となりの霊子さん

レモン飴

文字の大きさ
上 下
5 / 5

5

しおりを挟む
 そこは、実家の、私の部屋だった。

 秋の夕暮れ時のような部屋の中には、5歳くらいの女の子が居た。

「驚いたような顔しないでよ。私はあなたで、あなたは私なんだから」

 その女の子は、Tシャツの上にノースリーブのワンピースを着た、幼い頃の私だった。

 令子さんが、待ち人だと言っていたのがこの女の子の事だとするなら、なるほど、それで自分探しだったのか。

「ダメな子だねえ、優子ちゃんは。まだ、その印を付けたままでいるなんて。そんなの、取って捨てちゃえばいいのに」

 印・・・?

 ああ、令子さんが連れて行ったあの人が言っていた印のことかな。

「そんなのが自分に付いているなんて、ちっとも知らなかった。どこに付いているのかな?」

 キョロキョロと、自分の体を見回してみるけれど、私にはそれらしきモノは見つけられない。

 幼い私は、「その様子じゃあ、印の取り方もわからないみたいね」と言って、ため息をついた。

「そこに座って。私が取ってあげる」

 促されるまま、ベッドの上に腰かけると、幼い私も隣に座った。

「確認するけど、この印を外す心の準備が出来たってことでいいのね?」

 夕陽に照らされる幼い私の顔は、びっくりするほど大人びて見える。

「それは、どういう意味?」

 幼い私は答える。

「この印を外すってことは、自由になるってことなの。何でも自分の意思で決めたり選んだり出来るけど、今までそれをやって来なかった私には、それはとても怖いこと。ちゃんと自分で選んで行ける?」

 そうだよね。

 自分で選んだら、誰かのせいには出来ないもんね。

「ごめん、意地悪なこと言った。この印を付けて、いつも辛そうな顔をしていれば、みんな安心して、私のことを悪く言えたの。いつでも私が悪くて、酷く言われても嫌われても、当たり前なんだって思ってた。そういう気持ちが、この印なんだよ。けど、優子ちゃんはもう自由になっていい。自分1人じゃ生きて行けなかった私とは違うから」

 そっか。

 本当に私が悪かったんだ。

 けど、そうするしかなかったんだね。

「・・・辛かったね・・・」

 かける言葉が見つからなくて、私はたったそれだけを幼い私に伝えた。

 すると、幼い私は笑顔になってこう言った。

「でも、もう大丈夫。自分で付けた印のせいでいろいろ見えなくなっていただけで、世界はちゃんと優しいから。これからは、自分のことをもっと大切に出来るよ」

 幼い私が私から外してくれたのは、可愛い犬のシールだった。





 目が覚めると、私はアパートの自分の部屋に居て、スーツのまま、ベッドに横になっていた。

 足元には、通勤用の鞄と、元職場から持って帰った荷物が入った紙袋もある。

 令子さんの家に居た筈なのに、私はどうやって自分の部屋に帰って来たのだろうか?

 私はゴミ袋の間を器用に縫って歩きながら、ずいぶん前から開けていない窓の方に向かった。

 そっちの方角に、令子さんの家があるからだ。

 そう言えば、令子さんは黒いパーカーの男をあの世に連れて行って、その後、どうなったのだろう?

 令子さん自身も幽霊なのを考えると、まさか自分まで成仏しちゃうなんて事・・・無いよね?

 カーテンをよけて窓を開け、数ヶ月ぶりにベランダに出た私は、驚きで声も出なかった。

 アパートの隣にあったはずの古い平屋は無く、まるでずっとそうだったかのように、空き地があるだけだったのだ。

 私は、上着のポケットの中に手を入れた。

 そこに入っていたものを取り出すと、それは、令子さんがくれた身代わりのお守りだった。

 全部が夢だった訳じゃないんだ。

 しかし、お守りは、夕焼けの光で焼けるように、端から消えて、なくなって行った。

「ははは・・・、なんにもなくなっちゃったなあ」

 思わずそう呟いて、私は部屋に戻って行った。

 網戸にして振り返ると、私は再び言葉を失った。

「ただいま。今戻ったよ。実はさあ、今回の事で家が没収になっちゃって。良ければ一緒に住ませてよ」

 そこに居たのは、スーツケース一つだけを持った、私の友達だった。

 霊だけど。

「しかし、汚い部屋だねえ。ゴミばっかりじゃないの。これじゃあ、私の少ない荷物すら、置く場所が無い」

 呆れる令子さんに、私は言う。

「じゃあ、取り敢えず、片付けを手伝ってください」

 これは、取り憑かれたって事になるのかな・・・

 でも、それでもいいや。

 それでも彼女は、ワタシノトモダチ。





END


しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。


処理中です...