森の導の植物少女

文壱文(ふーみん)

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第一章 樹海の妖精

不殺の魔王-2

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 「お久しぶりですシニカさん。あの時の助言、本当にありがとうございました。治療もしっかりと行ったので、またここに来てしまいました」

 いくらかの月日が流れ、あの時の少女がまたやって来た。少女の名前はシーナというらしく、もう十八になったそうだ。

「……お別れはしっかりとできましたか?」
「今もここに思い出があるから大丈夫です」

 そう言って、首にかけられたペンダントを摘んでシニカに見せる。どこか吹っ切れたような表情で長かったはずの髪は短くなっていた 。

「今日はどうしてここに? いや、その理由を当ててあげましょう。ズバリ、私のお世話をしたい。なんてどうですか?」
「わぁ、本当に当てるなんてやはり凄いね。シニカさんは」
「冗談のつもりだったのですが。まさか、本当に?」
「えぇっ!?」

 冗談のつもりが実際に言い当ててしまい、なんとも微妙な空気が流れる。驚いたままのシーナと目を瞑ったままのシニカ。
 静寂を先に破ったのは、シニカだった。

「自己紹介がまだでしたね」
「自己紹介? 前に言ってたじゃない」
「いえ、しっかりと自己紹介はしていなかったと思いましてね。ただし、驚かないように」

 コホン、と咳払い一つ。それからシニカは本名を名乗った。

「私は不殺の魔王、エフェドラ=シニカ。人間が大好きな変わり者の魔王です」
「え、えぇぇぇぇぇぇぇえ!?」

 今までにない驚き方をするシーナ。口をあんぐりと開け、目が飛び出すくらいにはシーナの実名に驚いている。悲鳴は森の中を反響して鳥が数匹飛び去った。

「確かに私はこの場を離れることが出来ませんから、世話をしてくれるというのはとても助かります。だとしても住居はどうするのですか?」
「そう思って寝袋など一式持ってきたわ!」

 その行動力の高さにびっくりする。
 後ろに背負ったリュックサックに荷物が全部入っているのだろう。

「はぁ。それならこれは、私から貴女に。【家よ建てbuilding home】」

 足元の土が隆起し、瞬く間に家が建つ。土はしっかりと押し固められ、余程の嵐や台風でもなければ寒さを凌げそうだ。

「すごいわシニカさん、魔法も使えるのね」
「それは勿論、魔王ですから」

 と、ジョークで返す。
 退屈が和らいだためかいつになく口が軽かった。それに加えて魔法を使ったのも久しぶりだ。最後に放ったのは何百年前のことだろうか、とシニカは思いを馳せる。

「あの家の中で過ごしていれば寒さや風は大丈夫だと思いますよ。ここは山の麓なので雨は降りますがあまり嵐は来ないんです」
「そんなに頑丈なら、どうしてシニカさんは家に入らないの?」
「…………は?」

 素朴な疑問にシニカは困惑してしまう。上手く意図が伝わらずシーナは慌てて補足した。

「あ、ええと。どうして周りを壁で囲まないの? 雨風で萎れてしまうことはないの?」
「時々ありますよ。根が折れてしまったり、上半身に力が入らなくなったり。だから迷い人にこうして、血を分けてもらってるんです。でも壁を作ろうとは一度も考えませんでしたね」

 これはシニカにとって心の芯に当たる部分だ。
 また壁があると人間に接しづらいという理由もあった。そもそもの話人が来づらくなるだろう。
 ただでさえ暗い暗い森の中なのだから。
 そういったいくつかの理由をシーナに説明すると、シニカは一呼吸つく。

「そうなのね」
「えぇ。それに人を観察することが趣味なのに、外が見えなかったら元も子もないでしょう?」
「確かにそうかも」

 シーナは妙に納得してしまった。
 そして、大樹海でシーナの生活が始まる。

「ねぇねぇ、シニカさん。ここって本当に人がいないのね」

 池から桶に汲んだ水をシニカの根に優しくかけながらシーナはこぼす。ここは獣もあまり見かけない上、陽光が限られる場所だ。

「そうですね、噂を聞きつけた人間ぐらいしか私もお会いしたことがありません。それよりもシーナ」
「どうしたの、突然に?」
「貴女はまず、やらなければならないことがあります。それをしなければ最悪死にます」
「えぇ!? し、死ぬ……?」

 シーナは以前にも似た恐怖心が溢れ出す。バケツから跳ねた水のように、目元には涙が浮かんでいた。

「いえ、そんなにすぐということではないですよ。この生活が続くときっと体調を崩してしまうでしょう?」
「この生活が?」

 光もあまり届かない森で、植物由来の食べ物しか現状摂ることが出来ない。つまるところシニカは、栄養面でシーナの体調を心配していたのである。

「まずは豆をどこかで育てなさい。獣もあまりここには現れませんから、タンパク源は確保しないといけませんよ」
「豆ですか?」
「ええ。大豆を乾燥させたものをいくつか、持っているので少し分けてあげましょう」

 そう言いながら、根の隙間をまさぐって種を取り出す。その種をシーナの手のひらに乗せた。

「まずはそれを植えなさい。大豆は最初、わずかな光で育つことが出来ます」
「ありがとう、シニカさん!」

 ぱぁっと笑顔が咲くシーナ。
 シニカは毎日綺麗な水に交換することが必要だと説明をしておく。二度ほど首を縦に頷かせたシーナは早速土を耕し始めた。
 土を柔らかくすること、地中に空気を含ませること──その二つを意識する。
 土の上に凹みをつくり種を植えた。その後、澄んだ水を振りかける。
 それからもやしが発芽したのは三日後のことだった。
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