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第5章
3話 オバちゃんの恐れ
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カイルは怒っていた。
夕べあれから、カイルは散々リコに(ウサ耳を)弄ばれたのである。
撫でられ、引っ張られ、捏ねくり回され……ありとあらゆることをされた。
「ねぇー、まだ怒ってるの?」
「…………」
カイルは馬車を黙々と走らせ、額に怒りマークを貼り付けたまま何も答えない。
「もう! 器のちっちゃな男はモテないよ!」
リコのその言い草に、カイルはサッと顔を向け目をクワッと見開く。
リコは両手を上げ、ギブアップの姿勢を取った。
「分かった、分かった。今後は言動に十分気をつけまーす。そんなことより、あーいい風!」
反省の色がまったくないリコに、カイルは「チッ」と舌打ちをする。そして「ヤレヤレ」と首を振りながら、前に向き直った。
すると、彼の目に異変が映り込む。
「……リコ。この先にある街の様子がおかしい」
真剣なカイルの声。
リコも前方に目を遣り、その目を凝らす。
「黒い……煙?」
「きっと、何かがあったんだ。リコ、どうする?」
「どうするって……とりあえず行ってみようよ」
カイルは「分かった」と頷くと、馬車のスピードを上げた。
◆◆◆
エスタリカ王国の街クスタル。
いつもなら商人の馬車が行き交い、広い通りの端には露天商が幾つも店を広げ、人々の活気が満ち溢れている街である。
だが今は――街のあちこちから火の手が上がり、黒い煙がモウモウと立ち上っていた。
通りの真ん中に、幾人かの商人らしき者とその護衛たちの遺体が転がっている。
それは見るも無残な姿であった。
手足をもがれた者、頭を潰された者、中には人の原形をとどめていない者もいる。
リコとカイルは、その凄惨な光景に立ち竦んだ。
吐き気が込み上げてきたリコは、口元を押さえ半壊した建物の陰にしゃがみ込む。
――ガタッ。
建物の中から音がした。何かが動く気配。
「⁉」
心臓が早鐘を打ち鳴らし、かつてない緊張にリコは襲われる。
カイルが口に人差し指を当て、ここで待つようにとリコに指示を出す。
リコが頷くと、カイルはゆっくりと建物の奥に進んで行った。
暫くすると、リコを呼ぶカイルの声。
「リコ!」
リコは、まだ治まらない吐き気を必死に抑え、建物の中に足を踏み入れる。
そこは飲み屋のようであった。
床に散らばるグラスや酒瓶。幾つものテーブルと椅子が乱暴に倒されていた。
カイルの姿がない。リコは不安になりカイルを呼ぶ。
「カイル! どこ?」
「リコ! こっちだ!」
すぐに返事が返ってくる。
カイルの声は、真っ正面にあるカウンターの裏から聞こえた。
リコは散乱する物を避けながら、カイルのもとへと急ぐ。
カウンターの裏には、カイルの座る後ろ姿があった。彼の膝下には、血を流した少女が倒れている。
「カイル! その子は!」
慌てて駆け寄るリコ。
「背中を斬られている。出血は酷いが傷は大したことはない。大丈夫、俺が癒やす」
そう言うとカイルは、横たわる少女に両手を翳した。
すると、彼の手が緑色の光を放ち、その光が少女を包み込んだかと思うとパッと消えてなくなる。
それは一瞬の出来事であった。
少女はパチパチと瞬きしながら起き上がる。カールの巻かれたブロンドの髪をふわりと揺らし、その青い瞳がリコたちを不思議そうに見つめた。
「あなたたちは……一体……」
「俺はカイル。こっちのアホ面のオバちゃんはリコだ」
カイルがリコを指さし笑った。
いくら少女の緊張を解す為とはいえ、大人の女性に向かってアホ面とは……。
リコはカイルをキツく一瞥し、少女に向き直る。
「傷は平気? 大丈夫?」
「えっ?」
少女は弾かれたように、細い体のあちこちを触り確かめる。そして、なんともないことを確認すると、リコたちに視線を戻す。
「あなたたち……魔族ね」
「リコはただの人間。俺が魔族だ」
「そう、あなたが……。私はオルガよ。助けくれてありがとう。でもごめんなさい。私、急いでいるので失礼するわ」
そそくさと立ち上がるオルガ。
カイルが彼女の腕を掴んで引き止める。
「ちょっと待てよ! 何があったか教えろ! この街に一体、何が起きたんだ!」
オルガは俯き、言いにくそうに答える。
「……魔族が襲ってきたのよ」
「⁉」
リコとカイルは息を呑む。
――恐れていたことが起こってしまった。
魔族が人間に報復を始めたのだ。
沈痛な面持ちで尋ねるリコ。
「じゃあ、あなたはその魔族に?」
オルガはバッと顔を上げ、勢いよく頭を振る。
「違う! 私は魔族にやられたんじゃない! 友達を助けに来て、この店の護衛にやられたのよ!」
「一体、どういうこと?」
リコの問いに逡巡するオルガ。
やがて彼女は「いいわ、ついてきて」とカウンターの奥にある扉を開き、中に入って行く。
リコとカイルは顔を見合わせ頷くと、オルガの後を追った。
夕べあれから、カイルは散々リコに(ウサ耳を)弄ばれたのである。
撫でられ、引っ張られ、捏ねくり回され……ありとあらゆることをされた。
「ねぇー、まだ怒ってるの?」
「…………」
カイルは馬車を黙々と走らせ、額に怒りマークを貼り付けたまま何も答えない。
「もう! 器のちっちゃな男はモテないよ!」
リコのその言い草に、カイルはサッと顔を向け目をクワッと見開く。
リコは両手を上げ、ギブアップの姿勢を取った。
「分かった、分かった。今後は言動に十分気をつけまーす。そんなことより、あーいい風!」
反省の色がまったくないリコに、カイルは「チッ」と舌打ちをする。そして「ヤレヤレ」と首を振りながら、前に向き直った。
すると、彼の目に異変が映り込む。
「……リコ。この先にある街の様子がおかしい」
真剣なカイルの声。
リコも前方に目を遣り、その目を凝らす。
「黒い……煙?」
「きっと、何かがあったんだ。リコ、どうする?」
「どうするって……とりあえず行ってみようよ」
カイルは「分かった」と頷くと、馬車のスピードを上げた。
◆◆◆
エスタリカ王国の街クスタル。
いつもなら商人の馬車が行き交い、広い通りの端には露天商が幾つも店を広げ、人々の活気が満ち溢れている街である。
だが今は――街のあちこちから火の手が上がり、黒い煙がモウモウと立ち上っていた。
通りの真ん中に、幾人かの商人らしき者とその護衛たちの遺体が転がっている。
それは見るも無残な姿であった。
手足をもがれた者、頭を潰された者、中には人の原形をとどめていない者もいる。
リコとカイルは、その凄惨な光景に立ち竦んだ。
吐き気が込み上げてきたリコは、口元を押さえ半壊した建物の陰にしゃがみ込む。
――ガタッ。
建物の中から音がした。何かが動く気配。
「⁉」
心臓が早鐘を打ち鳴らし、かつてない緊張にリコは襲われる。
カイルが口に人差し指を当て、ここで待つようにとリコに指示を出す。
リコが頷くと、カイルはゆっくりと建物の奥に進んで行った。
暫くすると、リコを呼ぶカイルの声。
「リコ!」
リコは、まだ治まらない吐き気を必死に抑え、建物の中に足を踏み入れる。
そこは飲み屋のようであった。
床に散らばるグラスや酒瓶。幾つものテーブルと椅子が乱暴に倒されていた。
カイルの姿がない。リコは不安になりカイルを呼ぶ。
「カイル! どこ?」
「リコ! こっちだ!」
すぐに返事が返ってくる。
カイルの声は、真っ正面にあるカウンターの裏から聞こえた。
リコは散乱する物を避けながら、カイルのもとへと急ぐ。
カウンターの裏には、カイルの座る後ろ姿があった。彼の膝下には、血を流した少女が倒れている。
「カイル! その子は!」
慌てて駆け寄るリコ。
「背中を斬られている。出血は酷いが傷は大したことはない。大丈夫、俺が癒やす」
そう言うとカイルは、横たわる少女に両手を翳した。
すると、彼の手が緑色の光を放ち、その光が少女を包み込んだかと思うとパッと消えてなくなる。
それは一瞬の出来事であった。
少女はパチパチと瞬きしながら起き上がる。カールの巻かれたブロンドの髪をふわりと揺らし、その青い瞳がリコたちを不思議そうに見つめた。
「あなたたちは……一体……」
「俺はカイル。こっちのアホ面のオバちゃんはリコだ」
カイルがリコを指さし笑った。
いくら少女の緊張を解す為とはいえ、大人の女性に向かってアホ面とは……。
リコはカイルをキツく一瞥し、少女に向き直る。
「傷は平気? 大丈夫?」
「えっ?」
少女は弾かれたように、細い体のあちこちを触り確かめる。そして、なんともないことを確認すると、リコたちに視線を戻す。
「あなたたち……魔族ね」
「リコはただの人間。俺が魔族だ」
「そう、あなたが……。私はオルガよ。助けくれてありがとう。でもごめんなさい。私、急いでいるので失礼するわ」
そそくさと立ち上がるオルガ。
カイルが彼女の腕を掴んで引き止める。
「ちょっと待てよ! 何があったか教えろ! この街に一体、何が起きたんだ!」
オルガは俯き、言いにくそうに答える。
「……魔族が襲ってきたのよ」
「⁉」
リコとカイルは息を呑む。
――恐れていたことが起こってしまった。
魔族が人間に報復を始めたのだ。
沈痛な面持ちで尋ねるリコ。
「じゃあ、あなたはその魔族に?」
オルガはバッと顔を上げ、勢いよく頭を振る。
「違う! 私は魔族にやられたんじゃない! 友達を助けに来て、この店の護衛にやられたのよ!」
「一体、どういうこと?」
リコの問いに逡巡するオルガ。
やがて彼女は「いいわ、ついてきて」とカウンターの奥にある扉を開き、中に入って行く。
リコとカイルは顔を見合わせ頷くと、オルガの後を追った。
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