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第2章 十年前の話
謀反の炎
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―――しかし、完璧な王にもいずれ死は訪れる。
まさかこんな早くに別れが来るとは、夢にも思わなかったが。
一日中異国の言語と宗教の勉強をしていたので、疲れていたためかその日はよく眠れた。
部屋の外の喧騒にも気がつかないほど。
今思うと、夕食の時に出てきた飲み物に睡眠薬が入っていたのだろうと予測できるが。
普段は眠りが浅い性質だというのに、その日は泥のように眠っていたのだ。
「―――――リ様」
体を揺さぶられている感覚で、うっすらと目を開けた。
それは、寝坊をしてしまったのを咎められるような優しい揺らし方ではなく、余裕のない乱暴な揺さぶり方だった。
「ナギリ様! 起きてください、ナギリ様!」
寝ぼけ眼で目を開けると、目の前には当時二十歳にも満たない、若き近衛隊のレナードの姿があった。
息を切らせて、幼いナギリの肩を掴んでいた。
「どうしたレナード、痛いぞ」
掴まれた肩が痛むので文句を言うと、
「謀反でございます。宮廷に火を放たれました」
ナギリはまだ寝ぼけていて、一瞬彼が何を言っているのか理解できなかった。
「――――謀、反?」
かすれた声で繰り返すと、レナードは辛そうに頷いた。
「私がお守りいたします。さあ、こちらへ」
「待て、火を放たれただと。どういうことだ。どういう―――」
いきなりのことに思考が追いつかない。
敵国から攻められたのか? 侍従達が裏切ったというのか?
混乱して爪を噛んでいると、部屋の端に掛けてある絵画がバタン、と派手な音を鳴らして床へと落下した。
ナギリが、ひっ、と短い悲鳴を上げる。
視線を向けると、部屋の角から炎が広がり、壁や装飾品を巻き込み天上まで燃えあがっていたのだ。
「――――お許しください」
レナードは小さく舌打ちをすると、そう耳元で囁き、ナギリを腕にかついで立ち上がった。
早くこの部屋から逃げるように、扉へと駆け寄る。
扉から出る直前に、ナギリは机に置いてある写真を手に取った。ほとんど反射的に。
物心つく前に死んでしまった、母の写っている唯一の写真だ。
扉を開き、宮廷の中を走る。
頑丈な造りになっているナギリの部屋に火の手が回るのは最後だったのだろう。廊下はひどい有様だった。
数メートル先も、陽炎が揺らめきろくに前を見る事も出来ない。
どこかで破裂音がする。女中の悲鳴が聞こえる。
ナギリはレナードの腕の中で息を飲む。
空気を吸い込むと胸の中が焼けるように痛んだ。
炎の舞い上がるごうごうという音が、まるで耳鳴りのように鳴り響く。
レナードは、自分の制服のマントでナギリを包み、少しでも火の手から避けるようにすると、宮廷の中を走った。
すれ違いざま、レナードは逃げまどう者達に、
「南門がまだ火の手が回っていない、そちらへ避難するのだ!」
「ナギリ様は無事だ、早く他の方々も救い出せ!」
「反逆者達は見つけ次第斬り捨てろ」
と指示を出している。
息を吸うたびに、喉に鉄を流し込まれているような苦しみが襲う。
その中、人一人抱えて走るレナードは、顔をしかめながら真っ直ぐに南門へと向かっている。
「誰が」
視界が揺らいだ。
「誰が謀反など。一体誰が、こんな事をしたのだ」
ナギリがそう問うと、レナードが熱さに頬を引き攣らせた。
「……リーフェンシュタールです。あの者が、王に恨みを抱いてやったと」
ごう、と耳の奥が痛んだ。
背後で、シャンデリアが落ちたのであろう、硝子が散らばる派手な音が響き渡った。
「そんな訳がない」
リーフェンシュタールは、近衛隊の中でも一番優秀な者だった。
そして何より、王の妻であり、ナギリの亡き母親、リーザの実の兄である。
一番忠義心の強い者だと思っていたのに。
しかしふと、数年前、王の執務室の前を通った時に見た光景が脳裏によぎった。
まさかこんな早くに別れが来るとは、夢にも思わなかったが。
一日中異国の言語と宗教の勉強をしていたので、疲れていたためかその日はよく眠れた。
部屋の外の喧騒にも気がつかないほど。
今思うと、夕食の時に出てきた飲み物に睡眠薬が入っていたのだろうと予測できるが。
普段は眠りが浅い性質だというのに、その日は泥のように眠っていたのだ。
「―――――リ様」
体を揺さぶられている感覚で、うっすらと目を開けた。
それは、寝坊をしてしまったのを咎められるような優しい揺らし方ではなく、余裕のない乱暴な揺さぶり方だった。
「ナギリ様! 起きてください、ナギリ様!」
寝ぼけ眼で目を開けると、目の前には当時二十歳にも満たない、若き近衛隊のレナードの姿があった。
息を切らせて、幼いナギリの肩を掴んでいた。
「どうしたレナード、痛いぞ」
掴まれた肩が痛むので文句を言うと、
「謀反でございます。宮廷に火を放たれました」
ナギリはまだ寝ぼけていて、一瞬彼が何を言っているのか理解できなかった。
「――――謀、反?」
かすれた声で繰り返すと、レナードは辛そうに頷いた。
「私がお守りいたします。さあ、こちらへ」
「待て、火を放たれただと。どういうことだ。どういう―――」
いきなりのことに思考が追いつかない。
敵国から攻められたのか? 侍従達が裏切ったというのか?
混乱して爪を噛んでいると、部屋の端に掛けてある絵画がバタン、と派手な音を鳴らして床へと落下した。
ナギリが、ひっ、と短い悲鳴を上げる。
視線を向けると、部屋の角から炎が広がり、壁や装飾品を巻き込み天上まで燃えあがっていたのだ。
「――――お許しください」
レナードは小さく舌打ちをすると、そう耳元で囁き、ナギリを腕にかついで立ち上がった。
早くこの部屋から逃げるように、扉へと駆け寄る。
扉から出る直前に、ナギリは机に置いてある写真を手に取った。ほとんど反射的に。
物心つく前に死んでしまった、母の写っている唯一の写真だ。
扉を開き、宮廷の中を走る。
頑丈な造りになっているナギリの部屋に火の手が回るのは最後だったのだろう。廊下はひどい有様だった。
数メートル先も、陽炎が揺らめきろくに前を見る事も出来ない。
どこかで破裂音がする。女中の悲鳴が聞こえる。
ナギリはレナードの腕の中で息を飲む。
空気を吸い込むと胸の中が焼けるように痛んだ。
炎の舞い上がるごうごうという音が、まるで耳鳴りのように鳴り響く。
レナードは、自分の制服のマントでナギリを包み、少しでも火の手から避けるようにすると、宮廷の中を走った。
すれ違いざま、レナードは逃げまどう者達に、
「南門がまだ火の手が回っていない、そちらへ避難するのだ!」
「ナギリ様は無事だ、早く他の方々も救い出せ!」
「反逆者達は見つけ次第斬り捨てろ」
と指示を出している。
息を吸うたびに、喉に鉄を流し込まれているような苦しみが襲う。
その中、人一人抱えて走るレナードは、顔をしかめながら真っ直ぐに南門へと向かっている。
「誰が」
視界が揺らいだ。
「誰が謀反など。一体誰が、こんな事をしたのだ」
ナギリがそう問うと、レナードが熱さに頬を引き攣らせた。
「……リーフェンシュタールです。あの者が、王に恨みを抱いてやったと」
ごう、と耳の奥が痛んだ。
背後で、シャンデリアが落ちたのであろう、硝子が散らばる派手な音が響き渡った。
「そんな訳がない」
リーフェンシュタールは、近衛隊の中でも一番優秀な者だった。
そして何より、王の妻であり、ナギリの亡き母親、リーザの実の兄である。
一番忠義心の強い者だと思っていたのに。
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