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第四話 怪獣剥製を製作せよ
第四話(4)
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美咲はその手を取ってギュッと握ると、急に頬を染めて貴志を見つめた。
「そ、そうね。やるしか無いわね」
美咲は重い腰を上げると、震える脚を平手で叩いた。
「じゃあ作戦開始ですね」
貴志と美咲は休憩室を出て道具保管庫からスコップを持って、刺激を与えないようゆっくりと出入り口へと向かった。
奴らの一メートル手前から美咲がスコップをそーっと差し込んだ。すると興奮したのか一匹が勢いよく跳ねてきた。貴志はあわててスコップをラケットのように振り回すといい手応えがしてそいつは千切れて二、三メートル先に吹っ飛んだ。
数匹が美咲の差し込んだスコップに吸い付く。すると残りも我先にとスコップに吸い付き始めた。
驚いた貴志と美咲はスコップをそこに置いたまま、慌てて会議室に逃げ込んだ。
「どうしましょう」
そう言った美咲の目からは涙が溢れている。
「美咲さん、僕が囮になります。僕が奴らを刺激しますので、やつらが僕に向かってきたらその隙に脱出してください」
「でも万一あれに噛まれて倒れたら、全部が襲ってきて失血死するかも……。そんな危ないこと、させられないわ」
「僕も危ないと思ったら、またこの部屋に逃げ帰りますから大丈夫です。それよりも早くみんなを病院に連れて行かないと……」
貴志たちはまた道具保管庫に入って美咲に別のスコップを渡すと、貴志は何か手頃な武器はないかと周りを見渡した。するといい物が目に留まった。マグロ包丁と鯨包丁である。
迷ったがマグロ包丁を手にした。鯨包丁は大きすぎて、やつらには使えないのだ。
貴志はマグロ包丁を片手に美咲の手を取ると、出入口へそろりそろりと進んだ。やつらの頭部に付いている点状の目のような物の働きはよく分からないが、たぶん音や振動から相手の方向を感知しているのは間違いなさそうだ。
「そこの壁に張り付いて待機しててください。僕はこれから反対側の壁で大きな音を立てますから、奴らが僕の方に向かってきたら残っている虫をスコップでかき出して部屋を脱出してください。大きな音に反応しないのは、恐らく寒さで動けない個体のはずです」
そう言って貴志は美咲と反対側の壁にピタッと背中をつけると、マグロ包丁の背で床をコツコツと叩き始めた。
静寂な屋内にコンクリートと金属のかち合う音が鋭く響き渡る。
それを感知した虫達は体をうねうねとくねらせ始めた。興奮しているようだ。
貴志はさらに足で床を踏み鳴らし振動を与えた。振動に気づいたやつらの中でも一番大きな個体が貴志の方へとゆっくり這い進んでくる。そして他の虫もそれに続いた。
貴志は音を出しながらゆっくりと後退して、美咲に合図を送る。
美咲はドアに残った虫の塊をスコップでかき分けてドアノブに手をかけた瞬間、踏みつけた虫の体液に滑ってドアにもたれ掛かるようにどっと倒れた。ドアにダァーンと体を打ち付けると同時にキャァという悲鳴が上がった。
その音と振動に反応して数匹がまた美咲の方へ引き返す。
こうなったら仕方がない。
もし彼女がメルの力に気が付いたとしても、その時はその時だ。いざとなれば正直に話して、みんなには黙っていてもらおう。彼女はそんな口の軽い人ではない。
貴志はそう決心すると、宙へ拳をかざしながら大きな声で叫んだ。
「メル、俺に力を貸せ!」
すると貴志の体から緑の炎が勢いよく吹き出した。
美咲はふくらはぎに食らいついた虫を無理やり引き剥がすと胴体の半分が千切れ血が噴き出した。それを見た彼女は血の気がさーっと引いて気が遠くなった。
もしかして私、虫に血を吸われて失血死するのかしら……。もっと友達を作りたかったと思っていると、突然貴志の大きな声がした。我に返った美咲は声のする方を見ると貴志の体から緑の炎が噴き出すのが見えた。
綺麗な緑色の炎……、これは幻覚かしら。そう考えていると頭がボーッとしてきて、体の力が抜けた。
貴志は美咲が壁にもたれかかり、そのまま床に崩れ落ちるのを見た。
まずい! 貴志の顔から血の気が引いた。
ここから扉まで約七、八メートルある。
貴志は向かってきた虫には構わずに扉のところまで一気に助走なしで六メートルほどジャンプした。距離を詰めるとそのまま彼女に駆け寄ってふくらはぎに食いついた虫を、頭を残して毟り取った。
虫に痛覚はないのだろう。頭だけになってもまだ血を吸い続けている。
貴志はマグロ包丁で口だけ残して切り取った。無理に引き剥がして、先程の岡田のように出血がひどくなるのはまずいだろうとの判断だ。
包丁を鞘に収めて美咲を抱き上げた貴志は、そのまま十メートル先の作業台に運ぶと彼女をその作業台に寝かせた。
振り返るとバタバタ歩いた振動音に虫が反応したようだ。みんな一斉に貴志の方に向かってくる。
一度吸い付かれたら終わりである。
剣道は中学にやったとき以来であまり自信は無かったが、貴志は覚悟を決めて刀を下段に構えた。
元気のいい虫が数匹跳躍して飛びかかってきた。それを横切りで真二つに薙ぎ払った。
虫は頭近くで切り落とさないと駄目なようだ。尻尾近くで切断しても平気で動き回ってまた襲って来る。
襲撃をかわして薙ぎ払いそれを数回繰り返すうちに、虫は元の体長の三分の一以下となった。
もう跳躍してくる虫はいない。貴志は鞘を使って虫の頭を叩き潰した。
早く扉を出て外部と連絡を取りたいのだが、まだ出入り口のドアの前には数十匹の虫が蠢いている。その中には特大の個体もいた。
いくら元気がなくなっているとはいえ、扉を開けた瞬間に外部に逃げられでもすると、非常にやっかいだ。あいつらを一気に殲滅する方法はないものか。
すると突然メルの声が頭に響いた。
「一日寝込む覚悟があるなら、良い方法を教えようか?」
「いつものパターンだろ。早く教えろよ」
「まずバケツに水を汲んできてあいつらにぶちまけろ」
貴志は言われた通りバケツに水を汲んできて、ドアの前に群がる残りの虫にぶちまけた。
「一分ほどそこで待て」
確かに蠢く虫の動きが鈍くなった
「この室温では完全に動きを止めるのは無理じゃないか?」
「まずは焚き火にあたるような感じでかがんだら、手の平をパーにして前に突き出せ」
貴志はメルの言うとおり、手の平を突き出した。
すると貴志は、何やら背中がゾワゾワする感覚と、顔の火照りを感じた。
「あれ、手の平からなんか出てる」
「手の平を顔に向けてみな」
メルに言われたとおり手の平を顔に向けと、冷気を感じる。
「じゃあ本格的にやるぞ」
貴志は言われたとおりに両手を虫たちにかざした。
するとみるみる手の平から極寒の冷気が出て、それと同時に背中から炎が吹き上がる感覚がする。
後ろを振り返ると、背中の炎が緑からオレンジ色へと変化するにつれて、手の平から吹き出す冷気も益々強くなっていくのを感じる。
「君たちの言葉でヒートポンプと言うやつさ」
要するに手の平から奪った熱を背中から放出しているわけだ。冷房エアコンと同じ原理である。
手をかざして一分ほどで虫達は完全に氷の塊となっていた。貴志はそれをスコップでどかし、虫が残っていないか確認して部屋を後にした。そして事務棟に入ると真っ先に研究本部の沼田所長に電話を入れた。
その後、佐藤室長と救急車がやって来て、眠り込んだ美咲たち四人を病院へ搬送した。
貴志も一緒に救急車に乗り込んで病院に着いたところまでは覚えているのだが、後は覚えていない。目が覚めたら病院のベッドであった。
目が覚めて間もなくすると看護婦がやってきて、慌てて担当医師を呼びに行った。
貴志の場合、手の平の軽い凍傷と三十九度近くの発熱のため、腕には点滴がされていた。
おそらく寒い部屋と緊張のせいで体調不良が起きたのではないかという医師の説明であった。
そうじゃないと言いたいのは山々だが、当然黙っていた。
寄生虫に噛まれた四人と発熱した貴志は感染症の疑いがあるため、一週間ほど隔離病室での検査入院となった。
その後、血液検査やレントゲン検査でも特に異常はなく、一週間が経ったところで全員退院することができた。
退院した翌日に岡田と貴志が分室へ顔を出すと、南原と林がいた。
貴志達が入院している間、南原が仕切って林が重機操作をしていたそうだ。
ゴマラザウルスの腹の中にいた寄生虫も残りは全部処理したそうである。
南原が自慢げにホルマリン漬けの回虫を貴志に見せた。
分室ではサンプルをいくつか作ったということで、貴志はそんなものを見せてもらっても嬉しくもなんともないが、岡田はかなり嬉しそうだった。
岡田が一瓶欲しいと言うと、佐藤室長はお好きなのをどうぞと言うので資料用に貰って帰ることになった。
なお、一番でかいサンプルは大阪分室で展示するらしい。
後日談ではあるが、実はこの寄生虫を元に催眠剤の特許を取得して、特総研は製薬会社からかなりの特許料使用料をもらったらしい。
午後には森野がファルコンで貴志達を迎えに来る予定で、南原と林は今週末までこちらで作業をするそうだ。
取り合えず午前中に貴志のする事は無くて、休憩室でコーヒーを飲みながらくつろいでいると、後ろから誰かが貴志の目を塞いだ。
「だーれーだ」
声色を変えているが、すぐ分かった。
「美咲さんでしょ」
「あたり、これお父さんから渡すように頼まれたお土産」
紙袋を見るとホタテの燻製やスルメなどが沢山入っていた。
「これはすみません、お父さんによろしくお伝えください」
「なんでそんな他人行儀に言うのよ。私を一生守ってくれるって言ったじゃない」
ふっと首を傾げる貴志。
「何、忘れちゃったの? ひっどーい!」
「あ、思い出しました」
貴志は膝をポンと打った。確かそんな事を言ったような……。
「じゃあ、お手紙書くからちゃんとお返事ちょうだいね」
「もちろんですよ」
「じゃあ仕事に戻るわね」
そう言って美咲は戻っていった。
帰りのファルコンの中で岡田が貴志に尋ねた。
「あんた、美咲さんと付き合うことになったんですって?」
「何それ本当なの?」
操縦桿を握っていた森野が驚いて、隣に座っている貴志の顔をまじまじと見つめた。
「いったい誰から聞いたんです」
その後は二人からの質問攻めに貴志は冷や汗をかきっぱなしで、非常に居心地が悪くて閉口したが、付き合うとかは誤解だと弁解だけはしておいた。
その後美咲から来た手紙によると、生物学の勉強ができる大学を受けるため今は仕事を辞め、来年の受験に向けて札幌の予備校に通っていることなどが書かれていた。
しかし手紙も数回やり取りしただけで自然消滅してしまった。貴志の筆無精な面もあるが、なにせその後一回も泊まりで厚岸分室への出張が無いのだ。
春にもらった最後の手紙には、札幌の大学に入学したこと、そして機会があればこちらにも遊びに来て下さい、と綴られていた。
でも貴志はあれから美咲に会ってはいない。
第四話 完
「そ、そうね。やるしか無いわね」
美咲は重い腰を上げると、震える脚を平手で叩いた。
「じゃあ作戦開始ですね」
貴志と美咲は休憩室を出て道具保管庫からスコップを持って、刺激を与えないようゆっくりと出入り口へと向かった。
奴らの一メートル手前から美咲がスコップをそーっと差し込んだ。すると興奮したのか一匹が勢いよく跳ねてきた。貴志はあわててスコップをラケットのように振り回すといい手応えがしてそいつは千切れて二、三メートル先に吹っ飛んだ。
数匹が美咲の差し込んだスコップに吸い付く。すると残りも我先にとスコップに吸い付き始めた。
驚いた貴志と美咲はスコップをそこに置いたまま、慌てて会議室に逃げ込んだ。
「どうしましょう」
そう言った美咲の目からは涙が溢れている。
「美咲さん、僕が囮になります。僕が奴らを刺激しますので、やつらが僕に向かってきたらその隙に脱出してください」
「でも万一あれに噛まれて倒れたら、全部が襲ってきて失血死するかも……。そんな危ないこと、させられないわ」
「僕も危ないと思ったら、またこの部屋に逃げ帰りますから大丈夫です。それよりも早くみんなを病院に連れて行かないと……」
貴志たちはまた道具保管庫に入って美咲に別のスコップを渡すと、貴志は何か手頃な武器はないかと周りを見渡した。するといい物が目に留まった。マグロ包丁と鯨包丁である。
迷ったがマグロ包丁を手にした。鯨包丁は大きすぎて、やつらには使えないのだ。
貴志はマグロ包丁を片手に美咲の手を取ると、出入口へそろりそろりと進んだ。やつらの頭部に付いている点状の目のような物の働きはよく分からないが、たぶん音や振動から相手の方向を感知しているのは間違いなさそうだ。
「そこの壁に張り付いて待機しててください。僕はこれから反対側の壁で大きな音を立てますから、奴らが僕の方に向かってきたら残っている虫をスコップでかき出して部屋を脱出してください。大きな音に反応しないのは、恐らく寒さで動けない個体のはずです」
そう言って貴志は美咲と反対側の壁にピタッと背中をつけると、マグロ包丁の背で床をコツコツと叩き始めた。
静寂な屋内にコンクリートと金属のかち合う音が鋭く響き渡る。
それを感知した虫達は体をうねうねとくねらせ始めた。興奮しているようだ。
貴志はさらに足で床を踏み鳴らし振動を与えた。振動に気づいたやつらの中でも一番大きな個体が貴志の方へとゆっくり這い進んでくる。そして他の虫もそれに続いた。
貴志は音を出しながらゆっくりと後退して、美咲に合図を送る。
美咲はドアに残った虫の塊をスコップでかき分けてドアノブに手をかけた瞬間、踏みつけた虫の体液に滑ってドアにもたれ掛かるようにどっと倒れた。ドアにダァーンと体を打ち付けると同時にキャァという悲鳴が上がった。
その音と振動に反応して数匹がまた美咲の方へ引き返す。
こうなったら仕方がない。
もし彼女がメルの力に気が付いたとしても、その時はその時だ。いざとなれば正直に話して、みんなには黙っていてもらおう。彼女はそんな口の軽い人ではない。
貴志はそう決心すると、宙へ拳をかざしながら大きな声で叫んだ。
「メル、俺に力を貸せ!」
すると貴志の体から緑の炎が勢いよく吹き出した。
美咲はふくらはぎに食らいついた虫を無理やり引き剥がすと胴体の半分が千切れ血が噴き出した。それを見た彼女は血の気がさーっと引いて気が遠くなった。
もしかして私、虫に血を吸われて失血死するのかしら……。もっと友達を作りたかったと思っていると、突然貴志の大きな声がした。我に返った美咲は声のする方を見ると貴志の体から緑の炎が噴き出すのが見えた。
綺麗な緑色の炎……、これは幻覚かしら。そう考えていると頭がボーッとしてきて、体の力が抜けた。
貴志は美咲が壁にもたれかかり、そのまま床に崩れ落ちるのを見た。
まずい! 貴志の顔から血の気が引いた。
ここから扉まで約七、八メートルある。
貴志は向かってきた虫には構わずに扉のところまで一気に助走なしで六メートルほどジャンプした。距離を詰めるとそのまま彼女に駆け寄ってふくらはぎに食いついた虫を、頭を残して毟り取った。
虫に痛覚はないのだろう。頭だけになってもまだ血を吸い続けている。
貴志はマグロ包丁で口だけ残して切り取った。無理に引き剥がして、先程の岡田のように出血がひどくなるのはまずいだろうとの判断だ。
包丁を鞘に収めて美咲を抱き上げた貴志は、そのまま十メートル先の作業台に運ぶと彼女をその作業台に寝かせた。
振り返るとバタバタ歩いた振動音に虫が反応したようだ。みんな一斉に貴志の方に向かってくる。
一度吸い付かれたら終わりである。
剣道は中学にやったとき以来であまり自信は無かったが、貴志は覚悟を決めて刀を下段に構えた。
元気のいい虫が数匹跳躍して飛びかかってきた。それを横切りで真二つに薙ぎ払った。
虫は頭近くで切り落とさないと駄目なようだ。尻尾近くで切断しても平気で動き回ってまた襲って来る。
襲撃をかわして薙ぎ払いそれを数回繰り返すうちに、虫は元の体長の三分の一以下となった。
もう跳躍してくる虫はいない。貴志は鞘を使って虫の頭を叩き潰した。
早く扉を出て外部と連絡を取りたいのだが、まだ出入り口のドアの前には数十匹の虫が蠢いている。その中には特大の個体もいた。
いくら元気がなくなっているとはいえ、扉を開けた瞬間に外部に逃げられでもすると、非常にやっかいだ。あいつらを一気に殲滅する方法はないものか。
すると突然メルの声が頭に響いた。
「一日寝込む覚悟があるなら、良い方法を教えようか?」
「いつものパターンだろ。早く教えろよ」
「まずバケツに水を汲んできてあいつらにぶちまけろ」
貴志は言われた通りバケツに水を汲んできて、ドアの前に群がる残りの虫にぶちまけた。
「一分ほどそこで待て」
確かに蠢く虫の動きが鈍くなった
「この室温では完全に動きを止めるのは無理じゃないか?」
「まずは焚き火にあたるような感じでかがんだら、手の平をパーにして前に突き出せ」
貴志はメルの言うとおり、手の平を突き出した。
すると貴志は、何やら背中がゾワゾワする感覚と、顔の火照りを感じた。
「あれ、手の平からなんか出てる」
「手の平を顔に向けてみな」
メルに言われたとおり手の平を顔に向けと、冷気を感じる。
「じゃあ本格的にやるぞ」
貴志は言われたとおりに両手を虫たちにかざした。
するとみるみる手の平から極寒の冷気が出て、それと同時に背中から炎が吹き上がる感覚がする。
後ろを振り返ると、背中の炎が緑からオレンジ色へと変化するにつれて、手の平から吹き出す冷気も益々強くなっていくのを感じる。
「君たちの言葉でヒートポンプと言うやつさ」
要するに手の平から奪った熱を背中から放出しているわけだ。冷房エアコンと同じ原理である。
手をかざして一分ほどで虫達は完全に氷の塊となっていた。貴志はそれをスコップでどかし、虫が残っていないか確認して部屋を後にした。そして事務棟に入ると真っ先に研究本部の沼田所長に電話を入れた。
その後、佐藤室長と救急車がやって来て、眠り込んだ美咲たち四人を病院へ搬送した。
貴志も一緒に救急車に乗り込んで病院に着いたところまでは覚えているのだが、後は覚えていない。目が覚めたら病院のベッドであった。
目が覚めて間もなくすると看護婦がやってきて、慌てて担当医師を呼びに行った。
貴志の場合、手の平の軽い凍傷と三十九度近くの発熱のため、腕には点滴がされていた。
おそらく寒い部屋と緊張のせいで体調不良が起きたのではないかという医師の説明であった。
そうじゃないと言いたいのは山々だが、当然黙っていた。
寄生虫に噛まれた四人と発熱した貴志は感染症の疑いがあるため、一週間ほど隔離病室での検査入院となった。
その後、血液検査やレントゲン検査でも特に異常はなく、一週間が経ったところで全員退院することができた。
退院した翌日に岡田と貴志が分室へ顔を出すと、南原と林がいた。
貴志達が入院している間、南原が仕切って林が重機操作をしていたそうだ。
ゴマラザウルスの腹の中にいた寄生虫も残りは全部処理したそうである。
南原が自慢げにホルマリン漬けの回虫を貴志に見せた。
分室ではサンプルをいくつか作ったということで、貴志はそんなものを見せてもらっても嬉しくもなんともないが、岡田はかなり嬉しそうだった。
岡田が一瓶欲しいと言うと、佐藤室長はお好きなのをどうぞと言うので資料用に貰って帰ることになった。
なお、一番でかいサンプルは大阪分室で展示するらしい。
後日談ではあるが、実はこの寄生虫を元に催眠剤の特許を取得して、特総研は製薬会社からかなりの特許料使用料をもらったらしい。
午後には森野がファルコンで貴志達を迎えに来る予定で、南原と林は今週末までこちらで作業をするそうだ。
取り合えず午前中に貴志のする事は無くて、休憩室でコーヒーを飲みながらくつろいでいると、後ろから誰かが貴志の目を塞いだ。
「だーれーだ」
声色を変えているが、すぐ分かった。
「美咲さんでしょ」
「あたり、これお父さんから渡すように頼まれたお土産」
紙袋を見るとホタテの燻製やスルメなどが沢山入っていた。
「これはすみません、お父さんによろしくお伝えください」
「なんでそんな他人行儀に言うのよ。私を一生守ってくれるって言ったじゃない」
ふっと首を傾げる貴志。
「何、忘れちゃったの? ひっどーい!」
「あ、思い出しました」
貴志は膝をポンと打った。確かそんな事を言ったような……。
「じゃあ、お手紙書くからちゃんとお返事ちょうだいね」
「もちろんですよ」
「じゃあ仕事に戻るわね」
そう言って美咲は戻っていった。
帰りのファルコンの中で岡田が貴志に尋ねた。
「あんた、美咲さんと付き合うことになったんですって?」
「何それ本当なの?」
操縦桿を握っていた森野が驚いて、隣に座っている貴志の顔をまじまじと見つめた。
「いったい誰から聞いたんです」
その後は二人からの質問攻めに貴志は冷や汗をかきっぱなしで、非常に居心地が悪くて閉口したが、付き合うとかは誤解だと弁解だけはしておいた。
その後美咲から来た手紙によると、生物学の勉強ができる大学を受けるため今は仕事を辞め、来年の受験に向けて札幌の予備校に通っていることなどが書かれていた。
しかし手紙も数回やり取りしただけで自然消滅してしまった。貴志の筆無精な面もあるが、なにせその後一回も泊まりで厚岸分室への出張が無いのだ。
春にもらった最後の手紙には、札幌の大学に入学したこと、そして機会があればこちらにも遊びに来て下さい、と綴られていた。
でも貴志はあれから美咲に会ってはいない。
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