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第六話 西宮北口
第七話
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由紀恵が、衝撃的な未来を見てしまった翌日。
朝日こころに、聞きたいことがある、とだけ伝えてこの前と同じカフェに呼んだ。
もう『涼宮ハルヒの憂鬱』の聖地めぐりをしよう、という気持ちはない。ただ前と同じ場所の方がわかりやすくていいから、という理由だった。
こころは、前回ほど緊張していなかったようだが、まだ由紀恵のことを信用していないようで、硬い表情だった。こころは相変わらず一番安いコーヒーしか頼まなかった。
「聞きたいことって、何ですか」
「えっとね。まず近藤結花さんて人のこと知ってるよね?」
「……結花が、どうかしたんですか」
一瞬、こころがためらったのを由紀恵は見逃さなかった。
「お友達だよね? その子と何かあった?」
「……私は、何もないです」
「じゃあ、近藤さんの方に何かあったの?」
「わかりません。最近、急に私と話してくれなくなったんですけど」
「つい最近までは仲良かったんだ? じゃあどうして急に話さなくなったの?」
「だから、わかりませんって」
こころは少し苛立っていた。このような返事をしたのは、由紀恵にとって少し意外だった。あまり怒ったりしない、冷静なタイプだと思っていたからだ。しかし由紀恵にとっては、社交辞令的な態度で話されるより、そちらの方がよかった。
「なるほどね、じゃあもう一つ。黒澤大地さん、っていう大学生の男子のことも知ってるよね?」
「……」
「どういう関係なんだっけ?」
「こっちへ引っ越してきたときに一度、挨拶しただけです。小さい頃は家が隣で、仲良かったんですけど、今は特に関わりはないです」
「あんまり回りくどい話し方は好きじゃないみたいだから、単刀直入に聞くけど。朝日さん、黒澤っていう男の人のこと、好き?」
「それは、異性として、という意味ですか?」
「うん、そう。異性として」
「それはないです。大にい――黒澤さんのことは兄のように思っていて、そういう気持ちを抱いたことは一度もないです」
「えー」
由紀恵には、こころが嘘をついているように見えなかった。一瞬出てきた『大にい』という単語は、おそらく幼い頃にこころが黒澤大地を呼んでいた時の言葉だろう。恋人同士になりたいと思うなら、幼い頃の呼び方はしないのではないか。まあ、愛の形は人それぞれなので、わからないところもあるが。
「私、朝日さんと近藤さんが、黒澤さんを取りあってるんじゃないかって思ってたんだけどな」
「なんでそうなるんですか。意味わからないです」
「そういうことが起こりそうな関係じゃん、あなたと近藤さんと黒澤さん」
「そもそも、私がこっちに引っ越してきた時から、結花と黒澤さんは付き合ってました。そこから邪魔しようだなんて、私は思いません。結花との関係が悪くなります」
「えっ、そうだったの」
だとしたら、由紀恵の前提は崩れる。
もともと近藤結花と黒澤大地が交際関係にあったというなら、仮にこころが黒澤大地のことをずっと思っていたとしても、取り入る隙はないだろう。突然戻ってきたこころと、部活の関係でずっと仲が良かった結花とでは、関係に差がありすぎる。
それでも関係なく突っ込むタイプの女子もいるが、こころはそういうことをするようには見えない。
「ふうん。じゃあなんで来週の水曜日に何か起こる、って言えるのかな」
前は再来週の水曜日、と聞いていたが、調査を進めているうちに日が進んで、来週の水曜日になってしまった。
「その前に、私が結花と黒澤さんを取り合いしていたら、なんで来週の水曜日に何か起こる、っていう推測になるのか教えてください」
「んー、来週の水曜日になんの意味があるのかはわからないよ。見かけは平日でも誰かの誕生日とか、二人が初めて会った日とかいろいろあるじゃん。そういう色恋沙汰があったら、平日が特別な日に変わる可能性もあるわけ」
「残念ながら、来週の水曜日は誰かの誕生日でも、私と黒澤さんが初めて会った日でもないです。そもそも、初めて会った日のことなんて覚えてません。小さかったので」
「ええー。じゃあ、なんで来週の水曜日なのかなあ。それだけでも教えてくれない?」
「……それは、私にもわかりません」
「え?」
「来週の水曜日に、何かが起こる。そんな気がするだけです。だから、魔法士さんも真剣に取り合ってもらわなくていいです。まさか本当に魔法士さんが依頼を聞いてくれるなんて、思っていなかったので」
「そんなー。じゃあ来週の水曜日まで、何が起こるか待ってるしかないね」
「気にしなくていいですよ」
「ううん。私は気にするぞ」
「なぜですか? 魔法士さんって、きっとすごく忙しいと思うんですけど。私なんかに使う時間、そんなにあるんですか」
「ないよ。次の依頼、一つ延期しちゃうくらいの影響あるけど。とにかく今は、朝日さんが気にしてる来週の水曜日のイベントがわからないと、次に進めないの」
「どうして、私なんかのことをそこまで気にしてくれるんですか」
「だって朝日さん、わたしのこと『綺麗な若い女性』って言ってくれたでしょ」
「――えっ」
こころは、その発言を忘れた訳ではないらしく、なぜか少し顔を赤くしていた。
「あれ、実はけっこう嬉しかったから。わたし、あなたの悩みが解決するまでは付き合ってあげることに決めたんだ」
「そんな――」
「ん?」
少しこころの様子がおかしかった。今まで見せたことのない、急に慌てはじめたような様子で、何か言うでもなく、気を紛らすようにコーヒーを何度も口にしていた。
「どうかした?」
「いや、何でもないです。その言葉、まさか覚えてくれているとは思わなかったので」
「そっか。ま、たぶんお世辞だよね」
「いや――」
「えっ」
「――お世辞です」
「ですよねー」
この後、由紀恵はこころに近藤結花の顔写真と、黒澤大地の顔写真、今通っている大学や住所などの情報を教えてもらった。これだけわかれば、魔法庁のデータベースを使わなくても学校を経由してアポをとることは可能だ。
別れ際、由紀恵が会計を済ませたあと、こころが最初にあった時のように、由紀恵へ何か言いたそうにしていた。
「どうかした?」
「魔法士さん、いつまでここにいるんですか」
「んー、とりあえず来週の水曜日まではいるよ。何かあるかもしれないし」
「……また、会えますか」
「えっ、調査の邪魔にならなきゃいつ会ってもいいけど、調査してる時以外は暇だし」
「そうですか……何かあったらまたお願いします」
「うん! 朝日さんも、何か気づいた事とかあったら、何でも言ってくれていいからね」
「はい」
こうして由紀恵とこころは別れた。由紀恵はこころが最後の最後でまた会えますか、と聞いてきたことに驚いたが、この時はまだ、深い意味があるとは思っていなかった。
朝日こころに、聞きたいことがある、とだけ伝えてこの前と同じカフェに呼んだ。
もう『涼宮ハルヒの憂鬱』の聖地めぐりをしよう、という気持ちはない。ただ前と同じ場所の方がわかりやすくていいから、という理由だった。
こころは、前回ほど緊張していなかったようだが、まだ由紀恵のことを信用していないようで、硬い表情だった。こころは相変わらず一番安いコーヒーしか頼まなかった。
「聞きたいことって、何ですか」
「えっとね。まず近藤結花さんて人のこと知ってるよね?」
「……結花が、どうかしたんですか」
一瞬、こころがためらったのを由紀恵は見逃さなかった。
「お友達だよね? その子と何かあった?」
「……私は、何もないです」
「じゃあ、近藤さんの方に何かあったの?」
「わかりません。最近、急に私と話してくれなくなったんですけど」
「つい最近までは仲良かったんだ? じゃあどうして急に話さなくなったの?」
「だから、わかりませんって」
こころは少し苛立っていた。このような返事をしたのは、由紀恵にとって少し意外だった。あまり怒ったりしない、冷静なタイプだと思っていたからだ。しかし由紀恵にとっては、社交辞令的な態度で話されるより、そちらの方がよかった。
「なるほどね、じゃあもう一つ。黒澤大地さん、っていう大学生の男子のことも知ってるよね?」
「……」
「どういう関係なんだっけ?」
「こっちへ引っ越してきたときに一度、挨拶しただけです。小さい頃は家が隣で、仲良かったんですけど、今は特に関わりはないです」
「あんまり回りくどい話し方は好きじゃないみたいだから、単刀直入に聞くけど。朝日さん、黒澤っていう男の人のこと、好き?」
「それは、異性として、という意味ですか?」
「うん、そう。異性として」
「それはないです。大にい――黒澤さんのことは兄のように思っていて、そういう気持ちを抱いたことは一度もないです」
「えー」
由紀恵には、こころが嘘をついているように見えなかった。一瞬出てきた『大にい』という単語は、おそらく幼い頃にこころが黒澤大地を呼んでいた時の言葉だろう。恋人同士になりたいと思うなら、幼い頃の呼び方はしないのではないか。まあ、愛の形は人それぞれなので、わからないところもあるが。
「私、朝日さんと近藤さんが、黒澤さんを取りあってるんじゃないかって思ってたんだけどな」
「なんでそうなるんですか。意味わからないです」
「そういうことが起こりそうな関係じゃん、あなたと近藤さんと黒澤さん」
「そもそも、私がこっちに引っ越してきた時から、結花と黒澤さんは付き合ってました。そこから邪魔しようだなんて、私は思いません。結花との関係が悪くなります」
「えっ、そうだったの」
だとしたら、由紀恵の前提は崩れる。
もともと近藤結花と黒澤大地が交際関係にあったというなら、仮にこころが黒澤大地のことをずっと思っていたとしても、取り入る隙はないだろう。突然戻ってきたこころと、部活の関係でずっと仲が良かった結花とでは、関係に差がありすぎる。
それでも関係なく突っ込むタイプの女子もいるが、こころはそういうことをするようには見えない。
「ふうん。じゃあなんで来週の水曜日に何か起こる、って言えるのかな」
前は再来週の水曜日、と聞いていたが、調査を進めているうちに日が進んで、来週の水曜日になってしまった。
「その前に、私が結花と黒澤さんを取り合いしていたら、なんで来週の水曜日に何か起こる、っていう推測になるのか教えてください」
「んー、来週の水曜日になんの意味があるのかはわからないよ。見かけは平日でも誰かの誕生日とか、二人が初めて会った日とかいろいろあるじゃん。そういう色恋沙汰があったら、平日が特別な日に変わる可能性もあるわけ」
「残念ながら、来週の水曜日は誰かの誕生日でも、私と黒澤さんが初めて会った日でもないです。そもそも、初めて会った日のことなんて覚えてません。小さかったので」
「ええー。じゃあ、なんで来週の水曜日なのかなあ。それだけでも教えてくれない?」
「……それは、私にもわかりません」
「え?」
「来週の水曜日に、何かが起こる。そんな気がするだけです。だから、魔法士さんも真剣に取り合ってもらわなくていいです。まさか本当に魔法士さんが依頼を聞いてくれるなんて、思っていなかったので」
「そんなー。じゃあ来週の水曜日まで、何が起こるか待ってるしかないね」
「気にしなくていいですよ」
「ううん。私は気にするぞ」
「なぜですか? 魔法士さんって、きっとすごく忙しいと思うんですけど。私なんかに使う時間、そんなにあるんですか」
「ないよ。次の依頼、一つ延期しちゃうくらいの影響あるけど。とにかく今は、朝日さんが気にしてる来週の水曜日のイベントがわからないと、次に進めないの」
「どうして、私なんかのことをそこまで気にしてくれるんですか」
「だって朝日さん、わたしのこと『綺麗な若い女性』って言ってくれたでしょ」
「――えっ」
こころは、その発言を忘れた訳ではないらしく、なぜか少し顔を赤くしていた。
「あれ、実はけっこう嬉しかったから。わたし、あなたの悩みが解決するまでは付き合ってあげることに決めたんだ」
「そんな――」
「ん?」
少しこころの様子がおかしかった。今まで見せたことのない、急に慌てはじめたような様子で、何か言うでもなく、気を紛らすようにコーヒーを何度も口にしていた。
「どうかした?」
「いや、何でもないです。その言葉、まさか覚えてくれているとは思わなかったので」
「そっか。ま、たぶんお世辞だよね」
「いや――」
「えっ」
「――お世辞です」
「ですよねー」
この後、由紀恵はこころに近藤結花の顔写真と、黒澤大地の顔写真、今通っている大学や住所などの情報を教えてもらった。これだけわかれば、魔法庁のデータベースを使わなくても学校を経由してアポをとることは可能だ。
別れ際、由紀恵が会計を済ませたあと、こころが最初にあった時のように、由紀恵へ何か言いたそうにしていた。
「どうかした?」
「魔法士さん、いつまでここにいるんですか」
「んー、とりあえず来週の水曜日まではいるよ。何かあるかもしれないし」
「……また、会えますか」
「えっ、調査の邪魔にならなきゃいつ会ってもいいけど、調査してる時以外は暇だし」
「そうですか……何かあったらまたお願いします」
「うん! 朝日さんも、何か気づいた事とかあったら、何でも言ってくれていいからね」
「はい」
こうして由紀恵とこころは別れた。由紀恵はこころが最後の最後でまた会えますか、と聞いてきたことに驚いたが、この時はまだ、深い意味があるとは思っていなかった。
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