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第二話 宇宙生物の爪を取り返せ

第二話(4)

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 貴志が慌てて追いかける。
 追い付いて肩に手を掛け引っ張ると肩口の縫い目から服がビリッと裂けたが、そのままボスは腕をブンブン振り回して殴りかかってきた。
 空手の有段者と言いながらまるで子供の喧嘩のような戦い方である。
 恐らくなにも考えていないのだろう。というか、空手の有段者というのはハッタリだろう。そのまま思いっきりこちらに突っ込んできた。
 貴志はするりと半身でかわすと、次の瞬間大きな音がしてボスは気絶した。
 実際貴志は何もしていない。本当にかわしただけである。
 ボスはバランスを崩したまま勢いよく頭から壁に激突し、そのまま倒れて勝手にのびたのだ。
 やれやれ窃盗団も片付けたし、爪も無事だし良かった、良かった。
 あれ何か忘れてる?
 あっ、そうだった。森野さんはどうした?
 貴志は念のため二台の車からキーを抜いて、慌てて元の部屋に戻って行った。そしてドアからそっと森野の様子を見ると、彼女は半泣き状態でまだ頑張っていた。
 貴志が戻ると安心したのか目から大粒の涙をこぼしながら、
「早く何とかしてよ」と文句を言った。
 起爆装置のタイマーを見ると、残り九十秒を切っている。
「森野さん、ごめんごめん」
 そう言って貴志は森野のパズルをカチャカチャと解き始めた。
 メルの話では、この能力は発動直後の三分間がピークでその後は徐々に低下する。能力持続時間はその日の体調次第で長く使うほど後からやって来る反動も大きいらしい。
 そういえば岡田さんを背負って走った翌日は、猛烈な倦怠感と発熱で研究所を休んだっけと貴志はいやなことを思い出した。
 能力発動時からそれなりに時間も経っているわけで、最初の様にパズルを三十秒で解くのは難しい。それでも一分もかからずパズルを完成させた。
 箱を開けると、鍵と四桁の数字を書いたメモ紙が出てきた。
 残りは二十秒…… 
 パスコードを起爆装置に打ち込む。
 しかしタイマーは止まらない。
 慌ててもう一度打ち込むがやはり止まらない。
 カウントが続く、8、7、6、5……
 森野が絶叫する。
 2、1、0!
 パンパカパーンという音と共にクラッカーがパンと破裂した。
 そしてハッピーバースデートゥーユーの歌が箱の中から聞こえてきた
「ああ、やっぱりね」
「な、何、どういうこと!?」
 森野が驚いた顔で泣きじゃくりながら尋ねた。
「いや、実はこれと似た物を去年の誕生日に妹から貰ったんで、ちょっと形は違うけど多分これも玩具だろうと思ってました」
「な、なぁんだ。早く言ってよ!」
 パスコードもデタラメで、そもそもが殺す気もなくハッタリだったのだろう。
 森野を見ると顔が涙でぐちゃぐちゃである。
 それでも元々が上品で優しそうな顔立ちなのでそれはそれでかわいい。もう少しじっくりと泣き顔を見ていたいのだが、それは失礼というものだろう。 
 森野はうらめしそうな目つきで貴志を見た。
「いやいやホント、ごめんなさい」
 貴志は森野の足錠を外した。
 しかし森野は足が震えてうまく歩けないようすで、貴志は彼女の手を取るとそのまま手を引きビルの表に出た。
 子分の三人はまだ伸びていたがボスの姿が見えない。気絶は芝居だったのかもしれない。
 貴志が部屋に戻るのを見て、そのまま逃げ出したようだ。
 伸びている三人を置き去りにして、薄情なやつだ。
 心配になって貴志が車を確認すると輸送箱はそのまま残されていた。
 さすがにこの重い箱を車なしで運ぶのは無茶というもんだ。
 伸びている犯人達を見て、森野は貴志がやったのかと聞いてきた。
「昔空手をやっていたんですよ」
「初めて聞いたけど、へーそうなんだ」
 意外そうな顔はしたけれど、納得はしたようだった。
 貴志は輸送箱が積んであるライトバンに森野を乗せて廃ビルを後にした。
 ここがどこかも分からないので、見かけた通行人を呼び止めて現在地を聞いた。
 本当なら森野を車で行かせて、自分が犯人たちを見張っていた方がいいのだろうが……、と思ったが、貴志は一日に二回も力を発動させたことがないで不安だったのだ。
 犯人たちが目を覚ましたとき力が発動しなかったら、次また勝てる自信が無かった。
 正直言って、怖かったのだ。
 そんなわけで貴志にすれば森野と一緒に車に乗っていた方が安心なのだ。
 近くの公衆電話から警察に連絡して、ビルの入り口付近に車を停め警察が来るのを待った。
 七、八分でパトカー三台がやってきた。
 貴志達は事情を説明して警察官を犯人達が伸びている場所へ案内したが、痩せたインテリ風の男も居なくなっていた。
 きっと貴志達が電話を探しに行っている間に逃げたのだろう。
 それにしてもやはり薄情なやつだ。とはいえ残り二人はけっこうな体重がありそうで、細身の男では一人で逃げるのが精一杯だろう。
 その後森野と貴志は事情聴取のため、パトカーで警察署に行くことになり、輸送箱は警察の手で博物館に戻された。ちなみにライトバンは盗難車であったようだ。
 結局その日帰宅したのは夜の十時を過ぎていた。
「お兄ちゃんおかえりなさい。今日は遅かったのね」
「まあね、今日は窃盗事件があったんだよ」
「え、なに、それどういうこと?」
 麻美は興味を抑えきれず、目を輝かせている。
「後で話すよ。疲れたから風呂に入ってもう寝るから」
「えーなに、その話聞きたいのに!」
 その夜、布団にもぐり込んで目をつむり、すぐに眠りに落ちたはずなのだが、突然メルの声が頭に響いた。
「今日はお疲れ様だったね、やはり大活躍だったろ」
「メルか」
「そうだよ。他に誰がいるんだい」
「それもそうか」
 納得はしたが、なんか、からかわれているような気もする。
「活躍も良いが君は脳に少し負担をかけすぎたようだね。明日は頭痛が酷いだろうが、ゆっくり休むといい」
「ああ、分かった。そうするよ」
 いい加減な返事をして、貴志はそのまま深い眠りに落ちた。

 六時四十五分に目覚ましが鳴った。パッと起きて目覚ましを止めようと枕元を探す。あった。わしづかむと目覚ましを止めて立ち上がった。が、急に血の気が引いた感じで、目まいを起こし、そのまま布団にへたり込んだ。
 頭が痛い……。ズキズキして割れるようだ。しかも体中が痛くてしょうがない。なんだこの頭痛と筋肉痛は? 昨日はそんなに筋肉を使っていなかったはずだが、やはり格闘の影響だろうか。
 また立とうとしたが足に力がはいらず、今度は布団に頭から倒れこんだ。
 バターンとすごい音がして、麻美が驚いて部屋に入ってきた。
「お兄ちゃんどうしたの」
「麻美、ちょっと頭痛がひどくてさ……」
「お兄ちゃん大丈夫? 一応朝食は作っておくから後で食べてね」
 麻美は一講目から講義があるそうで、しばらくしてから出かけて行った。そして貴志は頭痛と筋肉痛のため仕事を休むはめになった。
 しかし翌日は体調も良くなったので、普段通り研究所に出勤した貴志である。事務室に行くと沼田所長と岡田の姿は見えないが他のみんなは既に出勤していた。
 貴志の姿を見た南原がふざけた調子で声を掛けた。
「お、空手チャンピオン、体は大丈夫か」
「おはようございます。普段通りです」
 自分の席に行くと机上にクッキーの包みが置いてあり、『体調はどうですか? 大活躍でしたね』と書かれたメモ紙があった。
 誰がくれたのだろうか。森野の方を見たが書類用の卓上棚が邪魔で顔が見えない。
 とりあえず包みを開けて一枚頬張り、思わず「うまい」と呟いた。ちょっと感動である。
 実を言うと貴志は甘党であった。
 このおいしいクッキーを味わっていたところに隣席の林が声を掛けた。
「沼田所長が『出勤したら第二会議まで来るように』だってさ」
「はい……?」
 おとといの窃盗団の話でも聞きたいのかな……。
 ノックして入ると沼田所長と岡田がいた。
「貴志君、体は大丈夫かね。それにしても大変じゃったね」
「すごいわね。大活躍じゃない」
「いえいえ、それほどでも」
 貴志は照れながら事の顛末を少し脚色して話した。まさか正直にメルの力で解決しましたとは言えないのである。
 一通り説明が終わると沼田所長と岡田が包みを取り出した。
「ところで来週は君の誕生日じゃったね。少し早いが私達からのプレゼントじゃ」
 そう言って沼田所長と岡田は貴志にプレゼントを渡した。
「何ですか? 嬉しいな、開けていいですか」
「遠慮せずにどうぞ」
 貴志が包みを開けると岡田の口元が緩んで笑みがこぼれた。
 中からは出て来たのはジグソーパズルと十五パズルであった。
「あなた、パズルが趣味なんですって?」
 岡田が意外だという顔つきで聞いてきた。
「いやー、それほどでも……」
 今更嫌いですとは言い出しにくい。
 そのときの自分の顔は、かなり引きつって不自然だったに違いない、と貴志は思う。
 後で聞いたのだが、貴志がパズル好きという情報は森野から伝わったようだ。
 翌週の誕生日には森野からもプレゼントを貰った貴志であったが、中身はクロスワードパズルの本であった。
 嬉しいやら悲しいやらである。
 正直に『パズルより甘い物が好き』と言っておくべきだった。
 そう貴志は後悔したのであった。

                                       第二話 完
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