10 / 75
第1章 ハーディス王の国王
会いたかった
しおりを挟む
小気味のいいリズムで、馬は軽快に駆けて行った。
さすがギールクが毎日世話をしているだけあり、毛並みの良い丈夫な駿馬である。
城下町の、石畳の商店街を馬で駆けていく。
山盛りの果実を店先で売っている夫婦、花を手に持った若い主婦、帽子をかぶった靴磨きの少年、その人の波をかいくぐって、馬は走る。
気性の荒い魚屋の親父には、公道で馬に乗るなど頭がおかしいんじゃないか、と野次を飛ばされたが、皆乗っている者の衣服を見て、はっと口をつぐむのだ。
あの服はまさか、いや、そんなはずはないと、城下の民たちは顔を見合わせている。
正真正銘のハーディス王国の王であるナギリは、自分がお付きもつけずに城下町へ、さらに国境の方まで駆けていくなどというとんでもない暴挙に出ている事に、妙に高揚していた。
人通りの少ない道を走るよう、手綱を手繰り寄せ、路地裏へと回り込む。
しばらく駆けていくと、平坦な土の道となった。
人は住んでおらず、ぽつぽつと田畑や家畜小屋がある道を駆けて、真っ直ぐに行くと、森の中へと一直線に馬は走って行った。
舗装されている城下町とは違い、入り組む迷路のような森。
一瞬気を緩ませると木にぶつかり落馬し、大怪我じゃ済まされなくなりそうだが、そんな状態でも握った手綱を
離さない。ナギリは、どうしてもはやる気持ちを抑えられずにいた。
幼い頃、まだ王になる前の記憶が蘇る。
心臓はばくばくと脈打ち、額に浮かんだ汗が頬を伝って落ちる。馬がひひん、と戦慄いた。
生い茂った木々の中を駆けているので、木の葉や枝が鞭のように体を打ちつけるが、そんな事には構っていられない。
『染め紙の鶴細工』という奇妙な名前の男の言った湖まであと少しであった。
不意に、視界が開いた。
ずっと薄暗い森を走っていたので、ちか、と眩しい光に目が眩む。
西日が広い湖に反射し、橙色の宝石のようなきらめきが一帯に広がっていた。
ハーディス王国の東の果てにある湖。普段はほとんど誰も近寄ることが無いので、妖精の水浴び場などと呼ばれる、汚れない湖。
その縁に、一人の男が立っていた。
手綱を引くと、黒馬は鼻息を鳴らしながら止まった。風で乱れた髪を直すと、息をつく。
振り返ると、遥かかなたに宮廷の姿が見えた。ずいぶん遠くまでやってきたものだ。
静かに、湖畔をじっと眺めている男の姿を見て確信した。ずっと探していた、その姿。
「―――探したぞ。
私は、随分お前を探したんだ」
ナギリは自分の手が震えているのに気がついた。
何度も夢に見ては諦め、焦がれては人知れず想っていた、その後ろ姿に話しかける。
これで、失くし物が見つかるよ。
ベネディクトのかすれた声を思い出す。
ふと右足の靴に目をやると、細かい硝子の破片がまだ少し残っていた。
失くしたわけではない。忘れたふりをしただけだ。
「こんな所に居たのか、ロウ。
いや―――青銅の蝋燭立て」
湖のほとりに佇んでいた男は、ゆっくりと振り返った。
ずっと会いたかった。
でも心の奥底にずっと秘めて押し殺していた。
会いたかったのだ。
その男は十年ほど前のあの日から全く変わらぬ姿をしていた。
さすがギールクが毎日世話をしているだけあり、毛並みの良い丈夫な駿馬である。
城下町の、石畳の商店街を馬で駆けていく。
山盛りの果実を店先で売っている夫婦、花を手に持った若い主婦、帽子をかぶった靴磨きの少年、その人の波をかいくぐって、馬は走る。
気性の荒い魚屋の親父には、公道で馬に乗るなど頭がおかしいんじゃないか、と野次を飛ばされたが、皆乗っている者の衣服を見て、はっと口をつぐむのだ。
あの服はまさか、いや、そんなはずはないと、城下の民たちは顔を見合わせている。
正真正銘のハーディス王国の王であるナギリは、自分がお付きもつけずに城下町へ、さらに国境の方まで駆けていくなどというとんでもない暴挙に出ている事に、妙に高揚していた。
人通りの少ない道を走るよう、手綱を手繰り寄せ、路地裏へと回り込む。
しばらく駆けていくと、平坦な土の道となった。
人は住んでおらず、ぽつぽつと田畑や家畜小屋がある道を駆けて、真っ直ぐに行くと、森の中へと一直線に馬は走って行った。
舗装されている城下町とは違い、入り組む迷路のような森。
一瞬気を緩ませると木にぶつかり落馬し、大怪我じゃ済まされなくなりそうだが、そんな状態でも握った手綱を
離さない。ナギリは、どうしてもはやる気持ちを抑えられずにいた。
幼い頃、まだ王になる前の記憶が蘇る。
心臓はばくばくと脈打ち、額に浮かんだ汗が頬を伝って落ちる。馬がひひん、と戦慄いた。
生い茂った木々の中を駆けているので、木の葉や枝が鞭のように体を打ちつけるが、そんな事には構っていられない。
『染め紙の鶴細工』という奇妙な名前の男の言った湖まであと少しであった。
不意に、視界が開いた。
ずっと薄暗い森を走っていたので、ちか、と眩しい光に目が眩む。
西日が広い湖に反射し、橙色の宝石のようなきらめきが一帯に広がっていた。
ハーディス王国の東の果てにある湖。普段はほとんど誰も近寄ることが無いので、妖精の水浴び場などと呼ばれる、汚れない湖。
その縁に、一人の男が立っていた。
手綱を引くと、黒馬は鼻息を鳴らしながら止まった。風で乱れた髪を直すと、息をつく。
振り返ると、遥かかなたに宮廷の姿が見えた。ずいぶん遠くまでやってきたものだ。
静かに、湖畔をじっと眺めている男の姿を見て確信した。ずっと探していた、その姿。
「―――探したぞ。
私は、随分お前を探したんだ」
ナギリは自分の手が震えているのに気がついた。
何度も夢に見ては諦め、焦がれては人知れず想っていた、その後ろ姿に話しかける。
これで、失くし物が見つかるよ。
ベネディクトのかすれた声を思い出す。
ふと右足の靴に目をやると、細かい硝子の破片がまだ少し残っていた。
失くしたわけではない。忘れたふりをしただけだ。
「こんな所に居たのか、ロウ。
いや―――青銅の蝋燭立て」
湖のほとりに佇んでいた男は、ゆっくりと振り返った。
ずっと会いたかった。
でも心の奥底にずっと秘めて押し殺していた。
会いたかったのだ。
その男は十年ほど前のあの日から全く変わらぬ姿をしていた。
0
あなたにおすすめの小説
ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね
ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」
オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。
しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。
その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。
「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」
卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。
見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……?
追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様
悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新!
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます
水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。
家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。
絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。
「大丈夫だ。俺がいる」
彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。
これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。
無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される
水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。
行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。
「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた!
聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。
「君は俺の宝だ」
冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。
これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる