだった。
由紀恵はよく食べる方だが、女子には量が多かった。
失敗したなあ、と、由紀恵はお腹をさすりながら、依頼者のもとへ旅立った。
さて午後、由紀恵は依頼者である北原麻里の家へ、タクシーで向かった。
大多喜駅からそれほど離れていないところで、周辺は農地。要するに農家だった。
事前情報によれば、麻里は三十代の主婦で、五歳の娘・怜菜がいる。夫はいわゆる兼業農家で、平日日中は会社に出て家にはいない。
なんのことはない、平穏な地方民のように思われた。
ここから先は依頼者から直接聞くことになっていた。由紀恵がドアチャイムを押すと、家の奥からバタバタと、エプロンをつけた麻里が出てきた。
「こんにちは。魔法士の日和佐由紀恵と申します」
「あ、魔法士さん? ごめんなさい、何も準備できてなくて」
由紀恵と歳が近いこともあってか、あるいは主婦業でいつも家にいて刺激がないのか、麻里はとても友好的に接してくれた。
「それで、依頼は何でしょうか?」
「はい。実は最近、うちの畑にサルがよく出て」
由紀恵は麻里に悟られないよう気をつけながら、ため息をついた。
害獣駆除。最近、日本のあちこちで野生動物が増えている。諸説あるが、狼などの肉食獣が絶滅したのと、地球温暖化で気温が上がり、体温を維持するためのエネルギーがあまり必要なくなったことが原因だという。
地方の農家からの依頼ということで、由紀恵はある程度予想していたのだが、魔法で片付けるには面倒な仕事なので、正直嫌だった。猟友会を紹介した方が早い気がした。
「とりあえず、その畑を見せてもらっていいですか」
「いいですよ。歩いてすぐですから」
さっさと片付けたかった由紀恵は、麻里と一緒に家を出ようとした。その時、二階から小さな女の子が駆け下りてきた。
「ママどこ行くの!」
「あー、今から畑に行って、畑にサルが出ないように魔法かけてもらうの」
「まほう? そのひとまほうつかいなの?」
「魔法士さんよ。すごく偉い人なんだから、ちゃんと挨拶しなさい」
「こんにちは、魔法士の日和佐です」
すごく偉い人、と言われて得意になった由紀恵は、にやにやしながら怜菜に挨拶した。小さい子供とちゃんと話せるように、怜菜の目線の高さまでしゃがみながら。
「お姉さん、まほうつかいなの?」
「うーん。そうともいうね」
「れーな、まほうつかいなりたい! まほうおしえて!」
「こら、無理なこと言うんじゃないの。すみません、娘が失礼なことを言って。この子、アニメの魔法少女ものがすごく好きで、ずっと見てるんですよ」
「いえいえ。別にいいですよ。怜菜ちゃんはおジャ魔女どれみとか好き?」
「おジャ魔女どれみってなに?」
由紀恵はショックを受けた。自分が小さい頃に見ていたおジャ魔女どれみシリーズはとっくに終わっている。二十歳も歳が違う相手とはいえ、ジェネレーションギャップを感じずにはいられなかった。
「あはは! 私もおジャ魔女どれみ、見てましたよ。今度怜菜にも見せてみようかな」
「みる!」
麻里にフォローされ、由紀恵はなんとか気を取り直した。
五歳の怜菜を家に一人置いていく訳にはいかないので、畑へは由紀恵と麻里、怜菜の三人で向かうことになった。
快速電車で千葉駅を過ぎ、内房線をしばらく走った五井駅で、由紀恵は小湊鉄道に乗り換える。
小湊鉄道は、鉄道マニアには有名なローカル線だ。五十年以上前に製造されたディーゼル車が、今もまだ現役で走っている。
テレビドラマで、昭和ごろの再現をしている番組で古い汽車が走るシーンがあったら、大体は小湊鉄道の汽車だ。
由紀恵は観光目的でなく、単なる移動手段として小湊鉄道を利用するので、あまり興味はなかったが、重低音を響かせてホームに居座る古い汽車を見ると、由紀恵はノスタルジー……ではなく、デジャヴュを覚えた。
実家の四国にも、こういうボロい汽車が走っていたのだ。
汽車の写真を撮っている観光客や鉄道マニアを尻目に、由紀恵はさっさと汽車に乗り、発車を待った。
小湊鉄道は千葉県の南部を走る。千葉といっても船橋のような都心に近いエリアとは違って、房総半島は南に行けば行くほど、のどかな田園風景が広がっている。
根っからの都会人ではなく、むしろ田舎者の由紀恵は、汽車がどんどん街から離れ、周囲に田んぼしかないような場所を走っても、あまり気にしなかった。というか、車窓をろくに見ず、スマホでゲームをしていた。途中、養老渓谷という千葉県内では有名な景勝地を通ったのだが、それも興味がなかった。四国に同じようなものがあるからだ。
終点の上総中野駅は、駅以外はほとんど何もない場所だった。ここでいすみ鉄道という別の列車に乗り換えるのだが、四十分も待ち時間があった。
平日ということもあり、由紀恵の他には鉄道マニアすらおらず、一人で待った。
「はあ。普通にレンタカーで来ればよかったか」
千葉って都会だから大丈夫でしょ、と勝手に思っていた由紀恵の誤算である。レンタカーの事前予約が面倒な由紀恵は、極力鉄道などの公共交通機関を使うのだが、千葉はその範囲内だと思っていた。実際には、千葉といっても都心から遠いエリアは完全に田舎で、クルマ社会だった。
春先だったので、暑くも寒くもなかったのが幸いだった。由紀恵は駅のベンチでひたすらゲームをして待ち、次の汽車に乗った。
いすみ鉄道も小湊鉄道と同じく非電化のローカル線だが、車両はかなり新しかった。由紀恵の実家の四国でも新しいディーゼル車は走っていたから、これにもデジャヴュを覚えた。
目的地である大多喜駅で降りて、由紀恵は近くにある民家のような食堂に向かった。
ネットで事前に調べていた、B級グルメである『わらじとんかつ』を昼食に選んだ。わらじのように平たく引き伸ばされたとんかつだ。確かに、平たく硬いので独特の味わいはあったが、何のことはない、普通のとんかつだった。
由紀恵はよく食べる方だが、女子には量が多かった。
失敗したなあ、と、由紀恵はお腹をさすりながら、依頼者のもとへ旅立った。
さて午後、由紀恵は依頼者である北原麻里の家へ、タクシーで向かった。
大多喜駅からそれほど離れていないところで、周辺は農地。要するに農家だった。
事前情報によれば、麻里は三十代の主婦で、五歳の娘・怜菜がいる。夫はいわゆる兼業農家で、平日日中は会社に出て家にはいない。
なんのことはない、平穏な地方民のように思われた。
ここから先は依頼者から直接聞くことになっていた。由紀恵がドアチャイムを押すと、家の奥からバタバタと、エプロンをつけた麻里が出てきた。
「こんにちは。魔法士の日和佐由紀恵と申します」
「あ、魔法士さん? ごめんなさい、何も準備できてなくて」
由紀恵と歳が近いこともあってか、あるいは主婦業でいつも家にいて刺激がないのか、麻里はとても友好的に接してくれた。
「それで、依頼は何でしょうか?」
「はい。実は最近、うちの畑にサルがよく出て」
由紀恵は麻里に悟られないよう気をつけながら、ため息をついた。
害獣駆除。最近、日本のあちこちで野生動物が増えている。諸説あるが、狼などの肉食獣が絶滅したのと、地球温暖化で気温が上がり、体温を維持するためのエネルギーがあまり必要なくなったことが原因だという。
地方の農家からの依頼ということで、由紀恵はある程度予想していたのだが、魔法で片付けるには面倒な仕事なので、正直嫌だった。猟友会を紹介した方が早い気がした。
「とりあえず、その畑を見せてもらっていいですか」
「いいですよ。歩いてすぐですから」
さっさと片付けたかった由紀恵は、麻里と一緒に家を出ようとした。その時、二階から小さな女の子が駆け下りてきた。
「ママどこ行くの!」
「あー、今から畑に行って、畑にサルが出ないように魔法かけてもらうの」
「まほう? そのひとまほうつかいなの?」
「魔法士さんよ。すごく偉い人なんだから、ちゃんと挨拶しなさい」
「こんにちは、魔法士の日和佐です」
すごく偉い人、と言われて得意になった由紀恵は、にやにやしながら怜菜に挨拶した。小さい子供とちゃんと話せるように、怜菜の目線の高さまでしゃがみながら。
「お姉さん、まほうつかいなの?」
「うーん。そうともいうね」
「れーな、まほうつかいなりたい! まほうおしえて!」
「こら、無理なこと言うんじゃないの。すみません、娘が失礼なことを言って。この子、アニメの魔法少女ものがすごく好きで、ずっと見てるんですよ」
「いえいえ。別にいいですよ。怜菜ちゃんはおジャ魔女どれみとか好き?」
「おジャ魔女どれみってなに?」
由紀恵はショックを受けた。自分が小さい頃に見ていたおジャ魔女どれみシリーズはとっくに終わっている。二十歳も歳が違う相手とはいえ、ジェネレーションギャップを感じずにはいられなかった。
「あはは! 私もおジャ魔女どれみ、見てましたよ。今度怜菜にも見せてみようかな」
「みる!」
麻里にフォローされ、由紀恵はなんとか気を取り直した。
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