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第一章

第40話

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 ~メビウスがイリスの場所を突き止めた後、クラウスがアイリスと再会する少し前~


「たしか……人差し指と薬指と中指だったっけ。気が進まない……けどやるしかないか」

 姿勢の制御に問題があるから治したままで、太ももは別に良いか。

「こんなことなら治さなければ良かったなぁ……一枚目っと」

 後悔先に立たずとはこのことだろう。

 ……それにしても、強烈な魔力の発信地に来てみればアイリスはいたけどほぼ裸だったし、泣いたかと思ったら怒ったりするし、もう何が何だかわからない。

「制服に血がついてたのが駄目だったのか?そんな贅沢言える状況じゃないでしょっ、と」

 誘拐犯に無理やり乱暴されたって感じではないよな?未然ではありそうだけど。

「というか僕死んでることになってるのが一番おかしいよな。この四日間で一体何があったんだっていう話……これで終わり!」

 左手を掲げ、血の滴る指を見て満足げに頷く。

 うん、綺麗にちゃんと爪剥がれた!

「これでもう一度アイリスに会いに行くか」

 メビウスは僕じゃないことの偽装工作しないことには始まらない。

「それにしても、ミツキはどこに行ったのか」

 あとで通り魔の彼女の所に行ってみようか。

 随分と楽しそうなことしてるみたいだし、楽しいことはみんなで分かち合わないとね。

「よし、着替えるか」

 お手製制服を学校の制服にチェンジ……してもいいのか?

 本物はアイリスに貸してるから怪しまれたりしそう、というかちゃんと補填してくれるのか?

「どうせなら被害者っぽくしてみようか……ぐっ!左手がうずくぜ!」

 蹲踞のまま左手首を掴んで、苦々しい表情を作る、が……

「うーん………」

 なんか違う。

「この痛みが……僕を突き動かす!」

 今度は左手を突き出すようにして右ひじの内側で口を隠すようにする。

「なんか……変だ」

 やっぱり違う。

「痛いよぉ……ン、ママぁ!」

 地べたに寝そべり駄々をこねるようにするも……

「これはみっともなさすぎる……」

 なんかこう、自然な感じがいいと思うんだ。

「……なんてことはない、ただのかすり傷だよ」

 ふっ、とニヒルな笑いを浮かべる。

「……うん、いい感じだ」

 これだな、普通だけど普通がいい。
 ちょっと痩せ我慢してる感じがとても年頃の男の子っぽい。

「さて、行きますか」

 アイリスを一生懸命捜索してた感じで行けば、制服の代金くらいくれるでしょう。


 ーーーーーーーーーーーー

「アイリス!大丈夫!?元気してる?!」

「……ぇ?」

 一体何があったんだ、驚きとアイリスを気遣いを垣間見せる声音で入室する。

「制服がボロボロじゃないか、というかそれ僕のだよね?なんでそんなにボロボロなのかはわからないけど、補償して貰ってもいいかな?」

 理由は聞かずに、それは僕の物であるというさりげないアピール、それと同時に補償してもらおうという意思表示。
 こんなの僕じゃなきゃ出来ないね。

「………ぁ、……なんで」

「ん?」

 私は今考えてますよという仕草を解き、か細い声を出すアイリスを見るとその瞳孔が揺れていることから緊張もしくは驚きが浮かんでいるのがわかる。
 なにより…………着やせするタイプなのか、胸がおっきいな。
 ん?そうじゃない、なにか別のことを考えてたのに……なに考えてたんだっけ。

「なん、なんで生きてるの……?」

「いや、死んでないから生きてるんだけど」

 ……逆になんで死んだと思ってるんだ?

「ほんとに、本物……?」

 なぜそんなに疑う余地があるのか。
 ここで“僕はクラウス・エテルナです、本物の本人です”なんて言っても偽物みたいだからそんなこと出来るわけない。

「当たり前じゃないか、本物だって。それよりその制服──うわっ!」

「良かった……っ!ほんとに、良かったぁ……っ!ぁぁぁぁ!!」

 だからいつも通りに返したら、飛びついて来た。と思ったらまた泣いてる、そんなに一人が寂しかったのか。

「ひっ、ぐ……っ!うわぁー!!」

「僕の、お手製の制服が………べとべとだ……」

 ショック……でももういいや。
 たった四日であのアイリスが本性を見せざる負えないくらいに追い込まれるなんて、随分ひどい仕打ちでも受けたんだろう。

「はぁ……よしよし。よく頑張ったね偉いね、すごいね」

「うっ……よかったっ……ぅ……!」

 まあ、経緯はともあれ友達に胸を貸すのも些か悪いものじゃない。
 だってアイリスが僕を友達だと言ってくれたんだ。僕本人じゃなくメビウスにだけど。

 ……本当のところ、僕のことをてっきり下僕か何かだと思われてたんだと思ってたのは内緒

 ──でも、いい機会だったんじゃないだろうか。

 僕が最初に感じたアイリスという人間は他人との距離を置こうとする癖がある。

 それ自体は悪くない、ただ好意を寄せる相手を見ようとせず、そうでない他者との間にも優しさといったごまかしで積極的に壁を作ろうとする彼女の生き方はあまり賢いとは言えない。
 それが可能なのは一人で生きていける“強い者”だけだ。

 だから自身を他とは違うものであると、特別であるように振舞うアイリスにとって、ちょうどいい戒めになったんじゃないかな。

 ───本当は僕がその役目を負いたかったんだけど

「大丈夫そう?」

「うん………平気」

 その割には全然離れないんだよな、まだ鼻すすってるし。

「……あなたが生きてるならセレシアも、ギード君も無事なのよね……」

「え?なんであの二人?」

 え、なんであの二人?

 突拍子のないことを言い出すから思考と言葉が一致してしまった。

「……ねぇ無事よね?………そうよね?」

「え、あーちょっと待って………」

 とりあえず確認してみるか。

 セレシアもギードの魔力は覚えているから魔力レーダーの出番……よしよしっと。

 ギードは本でも読んでいるのか椅子に座ってて、セレシアは……寝てるのかな?規則正しい生活でいいことだ。

「うん平気そう。二人とも自分の寮にいる……と思うよ」

 思う、じゃない。実際二人とも寮の自室にいる。

「ぅん……良かった………ぅっ……ほんとに良かった………」

「またか……はいはい」

 これが本来のアイリスの性格なのかすぐに泣く。
 淋しい時には人に甘えたかったあるいは人とのつながりを、本当は求めていたのかもしれない。
 ……どうでもいいか。

 そうしてしばらくアイリスの背中をトントンと叩いていると、

「ねぇ、ここに来るときに黒い服装の怪しい人物を見なかった………?」

 とうとうこの時が来た。
 絶好のチャンス、ここでメビウスと僕は別人であるということを証明する時!

「うん見たけどどっかに行ってたよ、何だったのかアレは何だったんだろうね!」

 少し早口になってしまったけど、まあ大丈夫だろう。
 なんせ状況は完璧だから。

「そ、そう……わからないならいいけど、ちょっと……まって───」

 ほら来た。

「あなた、その指どうしたの!?爪が……!」

 メビウスの時には爪があったから、僕の状態は完全に不一致。
 完璧な状況を作り出すことによる偽装工作。

 そしてここで予め考えていた決め台詞──

「ふっ……なんてことない、ただのかすり傷さ」

 決まった……ッ!
 心の中でガッツポーズ。男の子っぽさを演出するために少し喉を震わせたのが良かった。

「そんなわけないじゃない!だって、っ……こんなに血が出て……!」

 アイリスは両手で僕の手を取り、さすってくれた。

 その瞳は潤い、またも泣きだしそうな予兆を示していた。

「あっ、うん。実はこれ、近衛騎士に尋問されたときに───」

 それは困る、だから素直に言うことにした。

「───っていうことがあったんだ」

「そ、そんな……」

「ふ……どうってことないよ、ただのかすり傷さ」

「……ごめんなさい」

 とりあえずもう一回言ってみると、謝られた。
 予想してた反応と違う、もっとこう……なんだ?『へぇ、男の子なんだね!』みたいな感じを期待してたのに……

「あ」

「……?」

 僕はとても大変なことに気づいてしまった。
 というのも“クラウス”という人間は優秀なステラ姉さんの影に隠れる平々凡々な弟でそこら中にいる魔剣士学生であるというのを今の今まで忘れていた。

 組織の率いるメビウスであれば、爪を剥がされようが眼球をくり抜かれようがどうってことはないのだが、このクラウスは別。

 僕の今の姿は実力もなければ能力もないありふれた男の子だということ。
 つまり普通の人間であるクラウスは爪を剥がされたら、やせ我慢なんてしないのだ。

「あー……ぅー……どうしようか」

 いや本当に。このままクラウス通常路線で行くと被害者感丸出しになる、しかしそれだとアイリスがまた泣き出しそうだし……

「どうしたの?」

「いや………なんでもないよ。それよりアイリス、君に話があるんだ」

「え?な、なに……かしら」

 もう腹を決めた、これで行くしかない。

「今の君だから言えることなんだ。よく聞いてくれ」

「は、はい……」

 アイリスの肩に両手を乗っけるとなぜか恐縮な態度になって顔を赤らめる。これは僕からの真面目な雰囲気を察してくれたということだろう。

「アイリス、ここで君にどんなことがあったのかは聞かない。全部はわからないけどきっと、嫌なことがあったんだろうことはわかってる」

「……」

「でも、君がいつか話せるようになってから教えてくれれば嬉しいなって思うんだ。君にとって僕は取るに足らない存在だろうけど、いつだって僕の心にはアイリス、君がいたんだ」

「………!」

 僕に対して眼を見開くアイリス。
 それはそうさ、だって制服がボロボロにされた時に補償するのはいったい誰なんだって話なんだ。

「だから、どれだけ身体を痛めつけられようようとも自分を保つことができた、今だって君の心の痛みを思うと、これなんてかすり傷みたいなものさ」

 僕は左手に視線を落とすと、イリスもそれを追う。

「あ、あなた……もしかして───」 

 自分を保つの意味が分からないけど、君のために僕は我慢したんだということが伝わればいい。

「───っ!」

 そしてここでがっしりと再度肩を両手で叩いて、驚くアイリスが僕の顔に向く。そしてそのまま碧眼を見据える。

「つまり……君は、僕にとって特別な存在なんだ!」

「そ、それって……!」

 だって、友達は特別な存在。そうだろう?

「知ってると思うけど僕は貴族だ、それも田舎の何一つ特別じゃない貴族。すごい優秀な姉さんの実力に劣るどころか風上にも置けない欠点ばかりの平々凡々な弟で魔剣士学校の普通の生徒で一般人みたいな影の薄いありふれた、僕が言ってる意味が分かってくれたら嬉しい」

 滔々と間断なく相手に隙を与えず畳みかけるように言う。

「えっ、あ……いや、え?………んっ」

 もちろんアイリスは困惑するだろうがそれが狙いであり、言い終わった頭をポンポンと撫でてあげる。

「そういうことで、僕は騎士の人、呼びに行ってくる。これ剣、何かあったら自衛してくれ。じゃあ」

「……ぇえ?」

 僕が持っていた剣を渡してぽかんとしたアイリスを横目に早々にこの場を去り、地上につながる階段を上がる。

 そしてある程度の距離を離してから、

「よし!」

 ガッツポーズ!

 これでもう大丈夫なはず。きっと僕のキャラクターなんてありふれた生徒にしか思ってないはずだ。
 ギードが言っていたがアイリスに告白してきたのは大して取り柄のない男ばっかりだったと聞く。

「それなら僕にピッタリ。話の焦点をずらしながら大量の情報を与えつつ認識の再植え込みを行う、なんてスマートなやり方なんだ」

 きっと今は困惑してるだろうけど、明日になったら整理もついてなんやかんやで普通になってることだろう。

「ここまで頑張ったなぁ僕」

 しみじみと頷く。

 そしたら、いよいよメインだ。

「その前に………」

 近くにいる騎士団に連絡して救助に来てもらうとしよう、ついでに近くにいるルークにも声を掛けてあげようかな。

「狩ろうじゃないか」

 僕は心が高鳴るのを感じた。

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